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2008年6月

知財部門の制度設計

会社の中で知財部門をどのように位置づけるかについて、実は非常に大切な議論なのですが、表だって論じた本や論説は数多くありません。私が知る限りでは、「役員室にエジソンがいたら」第3章(この本はEdison in the Boardroomという名著の訳ですが、日本語訳になった際に抜かされた章があったり日本語的に「?」という箇所があったりするので原著をお読みになるといいです)と、知財管理誌(日本知財協会発行)のこの論説(ネット上には抄録しか公開されていないのでごめんなさい)くらいです。「役員室に~」の該当箇所は数ページしかありませんが、非常に簡潔でありながら問題部分の本質を適切に論じていると思います。知財管理誌の該当論説は、ちょうど論説が発表された2000年頃に盛んに議論された分社化、カンパニー制に対応してどのように企業内が機能分散した場合に知財マネジメントをするか、というポイントについて論じています。

知財部門の制度設計は、「役員室に~」でも指摘されているとおり、企業風土や文化に依存する部分が往々にしてあります。加えて、事業部が全国に分散しているかある程度集中しているかによっても変わります。一番の目的は、事業部に所属する発明者や事業部マネジメントとの間で良好なコミュニケーションを取り、いかに良好な形で発明を発掘するか(この表現には単純な発明掘り起こしというニュアンスだけではなく、より源流に遡って発明創出までマネジメントしてしまう、というニュアンスも含みます)、そして、研究開発→設計→製品化のプロセスの中に知財業務を織り込んでいくか、ということにあります。一方で、知財部門も一つの部門ですから、どれだけの権限を持ち、また、部門としてどのようにマネジメントするか、という部門管理の点からも考えなければなりません。

非常に単純に言えば、知財部門が本社部門の一つとして機能し、知財業務を本社にいながら行うケースと、知財部門が事業部の一つとして機能し、知財業務を事業部にいながら行うケースとに分けられます。後者の場合でも、本社部門には最低限のコントロール部隊が必要になりますが。また、事業部に知的財産を(兼務という形でも)担当する部隊を置くのか、知財業務の全てを知財部門で行うのかでも分けられます。キャノンの場合、発明者教育が非常に行き届いており、「論文読むなら特許を読め」などの格言があるようです(この記事をご覧ください)。ここまで徹底すると知財部門は権利形成、ライセンス、訴訟対応といった狭義の知財業務に専念することができ、集中管理もかなり楽になることが予想されます(キャノンの知財部門が本社に集中しているか確認してませんが)。知財業務はどこの会社でもやることは大差ないはずなので、事業部との切り分け方如何で制度設計ができるはずですが、しかしながら上に述べたように過去の経緯であるとか企業内でのエンジニアの待遇など(これらを総称して企業風土、文化と言ってしまいます)で各社各様な制度設計になります。

正直なところ理想論はあっても現実解は幾つもあるというところです。この理想と現実の隙間で知財担当者は日々苦労しているわけですが…。

知財学会に行ってきました

日本知財学会の学術研究発表会に行ってきました。

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なんと3年ぶり。とは言え、今年は基調講演でうちの会社の役員がスピーチをするので、そのアテンダント及びPC操作員として出席しました。関係者として無料で出席できたんですが、折角だから予稿集も欲しいと思い、金を払って参加扱いにしました。旧知の皆さんとお会いできたのがよかったかなぁ、と。本当は全日参加して色々と見て回りたかったのですが、相変わらず土曜日は子育てでいっぱいいっぱいなので、昼飯を食べてさっさと帰ってしまいました。来年こそは、暖めているネタで学会発表したいと痛感しました。やはり、こういった学会は現役でいてこそ、という気がします。

さて、予稿集を見た範囲では、聞きたいと思った発表は幾つかしかありませんでした。地道なアンケート調査とかフレームワークの提言及び検証、数値的モデルの提案というのも結構あったのですが、まだまだ実地での適用は難しいな、という印象が強かったです。特許戦略と題したものも目新しさがあるわけではなく、また、実際に特許戦略を立案した経験なく皮相な理論というか主張だけで終始したものばかりでした。予稿集を見ると知財学会の幅の広さは実感できるのですが、奥行きの深さはまだまだであると思えます。

批判するばかりでおまえはどんな大層な議論ができるんだ、というご批判はあると思います。早くこの状況から脱さないと…。

知財分野の研究と実務

知財関係の本を読んでいると、純粋な学者と呼ばれるような人たち(知財に関する実務を経験したことがないという意味で)が書いた本と、逆に研究生活を全くすることなく実務経験だけをしてきた人たちが書いた本と二分されるように思います。そして、これら2グループの人たちが書いた本の内容はこれもまた二分されるように思います。端的に言えば、学者と呼ばれるような人たちが書いた本はそれまで発行された本の内容+実務経験を背景としない研究生活での見識に止まり、実務経験だけをしてきた人たちが書いた本は参考文献がほとんどなく自らの実務経験に基づいた見識に止まっているように思われます。これは当然と言えば当然で、もしかしたらほかの業界でもあり得ることかもしれません。

その背景としてあることが、知財業界においては知財実務を行う企業と研究を行っている大学や研究所との間に人的交流がないことがあると思います。加えて、大学や研究所が行っている研究内容が企業にとってあまり参考にならない内容であったことも考えられます。今まで、大学や研究所で知財関係で行ってきた研究は、主に知財関係の法律に関する研究が主でした。企業にとっては法律解釈の参考になることはあっても、直接的に企業の知財実務に参考になる内容が大学や研究所から得られることは少なかったと言えます。このため、企業は日本知財協会ライセンス協会という企業団体を通じて知財実務に参考となる知識を得てきました。これは、残念ながら日本知財学会という知財全般を扱う(ことのできる)学会ができても変わりがないようです。日本知財学会については既にこのBLOGの記事でも取り上げたように、大学や研究所のみの発表の場に止まっており、企業との広範な交流の場にはなっていないです。つまり、大学や研究所の研究内容は企業の知財実務の欲する内容と平行線上にあるように思えます。

大学や研究所の研究内容と企業の欲する内容とがシンクロしている分野は幾つもあります。一番いい例がMBAに代表されるビジネススクールです。ビジネススクールの場合、企業から参加した学生が自分の企業での課題を持ち寄り、これをケーススタディとして研究することで企業の欲する内容を提供することができます。これが好循環を生み、企業と大学や研究所との間に好適な関係を築くことができています。知財分野の場合も、これに類することができればいいのですが、まず、企業の欲する内容を研究する大学や研究所が圧倒的に少なく、加えて、上に述べたように大学や研究所が企業の欲する研究内容を提供するに至っていません。

どうするか…知財を法律という(敢えて言いますが)狭い範囲のみで研究するのではなく、イノベーション論や計量経済学といった多方面からの切り口で研究する「」が必要なのではないかと考えます。ニーズはあると思うのです。

パテントトロール雑感

(今日の記事はPDFをリンクしている箇所がいくつかありますのでリンク先をたどる際はご注意を)

最近発表された知的財産推進計画2008にもいよいよパテントトロールの問題が取り上げられるようになりました。パテントトロールって何?と言われると難しいんですが、イノベーションと知財政策に関する研究会報告書(案)によると、「例えば、自らは研究開発や製品の製造販売等を行わないにもかかわらず特許権を保有し、その特許権を行使して他者から高額な和解金・ライセンス料を得ることを目的とする個人や団体等を指すとする見方がある」と紹介されています。

パテントトロールは、主に米国で問題視されています。現実的に、製造業を中心にパテントトロールと思われる特許権者から訴訟を提起され、損害賠償金が認められた事例もあるようです(事例は結構な数があるのでリンクは張りませんが)。問題は、製品を製造している企業間の訴訟であればカウンターで特許を提示して(時に訴訟合戦になってしまいますが)一方的な差止であれ損害賠償金を取られることはないのですが、パテントトロールの場合自らが製品を製造していることは滅多にない(皆無と言っていいです)ので、カウンター特許を提示しようとしても提示できずに損害賠償金を取られっぱなしになることです。

特許権者が自ら所有する特許権に基づいて権利行使をすること自体法律的に問題ないことではありますが、そもそも特許権は自らのR&D活動に基づくものであるにもかかわらず、パテントトロールと呼ばれる個人または団体はライセンス料欲しさに倒産等の関係で手放さざるを得なかった特許を買い漁り、自らはR&D活動をしていないにもかかわらず権利行使してくるところに問題はないのか、という提起がされています。ただ、権利侵害をしているかどうかというのは専ら事実行為と考えられますから、パテントトロールは倒産等の関係で手放さざるを得なかった元権利者に成り代わって権利行使をしてライセンス料を徴収しているとも言えるわけです。

パテントトロールが米国で主に問題視されている理由の一つは、私が考えるに上に書いたように特許権自身が財産権として売買の対象とされる流動性が他国に比較して非常に大きいことにあると思います。加えて、R&D活動が大企業ばかりでなく中小企業、ベンチャー企業でも盛んであるため、有用な特許が大企業に止まらずに多数の企業に存在するというある意味での米国でのイノベーションの活発さにも理由がありそうです。大企業の場合、道義上の観点もあるのか不要特許をパテントトロールに売却することは滅多になさそうです。そして、上述したイノベーションと知財政策に関する研究会報告書にも記載されていますが、米国の場合特許訴訟の損害賠償金が高額化する要因がいくつかあり、これがパテントトロールをビジネスとして成立させている背景にあると思います。

米国も手をこまぬいているわけではなく、例えばeBay最高裁判決では製造等していない原告からの特許権差止請求に対して一定の歯止めをかけるような基準を示しています。また、イノベーションと知財政策に関する研究会報告書にも記載されているように、次期大統領候補のオバマ氏もマケイン氏も現在の特許訴訟が行き過ぎた側面を有しており、是正すべきとの見解で一致しているようです。

さて、パテントトロール対策として考えられるものとして、これもイノベーションと知財政策に関する研究会報告書に記載されていますが、特許権の行使に関する民法上の権利濫用理論の適用があります。ただ、パテントトロールが権利行使をする際にそれがどの程度権利濫用に当たるかどうかについては非常に難しい論点を抱えていると思います。例えば大企業であってもその分野は事情があって撤退したが特許だけ保有しているという事例はあるわけですし、これまで権利濫用だと言われたのではたまらないでしょう。理想論から言えば製造業者が完璧にパテントクリアランスをすればパテントトロールの出番はなくなるのですが、これは現実には無理(特に電機業界では)です。そうなると、効果のある解決策はすぐには見つかりそうにもありません。

パテントトロール対策という面では米国における特許訴訟の高額化を抑制する動きが一番期待できるところのように思います。とは言え、企業としても何らかの対策は必要なのですが…パテントトロールが特許買収をするんだったら企業だってすればいい(メリットはたくさんあります)のですが、ちょっとアンテナを張るには大変なので、重点項目を決めて特許買収をかけるといった手段しかなさそうです。

プロジェクト管理できるかな

昨年末に中期計画を立て、そろそろ半年が経つので進捗確認会議をしようということになり、ばたばたと準備をしております。お粗末なことながら、中期計画を立てて日常レベルでの進捗確認は事務局としてそれなりに把握していましたが、改めて中期計画とのズレを検証することはしておらず、寝ぼけた話になりはしないかと心配しています。

考えてみると、知財業務においてこういったプロジェクトの管理進捗をするというのは結構珍しい話です。と言うのは、権利形成業務であれば法定期限に縛られてプロジェクトを管理するまでもなく粛々と業務は進んでいくものですし、出願件数や出願費用の進捗管理はしていても「出るものは出る、出ないものは出ない」世界でもあるので、事業本部ほどの厳しい予算管理をしてもそれで実務に影響が出るのでは本末転倒です。訴訟についても個々の案件は法定期限に追われてプロジェクト管理云々ではありませんし、全体の件数や費用も自社が被告になる案件は相手任せですから(訴えるなとは言えませんからね)管理のしようがありません。権利活用に関しては一応の目標は立てますが、交渉事は相手があることですので目標通りに行ったら万々歳です。敢えて言えば中期計画のような特許戦略マターはプロジェクト管理がうまくいく範疇の事項でしょう。

とは言え、事業本部でプロジェクト管理をしていた人間がそんなに知財部門にいるわけでもなく、スケジュールを立ててもなし崩し的に破られることが多いのが情けないです(これは自分のところの会社だけだと思いたいのですが…)。事業戦略と知財戦略の融合を標榜するのであれば、まずはこういった事業本部では当たり前にしていることを知財部門でもできるようにしなければ、と痛感します。

またパソコンを買い換えました

またパソコンを買いました。1年前は自分がメインに使うノートパソコンだった(記事参照)のですが、今回は一家で使うデスクトップパソコンです。前の機種はその頃流行っていた自作PCで、CPUがPentiumⅢ1GHz、メモリが256MB(その後512MBに増設)、ハードディスクが30GB、OSがWindows 2000(その後XP Proにアップグレード)というスペックです。作ったのが約7年前で、メールやインターネットをやっている分には全く問題なかったのですが、子供が生まれてから大量のデジカメデータを保管するようになり、この管理をするには明らかにパワー不足でずっといらいらした思いをしていました。デジカメデータがかなりの容量を食うようになり、HDの残り容量が3GBになった時点で思い切って買い換えることにしました。

買い換え自体は結構前から(1年以上、つまりノートパソコンを購入する頃から)考えていました。ポイントとなるのが、今後数年にわたって買い換えが不要なスペックにすることでした。今後、画像データ、動画データを大量に扱うことになるでしょう。そうなると、CPUとグラフィック性能は高いに越したことはありません(値段との相談であることも間違いないですが)。HD容量も譲れません。一方、家庭で使うとはいえ、画像データ等の処理以外に使うのはメールとインターネットですから、極力プリインストールソフトウェアを入れておきたくないとも思います。こう考えると、市販のモデルではどうもぴったり来るのがありません。そこで、あれこれBTOサイトを探して、Epson DirectかHPか、どちらか、というところに絞り込みました。Dellは安くていいんですが、どうもBTOの組み合わせがぴったり来ないので断念しました(欲しいモデルのCPUパワーがどうも弱いのです)。

Epson Directの場合、注文から2日で到着するという素早さとアフターサービスが充実しているとの噂があり、メインに考えていました。HPの場合、どちらかというと法人販売がメインで全体の9割を占めていると聞いたので、個人で買った場合どうかな、という不安があったのです。ところが、正式に購入しようとしてHPのサイトを開いたら、CPU、メモリ、HDのキャンペーン中でグラフィックボードもおまけにキャンペーン中ゆえ激安になっており、値段にぐらっと来てあっさりHPで買うことにしてしまいました(^_^;)。なんだか節操がないですね。まあ、アフターサービスも電話サポートが1年間無料とのことですし、普通に使っていれば問題は生じないだろうとの割り切り方で。で、モデルはv7480jp/CT2008夏モデルで、CPUはCore2Duo 3GHz(FSB 1333MHz)、メモリは2GB、HDは500GB、グラフィックボードはNVidia GeForce 8500、OSはWindows Vista Home Premiumという結構なハイスペックになりました。これで何年間かは問題ないでしょう(^^)。

昨日からデータの引越作業をしています。デジカメデータはバックアップの意味合いを兼ねてDVD-Rにせっせと焼いています。他のドキュメントはわざわざメディアに焼くこともないかと思ったのですが(ネットワークを介してノートパソコンに一時的に移動すればよいので)、まあDVD-Rも安いからと思い、これもDVD-Rに焼きました。都合7枚もかかりびっくり!今日からセッティング作業にかかろうと思っています。

子供が段々と大きくなってパソコンで何ができるかがわかるようになっています。今度買ったパソコンは、子供が縦横無尽に使うようになると思っています。楽しみでもあり、データをいじられたらどうしようとの不安もあります。ちょっと考えないとなぁ。

明細書の質と特許戦略

最近考えを巡らせていることがあります。それは、明細書の質を高めることと特許戦略との間にどのような相関があるか、ということです。

明細書の質を高めるというのはちょっと抽象的かもしれないので、ここでは権利範囲をできるだけ広く、かつ無効審判で簡単に無効にされないような従来技術との差異が明確に主張できることを指すことにします。この、「明細書の質を高める」行為は、出願から中間処理にかけて弁理士が目指す究極の目標だと思います。これこそプロフェッショナルの仕事だと言えます。

しかし、いくら質の高い明細書を書いたところで、それが特許戦略上必要不可欠かと言われると実はそうでもないのです。一番いい例が、いわゆる周辺技術の明細書はその実施形態に関する権利を確保すれば十分な場合が往々にしてあり、明細書の質を高める行為を究極までする必要はありません。同じようなことが「枯れた技術」に関する明細書についても言えます(枯れた技術だからこそ必須特許や有用特許は既に取得済みであり、周辺技術に限定されるとも言えますが)。

この当たりは、企業の特許担当者にとっては自社/他社の技術が俯瞰でき、出願すべき技術の位置づけが明確になっているので自明のことなのですが、そういった情報が代理人たる弁理士に伝わっていない場合、必要以上の労力をかけて明細書の質を高める行為をしてしまい、結果として代理人の行為が空回りしてしまう結果ともなります。加えて言えば、代理人たる弁理士は出願人の特許戦略にどのように貢献できるのか、という根本的な質問にもつながります。いくら明細書の質を高める行為をしても、それが出願人の特許戦略に貢献できないのであれば、弁理士としてのプロフェッショナリズムはどのようにして発揮したらいいのか、というインセンティブにもかかわる話になります。

そもそも、特許戦略上どのような場合に明細書の質を高める行為が必要とされるのかを考える必要があります。明細書の質をある軸で考えた場合、特許戦略としてさらに考えるべきは技術の質であるとも言えます。つまり、必須技術→有用技術→周辺技術という軸で考えて、明細書の質に関する軸と交差する平面で考えるといいように思えてきます。ただ、この2軸で考えると、必須技術の明細書の質は高くあるべきである一方、周辺技術の明細書の質はそれ程高くても構わないという一定の相関のみ導出できるようにも思え、あまり平面で考える必要がないようにも思えます。唯一の例外として、規格関連の必須技術は明細書の質がそれ程高くなくてもある規格の一部でもサポートできていればそれはそれで許される(それを目的とすることは本末転倒ですが)ように思えます。

加えて、特許戦略として出願戦略とライセンス戦略とを統合しようとした場合、他社との関係(特許力の比較、売上の比較など)に関する考察が抜けているようにも思えてきます。こんなことを寝ながら考えているうちに五里霧中状態になり、結局話が進みません。特許戦略に明細書の質が無関係とは言えなさそうですが、それ以外の軸をどのように考慮するか、ここがキーとなりそうです。

平凡な日常こそ幸せ(その2)

今日は久しぶりに知財と関係ない話題で。

息子が4歳の誕生日を迎えました。3歳の誕生日の時もこのBLOGで記事にしましたね。あれからもう1年経ってしまいました。4歳の誕生日を無事迎えることができて、うれしいよりも何となくほっとした気がしました。このところ無味乾燥で無節操な話題ばかりがニュースに出てきます。特に、送り迎えをしているとは言え、幼稚園に通って午後は公園で遊んでいる子供にとって、外部の環境は決して安全とは言えません。そんな中で、毎日楽しく遊んでいる子供の姿を見るたびに、微笑ましく思うと共に毎日無事であってよかったと安堵の気持ちを持ちます。

4年間、確かにあっという間でした。街中で赤ちゃんの姿を見ると、子供もかつてはこんな頃があったと懐かしく思います。このことを子供に伝えると、「××(子供の名前)は赤ちゃんじゃないよ」とちょっと不満そうに言います。それはそうです。子供にとっては今現在が自分の姿であり、赤ちゃんは自分とは違う存在に思えるでしょう。きっとかつては自分もそうだったんだろうと思います。しかし、親はそうではなくて赤ちゃんの頃からずっと子育てをしていてその頃はその頃の苦労があり喜びがあり、そして今になって思い出してみると懐かしくなるわけです。あっという間と言いながら、子供はどんどん成長していきますから、その時その時の苦労と喜びがあります。と言いつつ、こんなことを繰り返しているうちに子供はどんどん大きくなって親離れをするんだろうな、と思うとちょっと寂しい思いもします。

今は、幼稚園中心の生活です。幼稚園では特に大きな問題もなく、毎日思い切り遊んでいるようです。家に帰ると幼稚園で習った歌をいっぱい歌ってくれます。その日あったことも時々教えてくれます。自分より年下の子を優しくお世話していると聞きます。明るく、楽しく、優しく、そんなままでずっと成長してほしいと今は願うばかりです。

無理難題な特許戦略、かな

あるとき、知財部門の部門長がこんなことをつぶやきました。「日本で特許出願したものを全て外国出願し、全て審査請求して全て登録できないのかなぁ」と。当然、無理難題も含まれていますが、理想論としては間違っていない話です。

言うまでもなく、審査請求は誤算的出願、陳腐化出願、防衛的出願、基本的出願、流行的出願等種々の目的と価値のものが混在している出願の中で、出願人が真に権利化を希望する出願のみを審査の対象とすることで全体として審査の促進を図るものであり(「特許法概説」参照)、そもそも出願したものを100%審査請求することは現実には非常に困難です。しかし、そもそも出願とは権利化を希望するための行為であり、出願はしたものの審査請求をしない出願というのは(拡大された先願の地位及び公開による新規性排除効を確保するという役割はあるものの)かなり無駄な金銭と労力を費やしていると共に、ライバル会社に対して自社の貴重な技術情報を無料公開してしまい、意図せぬ技術流出につながりかねない弊害があると言えます。

また、グローバルに活動している企業にとって、日本のみで権利を取得することに大した意味はなく、商品が製造され流通され販売される全ての国、地域において有効な特許権が確保されることが最も好ましいわけです(当然、費用対効果を考えて出願国の厳選は必要ですが)。

そして、折角審査請求したのに新規性、進歩性なしとして拒絶査定されると、それまでの金銭と労力が無駄になるばかりでなく、その背景にある企業の技術開発及び商品開発に影響を及ぼしかねません。これは、審査請求検討時に特許性なしとして判断され、審査請求を断念する場合も同様です。

こう考えると、部門長が言ったことは理想論ではあるものの、非常に理にかなった話であり、特許戦略のある意味での究極的姿であるとも言えます。

かつて、私が勤務していたゲーム会社は年間200件程度の出願しかしておらず、日頃からどの部署がどのような技術開発をし、また、他社の動向も(大した件数がないので)日頃から公開公報を読むことでほぼ把握できていたので、出願=権利化というつもりでいましたし、日本のみで販売するゲームばかりでなく好評であれば海外へも販売するし、しかも海外には無節操に物まねする企業も多数いましたので、海外出願も積極的に行っていました。当然、アイデア出願というものはほとんど無く、出願の背景には必ず製品の技術開発が伴っていました。従って、審査請求率はほぼ100%、海外出願率もかなり高く、特許査定率も軽く50%を超えていたと思います。ある程度の規模の企業になるとこういったきめの細かい特許戦略を取ることは難しくなりますが、数百件レベルの出願であればできない相談ではないように思います。かなりの部分は担当者の意識によるのではないでしょうか。

MOTとプロジェクトX

本来はipiipiという私が参加している知財系SNSでの話題なので、そこで議論した方がいいのですが、ちょっと炎上しそうな状態なので、ここでこそっと話をします。

議論の内容は、MOT(技術経営)と「プロジェクトX」的プロジェクトの進め方の対比をある方がされていて、MOTは合理的手法により技術開発テーマの選定及び進行を行うのでプロジェクトXのような成功例は望めない、という人がいて、一方、MOTは技術の種を早期に育てるものであり、MOT的発想は日本的経営手法に合致しているという(よく考えると噛み合わないような)人がいて、見た目対立したような形になっています。

そもそもMOTって何?という議論からしないといけないのですが、MOTという用語の定義も結構あって(例えばこれとかこれとか)定説的なものはなさそうです。ただ、少なくともMOTの始まりはMITのSloanスクールからであり、米国ではMOTスクールが多数あること、大体の人が挙げているのは「技術をベースとした企業経営」という内容であること、MOTがこのところ日本で取り上げられているのは、日本が優れた技術を持ち、多額の研究開発費を投資しながら経常利益率は(電機業界を中心として)低迷しており、これを打開するためにはMOT的発想が必要だとの危機感に基づくことは大体共通しているようです。

私の印象では、MOTとは技術を通じて企業経営の最適化を図る手法であり、この中には研究開発マネジメント、技術をベースとした経営戦略論が含まれると思っています。つまり、いかに将来の企業の利益の源泉となるR&Dテーマを選定し、これを継続的に育て、事業化を図るか、そして、技術開発力を通じて事業の延命化を図るか、さらには事業の撤退の判断をするか、ということが大きなテーマになってくると思います。こう書くと、儲けに直結しそうなR&Dテーマのみを選定して、つまり事業の効率化のみを目的にR&Dテーマを選定して長期間にわたり困難な課題を解決しなければならないR&Dテーマを切り捨てる発想になりがち、との批判も出そうですが、逆に言えば、効率化を主目的としてR&Dテーマを選定するのであればこれほど楽な研究開発マネジメントはなく、むしろ、いかに将来大化けする可能性のあるR&Dテーマの目を摘まないか、ということに苦心しているのが今の研究開発マネジメントのテーマであるように思っています。当然、限られたR&D予算をどう配分するかという中でメリハリを付け、さらには一定のテーマへの絞り込みをすることは必要なのですが、そういった制約の中で有望なR&Dテーマを切り捨てない努力が必要とされていると思っています。serendipityを偶然の結果に終わらせず、研究開発マネジメントに取り込み努力が必要なのです。

一方、最初に紹介した人が言うプロジェクトX的な発想は、厳しい言い方をすればプロジェクトマネジメントの失敗例を紹介しているようなものであり、難問とされる技術開発を当事者のたゆまぬ努力と上司の目を盗んででも技術開発を継続した粘り強い意志とで達成した、と言えるように思います。ただ、プロジェクトXに紹介されている具体例を冷静に見ると、実は直属の上司は当該技術開発の将来性を見抜いており、わざと見て見ぬふりをしていた場合や、技術開発のメインストリームにはなかったかもしれないが継続的R&Dテーマとして地道に行った結果の成功例である場合があり、単純な美談として捉えるべきではない例も含まれています。

こう考えると、「プロジェクトX」的発想とは諸手を挙げて賛美するほどのことでもなく、むしろ今後はMOT的発想に基づいて企業の利益に直結する研究開発マネジメント、技術開発を行うべきであるように思います。

…とまあ、書き連ねてきましたが、このあたり自分がinvolveしたくても実際の業務でできないのがちょっと悔しいところ。

専門分野を持たない悲しさ

あまりプロフィールページには書いてありませんが、実は知財業界歴は非常に長く、既に20年を超えています(^_^;)。弁理士登録からの年月も来年で20年になります。それにしては、会社でも平社員ですし、知財業界内でのポジションも何もないので寂しいばかりです。

同じような経験を持っている弁理士先生と比べると、知財関係の専門分野というのを特に持っていないので弁理士ということだけで考えると競争力のない人間だなぁ、と思ってしまいます。ただ、企業勤めが20年のうち半分以上ありますので、一応企業で担当した分野は専門分野と言っていいのかもしれません。そうなると、ソフトウェア全般、ということになります。かつては、ソフトウェア発明に詳しい弁理士のなかで5本の指に入りたい、などという大言壮語を述べていたこともあるような(大汗)。ただ、今の発明はなにがしかの形でソフトウェアが関係してくることが多いので、これもあまり売りにならないかなぁ、とも思います。以前は、ソフトウェアの発明成立性及び実現可能性に結構な議論があったので、ソフトウェア発明の明細書作成にはそれなりのスキルが必要だったのですが、プログラムまで発明だと定義されてしまった今ではごく一般的な明細書作成技術で対応できるように思えます。当然、権利化後の話、例えば訴訟時の対応や特許評価といったところはソフトウェア独自の問題が未だにあると思うので、このあたりは今後の勉強課題かもしれません。

自分が今目指している知財戦略コンサルタントも専門分野と言っていいのかもしれません。しかし、まだ私はコンサルタントではないので、将来の専門分野と言うべきでしょう。とは言え、知財戦略コンサルタントって何、という定義が曖昧な現状では、知財戦略コンサルタントの専門家を目指すと言っても何を勉強したらいいのか明確な道があるわけではありません。このBLOGでもあれこれ話をしてきたことのおさらいになりますが、自分なりに考えると、

① (中小企業を中心とした)企業経営に関する基本的知識
② (ITコンサルタント等を参考にして)コンサルタントに必要な基礎的スキル
③ 知財戦略立案の経験
④ 経営と知財とを結ぶ動機付けに関する気付き

といったところが必要なのではと思っています。どれをとっても自分にはまだ欠けていますね。とは言え、コンサルタントってOJT的な成長を遂げるようにも思うので、「まずはやってみる」という姿勢が重要のようにも思います(これもこの間書きましたね)。

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