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企業と弁理士との力関係

創英の長谷川所長が、春秋の祝賀会でスピーチされた際の内容をご自身のBLOGで再現されています(創英って何?春秋って何?という方はググっていただくしかないのですが…)。一番気になったのが、「弁理士は一人では非常に弱い」というくだりの話でした。このあたりの話、自分のBLOGでも依頼人との力関係についてちょっと議論したことがあるのですが、再度お話をしてみます。

弁理士と依頼人たる企業との力関係の差(結構圧倒的なものがあります)について思いを至ったのは自分が特許事務所に勤務していた頃でした。その頃から弁理士会の研修会などで最新の知識を導入していたつもりだったのですが、法改正情報、知財業界の世界的動向といった弁理士一人では到底収集できない情報を企業の知的財産部門が持っていることに驚かされました。実際、自分が企業内弁理士になってみると、同業他社の情報、知財協や経団連からの情報、さらにはこれら団体から流れてくる特許庁、経産省の情報が企業には多く流れ込んできており、弁理士一人では太刀打ちすることもできず、ともすると弁理士会からの情報でも間に合わないことが多々ありました。

情報収集に関して有利なのは特に一定規模以上の従業員、出願件数を備え、知財活動を長期的に行っている企業です。このような企業の場合、それまでに培った情報ネットワークもありますし、その企業の知財に関する動向が各国の知的財産行政に影響する割合も無視できませんので、特許庁、経産省もそういった企業の意向を無視することができなくなります。そして、このような企業は知財部門がかなりの社員数を持ち(3桁の知財部員を有する企業は結構な数あります)組織的に活動していますので、通常の知的財産業務、例えば権利形成業務やライセンス業務に従事する社員以外にも(私のような)企画管理、渉外業務に従事する社員を専任で確保することができます。このような企業の組織力をもってすれば知的財産業務全般に関するものすごい力を発揮することができます。

弁理士会も委員会活動や知財中央研究所といった組織を設け、知的財産業務全般に関する知識収集に努めるとともに様々な研究、意見発表等を行っています。しかし、委員会活動等の成果を弁理士各人が共有するにしても一定の限界があります。そして、弁理士会対企業という構図で考えても、やはり企業と比較して力の差は歴然とあります。これは依頼人対被依頼人という関係だけでは説明できません。自分の記憶では、弁理士の数が増えたと言っても企業知財部門に在籍する社員数の方が多いはずです。で、弁理士は個別活動が多いですが企業は組織活動が多い。こんなことを考えると弁理士が企業に太刀打ちできるはずはないのではないか、と思えてきます。

この状況を変えるには、前のBLOGにも書きましたが、弁理士個々のスキルアップ(底上げと言っていいでしょう)と専門性の追求に尽きるように思います。最近、例のイノベーションと知財政策に関する提言書を特許庁担当者が説明にきた際に、「パテントパトロールなる存在(パテントトロールって言葉もご存じなかったようでsad)を始めて知りました」とか「パテントトロールに関する対処を行うよりは特許庁はもっとやることがあるだろう」とかとんちんかんな質問が連続してほとほと呆れたことがあります。弁理士はまず依頼主たる企業と特許庁との間を往復する生活を見直し、もっと社会に目を開く必要があるのではないでしょうか。弁理士自身が社会的に尊敬される存在になってこそ地位向上もあり得ます。そして、仕事を企業が依頼するというよりは企業が依頼してくるほどの専門性を持ってこそ企業との力関係が徐々に改善するのではないかと思うのです。

なお、上にずっと書いたことは中小企業だとかなり状況が変わってきます。このあたりの話は知財コンサルタントとからめて書いた方がよさそうですので、今日はここまでで。

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知的財産/特許」カテゴリの記事

コメント

土生さん、こんにちは。夜遅くのコメント、ありがとうございます。

現時点では、企業は弁理士に頼らなくても知財に関する情報を入手することができ、実はコスト的に折り合うのであれば権利形成業務の全てを行うことも不可能ではありません。こう考えると、企業からすると弁理士というのはコスト的に割の合わない業務を切り出している(アウトソースというとかっかする人がいるかもしれませんので)場所であるわけです。

ですから、土生さんが言われるように、企業では気付かないような点、あるいは企業が追求することが難しい点に絞って業務を行う必要があると思います。このあたり、本文にも書いたように、中小企業が対象ですと知財コンサルという形で様々なサービスを包括的に提供できる可能性があるので面白いのですが。

ある弁理士さん、こんにちは。

確かに、一部の弁理士は明細書作成を補助者に任せっきりで自分は明細書を書かないことが多いのは確かです。この問題、弁理士会も最近は特に名義貸しという言い方で問題視しています。

ただ、弁理士法違反の問題を置いて考えると、企業にとって法律的に問題のない質の高い明細書を書いてくれる人であれば弁理士であれ補助者であれ特段問題にはしません。

むしろ、情報量の問題であるとか、ビジネスマンとしての視野の問題であるとか旧来の弁理士には明細書作成能力以前の問題として歴然とした力関係があるように思えます。この点、私あたりが力説しても変わらないのですが、自覚を求めたいと自分自身の反省を含めて思っています。

遠山先生、こんにちは。ブログをいつも読ませていただいています。

弁理士というのは自分で言うのもよろしくないのですが、時に自分の業務は依頼人たる企業と特許庁しかいないように勘違いしてしまいがちです。まずは弁理士たる前にビジネスマンであって欲しいと思っています。

専門性と視野を広げるということは時に矛盾しがちとのこと、自分の経験からしても頷けるところです。古い言葉かもしれませんが、「弁理士よ、野に出でよ」と思っています。

同感です。
「(事務所)弁理士が束になる」ことは、処理能力の向上や対応分野の拡大など、利便性や安定性の点からは有効な手段ですが、依頼人である企業との力関係には直接関係のない事項ではないかと思います。
企業と特許事務所では、ご指摘にあるとおり情報の質も量も比較にならないと思います。そうした中で企業が(事務所)弁理士に知財実務以上のものを求めることがあるとすれば、それは企業の知財部にはない(或いは中からは見えにくい・言いにくい)「異質」or「特異」な着眼点や切り口、情報などが得られる場合であろうと思いますが、これらは「束になれば」獲得できるというものではありません。同質な者が「束になること」は視点が固定されてマイナスに働く可能性もあり、むしろ企業に所属していると難しいフリーな立場を活かして、「異質」「特異」な切り口や情報を得ていくことが必要なのではないかと思います。

確かにご指摘のように「視野を広げる」ということは必要だと思います。
ただし、弁理士が弁護士のように尊敬されなくなった本当の理由はそうした「視野」の問題ではないと思います。
明細書の作成を補助者に任せっぱなしで、自分は明細書を書かないという「ビジネスモデル」が出来上がり、これにアグラをかいてきた旧来の弁理士が多かったからではないでしょうか?
「あの先生だから明細書作成をお願いする」という信頼関係を作れている弁理士が何人いるでしょうか?
今回の会長選で、この点が議論されなかったのが残念です。

「弁理士はまず依頼主たる企業と特許庁との間を往復する生活を見直し、もっと社会に目を開く必要があるのではないでしょうか」とのご指摘ごもっとも。弁理士という存在、弁理士の仕事、それらの社会、経済の中での立ち位置がどこにあり、どのような影響を与えているのかを知るべきでしょう。
知財という切り口からしても、弁理士の仕事は、知財の仕事の中で、ほんの一部でしかなく、弁理士がいわゆるコア業務と言っているものも、知財業務のコア?というより、単なる一つにしか過ぎないことを認識すべきでしょう。
そうすれば、どのようなところの専門性を磨けばよいかがわかるはずです。
また、専門性を磨くということと視野を広げようということは、実は矛盾してしまうことが多く、専門性を磨いている内に、専門バカになって、たこつぼ状態に陥ることが多いことにも注意しなければなりません。

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