« 研究者への道 | トップページ | オープン化と知的財産権 »

音楽は自分にとって

どうもこのblogは自分なりの知財に関する考え方を覚え書きのようにしてとりまとめている場所になっている(そもそもそんな意識はなかったんですけど)ので、堅苦しい話題ばかりが並んでしまっていますが、当然年がら年中自分が堅苦しいことばかりを考えているということはなく、自分が色々と考えている時間の中で知財に関することを考えているのは最大で全体の3割程度だと思っています。そんなもんですって。さもなければ息苦しくなってしまいます。3割でも多いでしょ。

…などと言い訳がましく書いているのは、たまには堅苦しくない話題をこのblogで書こうと思ったからで。

音楽という存在は自分にとってかつては空気みたいなものでした。普段はいつも触れているのにないと非常に困る、という意味で。最近は家庭での生活と職場での生活が全体の大半を占めるようになり、自分一人での単独行動の時間の割合が短くなってきているので、音楽をずっと聴いているというライフスタイルではなく、時間の余裕ができたときに(大抵は通勤時間)音楽を聴くようなパターンになっています。そのせいか、以前より音楽にどっぷり浸かっているという感覚が少なくなり、手軽に聞けるジャンルの音楽を聴くことが多くなってきています。それはそれで否定すべきことではなく、自分の聴き方も一つの選択肢としてあり得ると思います。音楽に関する職業に就いていれば音楽から離れることはあり得ませんが、年齢を重ねるに伴って仕事や家庭に割く時間が必然的に長くなり、結果として若い頃より音楽を聴く時間が短くなると共に音楽が提供する世界に没頭することも結果的に少なくなるでしょう。

ただ、この結果は何となく寂しい気もします。小さい頃から音楽が好きで、10代~20代の頃は何もしていなければ本を読むか音楽を聴くかしてきた自分にとって、音楽からどんどんと距離を取っていく生活は青春という人生の輝ける時期からの距離が離れていってしまうことにも似て、微妙な喪失感すら感じます。まぁ、音楽がどこか遠くに行ってしまったわけではなく、求めればいくらでも得られるわけですが、何かしら音楽に熱中できない自分がそこにいるわけです。

自分は今ハードディスクに何百曲もの音楽データを貯め込み、これをいつでも聴ける環境にあります。鞄の中にCDが何十枚もあるようなもんです。技術の進歩は嬉しいんですが、だからといって以前のように貪るようにして音楽を聴くことはありません。以前のように音楽と共に生きたいとも思うのですが、時間が許さないということ以上に自分の気持ちが音楽に集中しない現実があります。

そうは言っても将来音楽から縁を切るようなことにはならないと思っています。音楽で癒されることもありますし、元気をもらうこともあります。いい曲を聴けば単純に感動します。その気力で明日を迎えることもあります。やはり音楽は自分にとってなくてはならない存在であることは間違いないです。

« 研究者への道 | トップページ | オープン化と知的財産権 »

音楽」カテゴリの記事

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 研究者への道 | トップページ | オープン化と知的財産権 »

2018年9月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
フォト
無料ブログはココログ