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2006年12月

年末の思い出

年末になると思い出すことがあります。そう、もう4年も前になることです。1回だけ、バックコーラスという形でNHKの紅白歌合戦に出場しました。きっかけは、ゴスペルを習いたくてコーラスアカデミーという教育機関に通っていた際に、このコーラスアカデミーの上部団体であるVOJA(Voice of Japan)にバックコーラスのお声がかかり、人数あわせにコーラスアカデミー部員も出ていいよ、ということになって真っ先に手を挙げたことでした。その話が来たのが、12月24日に毎年行っているVOJAコンサートへのコーラスアカデミーパート出演の直前でした。こんな話は二度とない!と何も考えずに手を挙げて、めでたく出演が叶いました。
とは言え、紅白歌合戦出演ですから結構レベルもスケジュールも厳しかったです。29日にコーラスアカデミーメンバーだけで綿密なリハ、30日はNHKホールで全体の流れを確認するリハで丸一日がつぶれ、そして31日も早々と会場入りして振り付け指導などなどで時間がつぶれ、そして、終了直前で本番、という怒濤のスケジュールでした。年末のコンサートに出演してから紅白歌合戦に出演するメンバーも多く、体調管理が大変で当日は熱を出して寝込んでしまうメンバーもいました。かくいう自分は本番中は無事だったのですが、年明けに風邪でぶっ倒れましたが…。
本番そのものは本当に何もなく無事に終了しました。感じたことは、①NHKホールは思った以上に舞台が狭い、②ベテラン歌手でも紅白にかける意気込みはすごく、そのせいもあってものすごく緊張していた、③ものすごい人数の出演者が出入りする紅白歌合戦を仕切るスタッフは大変そうであった、といったところです。後で本番をビデオで確認すると、100人以上のバックコーラスだったので自分がどこにいるかよく分かりませんでしたが、眼鏡をかけているのが自分だけだったので辛うじて判別ができました。
出番が終わったらもう年明け間近でした。公園通りを仲間と下ってゆくとカウントダウンが始まり、ハチ公交差点ではみんな大騒ぎしていました。そんな華やかな雰囲気の中、何となく晴れ晴れしい気持ちになってみんなで帰って行きました。
こんないいことがあったコーラスアカデミーなのですが、現在はちょっと距離を置いています。なぜかというと、コーラスアカデミー自体がVOJAへの登竜門的な位置付けで、いずれレッスンがある程度まで行った時点でVOJAへの入会オーディションを受けるものだという雰囲気があったのです。自分は歌を歌うのが好きで続けたいけど、VOJAに入ってしまうとセミプロ的活動を余儀なくされるので、一方で仕事もきちんと続けたい自分にとってはバランスが取れなくなるのでは、という気持ちがあったのです。なので、丁度MOT大学院が始まるのを理由にコーラスアカデミーに通うのを中断しました。今後は、少し余裕ができたら一般のゴスペルサークルで歌ってみたい気持ちはあります。ただ、いつになることやら…。

トップマネジメントとの距離

この間、トップマネジメントに対して知財の方針を披露する会議の事務局を仰せつかり、何とか無事にこなすことができました。やる前から「何事もなくて当たり前、何かあったら大変」と脅かされていたので、事前準備も万全にし、本番ではPC操作に手が震えそうになることもありましたが、どうにかこうにかボロを出さずに済みました。

会議の事務局になってしみじみと思ったのは、知財部門というのはなかなかトップマネジメントとのコネクションができにくいのかも、ということです。トップマネジメントが興味があるのは基本的に自社の事業の現在及び将来に関することです。例えば他社との訴訟で勝ちそうだ、負けそうだ、あるいは和解交渉が成立しそうだという話はcash in、cash outに直結しますからトップマネジメントは興味を持って聞いてくれるでしょうが、例えば知財部門として将来をこう考え、このようにしたいという事業計画的な話はトップマネジメントにとってどこまで興味があるか分かりません。極論すれば「勝手にやれば」と言われても仕方ない話です。

一方、知財部門の日常業務にしても企業全体の事業計画を理解しないと障害が生じるかというと、そうでなかった場合が結構あります。例えば、権利形成をする際には発明者と密接なコンタクトを取って権利取得の方向性等を協議するわけですが、自社・他社の特許ポートフォリオを理解して権利取得の有無及び方向性を決めたとしても事業計画まで念頭に置いて権利取得の方向性を決めるまでにはなかなか至っていないと思います。当然、理想的には全社の進むべき方向を良く理解して権利取得をすべきなのですが、権利取得と事業計画との間には大きな距離があるのも事実です。発明者と相互にこつこつと権利取得をしても大きな問題が生じなかったことが知財部門の蛸壺化に繋がったと言われても仕方なさそうです。

この話、突き詰めてゆくと知財情報と企業内事業情報との相互流通及び相互理解という、ちょっと建前論的な話と、知財部門内の人材、特に権利形成業務を主とする人材に事業を理解させるという人材育成的な話に繋がっていきます。どっちも非常にup-to-dateな話ですが、だからといって成功例がそんなにあるわけでもなさそうです。人材育成については、ライセンス部門の場合、全社の進む方向性を理解せずにライセンス交渉や契約ができるわけではないので、比較的若い段階から全社を俯瞰的に見る癖がついてくるようですが、権利形成部門の場合はどうしても上に書いた蛸壺になりがちなので、特に注意しなければなりません。人材育成については、知財部門のマネジメント自体が若手に経験を積ませる努力をしないといけないようにも思います。

テレビ購入の結末

毎日更新しようと思っていたブログですが、ここ2週間ほど業務多忙のために更新がかなり遅れています。あと2週間ほど多忙な日々は続くと思うので、更新が遅れがちになることをお許しあれm(__)m。

さて、前の記事の続きです。結果的にB社の液晶テレビを購入することにしました。それも社販が一番安いというびっくりなおまけ付きで。最近は家電量販店がびっくりするような値付けをしてくるので、社販なんてとタカをくくっていたのですが、今回は刺激的かつチャレンジングな値引きをしてきたので、それではその波に乗ろう、ということでB社製品(いい加減伏せ字にしても分かりますよね)を買うことにしました。

ただ、ぎりぎりまで値段の調査は続けていて、前に書いた量販店以外の他の家電量販店にまで足を伸ばしてみてみました。今度は、40型だったらプラズマがいいと言われて液晶テレビよりもプラズマを薦められました。確かに、プラズマは構造的に残像が非常に少ないので動きの多い画面(例えばカメラをゆっくりとパンするとか)を見るときにくっきり見えて大変良いのですが、これも構造的に画素を微細化することは困難なので、40型でフルハイビジョンを表示することは現状できません。また、硝子の塊なので全般的に重く、また消費電力も大きいという難点があります。とは言え、今回薦められたプラズマは前面にあったガラス板を省略することができた構成で、このために液晶テレビ並の重量と消費電力を実現できたとのことで、一瞬心がぐらりと揺れましたが、やはり微細画像の誘惑には勝てず、上に書いたとおりの結果となりました。

あとは配送される日々が待ち遠しいです。早く地上デジタルを存分に見て楽しみたいですね(^^)。

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