« 2009年3月 | トップページ | 2009年5月 »

2009年4月

中国のITセキュリティ機器の強制認証について(続き)

速報として短めに。

中国のITセキュリティ機器の強制認証については以前このBLOGで記事にしました。このところ、中国は5月からこのITセキュリティ機器の強制認証制度を開始する動きを示していましたが、本日のニュースによると、結果的にITセキュリティ機器の強制認証制度を来年5月開始と1年延期するとともに、対象を政府調達機器に絞るとのことのようです。とりあえずは対象が絞られたことで若干ほっとした感もありますが、情報を開示するという一点においては依然変わらないわけで、ITセキュリティ機器に関する知的財産権は中国当局(その裏で確実に国営企業、もしかしたら民間企業まで)に開示されてしまうわけです。

前の記事でもお話ししましたが、中国が膨大な国内需要を盾に無理難題を突きつけるのは前例があります。中国独自の無線LAN規格であるWAPIも、当初は中国における無線LAN機器の全てにWAPIの採用を強要する態度を示し、米国を中心とする猛烈な反発を受けて、政府調達機器にのみWAPIの採用を半強制的に要求する方針に最終的に変更した経緯があります。

今回のITセキュリティ機器の強制認証制度については、中国という国家は面子を非常に重んじる国家ですから、一度出した方針を他国の抗議により取りやめるというある種屈辱的な対応をするとは思いがたいです。本当は、大局的観点から(他国において中国が同様の対応を受けたら猛反発するでしょうし)ITセキュリティ機器の強制認証制度自体を直ちに取りやめる決定をして欲しいのですが、今回の決定を重要な譲歩として受け入れるしかないのかもしれません。

地道な知的財産活動

本日はちょっと短めに。

いつも徘徊しているNikkei Netに、日立ハイテクノロジーという会社の知的財産戦略が紹介されていました。この会社、平成21年度の知財功労賞の中で、産業財産権制度活用優良企業等(特許戦略)で表彰を受けている会社ですので、自他共に認める知財戦略の優れた会社、ということになるのだろうと思います。

で、上に書いた記事に紹介された知的財産戦略、正直言って非常に「べた」です。愚直というか、王道というか、教科書的とも言える知的財産戦略を真正面から捉え、実行しているという印象を受けます。特集記事でも、

『どの会社もやっている当たり前のことを、各階層に至るまで地道にやっているだけのことです。』

という表現をされています。しかし、「べた」な知的財産戦略ほど言うは易く行うは難しです。まず、研究者を巻き込んで知的財産活動を地道に行っていることが評価できます。経験からしても、研究者・開発者は新技術開発が業務であって知的財産活動は業務ではないと思っている人が結構います。これを説得して一つの業務のサイクルに落とし込むのは並大抵な努力ではありません。ある意味、成果の「見える化」をしないと全社的活動にまで格上げすることができません。

また、日立ハイテクノロジーという会社は、上の特集記事によると、市場を独占した製品や非常に高い市場シェアを有する製品を持っており、これらを特許により保護することで市場シェアの維持を図ってきたとのことです。業界にもよるのですが、なかなかこれもできるようでできないことですから、十分評価できることだと思います。

個人的には、こういった知的財産活動こそがもっと評価されていいのではないか、という印象を持っています。ただ、昨今の風潮からすると、その考えは古いのかも。

「知財経営」という言葉(またまた)

土生さんがこの間の知財戦略コンサルティングシンポジウム2009で話された基調講演の抜粋がWebに掲載されました。これを見て、どうも知財部門に所属されると思われる方がご自分のBLOGでちょっと否定的な記事を書かれていました。

私はシンポジウムの前半は外せない所用があって参加できず、従って、土生さんの基調講演は聴けずじまいだったのですが、日頃の土生さんの発言などから推測するに、「知的財産で経営課題を解決する」という直裁的なことではなく、土生さんの講演の要点は、「経営課題を起点に知財戦略を立案する」ということであって、知的財産で経営課題を全て解決できるとは土生さんは到底思っていないのだと思っています。

この記事にあるように、「知財経営」という言葉に対して若干の抵抗感を持っていられる方はいらっしゃるようです。先のシンポジウムの後のネットワークパーティーで、弁理士の同期合格者で受験仲間である人物が「知財経営って何?そんなの教えてもらってないよね?」と私に聞いてきました。

思うに、そもそも知的財産自体を経営と分離して考えるべきでないし、知的財産を巧みに活用して経営を有利に進めた企業なり経営者というのは結構昔からいるので、個人的には知財経営という言葉は決して新しい概念ではなく、最近脚光を浴びてきているだけだろうと思っているのです。

そもそも、知財経営という言葉が叫ばれてきたのが、日本という国が技術先進国になりながら(特にエレクトロニクス産業で)営業利益率がかなり低くなり、しかも、韓国・台湾(最近は中国を入れるべきですね)の追い上げを許して市場占有率も一気に下落傾向にあり(その理由を全て知財のせいにするのは非常にずるい話ですし、個別の市場毎に市場占有率が下落した理由も違うので、これを一緒くたにして議論するのもよくないんですが)、日本の産業競争力の低下が見過ごせない状態になっている、ならば、先端技術を知的財産で保護して産業競争力の向上を図ろう、だから知財立国だ、という議論をベースにしています。しかし、私が思うに、日本の産業競争力の低下傾向は、市場のグローバル化、韓国・台湾が国を挙げた産業振興策を取ることで急激にキャッチアップしてきたこと(これに、EMS等の製造業のアウトソーシング、オフショアリングを入れておきます)、加えて、製品のデジタル化、ネットワーク化の結果生じたモジュール化による急激なコモディティ化などを原因とする産業構造そのものの大変革(パラダイム・シフトという言葉がはやりましたね)が理由だと思っています。

知的財産を大切にする会社は、その時その時の産業構造に応じて知的財産戦略を変え、事業に貢献してきました。この貢献の度合いというのはなかなか外から見えづらいので認識されることが少ないのですが。確かに、常に成功してきたわけではないので、後から考えると「こうすればよかった」ということはあります。産業の最先端にある企業は、常に課題を認識し、不備な点を修正して知的財産でどうやって事業課題に対応できるかを考えて戦略を練っています。従って、かなりの会社は過去から不断に知財経営を実践してきたと言えるのです。

不幸なのが、知的財産戦略本部が策定した知的財産計画により知財経営が声高に叫ばれるようになったことをきっかけに、知財経営の本質が理解されずに「知財経営」という言葉だけが脚光を浴びてきていることだと思うのです。経営者にとって、自身の事業の継続・発展を真剣に考えるならば、知財経営の意味するところは十分理解できるものだと思います。しかし、過去数年の傾向を考えると、知的財産の存在だけがクローズアップされてあたかも知財バブル的な取り扱いをされていたように思えます。知財経営という言葉も、知的財産が魔法の杖かのように言われ、知的財産で経営課題をうまく解決できるかの印象があったように思えます。しかし、上に書いたように、そうではなく、どんな場合でも事業課題が先にありきで、知的財産はそれをどのように解決できるかということを考えながら取得→保護→活用を考えなければいけない、ということなのです。

…と書くと、やはり文章だけで説明するのは難しいのだなぁ、としみじみ思ってしまいました。

知財部門での人材育成(ちょっとだけ続き)

昨日、東大の第2回知的資産経営総括寄付講座公開セミナー「イノベーションイニシアチブ」に参加してきました。講師は、知財業界では多分知らぬ者がいない妹尾先生。そのせいもあってか、会場は大混雑状態でした。どうも、東証一部上場企業の役員が何人もいたり、中央官僚がいたりしたそうです(質問者に、かつてNECの知的資産事業本部を率いていた、現副社長の広崎さんがいました)。

さて、内容はと言うと…天下の妹尾先生には申し訳ないのですが、聞いた話が大半であくびをしながら聞いてしまいました。それから、これも妹尾先生には申し訳ない言い方なのですが、ちょっと現場を知らないがために誤解していたり、もうその状態はとっくに克服しているよ、ということがあったりで正直困ってしまいました。

ま、それだけでは何なので、私の前回のBLOGで話題にした人材育成について妹尾先生が語っていたのでこれをご紹介します。これからの人材育成で必要なのは、「軍師」を育てることだそうです。それは、日本は技術に勝っても事業で負けている、これは事業経営、R&D経営、知財経営の三位一体経営ができる軍師がいなかったからだ、ということだそうです。

これと似た話が本日の日経ビジネスオンラインのコラムにありました。「優れた参謀がいる経営は負けない」という話です。これを書いている宮田教授は、東大でMOTを担当されている方です。曰く、

『どんな優れた経営者も、優れた参謀がいてくれると、もっと優れた経営ができる。取締役会も参謀会議のようでもあるし、経営企画に優れた人材が揃っていると、強力な経営力を手にすることができる。

 しかし、こんなことが実現されている企業は意外と少なそうだ。参謀になれる人材が少ないのが主因だと思う。参謀は構想力と現場力の両方が必要なのだが、この両方を兼ね備えている人材が少なそうなのだ。』

軍師と参謀がイコールかどうか、議論があるかもしれませんが、私的には同じようなものだと思っています。

このところ日本の産業競争力が低下していると言われる原因は、私が考えるには技術で勝ってもビジネスモデルで負けているからだと思っています。技術がいくら優れていても、独占状態をできるだけ作るような仕込みができていないので、結果的に物まねを許し、市場占有率の低下を招いているのだと思います。知的財産は技術そのものに対する競争力を約束はできるものの、市場そのものの競争力を約束するとは限りません(製薬業界などな例外ですが)。このビジネスモデルを構想する力こそがこれからの日本企業に求められていると思っています。知財部門に籍を置く人間も例外ではありません。知的財産の排他的効力のみを信じて事業を構築すると、その知的財産を迂回するビジネスモデルができた時に一気にひっくり返されてしまいます。排他的効力を利用しつつも、多数の企業の参集を許容することで市場全体の拡大を図り、結果として先行者利益の拡大が実現できるような仕組み(すごい難しいんですけどね)を考えつかなければなりません。

知財部門にいるマネージャークラスの人間は、知的財産の保護という観点からのみ考えるのではなく、事業を俯瞰してビジネスモデル内にどうやって知財を埋め込むのか、という観点が必要なのだと思います。

しかし、必要性を声高に叫んでも、ではどうやって、というところは正直難しいです。妹尾先生もしどろもどろでした。現状はビジネススキルを磨いて、後はOJTなのかもしれません。

知財部門での人材育成

企業を初めとして知財実務を行う組織における人材育成の必要性は、日本知財学会に知財人財育成研究分科会という分科会が設けられ、また、知的財産教育協会において知的財産管理技能検定が実施され、知的財産に関する実務知識の国家的評価、認定がされている現状を引くまでもなく、常日頃唱えられているところです。知財人材育成研究分科会の設立趣意書的な記載には人材育成としてかなり広範囲なものを予想しているようですが、実務知識の習得に関しては、上に書いた知的財産管理技能検定により標準化が進んでいると考えるので、一番の悩みどころは、実務知識を一通り習得した後のマネジメント能力、及び事業部門との連携を図るための事業という観点から知財を捉え直すことのできる、ある種の事業運営能力とでもいうべき能力をマネジメントクラス(中間管理職以上)の人間がどうやって習得するか、という問題が焦眉の急のように思っています。

自分はもとより平社員でマネジメント能力も事業運営能力もあろうべきはずもないのですが、自分が所属している会社のマネージャーと事業部門との関係、及び相互理解の度合いを傍から見ていると、端的に言って知財部門の生え抜きではなかなか難しい問題が横たわっているように思えます。当然、生え抜き人材の中にも優秀な人材はいることは否定できません。ただ、組織立って、また継続的にこういった人材を生み出すには何らかの仕掛けが必要であることは間違いありません。だからと言って、短期的に事業本部に研修を兼ねて出向することが良い結果を生むとも限りません。

幾つかの要素があるように思います。一つは、会社全体の、あるいは事業本部単位でもいいですが、運営という観点から問題意識を持ち、情報を入手して自分なりの考え方を持つことが大事だと思います。また、企業の組織一般に求められるマネジメント能力を持つ必要も大事です。専門的知識だけでは部下を率いられません。よく「人間力」という表現をすることがあります。ポストが上になるに伴い、人間力が要求される場面が多くなります。他部門との連携を密に図るためには、コミュニケーション能力も大事です。こう列挙すると、何も特別なことはありません。企業の人事マネジメントにおいて力説されている点ばかりです。とは言え、これらのことは、知的財産に関する専門的知識があることが前提ですし、加えて、知的財産に関する専門的知識は常時アップデートしないといけません。マネジメントは大変です。

こういった課題は企業間で共有できるといいのですが、時に企業秘密の壁に阻まれて共有が難しいところがあります。こればかりは致し方ありません。知的財産は企業秘密の塊ですから、その管理も企業秘密に関与するところが多いです。私もできる範囲で公開していますが、「これだけは言えない」という箇所がたくさんあります。難しいですね。

知的財産部門の業務改善…

今から6年ほど前、企業の知的財産部門はどうあるべきかということを分科会を作って討議しました。その結果、知的財産部門はより戦略的であるべきだという結論に達し、企業の知的財産部門には知的財産戦略を考える部隊のみ残し、権利形成部隊の大半は分社化して他社の知的財産コンサルティングも行うことで生き残りを図ればいい、という非常に過激な発言をしました。今考えると、この時点で何らかの形で知的財産コンサルティングに関する会社を作っておけば今頃先駆者として名を馳せることができたのではないか、と思っています。会社を作らなかった理由はただ一つ、自分の意気地のなさです。家庭を持っているとなかなか踏ん切りがつかないんですよ…coldsweats01

さて、この不景気の中、企業は全般的にリストラを加速する方向にあります。知財部門も例外ではありません。しかしながら、単純に出願件数を削減すると将来の知財力を削ぐ結果になりますので、考えるべきは知財業務の効率化、ということになります。知財部門という組織は、非常に専門性が高いことと定量的な効果測定が難しいことと相まって、業務改善を議論するのがなかなか難しい部署です。とは言え、全く業務改善をしないで良いのかと言えばそんなことはなく、内部努力で不断の改善をする必要があると思います。

そんなことを考えている時に、上に書いたかつての(実現不可能であると思っていた)腹案を思い出しました。そもそも、企業の知的財産部門に知的財産戦略を考える部隊のみ残そうと考えたのは、権利形成部隊のかなりの工数が事務所からの明細書、中間処理原稿チェック及び個別案件の方針決定に割かれており、この工数をどうにかしてアウトソーシングできないかと考えたのが端緒でした。ある程度の規模になると企業はかなり細かい技術領域についてまで知財戦略を立てており、この知財戦略が明確であるならば個別案件の処理は知的財産部門が微に入り細に入り関与しなくても特許事務所と発明者との間でシェアできるのではないか、という考えです。もし、これが実現できるならば、現行の知的財産部門の業務改善が可能にならないか、と考えたのです。

細かく考えてみます。まず、発明者からの提案を知財戦略に沿ったいい発明にブラッシュアップするのは誰なのか、という問題です。この部分は知的財産部門が付加価値を付与しやすいところですので、知財戦略実行の一環として知的財産部門が関与してもいいかもしれません。次に、明細書原稿チェックは発明者と特許事務所の責任で行わないと業務改善にならないわけですが、ここを任せきれるかどうか。特許請求の範囲の記載は知財戦略実行の際にポイントとなるところですから、案件依頼の際に方向性を特許事務所に指示する必要はあるでしょうが、それ以降は任せて問題なさそうです(と言うか、ここまで知的財産部門が関与してしまうと業務改善になりません)。中間処理も、方針決定は知的財産部門が行うとしても、原稿作成及びチェックは発明者と特許事務所に依頼できそうです。

こう考えると、知的財産部門の業務改善は結構細かいですができなくもなさそうです。当然、上に書いたような業務の流れを実行している会社もあると思いますから、そのような会社の場合、より発明者と特許事務所に業務をシェアできないか検討することになるかと思います。浮いた時間でやるべきことは、知財戦略の綿密な立案と実行です。

…とは言え、これだけではちょっとインパクトが薄いですね。明細書の翻訳や特許調査はアウトソーシングが進んだ結果、IT分野と同様にオフショアリングの流れがかなり進んできています。今までは日本語という壁があったのですが、翻訳者は世界的に求めることができるようになりましたし、特許調査は正直言って英語でやる方がグローバルな観点からは好適です。残された聖域と言えるのが日本特許庁への出願書類提出及び中間処理手続になりつつあります。特許の相互認証制度が進めば、日本国特許庁に出願する必要もなくなりますし、出願書類を最初から全て英語でやって翻訳することなく完了できるので最高の業務改善になります。将来予想図はこの当たりにあるかもしれません。

「クラウド化する世界」に思う

Amazonでは結構話題になっている、「クラウド化する世界」をやっと読み終えることができました。この著者は、クラウディングコンピューターの登場を、個別の発電所から大型発電所+送電網への移行になぞらえて歴史の必然と捉え、企業におけるデータセンターの終焉を高らかに謳った人です。この本では、上に書いた論を丁寧に説明するとともに、コンピューターシステムの歴史的変遷が社会的にどのような影響を与えたか、そして、インターネットやクラウディングコンピューターの登場が社会や人間そのものにどのような影響を与えるであろうか、ということを若干悲観論に傾いた観点に立って述べています。

私は、以前からWeb 2.0的世界がバラ色であることを唱える楽観論者の言に対してかなり引いた目で見ていたので、「クラウド化する世界」の著者の説明に納得するところもありながら、しかし、一方でやはり納得のいかない部分もあるなぁ、と思って読み進めていました(こう書くとかなり私はひねくれ者ですね)。

クラウディングコンピューターがもたらす世界がバラ色であると考える根拠の一つとして、世界中の人々の思考が全てクラウディングコンピューターの中に蓄積され、誰でもアクセス可能な状態で提示されうる、ということがあります。確かに、こうやって私がBLOGを書くことなどにより私の知識はクラウディングコンピューターの中に蓄積され、誰でもアクセス可能になるわけです。加えて、例えばAmazonのサイトで好みの本を検索するという一見能動的とは言えない行動によっても、私の本の嗜好がクラウディングコンピューターの中に蓄積され、誰でもアクセス可能になるわけです。コンピュータ学者が以前から説いている概念の一つとして、コンピュータは人間の外部記憶手段である、というものがあります。人間はつとに忘れやすい動物ですから、不揮発性の外部記憶手段としてのコンピュータを人間が常時アクセス可能になることで、人間の能力は飛躍的に向上する、ということです。

さて、上に書いたことは本当に実現できるのでしょうか。まず、人間の知識は全てクラウディングコンピューターの中に蓄積できるのか。現代において情報と呼べるものはことごとくデジタル化され、蓄積することができ、また、人間の判断や嗜好そのものをルール化することでコンピュータの情報解析能力は飛躍的に向上しています。しかし、暗黙知の概念を出すまでもなく、人間の思考や情報化される前の未分化の概念、そして感情はどうやって情報化するのか。別に人間がコンピュータより優位でなければならないという議論をするつもりはありませんが、人間の知識を全て情報化してもなお人間という存在の全てには到達し得ないと思えるのです。

このあたり、ちょっと話が飛躍するかもしれませんが、「クラウド化する世界」の著者がバックグラウンドとする教育であれ文化が西洋的であることに起因するのかもしれません。つまり、西洋的とは非常に分析的であり、対象とする事象を個々の現象に分割し、この現象をいかに理知的に説明するか、ということです。ある意味、理化学的な発想です。私も理系の端くれですから、そういった教育訓練を受けてきています。一方で、私は東洋人で、東洋(特に東アジア)の思想は総合的、統合的な物の見方をすると思っています。西洋医学は症状を細分化して対症療法を行いますが、東洋医学は患者の状態を全体的に観察し、これを統合的に解決すべく様々な療法を行います。分析できないところがあっても、それを無理に分析するのではなく、統合的に見ることで解決を図るわけです。人間という存在はまだ解明できない部分が多々あり、これを情報という側面だけで捉えてもその全てを把握することはできないのでは、と思います。

そうは言っても、クラウドコンピューティングにより実現可能な世界はすぐそこまで来ており、その可能性には魅力があります。一方で、人間の知識が丸裸にされることによる危険性もすぐそこに迫っています。個人情報をさらした覚えはなくても、個人検索はかなりの精度で行える時代が来るでしょう。こうなると、コンピュータに接する人間の倫理性が強く求められます。ただ、この倫理ってのが難しいんですよね。

ニッポンの発明力?

今週号の週刊ダイヤモンドに、「ニッポンの発明力」という特集があります。私も早速購読してみました。感想は…ちょっと実務家の観点からするとピントが外れてるかな、という気が。

理由は、特許力評価に、弁理士の工藤一郎先生が発明されたYK値という数値を利用しており、このYK値、当該特許に対する外部からのアクションを重み付けして数値化したもののようなのですが、さて、特許の評価を外部からのアクションだけで行って良いのかどうか、というところに割り切れなさを感じるからです。つまり、週刊ダイヤモンドの特集に記載されている特許価値ランキングにおいて、他社との権利行使・ライセンスアウト活動を積極的に行った特許が軒並み上位を占めていて、これは、包袋閲覧や無効審判といった外部からのアクションは、権利行使・ライセンスアウト活動が行われていると必然的に高くなりますからYK値が高くなるのは当たり前で、しかし、実務的に考えると、そういった表向き外部からのアクションがそれほど高くない特許であっても、例えば包括クロスライセンスを複数の会社と締結している場合、他社の認識・評価は非常に高いものの特段アクションを起こす必要がないのでYK値が低くなることも結構あり得るのでは、と思うのです。

例えば、特許価値ランキングのベスト10に、私が前の会社で出願から登録まで担当した案件が幸運にも入っているのですが、この特許、模倣品があまりに多いので、原出願からとりあえず登録できるであろう結構狭い範囲のクレームに限定し、広いクレームは分割出願で残したものですから、模倣度の高い製品に対する権利行使はできても基本特許と言えるほどのカバー率はないので、これを特許価値が高い、というのは申し訳ありませがおこがましい気がしています。当然、この特許を使って権利行使は積極的にしましたし、自分の記憶では大手新聞に特許番号まで書いて模倣品の製造を思いとどまるよう広告したので業界での知名度はやたら高かったでしょうから、包袋閲覧の数も半端でないと思います。無効審判も当然請求されましたし。ですから、YK値が高いのは納得できても、これが並み居る特許の中でベスト10に入りますよ、と言われると、もっと産業全体を変革するほどの力を持つ特許は幾つでもあるのではないか、と思ってしまうのです。

当然、外部からのアクションが多い特許というのは業界での注目度も非常に高い特許であることは間違いないので、このYK値が全く意味のない値であると言うつもりはありません。包袋閲覧の数がどれくらいあるのかというのは、実際に社内で特許評価をする際に一つの指標として使うことが多々あります。しかし、特許評価というのは非常に多面的に行うべきもので、他社からの評価も単純に外部からのアクションのみで計るのではなく、それ以外の情報も入手するようにしていますし、技術の将来性や当該製品に係るパテントポートフォリオ上の位置(基本特許か周辺特許か、周辺特許であっても基本特許をどのように守れるか)などを考慮して総合的に行うべきものですし、それに近づけるよう実務上も努力しています。ですから、YK値だけで特許評価のランキングを出すことに非常に抵抗感を感じるのです。

また、YK値を実際に企業での特許評価に使用するとなると、その値そのものの絶対値がどのような意味を持つかを明確にしないと難しいです。例えば、包袋閲覧の数が倍になったらYK値がそれなりの増分を示した場合、その増分値はどれだけの意味を持つのか。包袋閲覧の数が倍になったからといって価値は倍になりませんから、増分の絶対値を何らかの形で説明できないといけません。加えて、例えば2つの特許のYK値が1だけ違うのと0.1だけ違うのとでは何が違うのか…この当たりを説明できないのであるならば、外部からのアクションの数を5段階程度に粗く区分するほうが実務上は取り扱いがしやすいです。

もう一つ。YK値と企業の時価総額とは連関性があるという表現。土生先生もBLOGで記事にされていますが、これは大いなる謎と言っても過言ではありません。週刊ダイヤモンドに記載されている乖離が大きい企業ランキングを見ても、果たして市場での評価との間に乖離があるんだろうか、と思います。

色々と書きましたが、YK値そのものの有効性を否定するつもりは毛頭なく、企業の知財評価はもっと多面的にかつ総合的に行わないと抜けが生じる、ということを言いたかったので、関係者の方、誤解なさらないように。

第3期知的財産戦略の基本方針

私が巡回している知財系BLOGではまだ話題になっていないようなので、簡単にコメントを。

先週月曜日あたりに各新聞が一斉に報道した第3期知的財産戦略の基本方針がやっと知財戦略本部のHPで公開されました。内容は新聞報道の通りでした。

今回の第3期知的財産戦略の基本方針で私が注目したのが、第2期ではあまりぱっとしなかった特許関連の基本方針が、イノベーション促進のための特許制度改革という(この言葉だけでは何とも言えないかもしれませんが)文言が入ることで少し見栄えのするものになったかも、と思った点です。ただ、特許制度改革の方向性は、多分特許庁長官が私的に開催している特許制度研究会での方向性(ここではまず特許権の濫用防止について議論をするようです)と軌を一にすると思われるので、大きな期待は難しいかも、と思っています。

このBLOGで何度か議論をしているように、特許制度自体は既にかなりの制度疲労をしていると思っています。これは、特許権の効力をどうするかについて米国内で主に製薬業界とIT業界とが互いに持論を譲らない経緯から見てもよくわかるかと思います。特許制度を全ての業界に一律に適用するのは既に同床異夢と言えるのかもしれません。特許権自体が一つの商品として転々流通し、投資マネーを引きつける状況は金融バブルの崩壊とともに少し低調化したように見受けますが、根本的な解決策はまだありません。過激な言い方かもしれませんが、特許権の効力を制限することは大学・中小企業・個人にとって不利であるとの論がありますが、特許制度が産業の健全な発展を最終目的とするならば(米国特許法ではこんなことを言わないんですよね)、自らの権利主張が回り回って産業全体の発展を阻害することもあり得ることを考えると、個人的には一定の特許権の効力の制限は致し方なし、と思っています。米国特許法改正の議論でも明確なように、主は差止請求権の問題だと思っています。

それから、知的財産戦略の基本方針では各国審査ハイウェイの拡充を謳っていますが、いずれは特許の相互認証という形で各国の特許審査が収斂することを期待しています。現状の審査ハイウェイでも追加資料がそれなりに必要なので、使い勝手はまだまだだと思っています。審査資料の言語の壁(日米欧はいいんですが、中国、韓国の特許文献は英訳率がまだまだです)や審査官が使用するデータベースの相互利用といった問題は山積していますが、粘り強くトライしてもらえると助かります。ただ、これも前にBLOGで述べたように、これをやると現地代理人の強烈な抵抗が予想されるんですよね。

皆様にお知らせ

皆様にお知らせとお礼を。このBLOGは@niftyのココログというサービスを使っており、このココログの日刊ココログガイドの中の本日(4/9)のおすすめブログとしてこのBLOGが紹介されています(ついでに、@niftyのトップページの「今日の注目!ブログ」でも紹介されています)。書いている私としては、大変光栄でうれしいことだと思っています。とは言え、特別偉いことを述べているわけではなく、日々思っていることを本当に徒然に書いているだけなので、こんな内容で紹介していただくのはちょっと面はゆい気がしています。

確かに、企業の知財実務を事細かに紹介しているBLOGというのはあまり思いつかない(私が単に知らないだけかもしれませんが)ので、そういった意味で貴重なのかもしれません。ただ、私からすると、確かに業務多忙ですからBLOGまで手が回らない人が多いのだと思いつつも、また、知財実務は企業秘密の塊を扱っているので書きにくいのは理解しつつも、情報発信はこのご時世大変重要ですから、もっと大々的に行ってもいいのでは、と思っています。私は知財業界に入って20年ほどですが、もっと経験豊富な方がたくさんいらっしゃいますし、そういった方のご意見には傾聴すべきところがたくさんありますので、できたらBLOGなどで日々感じておられることを書いていただけるといいと思います。

どうでしょう?

著作権の問題は難しい

このBLOGでは、意図的に著作権に関する議論を避けています。このBLOGを良く読んでいただいている方ならおわかりのように、私はかつてゲームメーカーの知財部に勤務しており、その知財部では著作権も扱っていたので(私が在籍している間の事件が、著作権判例百選に確か2件ほど掲載されていたような)、一通りの知識は持っていて、それなりに考えるところもあるのですが、現在の著作権を巡る問題は特許を巡る問題と同様に非常に複雑であり、しかも、著作権に関わる業界も多岐に渡ってその業界毎の事情が随分異なるので、正直著作権に関する議論を生半可にすると大変なことになると思っています。それもこれも自分の不勉強がなせるところですが、特許を巡る問題をfollowするだけでも結構な負荷がありますので、これ以上の負荷を自分にかけると冗談抜きでぶっ倒れてしまうだろうと思い、敢えて踏み込まないでいます。

BLOGという公開された日記において不十分な理解に基づく見解を述べることは結構な勇気がいることです。同様に、業務においても、不十分な理解に基づいて種々の見解を述べることもかなり勇気がいることです。弁理士試験に著作権法が含まれ、弁理士の業務にも著作権に関するものが含まれている現状でも、弁理士がクライアントに対して著作権に関するアドバイスをする場合は、自身の経験なり学習結果を十分わきまえて、いくら専門家であるとは言えども自身のアドバイスがもたらすリスクを認識すべきであると思っています(これは著作権に関することばかりではないですけどね)。

それにしても、著作権を巡る現状は混迷の極みを来しているように思います。著作物は文化を背景とするものですから、文化論から始まって法律論、そして経済的効果までごちゃまぜになって議論されていますので、価値観の違いを話し合っているかのような状態です。しかも、著作物作成者、権利者、利用者の三者が全く歩み寄らないかのように見えますので、まとめる側の苦労が忍ばれます。

阿修羅展と桜

本日は知財とは全く関係のない話で。

今日は、東京国立博物館で開催されている阿修羅展の招待券があったので、家族で上野公園まで出かけてきました。子供は今度年中ですから、仏像の展覧会はどうかな、と思ったのですが、結構楽しんでくれていてほっとしました。

上野公園の桜は本当に満開という表現がまさに当てはまり、のどかな天候の中、束の間の花見を楽しむことができました。

20090405104347_3

特許実務とシステムとの親和性

特許業務とコンピューター、システムというのは結構以前から親和性があるというか、特許業界では結構以前からコンピューターシステムを導入していました。ご存じPATOLISが構築されたのが1978年ですから、もう30年も前になります。この頃は、確か半角カナでごそごそと検索していたような記憶があります。企業内の特許管理システムも、システム部門を社内に持っている会社を中心に自社構築したシステムから始まり、徐々にパッケージ化されたものが市販されるようになりました。ご存じ特許・情報フェアもかつては隔年開催されていたのですが、ここ数年は毎年開催されるようになり、昔を知る者としては隔世の感があります。

特許情報というのは膨大な量がありますから、結構先進的な取り組みを行っていた記憶があります。例えば、Web 2.0で話題になったフォークソノミー的な取り組みとしては、関連他社の特許公開公報を発明者に閲覧させて適宜気になるフレーズ(メタデータ)を当該特許公開公報に関連づけてデータベース化するシステムが既に4~5年前にあった記憶があります。クラウドコンピューティングというほどでもないかもしれませんが、既に過去発行された公報(CD-ROM公報は当然全て)をデータセンターに蓄積してWebアプリにて検索を可能とするシステムがPATOLIS以外にも提供されています(例えばこちら)。SaaS(Software as a Service)と胸を張るほどでもないかもしれませんが、最近の特許管理システムは既に専用システムから脱却してWebアプリで提供されるようになっています(例えばこちら)。

ただ、最近の情報技術の応用はここ数年始まったばかりで、テキストマイニングで何ができるか、を模索している状況かもしれません。その中でも、個人的に注目しているのは株式会社創知が提供するχLUSというシステムです。これは、特許公報の類似性を2次元のレーダーチャートで直感的に提示できるもので、しかも高速に結果を知ることができるものです。また、前にご紹介した知的資産経営総括寄付講座公開セミナーで、特許が侵害訴訟で無効にされることと明細書の各項目(例えば第1請求項の字数とか)との相関を取ったところ、明細書内の「~できる」「~が可能になる」という表現の回数が多いと無効になりにくいという面白い結果が報告されました。これは、図らずも特有の効果が多ければ進歩性が認められやすい(進歩性を否定する判断がされにくい)という、実務的には感覚でわかっていることが裏付けられた結果になります。

上に書いたように、特許情報というのは膨大な量がありますので、この膨大な量のデータをどのように解析するかという手法については、上に書いたテキストマイニングを始めとして色々なアプローチがあると思っています。最近考えているアイデアとして、FIの近接性と特許請求の範囲の近接性には一定の関係があると思うので、FIと被引用情報とをからめて個々の特許の技術評価ができないか、と思っています。この作業は半端でないので、仕事をしながらではできそうもありません。先に紹介した知的資産経営総括寄付講座公開セミナーではFIと発明者の技術的距離との相関について発表がありましたが、それよりも特許の近接性のほうが実務的には面白そうだと思うのになぁ、と残念に思っていました。日本知財学会で発表できるくらいにまで研究できるのはいつになるのか…。

日本の製造業よどこへ行く

今週の月曜日から水曜日まで、NHKのクローズアップ現代で「生き残れ 日本製造業」と題して日本製造業の課題と今後の方向性について特集を組んでいました。なかなか参考になったのですが、個人的にはちょっと深掘りが足りなかったかな、と思っています。

日本の製造業は、私が考えるに決して現状のまま深く沈んだ状態にあることは長く続かず、数年の期間を経て復活すると思っています。その理由は、日本の製造業が作っている製品自体に大きな問題はなく、数年のうちに新興国市場が復活するでしょうから、この新興国向けの製品開発に大きく舵を切り直すならば売上もまた復活すると考えるからです。当然、新興国市場は欧米メーカー、韓国、中国メーカーを含めた総力戦になりますから、一筋縄ではいきませんが、日本のものづくり力はちっとも低下していませんから、勝機は必ずあると思っています。

この際に問題となるのが、かつて米国が経験した国内製造業の空洞化が起こるかどうかです。新興国市場に舵を切るならば現地生産の割合が増加せざるを得ません。既に大企業は海外生産への移管をかなり進めていますが、その割合がさらに増加する可能性があります。国内での雇用を守る、また、部品等を供給する中小企業の海外移転をどうするのか、この点が今にも増して重要になるのではないか、と思っています。

新興国市場を重視する場合、製造拠点という観点ばかりか開発拠点をも海外に移管する必要が生じてきます。現状は日本の企業が海外に開発拠点を移管する場合、現地ローカライズのみ海外開発拠点に行わせるレベルに止まっている場合が多いです。これを、海外開発拠点独自の開発に基づくローカルモデルの製造まで進めるのか、やはり効率を考えて日本に開発拠点を集中し、現地ローカライズのみ海外開発拠点に行わせるのか、考えどころです。この解は、製造する製品の特性によるのだろうと思っています。自動車産業の場合、走行環境が地域によってかなり異なるので、ローカルモデルの開発・製造に向かうのかもしれません。電機産業の場合、地域差を考える必要はそれほどなさそうなので、開発拠点の集約化のほうが効率が良さそうです。

あと余談で。技術標準化の話がテレビで取り上げられていました。私が所属する家電産業において技術標準化の問題は随分前から切実な問題となっているので、個人的にはいまさら技術標準化なのか、国家的取り組み、戦略を議論するのは遅きに失するのではないか、と思っています。そうは言っても国家戦略として技術標準化を取り上げてもらうのはありがたいことですので、是非技術標準化を議論できる人材の育成を早急に行っていただきたいとは思っています。大学もこの点を見越して、例えば、金沢工業大学院に国際標準化戦略プロフェショナルコースが設置されるようです。ただ、講師陣の資質を考えると、早稲田大学の国際情報通信研究科に設置される国際標準化科目のほうが現状ではお薦めのように思っています。

« 2009年3月 | トップページ | 2009年5月 »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
フォト
無料ブログはココログ