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2009年12月

今年1年の知財のことを振り返って

ここ数ヶ月、かなりBLOGの更新間隔が空いてしまい、こんなへっぽこなBLOGでも新着記事を期待されているかもしれない方にはご迷惑をおかけしています。公私ともに多忙だ、ってことと、この不況で知財業界全体に景気のいい話がないので、書くネタもそれほどなく、どうしても更新、という気持ちになれずにいたことと両方ありまして、間隔が空く結果になっています。この状態はしばらく続きそうですが、勉強会があればそれなりに思うところも出てきますし、継続して勉強会には出席する予定でいますから、大幅に更新間隔が空くことはないと思っています。

この1年間、自分は会社の中で特許実務をしていない関係もあり、申し訳ないのですが、業務自体が増えもせず減りもせず、つつがなく平凡な会社生活を過ごすことができました。反面、去年とそれほど変わりもないなぁ、という何となくの無力感もありますが。

一方で、知財を巡る情勢はこの1年間随分変化があるように思えます。正確に言えば、嵐の予感とでも言うべきでしょうか。具体的には特許制度そのものの見直しに関する議論が特許制度研究会を始めとして幾つかありましたし、長期的に見れば日本特許出願の減少傾向は抗うべくもなく、弁理士という立場からすると特許手続代理人としての事業構造を見直さなければいけない時点に来ています。そんな中で、知的財産コンサルティングに関する幾つかの先駆的取り組みがされていますが、現状では行政からの補助なくして知的財産コンサルティング活動に関する事業が自立できる見通しはそれほど立っていないように思えます。弁理士試験合格者増がもたらすのはレッドオーシャン市場における果てしない流血事業なのか、はたまた弁理士はブルーオーシャン市場を見つけることができるのか、その瀬戸際に来ているように思えます。

こんなことを考えているとちょっとだけ心が暗くなってきますが、それでも知的財産権に関する世間の認識度は以前より格段に高くなってきていますし(経営陣が知的財産権の重要性に関して無知であったかどうかについては私はかなり大きな疑問を持っています、特に大企業の場合)、将来についてはこれもちょっとだけ楽観視をしています。とは言え、問題は弁理士業界の食い扶持をどう考えるかですね。phase shiftが確実に起こりつつあると思っているので。

新幹線技術を輸出しよう

この話は本館に書こうか別館に書こうか迷ったんですが…まぁ、技術に関することですので本館に書かせて下さい。趣味の話でもあるんですが。

息子が鉄道に異様なほどの興味を示している関係で、息子からの質問に的確に回答するために、鉄道関係の本(入門書ですよ)を購入して、鉄道に関する知識を導入しています。とは言え、それはやはり理系人間、どこどこにどんな列車が走っているといった知識にとどまらず、列車の構造、最近の制御方式、そして鉄道システム全体といった実にコアな話も興味深く読んでいます。元々、小学生の頃は列車に関する写真集を購入して型式の詳細な区別について深くはまっていた前科がありますので、数十年たって原点に戻った感があります。

小学生時代に、新幹線はなぜ早く走れるかについて、東海道新幹線開通時の技術的苦労を語った本を読んでいたく感動した記憶があります。今でも記憶に鮮明に残っているのが、当時200kmという前人未到の領域で高速走行するに当たって当初の懸念事項であったことの一つが、高速走行にともなって台車の蛇行が大きくなるがために脱線する可能性があるのではないか、ということだったそうです。そのため、台車(車輪を含めて)を従来線のそれより小ぶりに作ることで蛇行を抑える工夫をしたそうです。これで試験走行したところ、思ったほど台車の蛇行は激しくはなく、ある意味取り越し苦労に終わったそうです。とは言え、本当に当時は前人未到であった高速走行列車には数限りない苦労が詰まっているわけです。今でこそ新幹線が早く走るのが当たり前の時代になりましたが、どんな場合もパイオニアにはパイオニアしかわからない苦労がある、ということです。

さて、ちょっと前の記事ですが、日立が英国向けに高速列車を納入するという記事がありました。日立は、日本車輛と並んで最新型新幹線N700系をJR東海及びJR西日本に納入している会社です。日立の工場は山口県にあり、日本車輛の工場は愛知県にあるので、ちょっと遠くて行ったことはないのですが…。英国は鉄道の発祥地なのですが、高速列車という観点からすると、ヨーロッパ大陸ではTGVやICE、そしてこれらをベースとした列車が各国間を走っている事に比較するとちょっと見劣りする(ユーロスターはロンドンまで行ってますが)状態にありましたが、今回の日立製の車両導入を契機に国内での高速鉄道網の整備に本腰をあげて取り組むようです。

この英国に限らず、エコブームの中、世界的に高速鉄道網に関する関心が再度高まっています。オバマ大統領も検討を正式に表明しましたし、ベトナムでは、円借款による高速鉄道計画が始まった様子です。ある意味、新幹線から始まった高速鉄道が世界中に広がりつつあるという構図です。こう考えると、新幹線を世界に輸出できる好機が訪れたのだと簡単に考えがちなところです。

しかし、事はそう簡単ではありません。まず、世界的に見て高速鉄道システムを輸出できるだけの技術力を有するのは、TGVを有するフランス、ICEを有するドイツ、といったところです。彼らが当面のライバルです。韓国では既にソウル-プサン間に高速鉄道が走行していますが、初代の技術はTGVのものを導入しました(列車の形状はそっくりです)。台湾の新幹線は、車両は日本のもの(ベースは東海道・山陽新幹線の700系)ですが、信号等のシステムは他国のものを使わざるを得ませんでした。中国は現在各国の車両が入り乱れた状態にあります(日本から導入したものもあります、当然、国民は知りません)が、現在必死で国産車両の製造に邁進しています(何をもって国産というのかが当然微妙なところではあるのですが)。車両自体の輸出は、日本の車輛製造メーカーも結構積極的に行っている(例えば、川崎重工はニューヨーク地下鉄の車両を大量に輸出しています)のですが、システム全体の輸出にまで至った事例は少ないと記憶しています。そして、こと高速鉄道に関しては、新幹線を輸出した例は上に書いた台湾、中国の例のみです。

新幹線の優位性は、高速、軽量でかつ静粛性に優れた車両のみならず、開業45年を超えてなお線路上での人身死亡事故が1件もない、天候以外の運行遅れは極めて少ないといったシステム上の観点からも言えます。営業最高速度で日本の新幹線がTGVやICEと同程度なのは、新幹線が民家密集地を走行するがために騒音問題でこの程度に収まっているのであり、技術的には400kmも実現可能だとさる技術者の方がテレビでおっしゃっていました。

では、なぜ今まで実績がなかったかといえば、やはり日本企業なり日本国が積極的に売り出してこなかったことが理由なのだろうと思います。台湾の新幹線も、当初の取組が出遅れたために後日巻き返して車両だけは納入できたものの、システムとの整合性に非常に苦慮したようです。最近は、JR東海が各国の関係者を日本に招いて高速鉄道シンポジウムを開催し(発表はこちら)、N700系の売り込みを積極的に行っています。あと、高速鉄道が政府調達になると、WTOの政府調達規定の関係で国際基準に則ることが求められます。日本の鉄道技術はなかなか国際基準に採用されていないようなので、この点もネックになりかねません。

技術経営の専門家である参議院議員の藤末健三先生も記事で新幹線の技術移転に関して今後取り組むべき事項についてまとめていますので、こちらもご覧ください。

とにかく、世界的に見て最先端にある技術を世界的に広めることがひいては国富(古い表現だな)につながることでもあるので、関係者の方にはぜひ頑張っていただきたいです。

弁理士試験合格者に贈る

先週、出身大学の弁理士試験合格祝賀会に、迎える側として参加してきました。このところ用事があって毎年行ける状況になかったので、久しぶりの参加になりました。そのせいもあり、出席者の面子ががらっと変わっていて隔年の感がありました。確かに、もう合格してから20年ですからね。合格当時、現役で十二分に活躍されていた先輩弁理士も齢を重ね、白髪も多くなってしまいました。

今年は、合格者の出席人数も30人を超え、自己紹介も非常に短めでちょっと物足りない感じがありました。また、全ての合格者の方とお話をすることも叶わず、若干不満を感じたままで終わってしまいました。ただ、あんまり説教じみた話を先輩弁理士からずっと聞いているのも苦痛でしょうから、それはそれでよかったのかもしれません。余談ですが、私の出身特許事務所から2人も合格者が出席されていて(全体で4名合格されたそうです)、お互いに知らぬままに情報交換をして判明してびっくりしてしまいました。もう15年も前の話ですから、事務所の所員も総入れ替えしてますし、企業の担当者の方も総入れ替え状態ですから、共通の話題はそれほどありませんでしたが、私が退所してからの話を聞けて有意義でした。

祝辞でも、また、合格者の言葉でも出てきたのが、現在の知財業界の厳しさについてでした。確かに、自分の会社も「結果的に」出願依頼件数が減少してしまっている(予算策定時にそんなに厳しい数字を出してないんですがね)ので、特許事務所の方々には苦しい思いをさせてしまっているわけです。事実、リストラが敢行された特許事務所の噂も聞きます。しかし、一方で、このご時世でも継続的に人材募集をしている特許事務所もかなりありますので(合格祝賀会でお会いした先輩弁理士も「いい人いないかな」と言っていました)、業界毎、また、事務所毎で事情は随分違うという印象を受けています。もしかしたら、企業からの依頼案件が減少した事情は、不景気をいい口実に、特許出願件数をさらに厳選することかもしれませんし、特定の事務所に対する依頼案件が従前比で減少した場合も不景気をいい口実にしていたのかもしれません。この辺りは、個別事情を詳細に検討しないと本当のことはわからないと思います。知財業界が厳しいといっても、全ての特許事務所が等しく厳しいとはいえません。どこかが勝ち残るわけです。

また、合格者との歓談の中で、今後どのような方向性を模索すべきかという話が結構ありました。その時の私の回答は、

「弁理士に合格するまでは、合格という目標しかありませんから非常に狭い視野で知財を考えてきたと思います。弁理士に合格することで、一気に視野が開けてくると思います。これは自分の経験からも言えます。弁理士に合格したら、次は国際派を目指すのもよし、訴訟や鑑定に強い弁理士を目指すのもよし、また、特有の専門分野に強い弁理士を目指すのもよし、です。その際に、自分の強みを、自分のキャリアを棚卸することで明確にし、その強みをさらに伸ばすことで方向性を考えるといいと思います。当然、棚卸しても何もないこともあるでしょう。そうしたら、弁理士合格を機に強みを作ればいいです。できたら、ニッチな分野でいいですから、日本で10本の指に数えられるくらいの専門性を持つといいです。イメージとしては、明細書作成という弁理士の本業を中心に専門性を伸ばす、というものです」

でした。少し納得していただけた方もいたようなので、よかったかな、と思っています。

それから、合格者で思い出したことで、最近mixiに入って新人弁理士の方や弁理士受験生の方のプロフィールを拝見したところ、合格したら知的財産コンサルティングを目指したいという方が結構いました。上の私の発言と関連して、知的財産コンサルティングという業務は、私が考えるに、明細書作成に関連する弁理士の本業がしっかりしていて初めて成立するものだと思っています。知財コンサルをやるのに明細書も書け、ということではありません。何がいい権利か、そのためにどんな明細書が必要とされるのかという基本をおろそかにしては知財コンサルは成立しないということです。知財制度全般に関する正しい、しかも深い理解があって初めて意義のある知財コンサルが成立するのだと思っています。知財経営を後押しするとはいえ、経営に軸足を置いたコンサルであれば経営コンサルのほうが長けているでしょう。何を企業が望むかを考えるべきなのです。従って、弁理士試験合格から一足飛びに知財コンサルを目指すのではなく、まずは弁理士の本業たる業務をきちんとできることを優先してほしいと切に思うのです。

…と本日はちょっと説教じみた話になってしまいましたね。反省、反省。

勉強するときノウハウはいるのか

先日、同期合格の友人の特許事務所に遊びに行って、あれこれと歓談してきました。彼は、弁理士会の知財経営コンサルティング委員会でもご一緒させていただいており、私が思うに、中小企業に対する知財コンサルを実践している弁理士の中ではトップの業績を上げていると思っています。

現在、知財経営コンサルティング委員会では、各支部を回って、知財コンサルに関する研修会を開催しています。この研修会では、なぜ知財コンサルか、という話から始まり、知財コンサルをするにあたっての観点や注意点、そして学習すべき事項の紹介という盛り沢山な内容について知財経営コンサルティング委員会の委員がご説明しています。その研修会のアンケートの中で、「もっとノウハウを教えてもらえないと実践できない」という趣旨の意見があったそうで、彼はちょっと憤慨していました。どうしてか。コンサルのノウハウというのはそう簡単に身につくものではないし、ノウハウの肝を教えてしまったら飯の食い上げになってしまうからです。

当然、弁理士会の委員会というのは、会員にとって有益な情報を提供し、また、有益となるであろう事項について研究するのが目的ですから、委員会での成果物はきちんとまとめて会員に提供する必要があります(報告書という形で)。ですから、知財コンサルに関するノウハウが委員会で議論されて有益な形でまとめられるならば、これを公表するのは当然という議論もあり得るでしょう。

しかし、ノウハウというのは一般に提供すれば提供した側は著しく不利になり、提供された側は有利になるものです。この一方的な有利=不利な関係(片務関係というとよくないか)を解消するには、ノウハウを互いに提供することで双方の不足分を補いあう関係になれればいいわけです。Give and Takeというか。この関係が大事です。当然、大学のように教育を主務とするところでは、ノウハウが目に見えた知識という形で提供されますが、この場合、対価の支払いが介在しますので、ある意味Give and Takeとも言えます。

加えて、ノウハウというのは受ける側にそれを受容して消化するだけの機能なり能力がないとノウハウとしての意味をなしません。ノウハウをもらったからといって直ちに活用できるにはちょっと距離がありそうです。それと、知財コンサルに関してはこれが一番の問題なのが、知財コンサルのノウハウは対象となる企業の事業状況なり商品特性と密接に関係していますから、ノウハウを理解できる程度までに開示すると対象企業の機密事項をある程度同時に開示する必要があります。対象企業にとってはそこまで開示してほしくない、という態度を示される場合がほとんどです。みずほ情報総研が主催している知財戦略コンサルタント事業の報告例も、対象企業からの承諾を得た範囲内でしか開示していませんから、読んだだけではどこにノウハウがあるのかよくわからない状態です。しかし、これは仕方ないのです。そういった事情を超えて、それでもノウハウが欲しいというのは、ちょっと困りものです。

ノウハウの開示で思い出すのが、弁理士試験時代における最大のノウハウで、それは我々の頃はサブノート、あるいはレジュメと呼ばれる、問題形式でまとめられた基本書のエッセンスを書いたものでした。現在では受験産業がレジュメのような資料を市販しているので、その内容について開示の有無を議論すべき事情は全くありませんが、私が受験勉強をしていた当時は市販された資料の中に参考となるべきハイレベルのものがなく、自主ゼミ内でのみ一子相伝的に先輩方から受け継がれたものが金科玉条のごとく扱われていたわけです。で、この貴重なレジュメを入手したいがために自主ゼミに入会し、レジュメが入手できたら脱兎のごとくいなくなってしまう人を少なからず見かけました。私がいた自主ゼミは来る者は拒まず、去る者は追わず、というスタンスでしたから、だからどうする、という手立てをとることはしませんでした。なぜなら、レジュメを読んだだけで合格できるほど弁理士試験は甘くない、ということです。レジュメに書いてある知識をきちんと自分のものにし、与えられた問題に対してレジュメの再構成をして時間内に書けるようにし、そして書きあげるという訓練を積み重ねてこそ合格に至るのだ、と思っていました。

結局、他人からのノウハウに頼っている限りは、例え僥倖によりノウハウを得られたとしても、それを自らのものにするのは難しいのだ、と思えるのです。知財コンサルにしても、先人達が現在でも血の滲むような努力をして一定の成果を出しつつある状況にあることを考えると、全く一から苦労するのはよろしくないので、何をしたらいいか、何をすべきでないかといったノウハウの整理は必要ですが、ヒントに近いノウハウからでも自らの力で努力する過程がどうしても必要なのではないか、と思います。

私がNiftyのFLICフォーラムで弁理士受験会議室を主催していた頃も、受験生からの相談に事細かに対応していても、極意に近いところは文章にもできませんし、また、色々とアドバイスをしてもやはり理解されないことはあったので、ノウハウの授受だけで事足れり、というハッピーな状況はなかなか生まれないことを実感しました。先人としては、踏み込んではいけないところへの立ち入り制限をし、本筋となるところを指し示すくらいのことしかできません。

それにしても…「くれくれ君」では困ると思うんですが。これからの人生。

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