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2008年9月

知的財産権制度の現状を考える

このところBLOGの更新が滞りがちで申し訳ありませんm(__)m。お偉いさんの外部での講演資料を代理で作っている作業が何本か並行してあり、この作業に全精力を使ってもまだまだ足りません(x_x)。この状態が8月中旬から続いているのですが、終わりが見えません。と言うことで、もう少しBLOGの更新作業の間が開きますが、ご了承を。

この間、かなり色々な資料を調べることが多く、勉強をさせていただきました。米国の特許法改正議論、模倣品の現状及び対策、世界的な特許法のハーモナイゼーション、オープンソースのライセンス条件、環境問題と特許…既にこのBLOGで記事にした内容もありますが、それ以上の範囲で調べ物をしていました。米国の上院/下院のサイトや米国裁判所のサイト、WIPOの統計などなど、できるだけ原典に依拠した資料を作成しようとしてあちこちを巡っていました。そんな中でおぼろげに思ってきたのは、現在が知的財産権制度にとって大きな転換点になるのでは、という感覚です。

その理由についてはこのBLOGで色々と挙げてきたことです。IT業界にとっては全ての環境がデジタル化することが大きな理由です。デジタル化により1つの製品に対して参入者が飛躍的に増大し、これに伴い、関連する特許が指数関数的に増加してきました。いわゆる特許の藪(Patent thicket)です。これにより、特許保有者といえども自身の特許のみで自社技術を守ることが難しくなりました。特許における「アンチコモンズの悲劇」とも言える状況です。IT業界はパテントプールにより自社特許の有効活用及び他社特許のスムースな利用を図る手段を取りましたが、パテントプールの数が膨大になるに伴い、結果的に一つの製品に対して課せられるロイヤリティは高額の一途をたどるばかりです。中国メーカーのように、低価格を自社の競争優位の一手段としているメーカーは、確信的にロイヤリティを支払わない暴挙に出ています。

製品のデジタル化は、製品の研究開発に占めるソフトウェアの率が高まることにつながります。現在、ソフトウェアはオープンソース化が急速に進んでいます。このBLOGでも議論したように、オープンソース化は製品開発の自由度を高め、世界中の優秀な知を結集するという意味で推奨すべきとは思うものの、特許という観点ではある技術カテゴリー内の特許を無力化し、あるいは特許の無償公開に(ある意味強制的に)つなげることでもあるので、自社が開発したR&Dの貴重な成果である特許の経済的価値を(いや、根本的には法律的価値をも)著しく減少させる結果にもつながります。

一方で、上に書いたように特許の権利形成に莫大な金額を投資してもそれに対するリターンは得難い状況にあります。加えて、IT業界では競業他社との間でクロスライセンスを締結していることが一般的ですし、また、クロスライセンスを締結していない競業他社の間でも、一方が仮に特許権侵害として競業他社を訴えたとしても反訴の危険性が非常に高い(時に相手から訴訟額以上の反訴が請求されることもある)ので、おいそれと訴訟を提起することはできません。

こんな状況下で、権利活用の道がないと思われていた特許が、パテントトロールという存在により一気に特許としての価値が復活し、権利活用が盛んに行われるようになっています。パテントトロール自体は自身で製品を製造も販売もしていないのが通常ですから、企業にとって反訴する手段は封じられています。自社特許の権利活用の可能性は低いのにパテントトロールが権利活用する可能性は日増しに増加する、これでは特許制度の目的である産業の健全な発達は達成できません。

一方で、業界が変われば特許に対する見方も変わります(これも以前議論したかと思います)。業界によって特許制度に対する不満点は180度違っていると言ってもいいでしょう。既に共通の特許制度によって異なる業界の特許を保護するのは破綻を来しているのかもしれません(これも以前議論しましたね)。しかしまた一方で、企業は急速にグローバル化を進めていますから、各国における権利形成作業が独立していることに対する不満もあります。これが共通化されれば企業にとって大きな省力化にもなりますし、権利化に対する見通しが明確になって権利形成作業の標準化も進みます。

では、大きな転換点にある知的財産権制度は今後どう進むべきか、ここになるとまだまだ想像力不足でグランドデザインを描き切れていないのが現状です。これについては宿題にさせてください。

Google携帯

今日は中国のITセキュリティ機器に対するソースコード開示命令について書こうかとも思ったのですが、まだ確定的な情報でもないのである程度方向性が決まってそれでも懸念がぬぐえないのであれば書こうと思い、違う話題にします。

いよいよGoogle携帯が市場で販売されようとしています。一々リンクで関連記事をpick upはしません(ものすごい量の関連記事があるので)が、その概略を見るだけでも結構興味を引く携帯のように思えます。一番のtopicは、Google携帯はiPhoneよりもずっと簡単にInternetに接続することができ、しかもGoogleがPCに対して提供しているコンテンツやサービスを容易に利用できることだと思います。iPhoneはPCと同様のブラウザを搭載することでPCと略同一の閲覧環境を提供したことが非常に特徴的だと思います。Google携帯は、その環境をGoogleのサービスやコンテンツにシームレスに連携したことで、よりPCに近い閲覧環境を実現したと言えます。しかも、開発環境はオープンで無料ですから、端末の価格もかなり抑えることができます。iPhoneでも無料のアプリケーションが第三者によって開発されて提供されていますが、Google携帯はアプリケーション開発環境自体をオープンにしたことから全てのアプリケーションが無料で提供される可能性を秘めています(実際にはAppstoreのように有料で提供されるものもあるようですが)。

このように、Google携帯は携帯業界においてそれなりの地位を築く可能性を秘めています。しかし、知財的に見ると携帯端末の開発業者にとっては諸手を挙げて歓迎できるとも言えない状況にあります。

Androidのライセンスは、Apacheライセンス2.0に従って行われます。これによると、開発したアプリケーションに関する必須特許は他のライセンシーに対して無償でライセンスされます。そして、ライセンシーに対して当該必須特許に基づいて特許訴訟を提起した時点でAndroidに関するライセンスが終了することになります。と言うことは、Google携帯のアプリケーションを開発した企業は他の携帯端末の開発業者に対して無条件で特許の無償ライセンスを提供しなければならず、しかも、その特許に基づいて権利行使をすることは事実上不可能ですから、ある意味でアプリケーションに関する特許はAndroidライセンスの中では限りなく無力化される(当然、Androidに参加していない企業に対しては通常通りですが)わけです。このような、ある意味二者択一的な状況において、特許を取得する意味はどこにあるのか、との自問自答をしなければなりません。

オープンソース化の流れは否定することはできません。しかし、企業としても知的財産権による保護を全く行わずにR&D活動を行うことにもためらいがあります。このバランスはどこで取るべきか、非常に難問です。

知的創造サイクルの主体に弁理士はなれるか

前回の記事で書いたように、2日間ほど日本弁理士会主催の研修会に参加してきました。1日目は業務研修ですから面白いことはほとんどなかったです。2日目の研修は、弁理士の現在の状況を調査した報告書のサマリーと、弁理士が知財コンサルタントになるための基礎論に関するものでした。2日目の研修では、弁理士がもっと知財立国の担い手として実力を発揮して欲しいという檄が講師から飛ばされていて、なかなか迫力のあるものでした。知財立国の担い手になれ、ということは、知財戦略推進計画で提唱されている知的創造サイクルを回す主体となれ、ということです。が、聞いていて私はちょっと不安な気持ちでいました。本当に弁理士は知的創造サイクルの担い手になれるのだろうかと。

知的創造サイクルの中の知的財産の保護については、これは弁理士の専権事項ですし、今までも弁理士はこの分野について十二分に専門性を発揮しています。これについては私も全く疑問を持ちません。では、他の2つの要素、すなわち知的財産の創造及び活用についてはどうか。

知的財産の創造は専ら発明者の頭脳により行われます。発明者の頭脳の中には、最初漠然とした形でしかアイデアがありません。優秀な発明者、あるいは制度的に進んだ会社の発明者であれば、アイデアが創出されたらこれを発明報告書という形でまとめ、社内の適切な部署に(大抵は会社にある知財部門)届け出ます。これについては、特許法35条改正に伴い職務発明に関する社内規定がここ数年で格段に整備されましたから、大抵の会社では職務発明に関する届出義務が就業規則に記載されていると思います。ほとんどの弁理士の場合、発明者のアイデアにまず触れるのがこの発明報告書を介してです。逆に言えば、知的財産の創出プロセスに関しては大概の弁理士はブラックボックス化されたままの状態にあるわけです。私は、これが嫌でもっと知的財産の創出プロセスに主体的に関与したくて特許事務所から企業知財部門へ転職する決心をしました。

大抵の会社は弁理士に知的財産の創造プロセスに関与させることに関してあまり積極的ではありません。私が思うその最大の理由は、知的財産の創造プロセスに関与させるにはかなり社外秘の情報を提示しないと会社の知財戦略にマッチした知的財産の保護ができないからではないか、ということです。当然、会社の知財戦略を告げずして単に出願書類の作成だけを代理したのでは満足する出来の出願書類はできません。しかし、会社の事業方針、研究開発方針に関する十分な情報を提供しないとなぜそのアイデアに至ったのかの背景が見えてきません。弁理士は業務に関する守秘義務を負っているわけですが(弁理士法30条)、やはり代理人とは言え社外の関係者ですから、情報流出の危険性は情報を社内にとどめておくよりはあると言えます。他に思いつく理由としては、あまり考えたくないのですが、知的財産の創造プロセスに弁理士が関与したとしてもあまり貢献できなかった過去があったからかもしれません。例えば、新規事業に関するブレーンストーミングをしてその際に弁理士に参加してもらった際に、あまり貢献のある発言ができなかったであるとか。こうなると、仮に知財部門があまり整備されていない企業の知的財産の創造プロセスに対しても弁理士が貢献できる余地はあまり残されていない、というちょっと悲しい結論になってしまいます。

では、知的財産の活用に関してはどうか。大概の弁理士は、知的財産の活用というと権利活用=特許訴訟というイメージを浮かべがちな気がしています。これは、企業の立場からすると全く違っていて、まず知的財産の活用とは事業においてその知的財産をいかに使用し、事業の保護につなげるか、という事業戦略に近い意味合いを持ちます。当然、前提として自社での利用があり、これが製品の差異化要因となって事業拡大につながります。次いで、他社の参入障壁となり、そしてライセンス、あるいはライセンスに応じない第三者に対しては特許訴訟やむなし、という流れになります。こういった観点を持っている弁理士は少数派でしょうし、仮にその視点を持っていたとしても事業戦略に関与できる弁理士はごくわずかでしょう。ライセンス交渉に関する実務的知識及び経験豊富な弁理士も少数派でしょう。訴訟経験の多さを誇っていても、それ以前に知的財産の活用で行うべきことは多数あり、弁理士の多くはそのプロセスに関与してはいないのです。

こう考えると、弁理士が知的創造サイクルの主体として関与できるにはまだまだやるべきことが多いように思います。当然、私としてもずっと否定的なことを書き連ねてきましたが、自分を含めた弁理士の奮起を期待したいところです。

遙か遠くまで歩いた気がしました

今日は短めで。

ここ2日間ほど、連続で日本弁理士会主催の研修会に参加してきました。かなり業務が多忙だったので行けるかどうか直前まで決まらなかったのですが、無理強いで行ってきてそれなりの成果を得ることができました。

久しぶりの弁理士会主催の研修会の参加で、頭も気分もリフレッシュできたのですが、何か割り切れない思いがずっとしていたのも事実です。どう言ったらいいのでしょうか。丁度場違いの場所に来てしまった、という思いでしょうか。明らかに、普段会社で出会っている人たちと人種が違うな、という(人種という言い方は差別的かもしれませんね)気分がしていました。

よく考えてみると、自分自身が今現在何で飯を食っているかというと、お偉いさんの講演会の資料作りとか知財部門の中期計画のために家電業界における知財の重要課題の洗い出しとか、弁理士の本来業務とは偉くかけ離れたことばかりです。私は長いこと(と言っても10年切ってますが)特許事務所に在籍して明細書作成とか中間処理とか1件の仕事をこなすと直接的に金銭を稼ぐ仕組みに慣れていましたし、企業知財部門で実務をしていたときも発明創出から権利形成、果ては権利活用、第三者訴訟対応といった企業の事業運営に関連のある業務をしてきていましたから、上に書いたようにおよそ企業の利益形成と直接的に関係ない業務をして日々の糧を得る日常はどうしても慣れないです。とは言え、こんなことを何年もしてきていて、業務に関連のある人も知財部門ばかりでなく社内の広範な部門の方に広がってきました。自分から情報を収集し、自分で答えのない答えを考え、道なき道を歩いてきた気がしています。

一方で、特許事務所の生活を振り返ってみると、企業の知財部門の担当者と特許庁の審査官・審判官、そして同業者である弁理士ばかりとつきあっていた気がします。弁理士の本来業務は産業財産権の権利形成業務及び一部の訴訟関連業務ですから、専門性が生かせるとは言え非常に閉じた世界での業務です。そして、大企業から権利形成の代理業務を請け負う(敢えて「請け負う」という言い方をしています)業務が中心になると、どうしても受け身の態度になりがちです。

置かれた環境が違うと否が応でも周りに与える雰囲気も違ってきます。ある意味で、私は弁理士の本道からえらく外れた道をとぼとぼと歩いてきて遙か遠くに行ってしまったのかもしれません。ただ、それも勉強だと思っています。イノベーション論を語れる弁理士だからといって仕事は来ないかもしれませんが、経営と法律と技術を語れる弁理士というとそれなりに格好良く聞こえますので。

パテントマップで思うこと

最近以前書いたような記憶がある話題を再度書いていますが、ネタ切れって事もあるのでどうかご容赦をm(__)m。

特許戦略のイロハのイであるパテントポートフォリオマネジメントは、パテントマップ作成から始まると言っても過言ではありません。では、パテントマップとは何かというと結構人によって捉え方が違うように思います。一番私がオーソドックスだと思うのはこのサイトで紹介されている定義です。パテントマップに関する書籍も幾つかあります。この中で業界的に有名なのは「攻めの特許とパテントマップ」でしょうか。同じ著者が書いた最新作は「特許地図作成法」という実に直接的な題名です。他に、特許庁電子図書館(今はそういう言い方をしないのか(^_^;))のデータを使ってどこまでパテントマップが作成できるかという「特許・実用新案・意匠・商標の調査とパテントマップ作成の手引」ってのもあります。

パテントマップを作るに当たって私が重要だと考えていることをちょっと列記してみます。

まず第一に、誰のために作るのかという目的を明確にすることです。パテントマップは知財部門のみならず事業部の知財担当者(いればですけど)、エンジニア、はては会社のトップマネジメントにまで見せる場合があります。全ての場合に対してインターフェースを統一できればいいのですが、知りたい情報は相手方によって個々に違うので、一定のインターフェースを作ったとしても適宜modifyは必要です。しかし、どんな場合でも注意すべき事は、パテントマップとは情報共有のためにある、ということです。それは、(ちょっと後で書くことを先取りしてしまいますが)パテントマップには一定のメッセージが必要であり、そのメッセージを相手に伝えるための手段としてパテントマップが存在するからです。パテントマップとは知財部門内、そして他部門との共通言語として作用しなければならないのです。

次に、パテントマップで伝えたいメッセージを作成前からある程度推定し、そのメッセージに適した表現形式(インターフェース)を選択すべきです。時に、特許評価リストをパテントマップと称して公開している人がいますが、(リスト形式で見せることは問題ないのですが)評価リストを見せられてそこからメッセージを読み取るのは至難の業です。何を伝えたいのか、このメッセージを明確にするところからパテントマップ作成作業は始まりますし、ここがぶれるとパテントマップは何のために作ったかわからなくなります。

最後に、パテントマップは生き物だと言うことです。常に情報は古くなります。作っただけで満足してはいけない、ということです。作ったパテントマップは万能ではありませんから、よりよいものを目指してversion upが必要です。

なかなか実例を挙げないと説明が難しい部分がありますが、私の感じているところはこんなところです。

白物家電とグローバル化と低価格路線

なんかとんでもない三題噺みたいな題ですね(^_^;)。最近、白物家電とか低価格家電のお話を続けてきています。今日はその続きで。

白物家電は日本の大手電機メーカーが積極的に開発・生産を続けているにも関わらず、今ひとつグローバル化の面ではぱっとしない印象を受ける製品です。事実、世界的な知名度からすれば、冷蔵庫、洗濯機は欧米では地元メーカー(例えばGE、ウェスティングハウスとか)と中国・韓国メーカー(ハイアール、LGなど)が抜きん出ています。これはどうしたことか。白物家電は地域毎の嗜好が非常に強く出る商品のようで、例えば日本メーカーが作るような超高機能でゴテゴテのデザインの冷蔵庫が好まれる地域は限られるようです。アメリカなどは大容量で単機能、欧州では家具に近いデザインで省エネ、という嗜好があるようです。日本メーカーは早くからグローバル化ができていたと思っていたのですが、国内市場に一定の規模があり、この市場で切磋琢磨することが第一の課題と考えられていたのか、思ったよりグローバル化が進んでいない様子です。AVメーカーの場合、国内市場で切磋琢磨することが結果としてグローバル市場での競争力に直結しましたので、市場毎の嗜好は幾分あるものの世界同一商品での勝負が可能なレベルにあったようです。

白物家電をグローバル化する場合、欧米市場ではそれなりの購買力がありますから機能重視の方針をとっても大丈夫でしょうが(とは言え、アメリカはやはり単機能重視のようです)、一般市場=発展途上国市場を見据えた場合、低価格家電を作らないとグローバル化は実現できないように思います。ハイアールにしてもLGにしても当初は機能を絞った低価格家電を作ることで一定の市場シェアを確保し、大企業としての道を進んだわけです。ただ、このところの米国のサブプライム問題を端緒とする米国景気悪化の影響は、米国への輸出依存度が非常に高い中国の白物家電業界にとって結構打撃のようです(参考記事1)。この場合、色々な市場へのローカライズを現地で行う、言い換えれば現地生産度を高めて苦境を脱却する方策を考えることになると思います。

一方、この状況に、日本の大手電機メーカーは省エネをキーワードに再度乗り出す方策を考えているようです(参考記事2)。省エネ技術では日本のメーカーは世界一のレベルにありますから、省エネが購買の際の重要なファクターとなりうるのであれば勝機はあると考えられます。ただ、現時点で中国を含めたアジア市場の白物家電の省エネ率は非常に低く、省エネよりも価格を重視するであろう可能性が未だ否定できません。長期的な展望に立って考えないといけないと思います。

あと、余談ですが、低価格路線の波はPC、携帯電話だけでなく液晶テレビにも及んでいます。米国では42型液晶テレビが10万円以下で販売されています(Vizioというファブレス業者です)。Vizioは一気に北米でシェア2位を獲得するまで急成長したのですが、大手メーカーがVizio対策として低価格液晶テレビを販売するようになってこの急成長に翳りが出てきているようです(参考記事3)。AV機器の場合、白物家電と違って生活必需品とは言い難い側面があるので、価格が手が届く範囲内にあればブランド力、製品開発力のある大手企業にも勝機が出てきます。大手企業からすれば低価格家電を放っておくわけにもいきませんが、真正面から対抗するよりも自らの得意分野に消費者を誘導するような戦略が重要と言えます。Vizioはいよいよ日本にも進出するそうですが、個人的には北米ほどのシェアは望めないように思います。日本の消費者はかなり高級志向ですから。

特許事務所の経営を想像するに

今日はちょっと自分には難しい話題を。何故かというと、実体験が無いことを書こうとしているからです。

前回のBLOGの記事で企業勤務の弁理士のことについて簡単に説明をしましたが、大多数の弁理士は特許事務所に勤務し、また、結構な割合で特許事務所を経営している弁理士がいます。そもそも弁理士合格者は独立志向が高い人が多いですから、例え小規模な特許事務所であっても自らの手で経営したいと考えるのは素直な成り行きと言えます。

特許事務所の経営は何で成り立っているかを考えてみます。特許事務所の人材育成はとても大きな要素です。特許事務所の評価は畢竟アウトプットである明細書であれ中間処理であれこれらの質、言い換えれば権利活用に堪え、しかもできるだけ広範囲な権利を取得できるかによって行われますから、このような質の高い仕事ができる人材をいかに育てるかという課題は不断に考慮されなければなりません。ただ、特許事務所の業界は基本的にどの特許事務所でも同じようなスキルが求められ、処遇の善し悪しで簡単に転職してしまうところなので、折角時間と金を使っていい人材を育成しても簡単に他事務所に転職するおそれはあります。この問題は別途考えなければなりません。

特許事務所を組織として運営することも重要な要素です。特許事務所とて何らかの組織としてのミッションがあり、日々発生する課題に対して迅速かつ適切に対応を求められます。管理という言葉を使うと独立志向の高い弁理士は結構嫌がるのですが、特許事務所とて一個の有機的な組織ですから、組織のマネジメントは非常に重要な要素です。特許事務所の組織は個々の事務所によって結構違うという印象を受けています。特許事務所が創業者である所長弁理士一人の時代からどんどんと社業が成長して人数が増えてくるに従い、同質のアウトプットをタイムリーに出せる集団としての特許事務所に変貌する必要があります。自分の経験で行くと、一人の上司が管理できる集団としての人数は10人程度が限界ですから、人数が増えてくるに従い右腕としての管理者(マネージャーと言った方がいいですかね)が何人か必要になります。こうなると、集団としての事務所経営に形態が変わってきます。自分が外部から見ていると、集団経営にすんなり移行してしまう特許事務所となかなか移行できない(あるいは経営者の考えとして移行しない)特許事務所とにきれいに分かれるように思えます。

顧客である企業の要求に的確かつ迅速に応えることも重要な要素です。代理人としての矜持は持ちつつ、企業が望むアウトプットを出力し、時には企業が望む以上の品質のアウトプットを出力してプロフェッショナルとしての仕事を全うしなければなりません。ただ、アウトプットのバランスは結構難しい問題です。と言うのも、企業が個々の出願案件に望むアウトプットの品質はかなり異なり、重要特許として捉えていて全力を尽くして権利化に邁進して欲しいものもあれば、関連特許として捉えていて全力を尽くすほどの案件ではないとの判断がされているものもあります。理想論からすれば全ての案件に対して全力を尽くすべき、いや逆に出願人からすれば無駄な特許は出願しないとの方針に立つべきではあるのですが、特許の評価は刻々と変化しますから、全ての案件に注力するのは現実には困難です。特許事務所としては、顧客である企業の要求を読み取り、顧客の満足を第一にする体制作りが必要です。

特許事務所の場合、通常の企業では当たり前に行われている自身の得意分野の定義づけ及び方向付けという要素はあまり重視されていないように思います。電気/機械/化学といった大まかな分け方はしますが、「この分野の特許であれば○○特許事務所」という定評があるほど細分化された専門分野を持つ特許事務所は少数派です。逆に言えば、こういった定評があるほど細分化された専門分野を持つ特許事務所はコア・コンピタンスを持っていると言えます。

最後に、知財コンサルティングと特許事務所との関係を。特許事務所は出願手続きをして代理人費用をいただく構造になっていますから、必ずしも出願手続を第一の解決手段としない知財コンサルティングは特許事務所にとって直接的に稼げる仕事ではありません。しかし、大手企業が全般的に出願件数を絞り込んでおり、また、大手企業の場合、発明の源流に遡って発明を創出する作業にまで関与できない(その作業は通常企業知財部の仕事ですから)ですから、特許事務所にとって発明創出の源流に遡ってダイナミックな作業が行える中小企業向けの知財コンサルティングは魅力的な仕事だろうと思います。この点に絞り込んでコア・コンピタンスを確保できるほど専門化してしまえば、かなりの競争力を確保できるだろうと思います。ただ、上に書いたように出願手続中心の物の見方をしていたのでは知財コンサルティングの適切なソリューションは得られないだろうと思っています。この点、このBLOGでも書いたことがありますが、誤解されないようにと願っています。

企業内弁理士の務め

似たような話を何度かしていますが、BLOGを続けているとネタ切れにもなるのでちょっとご容赦を。

弁理士の勤務先として第一にあげられるのは特許事務所で、次は企業(大抵は知財部門)になります。正確な数字はちょっと忘れましたが、大体全体の1/3程度の人数は企業勤務弁理士だと記憶しています。特許事務所の場合、出願手続の代理は弁理士の専権事項ですから特許事務所に弁理士が勤務することは自然な流れですが、弁理士が企業に勤務する場合、あるいは企業の知財担当者が弁理士試験に合格して弁理士登録をする場合、その弁理士に何が求められるかという問題は結構難問です。

企業の知財部門のトップが弁理士であることは比較的希です。当然、知財部門のトップに就任するには色々な要素が絡み合って実現することですが、弁理士である自分にとって弁理士であることと会社での評価とが直接関係がなさそうに見えるのは結構残念です。確かに、企業に勤務している限り、自らの手で明細書等を作成して出願し、中間処理も自分で全て作業してしまう機会は限られます。弁理士は出願手続に関するプロフェッショナルですから(この点、異論はあるでしょうが、弁理士試験は出願手続に関する知識を主に問うていますから仕方ない面があります)企業に勤務している限り、プロフェッショナルとしての知識を生かす場面は限定的になります。

とは言え、弁理士は本来は産業財産権法全般に関するスペシャリストであるべきですから、そのスペシャリストとしての知識を知財業務全般に活かすべきではあります。自分が知財実務をしていた頃は、自分がこの案件について明細書を書いたらどの程度のものに仕上げるかという基準を設け、その基準を満足する、あるいはその上を行く出来を代理人たる弁理士に要求していました。今から考えれば口うるさい企業担当者だったでしょう。自分は予てから企業の知財担当者は明細書を書ける実力を有するべきとの持論があります。その程度の実力がなければ明細書を評価できないと考えているからです。この点、実は自分の会社の中にも色々な議論があり、明細書を書く能力と明細書を評価する能力は別物であるとの持論を展開する人もいます。

また、弁理士会経由で提供される情報も積極的に企業実務に活かすことが求められていると思っています。ただ、法改正情報とかは知的財産協会を経由して企業に提供されるので、上に説明した明細書の質の評価であるとかに限られはしますが。

企業に勤務する弁理士は、なぜ自分が企業に勤務しているのか、そして、弁理士として勤務することで企業に具体的にどのような貢献ができるのかを明確にし、情報発信をしないといけないと思います。それは、大抵の場合企業に勤務する弁理士が弁理士会費を企業に負担してもらっているというメリットを享受しており、その見返り分は必ず企業に提供する義務があると思うからです。弁理士大量合格の現在、企業に何人弁理士が在籍するかというランキングはあまり意味がありません。

業界いろいろ、知財もいろいろ

最近、お偉いさんの講演資料をかなり前もって作る作業に忙殺されており、へとへと状態です。当分この状態は続きそうなので、このBLOGも更新が滞ることがあるかと思います。ご了解を。

さて、本日はちょっと漠然とした話を。

日本標準産業分類を持ち出すまでもなく、産業というのは非常に多様なカテゴリーを含んでいます。そして、業界毎に知的財産の実務も随分と異なってきます。例えば、私が所属する会社は電機業界に属しています。電機業界の場合、国内・外国に限らず同業他社との間でクロスライセンスを締結することで設計の自由度を確保し、製品の競争力を高める努力をしています(建前論のように聞こえるかもしれませんがこれは実際に実務をしているとしみじみと実感します)。一方、化学・薬品業界では一つの化合物にごく限られた産業財産権しか付与されませんし、安易にクロスライセンスを締結したのでは何のために産業財産権を取得したのかわからなくなりますから、原則として特許権は独占排他権として行使し、他社へのライセンスはごく限られた事例となります(販売拠点がないとか)。自動車業界の場合、乗客の安全確保が第一ですから、安全に関する特許についてライセンス許諾の申し入れがあった場合、原則として拒まないとの話を聞いたことがあります。

こう考えていくと、これだけ異なる権利取得、権利活用体系の存在する産業全体を一つの産業財産権法体系で保護することに何らかの制度的な軋みが生じてもおかしくないです。事実、このBLOGでもご紹介したSoft IP(ソフトウェアの特許権について差止請求権を認めないなど権利内容に一定の制限を与えたもの)の議論はこういった流れの中で提起されてきているものです。Patent Failureによると、そもそもこの問題はソフトウェア特許の外延が不明確なので所有権としての体をなしていないからだ、ということのようです。

これだけ個々の産業で産業財産権に対する物の見方が違うと、事業の再編、新規事業創出、M&A等により思わぬところでそれまでとは異なる対応を迫られることが多くなりそうです。自分としては今までよかれと思ってやってきた対応が他社からすると礼儀知らずと思われることもあるかもしれません。権利活用も同業他社ばかりでなく他業界への進出も考えられます。特に、世の中がネットワーク化、IT化してきていますので、今まで他業界には手を出さなくてもよかったのがどんどん産業がクロスオーバーし、他業界の製品に対して権利活用を真剣に考えなければいけなくなりそうです。この場合、どうやったら礼儀知らずと罵られなくて済むか、よく考えないといけません。

突っ込みながら本を読む

今日は雑談です(^^)。

元々趣味が読書なので色々な本を読んでいます。最近は、このBLOGでも度々話題にしているイノベーション論、MOT(技術経営論)、イノベーションと特許あたりの本を読んでいます。このようなジャンルの本は世間一般からするとマイナーな本なので、図書館に行っても置いていないことが多く、結局のところ自分で購入することが多いです。

本を読んでいると、以前はなるほどと感心しながら読んでいることが多かったのですが、最近はどういうわけか素直に知識が頭の中に入ってくる本が少なくなり、ものすごい違和感を感じながら読んだり、著者の考え方に対して突っ込みを入れながら読んでいることが多くなりました。多分、自分自身の考えが素直じゃないんだろうなぁ、と思う一方で、同じような本をたくさん読んでいることで自分なりの考えが確立されてきて、知識を批判的に受け入れる下地ができてきているようにも思えます。

イノベーション論など最近読んでいるジャンルは、例えば理工学でいう力学や電磁気学、人文学でいえば経済学のようにある程度定説が明確にされており、どの本を選んでも書いてあることは大差ないようなものと違い、学問自体がon goingなところがあり、決まった定説がまだ定まっていないものばかりです。ある人に言わせると、これが「学」と「論」の違いだそうです。こう考えると、例えば力学の教科書を読んでいて説明の仕方の巧拙に突っ込みを入れることはあったとしても、力学そのものの内容に突っ込みを入れることは滅多にありません(これができたら天才です)。一方、例えばイノベーション論の理論はある現象の側面を的確に説明できたとしても、違った事例に対してはその理論が全く通用しないことも数多くあり、突っ込みどころ満載と言えます(時々、「この理論は応用範囲がとても広いです」といった記載があるのを見ると、そのこと自体に突っ込んでしまいたくなります)。逆に、読んでいてこうした思考実験をすることで自分の頭を鍛えているとも言えます。

とは言え、あまり突っ込みながら本を読んでいると、読むスピードは上がらないし結構疲れるしでいいことはないんですが(^_^;)。

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