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2009年8月

今日くらいは政治の話をしてもいいでしょう

このBLOGでは、敢えて書いていない事項が幾つかあります。その理由は、自分なりの意見が述べられないことはないのですが、専門的意見を述べるためには現在の自分の知識では手に負えない(深い理解が必要ということです)ので、現状について種々批判することはふさわしくないということによります。知的財産権関連でも著作権がらみの事項は、私には荷が重いのでこのBLOGではメインテーマにしていません(時々さらっとはお話しますが)。同様の事項として、政治に関する事項があります。

経済や経営については自分なりに見えていることがあるので、わかる範囲でBLOGの話題にすることがありますが、政治については政策の是非といった比較的表面的とも思える事項についてもこのBLOGで全く触れずにいます。当然、自分なりの見解なり意見はあるのですが、行政に関する意思決定過程の複雑さを垣間見たり、また、政治は基本的に利害関係調整機能だと思っているので(どんなに大胆な政策を立案、実行しようとも全国民が賛成するはずはないので、何らかの形で利害関係の調整は必要です)、一つの政策について軽々しくその是非を見解として述べることすら自分にはおこがましいと思っています。

とは言え、それまでの官僚主導の政治にはほとほと飽きていたので、民主党による政権交代で風穴が少しでも開くのであれば歓迎すべきことだと思っています。仕事柄、ちょっとは行政庁の官僚(当然局長レベルといった高級官僚ではなく実務レベルばかりですが)とのコネクションもありますので、それとなく知っている範囲で考えると、実務レベルの官僚は入省当時、そして入省からそれほど年月の経っていない期間は気概に溢れ、また、優秀な仕事をしています。しかし、徐々にポストの数が絞られてくる頃になると、立身出世や退官後の生活を考えて国家的観点というよりも保身に走り、仕事の方向性が曲がってくるように思います(時に、局長レベルの方でも国家を論じ、政治家然としている大人の方もいますが)。明治維新は、保身に走った各藩の重臣を見限って下級武士が国家を論じ、ある意味で下剋上を果たした運動だと思っています。官僚は大変優秀ですから、今やるべきことは旧態然とした管理職レベルを飛び越えて志のある若手官僚の力を使うことのように思います。それでこそ、国全体を変える仕事が出来るように思います。官僚体制の全否定は行き過ぎです。使うべきは使う、しかしそれに流されないことが必要です。

…そう考えると、自分も飛び越えられる存在になっているのかなぁ、かなり心配です。

音楽は何を与えてくれるのか

最近、体調不良で更新頻度ががくっと落ちています。ちょっと知財ネタも夏休みのせいか取り上げたい事項も少なく(著作権は日本版フェアユースがここ数日の話題ですが)、読書もちょっと分厚い本を読んでいるので書評めいたこともまだ書けずにいます。ぼちぼち書きますので、お許しを。ちなみに、最近pingが通らないでいるのでBLOGを更新してもパテントサロンの知財ブログの位置が上にあがりません。なので、パテントサロンのページを見る限りはずっと更新していないように見えていますが、このページをご覧になった方はおわかりのように、週2回程度は老骨に鞭打って更新しています(するようにしています)。

さて、本日はちょっと著作権に近いお話を。以前に、JASRACが徴収している著作権使用料の中で音楽配信にかかるものの伸びが大きいということをご紹介しましたが、この記事(すいません、該当記事は会員登録しないと見られません、トップページだけご紹介します)によると、日本レコード協会の統計を見たところ、音楽配信市場が今年になって頭打ちになっているとのこと。原因は、日本の音楽配信市場の相当の部分を占める携帯端末への音楽配信が、携帯端末自体の置き換え需要が頭打ちになっていることもあり、伸び悩んでいるためらしいです。確かに、日本では「着メロ」「着うた」(ちなみにどっちも登録商標)の需要が非常に大きいので、携帯端末そのものの売り上げが伸び悩むと、端末置き換えに伴うデータ再ダウンロードの需要がぐっと減ってしまうので、音楽配信市場も伸び悩んでしまうのですね。

もう一つ、上に書いた記事で紹介されていたのが、違法サイトの存在です。ユーザーの目線で見ると、同じようなデータが合法サイトでは値段が付いていて、違法サイトでは無料になっていたら、法律違反であることを知っていても(知らなかったらなおさら)違法サイトにアクセスしてデータのダウンロードをしてしまう誘惑があるでしょう。当然、児童・学生に対する著作権教育の必要性は言うまでもないのですが、ユーザー自体が音楽に対してそれ相応の金銭を支払ってまでも入手するほどの価値を見い出せないでいる可能性も否定できません。つまり、「音楽」自体に対する優先度が以前に比較して低下しているかもしれないのです。

iPodをはじめとした携帯音楽プレーヤーの売り上げの好調さや、街中でヘッドフォンを付けて歩いている人々の多さからは見えてきにくいのですが、音楽市場全体でいえば売上はこのところ単調減少傾向にあります。権利者側は違法サイトの存在を理由にすることが多いですが、もしかしたら多種多様な生活の楽しみ方が提供されている現在において、生活の中で占める音楽の重要性は以前より低下しているかもしれません。携帯電話や携帯ゲーム機でゲームをする、携帯電話でショッピングをする、などなど街中にいるときでも様々な楽しみが提供されています。家に帰ってもPCや携帯電話でメールをしたり、PCでネットサーフィン(この言葉も死語になっているかも)をしている時、音楽が必ず必要とは言えないでしょう。

「ウォークマン」が生まれた30年前、それより前は、音楽はリビングなり自分の部屋でないと聴くことができない存在でした。従って、音楽を能動的に聴くことが今よりもずっと求められていたのだろうと思います。「ウォークマン」の出現により、音楽を街中に持ち出すことができ、人々は音楽に触れることのできる時間を飛躍的に長くすることができました。しかし、そういった環境の中で、音楽を能動的に聴く姿勢は段々と後退していったのかもしれません。また、音楽産業も、大ヒットするよりはコンスタントにヒットするアーティストを育てるのではなく、一時的なヒットでもいいから大ヒットを出す傾向に進んでいるように思います。このところの音楽チャートを見ていて思うのは、チャートにランクインするアーティストが目まぐるしく変わり、しかも、同一のアーティストが長期にわたってヒットを続けることが数少なくなっているように見えます。音楽自体が消耗品に近くなっているようです。

今一度、音楽産業を含めて音楽に対する関わり方をじっくり考える必要があるように思います。音楽は自分に何を与えてくれるのか、そして、そのためにどんな音楽が必要なのか、育てるべきなのか。

電気自動車はいつ普及するのか

BLOGの更新頻度が落ちていてすいません。体調不良がずっと続いているので…bearing。お盆休みでちょっと復活したのですが、また低空飛行状態です。まぁ、死なない程度に頑張りますので温かい目で見ていただけるとありがたいですhappy02

で、最近考えていてなかなか結論が出ないことがあります。それは、電気自動車が世界的にどのようなスケジュールで普及するか、ということです。電気自動車がどのように世界的に普及するかについては、日本が誇る自動車産業の将来を占う上でも関心が非常にあります。

電気自動車をどのように捉えるか、つまり、IT産業並みにモジュール化が極端に進むことで自動車産業が水平分業化産業に急激に変貌するのか、あるいは、やはり安全対策や単なる工業品の一種として捉え難い(嗜好品的側面がある)ので摺り合わせ型産業のまま進むのかについても議論があります。日本を中心とした摺り合わせ型自動車産業の恩恵に与っていない人々は、標準化のところでもお話ししたように、産業自体の構造変革を促すことで一発逆転を狙っていますから、モジュール化、標準化、水平分業化は諸手を挙げて歓迎でしょう。最近は車体設計や安全性測定のみを単体で行う外注業者もちらほら出現してきていますので、水平分業化の可能性がないわけではありません。一方、今までの摺り合わせ型産業で製造された自動車の完成度を知っている人間にとって、PC並みの信頼度(決して貶しているわけではないですが、やはりPCは自動車と比較したら故障しやすいでしょう)しかない自動車を運転するのは一抹の怖さを感じると思います。

ただ、現時点でオートバイが広く普及していて一日の走行距離も大したことがないような地域(中国内陸部、インドなど)において、電動スクーターを若干大型化したような電気自動車(これを自動車と呼んでいいかどうかわかりませんが)が普及する可能性は否定できません。この場合、通常のガソリン自動車に搭載されている蓄電池レベルでも走行距離的には問題ないはずです。例えば、インドのタタがナノの電気自動車版を作ったらどうなるか、という仮想的質問のようなものです。

また、電気自動車の普及を考える際に2つほど(相互に絡んでいるのですが)要因を考える必要があります。一つは電気自動車に搭載される電池の性能です。いよいよリチウムイオン電池が搭載された(ハイブリッド車を含む)電気自動車が出現してきていますが、未だにリチウムイオン電池の性能が電気自動車の走行距離を含めた特性のネックになっています。リチウムイオン電池の性能は飛躍的に向上しているのですが、まだまだ高出力化、そしてそれに伴う小型化には更なる向上が望まれるところです。気になるのが、IBMがリチウムイオン電池の次世代ともいえるリチウム空気電池プロジェクトを強力推進するというニュースが流れています。リチウム空気電池は、もしかしたら電気自動車搭載という実用化まであと数十年はかかるかもしれません(リチウム空気電池は産総研が頑張っています)が、天下のIBMが研究開発を加速するということはあなどれないかもしれません。リチウムイオン電池は日本、韓国、中国という東アジア諸国が誇る工業製品ですから、その優位性はより長期にわたって確保してほしい気がしています。

もう一つは、現在のガソリンスタンドに代わる充電施設をどうするかといった社会インフラの整備です。既に、充電済み電池を交換するステーションを日本で展開する予定のベンチャーが起業したようですが、このビジネスを成功させるには電池の標準化という厄介な作業が避けて通れません。現在、上に書いたように各社が切磋琢磨して電池性能の向上を図っている現状では、標準化作業は非常に困難でしょう。また、通常は家庭で充電して長距離ドライブの時はさすがに連続走行時間を超えてしまうので充電するというパターンがほとんどでしょうから、果たして充電施設そのものがどこまで利用されるかという疑問があります。また、直接充電するステーションを置いたとしても、電気はガソリンに比べて単価は非常に安いですから、ステーション設置のためのコストをきちんとペイできるのか、という根本的な問題があります。社会インフラの問題ですから、国家的な観点とそれに基づくサポートが必要だと思います。なお、発展途上国での電気自動車の発展は、この社会的インフラの整備が結構なネックになるかもしれません(逆にいえば、国家が推進したらあっという間に整備されてしまう可能性もあります)。携帯電話は、(その発展途上国にとっての)外国のインフラ会社がプロジェクトファイナンスの手法を使って巨額の投資をして携帯電話ネットワークを構築したので発展途上国では固定電話を超えるスピードで携帯電話が普及しましたが、電気自動車の場合、自動車会社がこういった充電施設インフラを整備するインセンティブはなさそうなので、国家的後押しが必須だと思います。

…とこのように現時点で考えうる要因を幾つか説明したのですが、自分として結論めいたことはまだ述べられません。色々な可能性があり、あるシナリオでは日本の自動車産業に相当な影響があるだろうと思えます。考えなければならないことは、電気自動車は驚異的な安価で提供できる可能性があるのですが、自動車という存在は安全を抜きにして考えることができないので、価格と安全性のバランスをどこで取るか、という非常に難しい判断を各国の自動車メーカーに投げかけているということです。企業責任の問題なのですが、時に企業責任をあいまいにしてでも価格で勝負する企業は出てきますから、そういった企業がどのような形で淘汰されるのかのように思えます。

知財戦略とKPI

日本知財協会が発行している「知財管理」誌の最新号(2009年8月号)に、「知財マネジメントの重要業績指標(KPI)-知財目標・知財戦略とKPIに関する考察-」という論説が掲載されています。この論説では、ご存じの方も多いと思いますが、キャプラン=ノートンが推進しているバランストスコアカード(BSC)理論における戦略マップを描き、これをKPIを使ってコントロールしようという、なかなか壮大な話です。

戦略マップは、原著を早速買ったのですが、あまりの分厚さに早々に挫折し、ちょっと自分の心の中ではトラウマ状態になっていますcoldsweats02。そのうちに日本語版も出たんですが、やはり日本語版も分厚いので買っていません。ただ、概念は立派だと思うのですが、戦略マップを作成すること自体が結構大変な作業であるようにも思え、これをまともに知財戦略立案に応用したら大変なことになりはしないか、と思います。

そもそも、自分の考えでは、KPIは知財戦略が立案したとおりに実行されているかをコントロールするための指標であるべきで、この範囲内で応用するならばKPIは十分役に立つ指標になりうると思っています。まずはSWOT分析→知財戦略立案→PDCAサイクルを回して継続的な知財戦略実行という流れであるべきです。そもそもSWOT分析をするだけでも大変な労力が必要だと思います。どうも、中小企業診断士の2次試験では問題文を読んで30分くらいでSWOT分析をし、それに基づいて回答する必要があるようなのですが、所与の条件がそれなりに簡略化されているからこそ30分程度でSWOT分析ができるのだと思っています。情報収集、情勢分析をするだけで相当な労力と時間がかかります。その裏付けがあるからこそSWOT分析に書かれる一言にも重みと客観性が担保されるのだと思います。

ちなみに、SWOT分析やKPIといったものを知的財産(知的資産)とつなげて考え、大々的に宣伝してきたのは経済産業省の知的財産政策室(こんなポータルページがあります)で、このポータルページに色々なHow toが紹介されています。ただ、目的は知的資産経営というちょっと大きいところにあるので、実践するにはかなりの読み替えが必要なのですが。

国際標準化はスポーツの世界と同じ?

本日は知財とも知財ともつかない話を。

先日、NHKの「追跡!AtoZ」という番組で、「ニッポンは勝ち残れるか 激突 国際標準戦争」という表題の内容が報道されていました。詳細は番組ホームページに譲りますが、事実、知的財産と標準化と(それと当然に技術開発と)は非常に密接に関連する問題で、標準化する技術を知財でどのように保護し、あるいは開放し、利用促進を図るのかという難題に部門を挙げて取り組んでいます。

番組で紹介された日本規格協会の関係者の方は、工業標準化事業で内閣総理大臣賞を受賞されているようです。FeliCaは国際標準化にかなり苦労したということを聞いています。FeliCa技術をJR東日本が採用したことに対しても、他の非接触ICカードの規格を推進している海外の企業からWTO違反ではないか(当時国際標準でなかった規格を採用することが)とのクレームが付いたらしいですが、どうもJR東日本がFeliCa技術を採用した時期がWTOに制限されなかった頃らしく、そのクレームは通らなかったようです。

経済産業省も標準化(JISも国際標準も)の主管官庁ですから、担当部署もありますし、れっきとしたポータルページもあります。知的財産推進計画で指摘されるまでもなく経済産業省は国際標準化の推進に積極的であると思うのですが、国際標準化が対象となる技術範囲が近年非常に拡大してきており、つまり、ちょっと前までは弱電、強電を含む電気機器分野と機械分野が国際標準化の主たる対象だったのですが、最近は国際標準化の対象が多方面にわたってきており、国家として早急な戦略が必要な状況になってきています。しかも、戦線拡大により企業体だけで国際標準化に対応するには人材も資金も不足しています。国家的支援が可及的速やかに望まれるわけです。

例えば、電気自動車であれハイブリッドカーであれ日本の自動車産業は世界の最先端を進んでいると考えられますが、欧米企業の一部に電池やモーター、そして制御ソフトウェア等の国際標準化を推進することで、自身の企業に有利な規格を国際標準に入れ込んでしまおうとする動きがあります。日本の自動車産業が進んでいる方向と異なる方向に国際標準化が進んでしまえば、それまでのアドバンテージは無駄になってしまいます。日本の自動車産業は今まで標準化作業にそれほど積極的であったとは言えませんので、電気自動車で一発逆転があり得る(当然、日本以外の自動車産業はそれを望んでいる)わけです。現時点では経済産業省からの後押しは見えないので、早急な対応が必要です。

さて、国際標準化の話、よく考えてみると、スポーツの世界もある意味国際標準化の流れのまっただ中にあるように思えます。国際的ルールがつまりは国際標準化です。日本の競技団体は、傍目から見ると国際的ルールの策定や自国に有利なルールの導入にあまり長けているようには思えません。多分に極めて政治的な取り決めであり、権謀術数が渦巻く世界であると言えます。日本人はいい意味でお人好しですから、ルールが決まればそれに従ってその中でベストを尽くすことを考えがちです。そうではなくて、例え表面的ではあっても日本にとっての仲間を増やし、自国に有利なルールを国際的ルールに格上げし、できるだけ有利な土俵で戦えるようにしないといけません。ただ、ちょっと批判的に言うならば、結構な壁はヨーロッパの(ある種貴族的とも言える)クラブ的連帯感にあるように思います。

国際標準化の話に戻って、人材育成は国家的支援が是非とも必要なところです。企業の国際標準化担当は、NHKの番組でも紹介されたとおりエンジニア出身で、入社当初から標準化作業に従事しているわけではありません。技術がわからないと議論もできないので技術に関する理解は当たり前のように必要なのですが、交渉技術であれ標準化団体の議論の進め方であれ教えてくれる場所は限られています。国家的支援が是非望まれます(やっていることは知っていますが、まだまだ足りません)。

知的財産コンサルティングの市場(その2)

ちょっと前のBLOGの記事の続きみたいな話です。

現在、日本弁理士会の知財経営コンサル委員会に所属しています。この委員会ではメーリングリストを運営していて、月1回の委員会以外にも委員間で情報交換や議論をしています。そのメーリングリストで、職務発明規定(及び職務発明制度の導入、運営)に関するコンサルティングは中小企業にとってあまり興味がないという話が出ていました。

数年前の特許法35条改正に伴い、かなりの企業で職務発明規定の導入が進んだように思います。その際に特許庁を始めとしてかなり周知活動を図ったと記憶しているのですが、現実問題として中小企業の中には自身の問題として認識しておらず、職務発明規定の導入に積極的でない(その意義を感じない)企業が少なからずいるようです。一方で、既に職務発明規定を導入した企業であれば、運用に特段問題を感じることもないようです。以上の理由から、職務発明規定(及び職務発明制度の導入、運営)に関するコンサルティングは弁理士にとって特段うまみのある業務と思っていない、という意見があったようです。

自分が所属する企業で法改正に伴う発明者との協議手続の旗振り役、及び、(同時でなくても良かったのですが)職務発明規定の改定作業を行った私としては、発明者との協議手続がすんなり進んだにせよ、実際の運用面で考えるべきことは山ほどあり、急遽職務発明規定を導入した企業であると細部まで配慮した規定作成及び運用は現実上難しいのではないか、と思っています。また、企業の中でどの程度職務発明規定を導入しているのかという現実を見ると、関東経済産業局が行ったアンケート結果によると、47.8%の企業はまだ職務発明規定を持っていないとの結果が出ています。こう考えると、職務発明規定の導入でも、職務発明制度の導入、運営でも弁理士のコンサルティング業務としてかなりのニーズがあるのでは、と思えます。

問題は、中小企業にとってその必要性が必ずしも顕在化しているわけではないので、何を取っかかりとしてコンサルティング業務を行うか、ということです。この問題は、職務発明制度に限らず、知財コンサル全体につきまとう問題です。この答えは、弁理士と中小企業との接点(チャンネル)をどこに求めるか、ということに尽きるように思います。今日は一日かけて企画書作りのための資料の読み込みをしていて、その中で中小企業支援策としての各省庁及び地方公共団体の知財支援の取り組みを眺めていました。件数だけはそこそこあるように見えるのですが、日本にある企業の99%程度が中小企業であることを考えると、そして、日本の特許出願の件数の高々10%程度しか中小企業が出願していない(出願人数ベースで行くと50%程度になります)ことを考えると、弁理士であれ行政であれ知財という側面での接点を持たない中小企業は多数に上ります。これを潜在市場が大きいと考えるのか、はたまた、ニーズがないので市場がないと考えるのか、現状ではどちらが間違っているとは言えないように思えます。

このあたり、弁理士は知財の専門家として理想論を知り、全ての企業に理想論を当てはめようとしがちな部分があります。コンサルティング業務とは「非定型的な意思決定を提供する」ことだ、とどなたかが言われており、その表現からすればコンサルティング業務は理想論を定型的に当てはめることではなく、企業の実情に合わせて必要なメニュー(ソリューションという言い方がいいかもしれませんね)を提供することなのだと言えます。とは言え、理想と現実のギャップを認識するにつれ、声を大きくして知財の必要性を特に中小企業に説いて回りたくなります。当面は、認識度アップのための広報活動が主になるのでしょうか。

「大田の工匠」展 大田モノづくりフェスタ

記念すべき300回目の記事です。書いている本人が言うのも何ですが、よく続いていますsmile。そろそろネタ切れになりそうですがcoldsweats01

さて、紹介事項ばかりで申し訳ありません…現在、「大田の工匠」展 大田モノづくりフェスタというのが、蒲田駅の駅ビル(というとよくないか…グランデュオ蒲田ですね)でやっています。昨日、私も見に行ってきました。

内容は、「大田の工匠100人」のご紹介と、金属部品を使ったパズルや玩具などの展示です。「大田の工匠100人」の紹介は、ご本人を紹介したパネル展示と、工場(製作所という言い方がいいんでしょうね)で製作された機械部品の展示とがあります。機械部品は、たぶん馴染みのない方が見ている限りは何の変哲もない部品なのだろうと思うのですが、見る人が見ると唸らされるものが並んでいます。

「大田の工匠100人」に紹介されている方のうち、安久工機さんは、私が社会人になって最初に勤務した医療機器メーカーで人工心臓を研究しているチームがずいぶんお世話になっていました。正直、何でも作ってもらえる不思議なところだ、という印象があります。こういった世界的ともいえる高い技術と企業間のネットワークにより、大田区の中小企業は成り立っているのだと言えます。

そもそも、自分が知的財産コンサルティングをやろうと思った一つのきっかけは、最近の中小企業の衰退(大企業からの過酷な要求に対応するだけで疲労困憊になってしまう、後継ぎがいないなどなど)を見ていて、何とか中小企業のためになることはできないのか、と(大それた考えですが)と考えたことです。自分は、大田区の町工場の息子です。父親からは特に後を継がなくていいと言われたこともあり、好き勝手なことをして、結果的に工場はなくなってしまいました(零細企業ですから雇い人もおらず、存続すべき理由もなかったので)。ただ、小さい頃から父親の手伝いをしていて、やはり自分のアイデンティティの中に何かしら中小企業の「血」とでもいうべきものがあるように思います。上に書いた、展示されている機械部品を見ているとワクワクするものがあります。

話を戻して、上に書いたフェア、ちょっと地味ですが、面白いと感じていただける方もいらっしゃると思いますし、大田区の中小企業の実体を少しでも垣間見ることができるものだと思いますので、夏休み中、行かれてみてはいかがでしょうか。

知的財産コンサルティングの市場

先日、弁理士が行う知的財産コンサルの草分け的存在である、さる弁理士先生に愚痴を聞いてもらいがてら電話であれこれお話をさせていただきました。その中で、その先生が、「知的財産コンサルって本当にニーズがあるんでしょうかねぇ」というお話をされていました。この話は、その先生が、これも知的財産コンサルの草分け的存在である弁護士・弁理士先生とある会合で同席された際に話題にされたそうです。実際に知的財産コンサルをされている方のご意見として、結構重く感じてしまいました。

自分自身は、まだ企業勤めですから、知的財産コンサルをしたくても業として行うことはできません。従って、既に知的財産コンサルを業として行っている方からの情報に頼ることになります。そのような状態でも、確かに、知的財産コンサルのニーズが肌身で感じるほどではないだろうことは容易に予想できます。そもそもそういったコンサル業が世の中で認知されていない(あるいは極端に認知度が低い)状態で、知的財産コンサルの市場規模を予測することは非常に困難ですし、加えて、知的財産コンサルの主たる対象と思われる中小企業においても知的財産コンサルの必要性を認識しておられる方はそんなに多くないと思われます。中小企業白書に紹介されているアンケート結果を見ていると、知的財産に対する関心はそんなに低くないんですが、その関心が直ちに知的財産コンサルに結び付くのかというと難しいところです。最大の理由は費用でしょう。

知的財産コンサルの現状の問題として、知的財産コンサル市場の現状の大半が行政による底上げを受けた状態にあることです。つまり、みずほ情報総研がとりまとめをしている知的財産戦略経営コンサルタント事業も、関東経済産業局の後援があって成り立っているものですし、特許庁も最近知的財産コンサルに関する冊子をまとめて発表していますし、地方自治体でも各々の財政支援により知的財産コンサルを受ける企業の募集をしています。ある意味、これらはプロジェクトベースのコンサルで、コンサルをする側も受ける側も継続的取組につなげるのにかなりの困難性があります。知的財産体制構築には相当の年月と努力が必要ですから、1年や2年でできる範囲も限られますし、即効性がない分、企業が効果を実感することも難しいです。また、行政による底上げも予算が打ち切られればそれまでですから、今後どこまで継続するか、という不安もあります。

そうは言っても、土生先生がある時ご自身のBLOGでお話しされていたように、市場がないからと言って嘆くよりも市場を作り上げる気概が大事ではないか、というのもまた事実です。

この夏休み、できれば市場分析から始まってどのような知的財産コンサルの業態がありうるのか(特に弁理士が行えることは何か、弁理士の強みを生かした知的財産コンサルとは何か)という企画書もどきのものを冷静な目で作ってみたいと思っています。が、結構時間がかかる作業なので、本当にできるんだろうか…家にいるとごろごろして終わってしまう危険性が高いです。できなかったらごめんなさい。

特許庁で「夏休み子供見学デー」が開催されます

本日はちょっとした宣伝を。

最近の中央省庁は自身の活動をより国民に身近に感じてほしいと感じているせいか、活動及びその成果の宣伝に余念がないように思っています。そのこと自体は、中央官庁の活動を国民がチェックできる機会が増えることでもあり、決して悪いことではないです。そんな活動の一環としてか、霞が関にある中央官庁が日程を決めて「夏休み子ども見学デー」と題して、中央官庁に勤める官僚の子供たちに職場見学をさせるとともに、中央官庁の活動を広く一般に公開する取り組みをしています。

特許庁も霞が関にある中央官庁の一つですから、当然の如く特許庁夏休み子ども見学デーを8月19日、8月20日に開催します。今回は、縁あって自分の所属する会社も商品展示及びその商品にどんな産業財産権が存在するのかという展示をすることになりました。展示する商品選定から始まり、関係部署に問い合わせてどんな特許権、意匠権、商標権があるかを探す作業など、なかなか面白い作業でした。原稿となるPOPも手探りで作ってみました。

平日なのでお勤めの方に強くお勧めすることはできませんが、お子さんが夏休みで(しかも夏休み後半ですから行くところのストックがなくなり始めるころですし)行くところがなくて困っておられる場合は、ご家族にお勧めしてはいかがでしょうか。私も、今のところは行く予定です(取材という口実でsmile)。

CDプレーヤーを買い換えました

土日ですから、知財の話を離れて(って毎回こればっか)coldsweats01

20年近く使っていたCDプレーヤーが、ピックアップ不良のせいか、さらにはセンサー部の不良のせいか、CDを入れても全くCDを認識せず、しかも、PLAYボタンを押してもモーターすら回らず、果てはトレーを開けると勝手に閉まるし、こんなことを繰り返しているうちに腹が立ってきたので(時々CDを読み込めるから始末が悪いangry)CDプレーヤーを買い換えることにしました。修理も一瞬だけ考えたのですが、もう20年物ですから部品がないですと言われて返却されるのが落ちだと思ったのと、少しだけ高級なものを買おうかと思い、金もないのに思い切って買い換える決心をしました。

買い換えたのはこちら。何故自社製品を買わない?という疑問はおありの方もいらっしゃるかとcoldsweats01。一番の理由は、音が好みでない、ということです。ちょっとデジタルに走ってるかな、と。だったらウォークマンはどうしたんだ、というご意見もあるでしょうが、まあ、音質をあまり考えないiPodよりは音質もきちんと考えるウォークマンがいいですよ、やはり。

設置して毎日ちょっとずつの時間ですが聞いていて、やはり買い換えて正解でした。決意してから3ヶ月ほどあちこちの家電量販店でずっと試聴して慎重に考えた結果選んだ製品なので、思い通りの音が出ています。こうなると、アンプとかスピーカーとかを買い換えてもっと趣味に走りたくなるところですが、まだ音が出ていますので買い換えの正当な理由がつきませんので、まだまだこのままで。

IPトレーディングジャパンが会社解散?

体調が絶不調なのでご紹介のみで失礼。

知財系ブログを見ていたら、IPトレーディングジャパンが8月3日付で会社を解散したとの情報がありました。IPBの会社更生法手続といい、このところ一時期の知財経営の流れに乗って設立された会社がぼつぼつと姿を消していくようになっています(PATOLISは別です)。このことを世界的不況を理由にするのは簡単なのですが、それよりも知財ビジネスというビジネスが現時点で成立することの難しさを示しているような気がしてなりません。

清松取締役は、3月に開催されたみずほ情報総研主催の知財戦略コンサルティングシンポジウム2009でもモデレータとして活躍されていましたので、その時点では会社を解散するなどとは到底思えませんでした。一応知財コンサルティングの草分け的存在でもあったので、どういう理由で会社を解散するに至ったのか聞きたいところではあります。

やっぱり「レビューを信じてはいけません」…

土日ですから、知財と関係ない話を。

このBLOGで以前、「レビューを信じてはいけません」という記事を書いたことがあります。レビューが信じられるという話は、"Wisdom of Clowds"(「みんなの意見は案外正しい」という書籍でかなり大々的に紹介されましたね)という考えを前提としています。確かに、この書籍のAmazonのレビューに書かれているように、多様性、独立性、分散性、多様な意見を集約する仕組みがきちんと担保されるならば、烏合の衆の集団が下す判断の正確性は一握りの専門家が下す判断の正確性を上回る可能性があるでしょう。

問題は、上に書いたような仕組みなどが、一時期の流行言葉になりつつあるWeb 2.0で実現できるのではないか、と思われていたのですが、Web 2.0的環境が整いつつあると思われる現時点でもなお、大多数の意見は専門家の意見を上回る可能性は低いのではないかと思えるのです。

理由は幾つかあると思います。一つは、未だに専門家と大衆との間に厳然とした情報格差があると言うこと。専門家は、実は簡単に口外できない情報を他の専門家から入手する立場にあり、その口外できない情報は公開しないにしても日常的な価値判断に極秘情報を用いているがために、判断の正確性がより高まるのです。この、「口外できない情報」というのは、Web 2.0的「幻想」によれば、BLOG等によりあまねく広く公開されることで一般大衆でも正確な判断ができるはずだったのですが、現実はそれほど甘くないと言うことです。

それから、まだ大衆がマスコミや専門家ほど情報収集及び取捨選択能力に優れていない(慣れていない)ことがあると思います。情報というのは一次情報から二次、三次と転用されるに従って情報を記述する人の主観が混じってきて、情報自体の純粋度が失われてきます。意見を発信する者として、できるだけ主観が交わらない情報に基づいて判断をすべきことは言うまでもないのですが、情報収集の手間を惜しんで、時に二次情報でも三次情報でも情報が得られた時に反射的にそれに基づいて情報発信をしてしまい、結果的に誤った判断をすることは結構あります。結局、それは、自分が情報発信なり判断をすることが他者にどれだけの影響を与えるのかという想像力を持てるかどうか、の問題だと思います。

まあ、マスコミですらも不十分な情報に基づいて結構な誤解をすることがままありますので、何が正しいのかというのは結局個人が判断をする必要があるのですが。例えば、韓国メディアのIntellectual Venturesに対する報道(記事1記事2記事3)は、パテントトロールにより韓国企業が苦労していることと韓国の技術をIntellecutal Venturesが資金援助していることを同列視して脅威を煽っていたりしています。それはそれ、これはこれなんですがね。

なかなか、Web 2.0的世界はまだ遠いところにありそうです。

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