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2008年3月

知財戦略コンサルティングシンポジウムその2

この間話題にした「知財戦略コンサルティングシンポジウム」について、主催者である経済産業省関東経済産業局の特許室長の方がインタビューに答えていました。記事はこちらです(このリンクも何年かすると消えてしまうかなぁ)。

インタビュー記事にあるように、会場は弁理士の姿も目立ちましたが、一見して企業(たぶん知財部)OB及びその予備軍と思われる方の姿も結構目立ちました。知財部に勤める方の定年後の職業として知財戦略コンサルタントというのは魅力的なのだろうと思います。しかし、上のインタビュー記事にもあるように、知財戦略コンサルタント単独として業として成立するのは現状では非常に困難であり、他のコンサルタント業、例えば弁理士であるとか中小企業診断士であるとか専門知識にプラスして知財戦略コンサルタントを行うのでないと中小企業としては依頼しづらいと思います。これは考えてみれば当たり前で、いくら知財の重要性が理解できたとしても既に経営コンサルタントやITコンサルタントをその中小企業は依頼している可能性はかなりあり、加えて知財戦略コンサルタントを雇って金を支払うには抵抗があるからです。こう考えると、企業知財部OBにとって知財戦略コンサルタントとしてそれなりの実績を積む、そしてそれなりの収入を得るには障壁が高そうです。

これに関連して、知財戦略コンサルティングシンポジウムのパネルディスカッションで「弁理士という資格だけで知財戦略コンサルタントが務まるか」という愚問が出されたことを思い出しました。なぜ愚問というかと言えば、「難しいです」と言えば会場にいる弁理士をすべて敵に回すことになるわけで、シンポジウムの運営側としたら「大丈夫でしょう」としか言えない質問だったからです。しかし、もし私がパネラーとして参加した場合、「弁理士だけでは難しいでしょうね」と敢えて答えたかもしれません。と言うのも、私としては弁理士のものの考え方だけでは中小企業に対して知財戦略の最適解を提案することができないと思っているからです。一番足りないのは、事業を運営することに関する実地的な知識です。経営戦略という大層なことまでは言いません。会社を曲がりなりにも運営し、従業員に対してきちんと給料を支払い、金融機関に対して自社の経営状態及び今後の予測をきちんと説明して金策を整える、こういった知識は中小企業にとって必須であり、これを抜かして知財戦略をいくら語っても空理空論にしかなりません。当然、特許事務所経営者ならば経営知識があると反論する人はいるでしょう。しかし、もの作りを生業とする中小企業と大企業に手厚く保護されている特許事務所とでは経営の難しさは段違いです。その意味で、自分は弁理士に加えて中小企業診断士という資格を取得したいと考えています。資格を取れば万全というわけではありません。まずは入り口です。中小企業の立場に立って経営+知財戦略に関する包括的なソリューションを提言できる、これが知財戦略コンサルタントではないか、と(理想論ばかりですが)思うのです。

特許戦略に必要なもの

記念すべき100個目の投稿ですが、特別な投稿ではなく、今まで書きためてきた特許戦略に関する話題になります(^_^;

自分が所属する会社で、知財に関する中期計画を立案し、順次実行に移してきています。私は中期計画を直接立案する業務に携わっていたわけではありませんでしたが、中期計画立案の事務局として議論のまとめ役を行い、議論が沈滞している場合は議論が活発になるように裏方としてさりげなく(かな?)方向性を探る役割をしてきました。その中で、ちょっと残念だったのが、中期計画の議論の中で自分の会社が置かれている環境ないしは立場に関する議論がちょっと中途半端に終わってしまったかな、ということです。

自分で考えるに、現在は知的財産に関して激動の時期にあると思っています。知財戦略会議及び知財戦略事務局がここ数年知的財産に関して行政的な対応策をとってきましたが、自分としてはその行政策はどちらかというと小手先的な対応策に止まっていると思っています。米国では知財保護の行き過ぎの結果ともいえるパテントトロールの対策に産業界は苦慮しています。パテントトロール対策として打ち出されている米国特許法の改正も、米国全体の賛同を得るまでには至らず先行きは非常に不透明です。また、ブログでも一度取り上げましたが、特許制度自体がイノベーションの阻害になっているとの議論もあり、特許保護を声高に主張することが今後難しくなる可能性も出てきています。そして、中国に代表されるように知的財産をあからさまに踏みにじる国もあり、また、南北問題の一環として特許権が参入障壁あるいは国民の福祉向上を阻害する一因として作用する場合も出てきています。EPOはScenarios for the futureという研究成果を発表しており、この中では20年後の知財制度に関して大胆な推論を提案しています。簡単な要約はここにあります。

また、業界全体も非常に激動の時期にあります。グローバルな競争の中で競争相手は目まぐるしく変わってきています。また、国内の競争相手も淘汰の過程にあり、クロスライセンスで微妙なバランスをとっていた時代から特許のみ保有する相手が増加して自社の特許料の支払先が増える可能性が出てきました。また、自社の売り上げがそれなりにあれば特許侵害先に対して警告をするとカウンター特許により痛い目に遭うことも予想され、これがために権利活用を躊躇う場合も多々あります。こうなると、何のために特許を取得しているのか意味がわからなくなってきます。

こんなことを踏まえて、では自社の中期として何を考えるのか、という議論がしたかったと思っていました。もしかしたら結論としてはあまり変わらなかったかもしれません。しかし、部門全体として意識統一をする意味でもこの点の議論はきちっとしておいたほうがよかったように思います。別にSWOT分析をしろとまで言いません(するともっとわかりやすかったとは思いますが)。敵を知り己を知れば百戦危うからず、ということです。この点が今としてはちょっとだけ悔やまれます。

知財はオープンイノベーションを阻害するのか

前回の話とちょっと続きのような話になります。

オープンイノベーションを推進する側の人はどちらかというと現在の知的財産権体系(特に著作権)に対して非常に批判的であり、時に敵意を持って対応しているように思えます。では、現在の知的財産権体系はオープンイノベーションにとってそれ程害悪を及ぼしているのかと言われると、個人的には思うほどのことはないように思っています。

著作権の話は先鋭的になりすぎなのと、自分自身がやはり特許屋でありたいという願いがあるので、以降はオープンイノベーションと特許の話に絞ってみたいと思います。

オープンイノベーションが例えば従来から行われている産学官連携であるとか単純なスピンアウトであるとか狭い概念に留まっているのであるならば、個々の契約で対応はいかようにもできるのであり、スピード感が若干鈍るという問題はあるにしても根本的なところで特許制度がオープンイノベーションに対する阻害要因とはなり得ないと思っています。問題は、例えばLinuxのように複数の個人・団体がオープンにコラボレートし、個々の参加者の寄与度を判別するのが困難な場合、コラボレートの結果としてのイノベーションの成果に関する特許権の帰属は誰になるのか、ということです。コラボレーションの場を作る際に「成果物は全て場を作った企業または団体に帰属する」旨の誓約書を書かせてしまうのも一手法ですが、ある意味で旨みが出た段階で成果を掠め取るようなやり方でオープンイノベーションにドライブがかかるのか、ちょっと不安ではあります。

この問題の根本にあるのが、研究開発費をかけた成果は自分のものに所属し、それを独占排他的に使用する権利があるという特許制度の仕組みがあります。権利の独占排他性がその権利を所有する主体を明確にさせ、また、独占排他性を追求するがあまり特許法の目的である特許の利用を阻害させかねない可能性があります。では単純に権利主体を曖昧にし、特許の保護よりも利用を重視すればよいかと言えば権利を取得するインセンティブを大きく損なうことになります。

まだまだ自分の頭の中で整理し切れていないのですが、一つの手法として、特許権の独占排他性を弱め、ライセンスの付与により権利侵害の問題を処理し(当然、参入障壁としてのライセンスフィーの設定は必要となります)、このライセンスフィーを集合としての発明者に均等に分配することはできないかと考えています。オープンイノベーションをドライブするコミュニティにとって多額の報酬がインセンティブになるとは限りません。

とは言え、まだまだ自分の中ではオープンイノベーションという手法が常に有用であるかどうか疑問な点があります。Linuxコミュニティのように本業を持っているプログラマーが趣味で行うコミュニティならともかく、企業の研究開発の根幹に関わる主題の解決策が世界中に転がっているとは思いにくいのです。

Web 2.0的世界

今、ウィキノミクスという本を読んでいます。結構分厚い本なので、なかなか読み切れないのですが、ぼつぼつと読んでいます。

どういう内容かというと、Web 2.0的世界は単にインターネットの世界にとどまらず社会、特に経済システムにまで影響を及ぼす大きな流れとして実現しつつある、というものです。単純に言えば、オープンイノベーション論に通じるものがあります。つまり、ウィキペディアやオープンソフトウェアの流れを例に挙げて、情報やイノベーションは企業内部のみで閉じるものではなく、むしろ外部のオープンなものに任せたほうが低コストでしかも質が高い、という論調です。

こういった論議をどのように受け止めるか、非常に難しいと個人的には思っています。ウィキノミクスの著者は非常に楽観的に「いずれすべての社会はそうなるさ」といった論調で、Web 2.0に乗り遅れた企業なり個人はオープン化の流れに飲み込まれてしまうといった言い方をしています。これは、もしかしたらアメリカ的な発想かもしれません。自分は実に日本人的に懐疑的に受け止めてしまいます(^^ゞ。

確かに、ウィキペディアやオープンソフトウェアに見られるような知識のフラット化、オープン化の流れは止めようがないでしょう。しかし、すべての社会、特に経済システムがフラット化、オープン化してしまうかというと大きな疑問があります。それは、Web 2.0的社会は情報をインターネット上でオープンにできてこそ実現するものであり、実社会の情報なり知識は全てインターネット上でオープンにできるわけではないからです。比喩的に言えば、形式知はインターネットと親和性が高いのでオープン化に適しています。Linuxに見るように、プログラミングとはまさに形式知ですから、これをインターネット上でオープンにすれば大きな進展が見られると思います。しかし、多くの製造業は暗黙知の集合から成り立っているので、これをインターネット上で公開するには多大な苦労が必要ですし、オープンにしたところで暗黙知から形式知に変換したところで不可逆的な変質が起こってしまう可能性があります。従って、Web 2.0的社会は全世界的、全産業的に実現するものではなく、社会と人類に大きな果実をもたらすものの、全てを変革するほどの力は持ち得ないと思っています。

加えて、Web 2.0的社会はウィキペディアであれオープンソフトウェアであれ参加者の自発的かつボランティア的作業を前提としています。人間は場所さえ与えられればボランティア的作業であっても嬉々として行うのだというある意味で性善説的な、あるいは楽観的な価値観を前提としています。しかし、Web 2.0的社会であっても貨幣経済上に成り立っていることは避けることができず、参加者は何らかの形で(Web 2.0的社会からであれ別の手法であれ)金銭的報酬を得る必要があります。Googleはサイト上の広告収入で莫大な利益を得ていますが、この手法が常に通用するとは限りません。

さらに、Web 2.0的社会には知的財産に関するリスクが常に横たわっています。IBMはLinuxをベースとしたビジネスを大きく展開していますが、IBMの選択は自社が主導していたOSが振るわなかったからという背景があるにしても、それまでに培ってきたコンピューターの知的財産(資産といってもいいでしょう)があるからこそオープンなプラットフォームに自社のビジネスの主導権を委ねても問題ないと考えたのではないか、と思っています。つまり、Linuxに関して他社が特許侵害訴訟を提起してきた場合でも、IBMが持つ特許資産で十分はね返せる、というある意味でのリスクマネジメントができると考えたからこそIBMはLinuxを選ぶことができた、ということです。

オープンソフトウェアを推進する立場の人からすると、知的財産というのは厄介な阻害要因としか思われていないようで、著作権であれ特許権であれコモンズというバッファーゾーンが必要である、できるならば知的財産による保護なんてないほうがいいという強硬な議論すらあります。しかし、企業にとって知的財産による一定の保護はR&D費用に見合った分は当然要求したいところですし、これを安易に放棄すべきという議論は全く受け入れられません。このあたり、常に議論が平行線になるところです。

これ以外にも、オープンイノベーションに関してウィキノミクスでは非常に楽観的に考えている(場があれば活発な取引があるべき)など議論したいところが多々あるのですが、長くなるので今日はこの辺で。

知財戦略コンサルティングシンポジウム

ちょっと遅くなりましたが、先々週の土曜日(3/8)、特許庁、関東経済産業局、広域関東圏知的財産戦略本部
が主催する知財戦略コンサルティングシンポジウムに参加してきました。会場は500人規模の参加者で熱気に溢れていました。メインの講演者(鮫島さんという古くからの知り合いである弁護士、弁理士です)が言うには、この手のシンポジウムは日本で初めてではないかということでした。

主催者である特許庁、経済産業省はここ数年中小企業に対する知財戦略コンサルティングに力を入れており、これに呼応するようにして、企業を定年あるいは早期退職した知的財産担当者の方が知財戦略コンサルティングとして独立する動きが近年目立っています。私はシンポジウムのあとに開催された懇親会ならぬネットワーキングパーティにも参加したのですが、そこで目立ったのは知財戦略コンサルティングを生業としている人ではなく(当然まだまだ少数派ですから)知財戦略コンサルティングという未開の分野を目指して一攫千金を狙う企業の知財担当者たちでした。

さて、肝心の内容ですが、なかなか濃い内容であったと思います。しかし、自分としてはちょっと不満が残りました。と言うのも、知財戦略コンサルティングとはいえ、例えば経営コンサルティングやITコンサルティングといった既に一定の実績がある先行した分野から見ると、シンポジウムで語られていた事項は既に「そんなの聞いたことがあるよ」と言うことばかりだった気がしたからです。一例を挙げると、知財戦略コンサルティングには一定の手法はなく、顧客である中小企業に合わせてカスタマイズしないといけないであるとか。ですから、知財戦略コンサルティングには当然ながら知的財産(経営)に関する専門知識が必要ですが、一定の知識さえ得ることができれば経営コンサルティングやITコンサルティングの専門家であれば十分知的財産コンサルティングを行うことができるのではないか、という気がしました。

と言うことで、自分は遠回りではありますがコンサルティングの手法や過去の経営コンサルティングやITコンサルティングの事例を勉強することにしようと考えています。本当は中小企業診断士の資格が欲しいところですが…。

親父との対話

引き続き平井堅ネタで。

NHKのSONGSで平井堅が2004年に父親を亡くして、その年の紅白歌合戦に色んな思いがありながら「瞳を閉じて」を熱唱できたことを話していました。

ご存じの方はご存じかと思いますが、自分も父親を2003年に亡くしています。あれから5年経とうとしています。何となくそのことで平井堅に親近感を持ってしまいました。

自分の場合、一番悔やんでいることが、親父に孫の顔を見せられなかったことです。親父も晩婚で子供ができるのが遅く、自分も晩婚で子供ができるのが遅かったので、親父が決して早死にではなかったのに孫を見せることができませんでした。親父が小学校の同窓会に行くと周りはみんな孫の話で盛り上がっているので自分は子供(つまり自分ですね)の自慢を延々としていたそうです。決して子供嫌いではなかったので、父親が存命のうちに孫が生まれたらどんなに喜んだろうと思います。

今、自分が父親になって、自分が子供のときに父親はどんな心境だったのか聞きたくなることが結構あります。そんなときは心の中で父親と対話をします。「自分が3歳の頃はどんな子供だった?どんな風に見ていた?」当然、答えがあるわけではありません。結局、父親の背中は遠いところにあります。でも、自分の気持ちの中ではどこかに父親の姿があって、自分とそして自分の子供を温かく見守ってくれているように思っています。

発声法

いやいや、長い間ご無沙汰していました(って誰も期待してないって?)。会社のほうで知財中期戦略の立案事務局に入って長いことそちらの業務にはまってしまい、全然暇がなくなってしまいました。やっと一息ついたので、ぼちぼち再開します。話題も知財ばかりではなく、肩のこらない話も。

で、早速くだけた話を。今週のNHK SONGSで平井堅が出てきました。いやいや、いいですねぇheart01歌もいいけど声もむちゃくちゃいい。力んでいない、っていうんでしょうか、するするっと耳の中を通っていきます。

平井堅の発声法を見ていると、自分がゴスペルを習っていたときの理想的な発声法に非常に似通っていると思います。

① 声を自分の額に当てるようにして喉にはできるだけ負担をかけない
② 力まず、声が自然と出るように
③ 大口を開けるのではなく、口角を上げるようにして声を出す

どちらかというと喉をからして力んで歌っているミュージシャンが多い中で、実に理にかなった発声法をしているなぁ、と感心してしまいます。こんなことを思いながら見ている人は少ないかもしれませんね。

ああ、また歌いたいなぁhappy01

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