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今日くらいは政治の話をしてもいいでしょう

このBLOGでは、敢えて書いていない事項が幾つかあります。その理由は、自分なりの意見が述べられないことはないのですが、専門的意見を述べるためには現在の自分の知識では手に負えない(深い理解が必要ということです)ので、現状について種々批判することはふさわしくないということによります。知的財産権関連でも著作権がらみの事項は、私には荷が重いのでこのBLOGではメインテーマにしていません(時々さらっとはお話しますが)。同様の事項として、政治に関する事項があります。

経済や経営については自分なりに見えていることがあるので、わかる範囲でBLOGの話題にすることがありますが、政治については政策の是非といった比較的表面的とも思える事項についてもこのBLOGで全く触れずにいます。当然、自分なりの見解なり意見はあるのですが、行政に関する意思決定過程の複雑さを垣間見たり、また、政治は基本的に利害関係調整機能だと思っているので(どんなに大胆な政策を立案、実行しようとも全国民が賛成するはずはないので、何らかの形で利害関係の調整は必要です)、一つの政策について軽々しくその是非を見解として述べることすら自分にはおこがましいと思っています。

とは言え、それまでの官僚主導の政治にはほとほと飽きていたので、民主党による政権交代で風穴が少しでも開くのであれば歓迎すべきことだと思っています。仕事柄、ちょっとは行政庁の官僚(当然局長レベルといった高級官僚ではなく実務レベルばかりですが)とのコネクションもありますので、それとなく知っている範囲で考えると、実務レベルの官僚は入省当時、そして入省からそれほど年月の経っていない期間は気概に溢れ、また、優秀な仕事をしています。しかし、徐々にポストの数が絞られてくる頃になると、立身出世や退官後の生活を考えて国家的観点というよりも保身に走り、仕事の方向性が曲がってくるように思います(時に、局長レベルの方でも国家を論じ、政治家然としている大人の方もいますが)。明治維新は、保身に走った各藩の重臣を見限って下級武士が国家を論じ、ある意味で下剋上を果たした運動だと思っています。官僚は大変優秀ですから、今やるべきことは旧態然とした管理職レベルを飛び越えて志のある若手官僚の力を使うことのように思います。それでこそ、国全体を変える仕事が出来るように思います。官僚体制の全否定は行き過ぎです。使うべきは使う、しかしそれに流されないことが必要です。

…そう考えると、自分も飛び越えられる存在になっているのかなぁ、かなり心配です。

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