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2009年1月

高機能・高価格路線、それとも低価格路線?(その2)

高機能、高価格路線のみを追求することの難しさについてちょっと前のBLOGの記事に書きました。これに似たような話が、日経エレクトロニクスの記者さんが書かれているBLOGに掲載されています。曰く、中国では高品質、高付加価値路線が通用しないと。また、同じ日経エレクトロニクスの記者さんが書かれている別のBLOGでは、韓国メーカーは品質上問題がなく,価格競争力が高いというイメージだとのことを書かれています。

このあたり、決して日本企業は理解していないわけではないと私は思っています。例えば中国市場に進出する際に、既に日本の家電メーカーは過去の高品質をコストパフォーマンスの良さで売る時期を脱していました。特に、白物家電ではないAV機器を販売しようとした場合、そもそもAV機器のマーケットは一定の購買力を持つ階層ですから、この階層をターゲットとしたマーケティングは間違いであったとは言えないでしょう。韓国メーカーは後発ですから、まずは日本メーカーが手をつけていない階層にターゲットを絞り、少々機能は劣っても安価な商品を販売する戦略をとったのだと思っています。その後、韓国メーカーが技術力をつけるに従い、高品質でコストパフォーマンスのよい商品に徐々に移行していったわけです。

中国に限らず、ワールドワイドで商品を販売することを考えた場合、前にも書いたように高機能、高価格路線のみを追求することは決して得策ではありません。ある程度のボリュームを見込める階層に対してコストパフォーマンスのよい商品を適切に提供する全方位戦略が必要になってくるのだと思っています。この場合、考えなければいけないことが幾つかあります。

まずは、OEM、ODMを積極的に使った場合でも、品質を落としてはいけないのはもとより、製品としての(ブランドを含めた)競争力を維持しなければなりません。日本の企業がOEM、ODMに思い切って踏み込めないのは、魅力ある製品を作りたいがために設計部門を日本国内に残しており、どこまで海外の製造委託先に任せられるかという思い切りができないからなのではないか、と思っています。この点、台湾・中国メーカーは安価という価値判断を優先しているので思い切りがいいです。コストパフォーマンス重視の商品をブランド価値を下げずに作るにはちょっと時間がかかるかもしれません。この点、Appleはデザイン重視で製品としての技術力はその辺にある物をまとめただけですから、突き詰めると競争力という点でどうなのかな、と思っています。iPhoneだって日本企業が作ればもっと小さくなるでしょうしね。

韓国メーカーとの対比で行くと、韓国メーカーは間接部門のコスト(人件費とか)が安いですから、垂直統合モデルを採用してもコストパフォーマンスのよい商品を作ることができるのだと理解しています。日本企業が競争するには間接部門の効率化をもっと上げることなんだろうと思いますが、これは難問です。Samsungとかは徹底した成果主義を採用しているようで、スタッフの新陳代謝が非常によい(言い換えれば中年層に厳しい)ように見えます。これが日本でできるか…。

いずれにしても、これからは日本企業もミドル以下の階層に対して積極的に販売攻勢をかけていかなければいけないのは間違いないです。

2008年PCTランキングに思う

毎年恒例の、PCT出願ランキングが発表されたようです。今回は、前年4位だったHuawaeiがPanasonicを抜いて1位になったということが驚きのようで、色々なメディアで取り上げられています(すぐにリンク切れになると思うので、リンクは張らずにいますね)。曰く、中国の知財への進出は目覚ましい等々。

確かに、中国の特許出願件数は全体としてものすごい伸びを示していますが、PCTの件数だけでこれを論じるというのは木を見て森を見ないように思っています。確かに、PCTは何にも考えずに出願すると全加盟国が指定国になりますので、ものすごい数の出願の束ではあるのですが、実際に国内移行段階になる時点で絞り込みをしますから、出願件数×指定国という議論は難しいです。加えて、未だに主流はパリ条約に基づく出願ですから、PCTの件数だけで議論するのも部分的だな、と思っています。

とは言え、中国本国でのHuaweiの出願件数はダントツトップですし、2008年の米国登録件数ランキングでもHonhaiが結構上位に来ていますから、中国の先進企業は知的財産に関心を持ち、きちんとした対応を始めていると言うことです。ただ、現状では韓国のように(韓国だとSamsungとLG程度しかランキング上位に来ない)突出している企業とそうでない企業との差は歴然としているな、と思っています。日本のように数多くの企業が件数ベースで上位にランキングされるのがいつ頃になるのか、ちょっと読めないところもありますが、多分10年という単位の年月は必要でしょう。

不況下の知財部門

まずご報告を。このBLOG、いつの間にか総アクセス数が20000件を超えていました。これも皆様のおかげだと思います。非常にマイナーなことをこつこつと書いていますのですが、少しでも皆様の知的好奇心を満足することができたら幸いです。

さて…前の記事にも書いたように不景気ですね。こう不景気だと、知財部門への風当たりも強いです。正確には、どの部門にも風当たりが強いので知財部門も例外視されない、ということです。不景気の際には、お決まりの経費削減が叫ばれます。知財部門の経費削減というと、(とりあえずの)出願件数の絞り込みと各種経費の圧縮(簡単に出張させないとか)が検討されます。

しかし、人件費圧縮という課題は、知財部門の場合結構聖域化していてなかなか踏み込むに至らないかもしれません。と言うのも、知財業務は細分化してみると個々の案件毎に個別要因を抱えていて、業務の標準化やシステム化が難しいとされているからです。権利形成業務が良い例で、発明は個々に異なって当たり前ですから、出願毎の業務は(同じようなルーチンを辿るにしても)大きく異なります。結果的に、エンジニアがどれだけ知財業務を負担しているかにもよって若干の差はあるものの、出願規模に応じて必要となる特許担当者の人数が決まり、これは業界内で比較すると各社それほど大差ありません。

しかし、先の見えないこの不況下で、もしかしたらこの聖域にもメスが入れられるかもしれません(自分が所属する会社がそうだ、というわけではないですよ)。考えてみると、発明創出から権利取得までに知財部門の特許担当者がどのような業務をしているかを考えると、発明創出や明細書チェックなどは発明者の主たる業務であるようにも思えますし、明細書作成や中間処理業務の大半は特許事務所の業務です。企業の特許担当者は発明者と特許事務所との間に立ち、知財戦略に基づいて両者の間のコーディネートを行い、よりよい権利を取得するのが業務であると言えます。そうなると、知財戦略立案は知財部門の業務であり、これを第三者(発明者、特許事務所)に依頼することは知財部門の存在意義そのものを放棄することにもなるので難しいものの、発明者と特許事務所との考えをこの知財戦略に沿ったものにすることができれば、権利形成業務にかける工数を減少することができるのではないか、と思えます。極端な話をすれば、特許担当者が出願前に明細書のチェックをすることを省略してもいいはずですし、中間処理の際に特許事務所に指示する手間も、特許事務所が知財戦略を十分理解していれば、特許事務所に一任することもできそうです。

こう書くと、企業の知財実務を理解していないとのご批判があるかもしれません。確かに、知財戦略は企業秘密に属することも多く、これを特許事務所と共有することはそもそもできないとの論もあるでしょう。また、特許事務所がその任を全うできるほどの対応ができるのか、との論もあるでしょう。しかし、弁理士は当該案件に対して厳しい守秘義務を課されていますし、そもそも特許事務所は企業の知財部門の業務の一部が外部に切り出されたところを担っているのだと思うので、知財戦略に則った業務ができなければ特許事務所としての責務を全うしていないとも言えます。当然、特許事務所(弁理士)側のマインドもそれに対応するものでなければなりません。企業側も、依頼案件に関する知財戦略を共有するという姿勢でいなければ全体的な工数削減を図ることもできません。双方が納得ずくで対応しなければいけない、ということです。

ピンチはチャンスだと思っている人はそれなりにいるかもしれませんが、具体的に方策を示せる特許事務所は本当にチャンスだと思います。でも、そんな弁理士いるかなぁ。

高機能・高価格路線、それとも低価格路線?

ソニーが大幅な業績下方修正をして、今年度は営業赤字になるようです。まあ、これだけ世界的な不況の中でグローバル化を著しく進めている企業にとって、トヨタも赤字ですから当たり前といえば当たり前なのかもしれません。ソニーの赤字の原因は世界的不況、円高差損が原因のようですが、解説した新聞記事の中には(ネット記事がないのでリンクがなくてすいません)「ソニーはかつては高機能・高価格路線でいたが、現在はソニーブランドといえども低価格でなければ消費者は買ってくれない」という指摘がありました。

この指摘、グローバルな市場を求める企業にとっては最早避けて通れない道なのだと思います。つまり、規模の経済を求めるならば高機能・高価格路線ではボリュームがかせげず、収益を伸ばすことは難しいのです。ソニーブランドのプレミアムだけで勝負するのは一定の限界があるわけです。事実、アメリカの家電販売形態もウォルマートやサーキットシティ(倒産してしまいましたけどね)のような低価格商品を中心とする小売店が大きな割合を占めるようになり、このような小売店で商品競争力を有するにはやはり高機能・高価格路線ではなく「良い機能の商品を低価格で」という路線も必要なのだと思います。

問題は、高機能・高価格路線を放棄して低価格路線に突っ走るのか、それとも高機能・高価格路線と並行して低価格路線も追求するのか、ということです。ランチェスターの法則によれば、トップ企業は全方位路線、とのことです。例えばトヨタはまさに全方位路線を採用しています。しかし、ソニーのような家電メーカーの場合、事業が多岐に渡るので、各事業において全方位路線を採用したらまず共倒れしてしまうでしょう。シェアが世界1・2位の事業であれば全方位路線を採用すべきでしょうが、そうでなければニッチ戦略に走るか低価格路線に突き進むか、になるのだろうと思います。

さて、低価格路線をいずれにしても採用するとなると、グローバルな形での設計・製造を考慮しないといけません。私のBLOGの前の記事にも書いたように、日本企業は海外進出しても子会社設立を中心としており、EMSのような外注・製造委託(時にODMのように設計まで委託)を使う比率が低いようですが、このご時世では低価格路線の商品については大幅な外部への委託が必要となると思っています。製造・設計委託は社内のR&D能力の維持、及び営業秘密の保持という観点からはマイナス要因になりますが、何らかの対処策をもって進むしかないでしょう。例えば高機能・高価格路線の商品については自社内にR&D部隊を残すであるとか、低価格路線の商品は徹底的にコモディティ化を図って仮にノウハウが流出しても大事にならないであるとか、です。

こういった事態に知財がどれだけの効果をもたらすか、結構難しいところです。薄型テレビではVizioのように台湾・中国メーカーに液晶パネル調達を含めた設計・製造委託をして徹底的な低価格化を実現している会社もあります。このような会社に対して知財の側面から商品競争力をもたらす、というのは楽ではありません。と言うのも、低価格路線の商品はそこそこの機能しか持っておらず、知的財産で保護されている高機能はあまり採用されていないからです。当然、過去のR&Dの蓄積の中から有用特許を棚卸しし、権利活用することで上に書いたような会社のコスト構造を若干でも変化させる努力は必要です。しかし一方で商品自体が価格競争力を持たないと権利行使したことによる影響はライセンス料の増加しかもたらさないことになり、会社全体としての利益改善にはなりにくいと思います。

それにしても、本当に不景気ですねぇweep

グローバル化する企業と特許の対応

以前の記事に書いた、「MITチームの調査研究によるグローバル企業の成功戦略」という本を読了しました。読後の感想は結構有意義だったと思っています。この本は、世界中のグローバル企業を実地調査してグローバル企業の戦略を探るとともに、企業がグローバル化することによりアメリカ本国に産業が残るのかどうか、ということを検討しています。

結論からすると、グローバル企業は同じような製品を製造していてもグローバル化への対応は企業毎に大きく異なり、それは企業が有する「遺産」などに基づく、というものでした。これは、実際に企業に身を置いている自分の見聞きしたことからも頷けるものです。企業はその製品を世界的に販売するに当たり、様々な条件に基づいて最適な製造地を選択し、時にEMS等を用いて安価に製造委託し、そして、顧客にいち早く届けることに苦心しており、その戦略は企業毎に異なる条件に基づいて(時に競業他社を参考にするにしても)独自に決定されるものです。同じような製品を製造する際にグローバル化への対応が競業他社と同じであれば同じ結果しか得られません。これでは競争になりません。本の中で日本企業が海外進出する際には子会社を設立することが多いのに対し、アメリカ企業はEMSといった海外に既にある企業を利用することが多い、という指摘も、その傾向は強いと同感しました。その理由は、本では営業秘密の保持が挙げられていましたが、製造に関するオペレーションのやり易さも理由のように思えます。

また、企業がグローバル化することにより自国に有力な産業が残るかどうかについて、著者は肯定的な見方をしていましたが、アメリカの現状を見ると、アメリカの基幹産業(自動車産業、IT産業など)についてはR&D力はどんどん低下しているように思え、個人的には楽観視できないように思えました。

本の中で指摘されていたことで興味を持った点として、企業が製造拠点を海外に移転するなり海外の外注を利用することを決定するfactorとして人件費が低廉であることはそれほど大きなものにはならない、ということでした。つまり、人件費が低廉な国に進出する場合、労働者の質の低さ、販売地への物流費の高さ、販売地から製造地までの距離が遠くなることによるタイムラグ、その他諸々の要因を考慮すると、人件費が低廉であることのメリットはごく小さくなってしまう、ということです。

さて、(また話題をがらっと変えて申し訳ありませんcoldsweats01)企業がグローバル化するに伴い、知的財産戦略もこれに合わせて検討する必要があることは言うまでもありません。端的には、「どの国で知的財産権を取得し、活用するか」という点が一番の問題になります。単純には製造地と販売地の双方で権利取得を図ることになりますが、priorityとしては販売地が優先されます。と言うのも、販売地では完成品が市場にオープンにされますので、権利侵害の判断がやり易くなりますし、工場内での製造工程を調査するのは容易ではないからです。当然、完成品を辿って工場から出荷された時点で押さえることも可能ですから、製造地で権利取得することも重要ではあります。もう一つ考えるべきことは、製造地は往々にして発展途上国であり、発展途上国の知的財産法制度が完備されていないことが多いので、製造地での権利行使に一定の限界がある場合もあります。

電機メーカーの全世界的な出願戦略を見ると、やはり大市場たる販売地である米国、欧州、中国を優先して考えているようです。今後は、BRIsが市場としてどんどん成長してくるでしょうから、これらの国における権利取得が課題となるように思えます。また、MPEGのような技術標準に係る特許の場合、製品カテゴリー全てを包括して権利範囲にできることもあり、このような場合は広く製造地にも権利取得を図ることがあるようです。PCTの活用が有効となります。医薬品や日用品メーカーの場合、全世界的にくまなく販売されることもあってか、1つの特許が数多くの国で取得されている傾向があるようです。

まあ、予算に限りがあるので担当者は色々と知恵を出しているわけで、その努力には頭が下がる思いです。

ヘッドフォンがもたらす幸福…

この間の記事ヘッドフォンを買い換えたことをお話ししました。それからこのヘッドフォンで外出するときはずっと音楽を聴いています。何となく、20歳代に感じていた音楽への情熱が蘇ってきた気がします(ちょっと大げさかな)。このヘッドフォン、無骨そうですが外出用でもあるそうなので(紹介記事をご覧下さい)、気にせず毎日持ち歩いています。

きちんとした密閉式のヘッドフォンなので、音楽の細かいディテールまで聴き取ることができます。今まで使っていたのが、インナーイアー式は耳への圧迫感があるので耳かけ式を使っていました。が、耳かけ式は普及帯の価格のものが多く、高級のものはオーディオテクニカ社くらいしか作っておらず、この製品は万引き対策のために試聴ができない店ばかりだったので購入する決心が付かずにいました。で、普及帯の価格の製品はそれなりの音しかせず、何となく不満を抱きながら音楽を聴いている状態でした。

こんな状態がかなりの期間続き、音楽への情熱がちょっと醒めかかっていたときに、ふと立ち寄った量販店で今買ったヘッドフォンを試聴し、結構な額だったのですが、これなら、と思い切って購入しました。

やはり、音楽はそれなりの音質でかつ大音量で集中して聴かないと楽しくない気がします。最近は音楽を携帯電話の配信経由で聞いている人が増えているようですし、音楽制作者もそれを意識して楽器のバランスを調整していることがあると聞きますが、生の音楽に近い形で聴くことが本来の音楽の聴き方のように思え、そうなるとやはり上に書いたように音質、音量にこだわるべきだと思うのです。ただ、こういう考え方は古いのかも…

比べても仕方ないのかな

本日は短めに愚痴っぽい話を。

世界的不況を切り抜ける策として、日本では麻生総理が総額75兆円の景気対策をとるということです(官邸資料)。この中の2兆円が、マスコミで徹底的に叩かれている定額給付金になるわけです。この75兆円の景気対策、私が見るところこれといった柱となる政策もなく、各省庁が景気対策として挙げてきたものを単に列挙したように見えます。と言うのも、各々の景気対策の管轄が省庁を超えておらず、非常に小粒のものばかりで、将来の日本をどうするかという大局的見地に立ったものには思えないからです。非常に厳しい言い方をすれば、所詮官僚の小賢しい知恵の及ぶ範囲はこの程度か、と思えるのです。

一方、米国。米国礼賛をするつもりはありませんが、就任予定のオバマ大統領はグリーンニューディール政策を掲げ、環境技術でアメリカを立ち直らせることを考えています。それも去年からグリーンニューディール政策を取ることを宣言しています。私にとって驚きなのは、今まで環境保護にどちらかというと積極的でなかった米国(正確に言えばブッシュ大統領)が大きく舵を切る決意をしたことと、環境技術は多方面の産業への波及効果が大きいことが予想され、雇用創出にも貢献することが期待できるので、アメリカの産業構造を大きく変革する可能性を秘めていることをオバマ大統領がきっと理解しているだろうと思えるのです。

官僚主導の政治から未だ脱却できない日本と、大統領主導でアメリカ社会そのものを変革することを目的とする政策を大胆に立案できるアメリカと、比較しても仕方ないのかもしれませんが、ちょっと情けなくなってきます。

デジタル家電、寡占が加速

ちょっと前のニュースですが、「デジタル家電、寡占が加速 2強シェア5割超、08年は9品目」という記事がありました。ワールドビジネスサテライト(既にWeb上には記事がないので今回はリンクを張りません)でもこのことを紹介していました。

なんでデジタル家電が寡占化が進むかと言うことを考えると、デジタル家電の場合、ある程度の機能はどのメーカーも一定レベルまで到達していて、こうなると価格競争に突入することが多々あります。そうなると、ある程度のシェアを確保できているメーカーでないと値引き合戦に勝ち残るのは難しいです。販売店も売れ筋を薦める傾向にありますから、売れ筋から離れた商品であれメーカーであれ販売店の店頭に占めるスペースがどんどん狭くなってきます。一旦売れ筋から離れてしまうと、顧客の注目を浴びる可能性がどんどん低くなりますので、さらにシェアを下げる結果となります。こういったことが、デジタル家電の寡占化を推し進めているのではないかと思っています。

当然、ニュースにもちらっと書いてあるように、市場を変革しうるほどの力を持つ新技術、新機能が実現できると一気にシェアを伸ばすことも可能です。とは言え、なかなかそんな技術は見つからないのが現状です。例えば、液晶テレビでは最近超解像技術と呼ばれる技術が脚光を浴びています。超解像技術とは、液晶テレビの画素数よりも少ない画素を有するDVD映像であるとかを液晶テレビの画素数に合わせて表示する際に、単純に引き延ばすのではなくて解像度を液晶テレビの画素数に合わせる技術です。この、超解像技術では東芝が結構先行しているのですが、だからと言って東芝の液晶テレビのシェアが格段に上がったという話は聞いていません(販売店の中には「東芝は画質がいい」と褒めている人もいるようですが)。結局、こういった新技術、新機能が顧客にとって商品選択のポイントになるまでには至っていない、ということだと思います。ある意味、デジタル家電自体が全般的に高機能になってしまい、機能だけでは差異化ができないということだと思います。特に、今は不況ですから価格の訴求力の方が圧倒的なのでしょう。北米においてVizioがサムスンやソニーのシェアに迫る勢いを示しているのもそういった要因が結構あるのだと思います。

本来は新技術を知的財産で保護して先行利益を一定期間確保できるような体制を確立できればいいのでしょうが、大抵の大手電機メーカーは包括クロスライセンスを締結していますから、仮に市場に衝撃を与えるような新技術、新機能が実現できたとしても数年でキャッチアップされてしまい、なかなか知的財産が有効活用できる機会はなさそうです。

なかなか暗い話になってしまうものの、メーカーとしてはここが踏ん張りどころであるのも確かです。低価格路線か、高機能路線か、トップメーカーはどちらも選択しないとシェアは確保できないでしょうし、シェア低位のメーカーはいずれかの路線に絞らないと生き残る道はなさそうです。

2008年米国特許ランキングに思う

毎年この時期になると、米国特許登録件数のランキングが発表されます。過去数年間の傾向を示した適切な資料がウェブ上に公開されていないので、ちょっとうまく説明できないのですが、幾つか注目すべき点があります。

IBMがいよいよ特許登録件数4000件の壁を越えたというのは、それほど驚きでもありません。ただ、IBMがプレスリリースで言及している、「IBMは引き続き特許を取得し、自社の知的財産を保護していきますが、同時に、新しい、より優れたインフラ構築を促進するような技術分野に焦点をあてて発明の公開を増やす計画です。」という点についてはオープンイノベーションの観点で興味があります。IBMのプレスリリースによると、この公開件数は3000件以上にも上るということなので、IBMが保有している特許件数からするとかなりの割合になります。Linux関連の特許であれば、無償公開することでIBM自身もLinuxファミリーに貢献できるとともに自身のサーバビジネスを発展できるというメリットがありますが、IBMのプレスリリースによると、「今まで行ってきたオープンソース・ソフトウェア、医療、教育、環境、ソフトウェアの相互運用性の分野において、イノベーションを促進するために特許を開放して、自社特許を行使しないと公約してきた取り組みをさらに発展させるものです。」という結構広範囲な分野にわたって特許を公開することのようですので、ビジネス上のメリットはどこにあるのか、あるいは、IBMが予てから言及している特許の質向上の側面からも考慮しているのか、気になるところです。根源的には、なぜIBMがこれだけの数の特許を取得しようとしているのかというモチベーションに関わることだと思っています。今度、上野さんに会ったら聞いてみたい気がします。

サムスンが2007年に引き続き2位になっていることは当然だと思っていますが、1位のIBMとの件数の差が思ったより縮まっていて、2007年から2008年への伸び率を単純に当てはめると多分来年(2009年)はIBMを追い抜く可能性があることはちょっと驚きです。サムスンは全世界的(米国、EP、日本、韓国、中国)でものすごい数の特許出願をしています。サムスンが技術的に先進メーカーに追いつけ、追い抜けで攻勢をかけ、これに伴い特許出願件数も急速に伸ばしているわけですが、特許活用という側面からはサムソンは侵害で訴えられた際に反訴しかしない姿勢を示しているので、これだけの数の特許を保有して将来どのように考えているのか、気になるところです。残念ながらサムスンには知り合いがいないので、真意を問いただすことは難しいですが。

マイクロソフトは、ここ10年間ほどの著作権から特許重視の方針転換がいよいよ実を結び、特許登録件数が2000件を越えるに至りました。この間の伸びはサムスン以上とも言えます。マイクロソフトはある程度色々な分野にわたって特許を取得していますが、大半はソフトウェア関連ですので、ソフトウェア関連だけでもものすごい数の特許登録件数があると言えます。マイクロソフトは最近特許のクロスライセンスを積極的に各社と締結していますし、オープンイノベーションそのものも結構肯定的に捉えているのですが、オープンソース運動に対しては相互運用性(interoperability)の確保までは譲歩するものの、オープンソース運動そのものを肯定的に捉えるまでには至っていません。つまり、マイクロソフトは特許を自身の影響の及ぶ範囲においては自身のビジネスを守る手段として利用することを目的にしていると言えます。

細かく見ると、他にも面白そうな点があるのですが、とりあえずこんなところで。

知的財産制度のグローバル化?

この世界的不況のさなかに読む本としては不適切かもしれませんが、「グローバル企業の成功戦略」という本を読み進めています。この本は、企業活動のグローバル化がどのような影響を及ぼしているのか、また、グローバル企業と呼ばれる企業は経済活動のグローバル化にどのような対応をしているかを500社にも上る企業の実地調査から探り出そうとするものです。3年ほど前に出版された本ですから、出版された当初は非常に時流に乗ったものだっただろうと思います。しかし、世界的不況の中で一部の国家が保護主義的政策に走ろうとする状況下でグローバル化を肯定的に捉えるのは難しいですし、また、アメリカ発の不況がこれほど早く世界的に波及してしまったのもある意味で経済活動のグローバル化が原因であるとも言えます。加えて、何年も前からグローバル化そのものの弊害を唱える人々は大勢いて、その人たちの意見の中には傾聴に値する部分もないわけではないので、現時点においてグローバル化を無条件に礼賛する気持ちにはなれないです。いずれにしても、読了した時点でまた感想を書けたら書き記します。

で、グローバル化という視点で知的財産制度を考えると(がらっと変わってすいませんcoldsweats01)、経済活動のグローバル化がこれほど進んでいるにもかかわらず知的財産制度のグローバル化はちっとも進展していません。もともとパリ条約には特許独立の原則が規定されていますので知的財産制度がグローバル化すべきかどうかという根本的な疑問もないわけではないのですが、一方で企業活動がグローバル化すれば複数の国でより効率的に知的財産権を取得するニーズが高まるわけで、知的財産制度もグローバル化の影響を受けることは必須です。そもそもPCT(特許協力条約)自体が世界統一特許の前提として締結されたわけですから、知的財産制度のグローバル化というニーズは結構前からあったと言えます。

問題は、経済活動のグローバル化に対する批判と同様に、各国の利害関係の対立、特に先進国対発展途上国という図式が知的財産制度のグローバル化の進展を一筋縄ではいかないものにしていることです。日米欧3極特許庁は積極的に知的財産制度のグローバル化に向けて様々な動きをしています(話は多岐にわたりますので、「特許」「ハーモナイゼーション」で検索していただけるようお願いします、参考までに特許庁のこのページを紹介しておきます)が、議論は遅々として進まないように見えます。当然、2国間条約による審査ハイウェイであるとか、日米欧3極特許庁による出願様式の統一であるとか、既に実現化している施策もありますので、全く進展していないわけでもありませんし、将来に期待できるところは多々あります。

知的財産制度のグローバル化は、経済活動のグローバル化と同様に、各国において存在する権利取得等の際の障壁を低くすることになりますから、各国毎の権利取得等に当たって生じるローカライゼーションに関与している人々の雇用の機会を奪う可能性を孕んでいます。例えば、欧州特許庁では最近登録の際の翻訳文提出要件を緩和するLondon Agreementが発効しましたが、この発効を遅らせていたのが、翻訳文を作成する機会が減少することを危惧した代理人の存在であると言われています。今後、例えば2国間条約によって特許の相互認証制度が成立すれば、権利取得に関与している代理人はそれまでよりも代理人手続が簡略化されることで請求できる費用がぐっと切り詰められることになり、結果として代理人事務所の規模が縮小されることが予想されます。これを致し方ないことと考えるか、何らかの保護が必要と考えるか、難しい問題です。ま、こんなことを考えている人は少ないでしょうけど。

時代の流れかなぁ(その2)

以前の記事にも書いたように、ここ数年のiTunesを始めとする音楽配信の流れは止めようもなく、この記事によると、アメリカではかなりCDそのものの売上が減少しているようです。さらに言うと、音楽配信でもバラ売りというか曲単位での配信が大きな割合を占めているようで、気に入った曲だけを音楽配信で購入するという流れが主流のようです。

で、もう一つ、宇多田ヒカルの"Heart Station"は42週かけてミリオン、ミスチルの"Supermarket Fantasy"は4週間でミリオン突破という面白いニュースがありました。前の記事では宇多田ヒカルの"Heart Station"は2ヶ月でミリオン、というニュース(このニュースは既にリンク切れしてます)を紹介していたのですが、オリコン集計ですから上のニュースの方が正確なのでしょう。この差は何だろうと思うと、あくまで推測ですが、宇多田ヒカルのリスナーの方が音楽配信によりなじんでいて、CDをアルバムとして購入するよりも音楽配信でダウンロードしてしまう頻度の方が多く、従ってCDがミリオンになるのに結構な時間がかかった、と思えます。

この流れ、音楽配信がメインになるのはともかく、アルバム購入の比率が低まるのは個人的にはどうかな、と思っています。と言うのも、アルバムというのはアーティストが複数の曲をまとめてあるコンセプトの元に制作するもので、アーティストのメッセージというのはアルバムに流れるコンセプトを理解してはじめてリスナーに伝わるのではないか、と思うからです。シングル曲というのはどちらかというとキャッチ-な曲が好まれ、メッセージ性の強い曲は排除されがちです。シングル曲ばかりを発表してアルバムを発表しないというのは、厳しい言い方をすれば大衆迎合的な姿勢に思えてなりません。近年、シングル曲が往々にしてタイアップとしてCM、映画、ドラマの主題歌として提供されることが多い現状をみるとなおさらその感を強くします。地味な曲でも、アルバムを通して聴くことでその意味を深く理解できることもありますし、アルバムの中で重要な位置を占めていることがわかります。その意味で、タイアップ曲だらけのアルバムというのは私はあまり好きではありません。

そうは言っても、これも時代の流れなので仕方ないのかもしれません。しかし、私は、リスナーはアーティストを育てる意味で気に入った曲だけを音楽配信でダウンロードするのではなく、(音楽配信でもいいですから)アルバムを購入して全体を通してじっくり聴いてアーティストのメッセージを理解する努力をすべきではないかと思います。

特許法改正なんでしょうか

ちょっと書くか書かないか迷ったんですが…

新年早々、日本経済新聞の1面に特許法改正に関する記事が掲載されたようです(日経は購読していないのでcoldsweats01ネット記事と又聞きで)。ネット記事には新聞記事の一部しか掲載されていない様子なので、ちょっと全貌がわからないのですが、既に何人かの方がBLOGでコメントされているのでBLOGという二次情報で垣間見るしかありません。

日経はよく1面に知的財産関連の記事をよく掲載しますが、結構ガセネタも多くbleah、私としては産構審での議論がされる段階(来年のようですね)までコメントを控えようかと思っています。しかし、上に書いた他の方のBLOGを見ると、非常に限られた情報であるせいなのか、何だか誤解している方が散見されます。

例えば、日経の記事では「特許の保護対象にソフトなどの無形資産も追加」と書いてあるところ、そもそも現行法でも方法発明といった無形資産が保護されているといった議論をされている方がいました。日経の記事の言わんとするところは、私が推測するに、平成14年改正で特許法2条3項を改正して実施行為にプログラムを含めることで実質上ソフトウェアを保護することとしたことからさらに一歩踏み出して、特許法2条1項の発明の定義を改正して発明そのものにソフトウェアなどの無形資産を含めようという意図だと思われます。この議論自体、平成14年改正の際に散々議論され、時期尚早として取りやめになった経緯がありますから、私としては来るべきものが来たか、という感じがしています。

また、ネット記事には「企業や大学が持つ特許を開放する際のルールを整え」とあるところは、新聞記事では特許開放の際に差止請求権そのものを放棄することに言及しているようです。これについても、差止請求権は特許権の本質であるから差止請求権の放棄などけしからんと主張されている方がいます。しかし、特許を広く公開して多数の人に実施許諾を付与するようなスキームを考えた場合、差止請求権が権利者に残されていると実施許諾を受ける側に不安を与えることもあるでしょうから、権利者の意思として差止請求権を放棄するのは問題ないように思います。

さらに、ネット記事には全く言及されていませんが、審査基準の法制化も検討されているようです。これについては、行政の一判断基準を格上げして司法に遵守義務を課すのはよろしくない、憲法違反であると主張されている方がいます。審査基準の法制化自体は、審査基準の制定手順も含めて透明化を高めることであり、問題ないように思います。加えて、法制化自体が憲法違反であるというのは、なんだか三権分立をよく理解していないように思えます。司法の独立もあったもんではありません。

いずれにしても、不十分な情報ゆえの誤解かと思うので、まずは法改正の全貌が明らかになったところで誤解も解けてゆくかと思っています。

オープンイノベーションを実際に適用するには

ちょっと時間がかかりましたが、「オープンイノベーション 組織を越えたネットワークが成長を加速する」という本を読了しました。この本は、Chesbrough教授が提唱したオープンイノベーションなる概念に呼応して、経営学者がオープンイノベーションに関して記述した多方面の論文を集めた本です。例えば、オープンイノベーションと知的財産、オープンイノベーションとネットワーク理論(理数的な意味ではなく、例えばエコシステムのように複数の企業が連携してイノベーションを実現するという意味です)、オープンイノベーションと国家政策といった内容がちりばめられています。中には、オープンイノベーションとどう言った関係があるのかなぁ、と思うものもありました。

オープンイノベーションについてはこのBLOGでも随分と取り上げて議論をしてきました。垂直統合的R&Dだけに頼っていては、これだけ知識の流動化が激しく、しかもインターネットにより知識そのものがグローバル化、言い換えれば遍在化してきている現代は企業は生き残れないと思い、その意味でオープンイノベーションは時代の必然であると思っています。

しかし、オープンイノベーションを企業のR&D及び知財実務に活かそうと考えると、なかなか一筋縄ではいかないのも事実です。例えば、オープンイノベーションにより社外からイノベーションを導入する場合を考えてみます。従来から研究開発のシーズを外部から導入することは、積極的に行っているかどうかはさておき、ある程度の規模の企業であれば経験があることだと思います。単純に言えば、大学での研究成果に基づいて製品の実用化を行えば、これだってオープンイノベーションなのだと言えなくはありません。今風に言えば産学(官)連携です。

今までこういった研究開発のシーズを外部から導入することが積極的に行われてこなかった理由は幾つかあると思います。私が思いつくままに挙げてみると、①企業が欲する研究開発のシーズを探すのが難しい、②(特に大学の研究において)実用化を前提とした研究の数が少なかった、③社外に存在する研究開発のシーズから実際の製品化へ結びつけるための「死の谷」(最近は「魔の川」「ダーウィンの海」とか細かく分ける人もいるようですが、ここでは総称して)を越える苦労がある、といったところでしょうか。①についてはインターネット環境がこれだけ普及して知識のグローバル化が進みましたので、これは解決しようと思えば解決できそうに思えます。②についても大学や研究所が産学(官)連携に積極的になってきていますので、これも徐々に解決するでしょう。③については、産学連携を推進する際に結構な問題になりますので、簡単には解決できそうにもありません。

企業内においてオープンイノベーションを推進するには様々な問題がありそうです。まずは、社外からイノベーションを導入するに当たって、誰がオープンイノベーションを推進するか、という問題があります。社内の研究者が自身の研究テーマ選定の際に社外からイノベーションを導入するのであれば、これは従来から行われてきていることでしょうし、さしたる問題はなさそうです。一方、製品開発部門が社外からイノベーションを導入する場合、実用化(ここではプロトタイプレベルのことも含めます)に一定の可能性を見いだせるイノベーションでなければ導入を決断することは難しいです。これは、製品を市場に投入するには一定の時間軸内で行う必要があり、いくら優れたイノベーションであっても社内において実用化までに相当の時間がかかるのであれば製品への採用をためらうことがあり得るからです。加えて、製品化が実現できたとしても、その製品を含めたビジネスモデルが確立できるかどうかも判断する必要があるからです。さらに、社外のイノベーションを常時ウォッチングし、適切と思われるイノベーションを社内に紹介し検討する専門の部署を設けることには、費用対効果の観点からまだ企業には抵抗があるように思います。一部の製薬会社のように全く割り切ってしまえばいいのでしょうが。

一方、知財業務から見てオープンイノベーションは、イノベーションを導入する場合は自身が主体となることはそうそうないので、従来から行っているライセンス導入と同様に対応すればいいと思いますが、社内イノベーションを社外に切り離す場合、ちょっとしたジレンマがあります。今までは、社内イノベーションを社外に切り離すときは、例えばスピンオフ企業があればその企業に知的財産をライセンスアウト、あるいは売却すればよかったです。しかし、ここ数年は知的財産の有効活用という観点が強調されていることと、知的財産そのものの流動性が高まってきていることとが相まって、知的財産そのものを(技術とは切り離して)適切な企業に売却することを考える企業が増えてきています。知的財産を買収した企業は、この知的財産を有効活用しないと利益が得られませんから、権利行使によるライセンス料徴収に邁進するわけです。これは、いわゆるパテントトロールを助長するものではないか、という議論も当然あり得ます。事実、Chesbrough教授が「オープンビジネスモデル」で紹介している企業の中にはパテントトロールとして見られている企業も含まれています。当然、売却して権利活用を図るのであれば、それ以前にその企業自身が権利活用をすればいいとの議論はあり得るでしょう。しかし、企業が実業を抱えている限り、権利活用をすれば逆に権利活用をされる危険性を常に孕んでいます。権利活用される危険性を、その知的財産を実業を持たない会社に売却して一定の利益を確保することで切り離す行為は、ある意味で巧妙と言えます。この問題については、トロールの権利活用行為が行き過ぎたものとならないような政策的あるいは法律的な制限を課すといった方法でしか解決できそうもありません。

ちょっと長くなりましたが、簡単にまとめると、オープンイノベーションの流れは必然的とは言え、まだまだ問題を抱えているように思えます。真剣に考えないといけないようです。

不況になると

今更当たり前のことなのですが、念のために短めに。

不況になると手に職をつけるという意味で資格が脚光を浴びてきます。私が知財業界に入った85年も円高不況と言うことで弁理士に若干脚光が浴びたように思います。その後は、平成一桁の頃は確か受験者数も大きな伸びを示していなかったように記憶しています(具体的なデータがないのでうろ覚えですいません)。平成二桁になると、サラリーマンを取り巻く環境が厳しくなっていくことに伴い、受験者数も大幅な伸びを示し、一方で知財自体が脚光を浴びることで弁理士不足という状況が顕著になってきたことを受けて、合格者数も増加しました。

昨年からの全世界的不況により、また弁理士という資格を取ろうと思う方が増えるのではないかと思っています。資格を目指す方が増えるというのは、それだけ優秀な人材が集まってくることにもつながりますので、歓迎すべきことだと思っています。しかし、資格を取得したらそれで安心ということでは「全く」ないことも確かです。それは、弁理士という資格は特許庁に対して産業所有権関連の手続を代理できること「だけ」を保証する資格であり、資格を取得したことはいわば産業所有権関連の手続ができるようになった、という入り口に立っただけでしかない、ということです。

昨今の弁理士試験合格者の動きを見ると、このあたりはよく理解されているようで、弁理士試験に合格したら次は語学だ、法律だ、と進むべき道を見極めていられるように思われます。ですから、もし弁理士試験にこれからチャレンジされようとする方がいるならば、合格することが目標ではなく、合格してからどんな弁理士になるのかが最終的な目標だ、とアドバイスしたいと思います。

このことは資格全般に通じることだと私は思っています。資格を取得することは最低限の知識を保証されたに過ぎず、それ以降の知識なり技術は個人の努力によるものだということです。特段弁理士内で競争することを奨励はしません(一歩間違えると足の引っ張り合いになりますから)から、クライアントたる企業から信用されるにはどうするか、という点で個々の弁理士が特長を伸ばせばいいのだと思っています。

今年の抱負…かな?

正月ですから、この1年自分がどんなことを目標にして生活するかを書いておかないといけないですね。とは言っても、突然職場が変わるわけでもないので、それまでの日々の延長線上にこの1年もあると思ってはいますが。

今年は自分が年男で、また、弁理士合格20年目という節目の年でもあります。段々と体力も衰えてきて今更司法試験にチャレンジする体力も知力も財力もないですし、付記試験は弁理士が新司法試験にどんどん合格するようになれば全く意味のない試験になると勝手に思っているので、法律関係の知識は無理矢理詰め込むようなことはしないつもりでいます。一方、このBLOGで散々話題にしてきた経営関係の知識は今後も旺盛に吸収するつもりでいます。経営関係の知識の中でも、イノベーション論はまだまだ発展している学問ですし、知的財産との関係も深いと自分自身は勝手に思っているので、研究のし甲斐があります。オープンイノベーションは今後発展していく学問領域ですが、企業の発展を解明するためにはオープンイノベーションだけでは不足するのではないかと思っています。Chesbrough教授はオープンビジネスモデルという概念を提唱していますが、それよりもエコシステムといった企業間の緩やかなネットワーク、そしてその中で主体を占める企業とは何か、という議論が必要なのではないかと思っています。その当たりの知識をもっと深められれば、と思っています。

他にプライベートでは、このところ音楽を全然聴いていなかったところ、結構安くいいヘッドフォンを手に入れることができ、これを使って今まで録音しておきながらあんまりいい印象を持っていなかった楽曲を聴いたところ全然違ういい印象を得ることができたので、これを機に音楽鑑賞にまた精を出そうかな、と思っています。このヘッドフォン、見かけは無骨ですが一応アウトドア形式だそうで、どんどん持ち出しています。音がよくて音楽に集中するあまり周りのことを全然気にしなくなるくらい(危ない)で、結構はまっています。流行のノイズキャンセリングヘッドフォンではない分、音は素直で、買ってよかったとしみじみ思っています。

あと、子供を含めた家庭生活は…まあ、当分賑やかでしょうね(苦笑)。

社会起業家という存在

年が明けて、クリスマスに録画しておいた「クリスマスの約束」を見ているうちに、また涙腺が緩くなってうるうるきてしまいましたweep。やっぱり年を取ると涙もろくなるんですかね。

さて、もう一つ、年末に録画しておいた「ガイアの夜明け」を見ていてなかなか参考になりました。詳細はサイトに譲るとして、簡単に言えば、環境技術を中心として日本が誇る技術を社会貢献ビジネスに活用する、というスジです。社会貢献ビジネスという言い方がピンと来なければ、最近流行の言葉で言えば「社会起業家」とでも言うべきでしょうか(これでもわかりにくいかな…)。

最近、社会起業家という存在に注目しています。この間、MOT社会人大学院の恩師のところに遊びに行ったら、偶然にもこの恩師が内閣府経済社会総合研究所(ESRI)からの委託を受けてこの社会起業家について研究しているのを知り、面白いなぁ、と思ってしまいました。社会起業家の定義についてはWikipediaのリンクを張っておきましたのでご覧下さい。ここ数年、金融中心主義の行く末に何となくの不満感と不安感を感じており、先進国だけではなく発展途上国も含めて世界全体が繁栄をするためにはどうしたらいいのだろうと考えているうちに、社会起業家の存在に気付き、こういった存在は社会全体を変革できる力を持ちうるのではないかと思ったのです。

社会起業家のどこに注目をしているかというと、ガイアの夜明けでも紹介されていたように、私が理解する限りではボランティアやODAのように無償で提供されるもの(人的貢献であれ設備であれ)は、当初は受け入れ側にありがたがられるものの、所詮(主に)先進国から無条件で提供されるものですから受け入れ側としてはその設備なりシステムなりを維持するというインセンティブに欠け、結果的に長続きしないことが多いのですが、社会起業家が提供する設備なりシステムはビジネスモデルを回すことを前提としていますから、受け入れ側の住民がこのビジネスモデルに参加することでインセンティブを得て長続きする可能性があるからです。ガイアの夜明けで紹介されていた例は、凝固剤+濾過装置を用いて泥水を清浄化する装置を当初は無償で提供したところ、数ヶ月後には蛇口などの金属類が盗まれたら住民がそれを復旧させることもなく放置しており、今度は生活用水の運び屋に凝固剤+濾過装置一式を販売し、これを生活用水の販売代金に上乗せする形で回収させるようにしたら道が開けかけた、というものです。

確かに、世界中ほとんどのところで貨幣経済が成立していますから、たとえ少額の儲けであっても利潤を生むビジネスモデルが成立しなければ、いくら環境衛生に優しいとはいってもその土地で根付くことは難しいでしょう。平たく言えば、現在の環境技術が世界的に広がらないのも、その環境技術を含めたビジネスモデルがきちんと成立していないからであると言えます。

社会起業家は、利潤をとことん追求する従来型の起業家とボランティアの中間に位置するような存在であると理解しています。発展途上国のように購買力がまだ十分成熟していない国家では、利潤追求型の起業家が環境技術などの国民生活を正常な方向に発展させる技術を導入したのでは、目的とする利潤を得ようとするとその国民に受け入れがたい価格になってしまう可能性が高いと思います。一方、ボランティアでは上に書いたように導入した技術がその国民に根付かずに終わってしまう可能性があります。社会起業家は社会貢献を尺度にその事業の成功度を測定する人々ですから、利潤に走ることなく技術を導入し、その国の国民に受け入れられるビジネスモデルを確立させることができるのではないか、と思っています。

この場合、一人(あるいは一団体)の社会起業家が成功すると、その国において必ず追従者が出現することが予想されます。社会起業家が導入するビジネスモデルが特定の技術を基本としている場合、追従者はその技術の模倣に走るであろうことは容易に推測されます。社会全体の繁栄がそれで約束されるならばよしとする意見も当然ありますが、当該技術に対して社会起業家が投資した資金が追従者の存在により回収不能になった場合、次の社会起業家を生み出すインセンティブは大きく阻害されることになります。ガイアの夜明けでも、ショベルカーを改造した地雷除去装置を製造している会社が、開発費を回収できる見通しが立たずに苦労している例が紹介されていました。

従って、最低限投資した資金を回収できる程度の競争力を何らかの形で社会起業家に付与する仕組みが必要になります。この際、安易に知的財産を持ち出すとエイズ薬に関する特許問題で見るように南北問題に発展してしまうので、知的財産を持ち出すとしてもその国に見合ったライセンス料等の設定が必要になるのだろうと思います。そもそも利潤追求型でない社会起業家であればそういったライセンス料でも問題ないでしょう。こういった場合、行政がそれなりの予算を付与してビジネスモデルが成立できるようにすればいいのかもしれませんが、発展途上国にはそれほどの余裕がない場合もあるでしょうから、できるだけ行政の介入なく成立しうるビジネスモデルを確立させるべきなのでしょう。

ちょっとした初夢気分でこんなことを考えていました。

あけましておめでとうございます

2008年も終わりを迎え、この記事をアップする頃にはもう2009年の元旦ですね。ずっと恒例の紅白歌合戦を見ていて、何度か感動のあまり涙ぐんでしまうことがありました。最近涙もろいのでちょっとだけ困っていますweep。この間もNHKのSONGSにMr.Childrenが出演してオリンピックテーマ曲のGIFTをやったら涙が止まらなかったし、今日(昨日)も同じようにGIFTを聞いたら涙が出てきました。特段ミスチルファンってわけではないんですがね。歌の力はすごいな、ということを改めて思いました。

2008年は世界的に大激動の年でした。2009年も不景気をどうする、金融危機をどうするっていう問題が大きく横たわっていて、見通しはなかなか付きそうにもありません。この間のBLOGにもちらっと書いたとおり、知財を語る以前にこの不景気をどうする、ってことのほうが世界的には大事だと思うので、全般的には非常に気が重いです。

考えてみると、自分が知財業界に入ったのが1985年で、この頃は円高不況と言われていて知財業界もあまり元気がなかったことを覚えています。それが一変して弁理士に合格した1989年になるとバブル真っ最中で随分羽振りのいい雰囲気を味わいました(決して合格したからすぐに給料が上がったわけではないのでcoldsweats01)。この頃は特許事務所に所属していて、不景気になると出願依頼件数ががくっと減って自分の手持ちの案件が0になりそうになると非常に不安に思っていました。この頃はまだ出願件数を競っている時代でしたので、不景気になると間接費である工業所有権費(企業側から言うと出願手数料等の総額の予算をこういった表現をします)は真っ先に削減対象になっていたんですね。それから随分の年月が経ち、今年は弁理士合格から20年という節目の年になります。

私ごときが世界経済に向かってこうすべしとの持論を展開するのはおこがましいので、自分が考えられる範囲のことをちょっと考えてみます。2008年の金融危機や世界的不況で明らかになったのが、米国を中心とする金融中心主義が行き過ぎた側面を持ち、明らかな虚構の繁栄の中で実体経済以上の経済規模が展開されていたことだと思います。2009年はその反省の元に再度実体経済に立ち戻って足元を固める時期なのだろうと考えています。

今いる会社も電機メーカーですから基本は物を作っている会社で、会社に所属する立場からしてもかねがね行き過ぎた金融中心主義には不安感(強い言い方をすれば不信感)を抱いていました。物を作って売って金を稼ぐというベーシックなことが時にばかばかしく見られ、金融工学を駆使した商品を販売して巨額の富を得ることが時代の最先端であるかのように吹聴されることには何となくの苛立ちを感じていました。当然、金融工学の全てが悪ではなく、知財に関して言えば例えば知財の証券化であるとか知財を用いた資金調達であるとかは、リスクをどのように評価するかという点が未だに開拓されていないために難しい側面がたくさんありますが、将来的に伸びていって欲しいと思っています。

足元を固めるという意味で、知財の持つ意味を原点に立ち戻って考えるならば、知財は企業の競争力を高めるための資産であるということです。しかし、オープンイノベーションの流れは世界的不況や金融危機があっても止めることはできないと思うので、オープンイノベーションに伴う知財の流動化という現象は今後より大きくなるでしょう。従って、企業はこれから社外の知財を調達し、また、社内の知財の見直しを頻繁に行って売却も含めた知財の有効活用を促進する動きはより高まってくると思います。ただ、知財市場に流れ込んでくる資金は以前より細くなる可能性はあるので、高値売却を望むのは難しそうです。

一方で、パテントトロールの背後にいる投資家もある意味でリスキーな資金を引き揚げていくでしょうから、パテントトロールの動きが急速に弱まる可能性もあります。このような希望的観測が当たるのであれば、地道にR&D活動を行っている企業にとっては知財リスクが減るとも言えます。ただ、過去の不景気の時代の経験からして、有力特許を保有しながら経営が左前になった企業は往々にして自社特許の強引とも言える権利活用をする可能性がありますので、企業間の紛争という意味での知財リスクは不景気によって高まる可能性は多々あります。

さて、2009年は知財にとってどういった時代になるのか…確実に言えることは、平凡とも言える知財業務を高品質で実行することが将来の布石という観点からしても好ましいと思います。ただ、時に大胆に知財のM&A、知財の一括売却といった施策をとらないと時代に取り残されるかもしれません。硬軟両面の観点が必要だ、ということです。

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