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2010年1月

書籍「死蔵特許」を読んで

本日は、ちょっと過激な表現になることをお許し下さい(いつもそうだという突っ込みはさておいてcoldsweats01)。

知財業界の一部でちょっとだけ話題になっている書籍「死蔵特許」を読みました。この本は、数年前にJPEG規格に必須と思われる特許が規格に含まれておらず、その後、特許の(その時点での)所有企業がデジカメ製造会社に警告状を多数送った問題(パテントサロンではJPEG特許問題というトピックでまとめられています、当時の企業の名称を使ってForgent特許問題とも言われます)を取り上げた書籍です。この問題は、時々日経エレクトロニクスで取り上げられたのですが、この問題だけを取り上げて書籍化したものはなく、その意味で貴重とも言えます。

著者は、書籍の紹介文を読むと大手電機メーカー入社と書かれていますが、Googleで検索したり、また、発明者として特許出願もされていますのでIPDL等で検索すると、多分大手光学機器製造メーカーに今でも勤務されているのだろうと推測されます。光学機器製造メーカーとJPEGとどう関係があるのか?と思って調べてみると、このメーカーはアメリカのTV会議システム会社の日本代理店のようなことをやっていて、著者はこのTV会議システム関係の技術者として勤務されている関係で、Forgent特許が生まれた頃の背景を熟知されているようです。しかし、エンジニア一筋+東工大MOT博士という経歴を見る限りでは、知的財産に関する知識はエンジニアに要求されているもの以上のものを持たれていないように推測されます。

内容は、このForgent特許問題を、公開されている情報(新聞・雑誌記事、Web記事、関係会社の有価証券報告書など)及び、エンジニアとしてForgent特許が生まれた頃の背景(著者ご自身が展示会、及び関係会社を訪問した際の情報など)に基づいてなぞり、最後に、著者ご自身のこのForgent特許問題に対する感想を7点に絞って書かれたものです。そもそも、Forgent特許は、当時Compression Labという名前のTV会議システム会社に所属していた発明者が発明したものですから、著者にとっては、当時の事情を熟知されており、自家薬籠の中、という感で蕩々と述べられています。

しかし、私が読んだ感想としては、当時の背景は事情を知る著者ご自身の体験に基づくものですから、貴重と言えば貴重であるものの、当時のTV会議システム会社の栄枯盛衰を語ってもForgent特許問題の核心に迫ることはできないように思えます。加えて、Forgent特許問題の詳細も、当たり前と言えば当たり前ですが、公開されている情報以上に当事者にインタビューした等深掘りした形跡はなく、備忘録以上の価値はないと思えます。最後に、著者ご自身のForgent特許問題に対する感想も、申し訳ないのですが知的財産を少しでも知っていると思っている私にとっては、既知の内容であるか、あるいは若干の誤解/短絡的な結論づけに終わっており、この感想を知財に関する知識をあまり持たない人々が読んだ時に与える影響はあまりよろしくないのでは、と思えます。

細かく批判するのは本旨ではないのですが、少しだけ披露すると、今回の問題として「標準化機関における特許調査の不備」が挙げられています。この問題は、いわゆるHold-up問題として標準化担当者の中では十分認識されているものの、標準化により恩恵を受けるメーカーが特許保有者でない限り標準化に当たって必須特許の存在を宣言するかどうかはモラル的な問題に止まり、なかなか有効な手立てが見つけられずにいます。従って、指摘されるまでもなく当事者はこの問題を十分知っているわけです。また、「発明者が職務発明対価を要求しない」ことを原因に挙げていますが、ご存じの方はご存じのように、米国において日本特許法35条のような強行的発明報奨規定は存在せず、全て勤務当時の給料であるとか時に一時金的な報奨で解決しており、遡って職務発明対価を要求することは難しいと思われます。筆者の考えは、日本の職務発明制度を単純に米国に適用したに過ぎず、かなり論旨に無理があると言えます。

従って、この書籍は、Forgent特許問題を一例とするパテントトロール問題に関してあまり知識のない経営陣、企業のマネージャーには、問題の所在をalertする意味においてある程度の存在意義はある(当然、上に書いたように誤解を生じる危険性は高いです)ものの、知的財産を少しでも知っている読者層には不満が残るものになると思います。

余談ながら、Forgent社の当時の経営陣が"Rembrandts in the attic"を読んで自社特許の棚卸の必要性に気付き、これが今回のForgent特許問題の端緒になったように書かれていますが、ご存じの方はご存じのように、この本は、自社特許の棚卸→パテントポートフォリオ構築の重要性(→おまけで特定システムの大宣伝までありましたけど)を説いている本で、パテントトロールへの変身を示唆するものではないです。筆者もその点は何となく気付いているようですが、レンブラント本の著者の意図はそんなところにないと私は理解しているので、書籍というのは著者の手を離れると様々な理解がされてしまうのだと、何となく悲しい気がしました(私が書いているこの書評も、もしかしたら著者の意図とは違うのかもしれませんが)。


弁理士+中小企業診断士=?

最近、知財系BLOGを見ていると、弁理士試験合格直後の方々が結構中小企業診断士試験にチャレンジしているのを見かけます(最終合格された方もBLOG上で1名おられるようですね)。確かに、弁理士試験のような資格試験にチャレンジする人は、基本的に勉強が好きな人種で、資格試験勉強のイナーシャがかかったまま止まらずに他の資格取得や語学勉強、さらには大学(院)での勉強に突き進んでしまう場合が結構あります。かくいう私も、弁理士試験合格後に勉強が止まらずに法律系大学に学士入学してしまいました。その頃ロースクールがあったら、間違いなくロースクールに入学してたでしょうね。

中小企業診断士を目指すのは、多分に近年の傾向である知財経営(この言葉自体に様々な解釈があるがために誤解を招いていることは、土生先生も指摘される通りです)重視の風潮、そして知的財産コンサルティング業務を弁理士が行えるのかどうかという議論が背景にあるのだろうと思います。私も、MOT社会人大学院を修了した後、このまま博士課程後期に進学するか、はたまた中小企業診断士の勉強を始めるか結構悩みました。現実には社会人大学院修了でものすごいエネルギーを使ってしまったのと、丁度子供が生まれて子育てに邁進してしまったのとで、どちらも実現できずじまいでいますが。

中小企業診断士は、よく言われるのが経営コンサルタントの唯一の国家試験ということです。当然、中小企業診断士の資格がないと経営コンサルタントになれないのかというとそんなことはないわけですが、それなりに歴史のある資格でもありますし、中小企業の経営支援という国家的事業の一端を担う役割を任されてもおり、知的財産コンサルティング活動が現状(そしてずっと将来も)中小企業をターゲットとしていることから考えると、魅力的な資格なんだろうと思います。

しかし(やっぱりしかしなんですよ)、ある種の資格コレクター状態であれもこれもと資格を取得しても、それが業務に直結するとは限りません。資格取得した後のVisionが大切だと思うのです。特に、弁理士が行う出願代理業務と異なり、経営コンサルタントにしても知的財産コンサルティング活動(知的財産コンサルタントと名乗って活動されている方はごくわずかですからあえてこの名称は使いません、誰々が行う知的財産コンサルティング活動ということです)にしても、資格取得が必須ではありませんから、中小企業診断士の資格を取得した後、「それで?」と周りから言われないようにしないといけないと思うのです。弁理士に中小企業診断士の資格を追加したことだけで、果たして他の弁理士に対する差別化要因になり得るのかどうか、この点を真剣に考えないと中小企業診断士の資格を取得しても苦労するのではないか、と他人事ながら心配してしまうのです。

弁理士+中小企業診断士は現時点では希少価値だと思いますが、希少価値だ、というだけで仕事が舞い込んでくるとは思えません。実際に(中小)企業が仕事をお願いしたい、と思えるものは何なのか、それに対する洞察力が必要です。弁理士でも同じことなんですけどね。

価値創造産業と『動的』知財マネジメントシンポジウムに参加しました

本日はもう遅いので簡単にご報告まで。本日(もう昨日ですが)、早稲田大学の創造理工学研究科経営デザイン専攻(理系MOTとでも言うべきでしょうか)の発足を記念して、「価値創造産業と『動的』知財マネジメント シンポジウム」(案内はこちら)に参加してきました。どうも、twitterでおなじみの方が数名参加されたようなのですが、残念ながらお顔を拝見することができませんでした(夜が遅くて空腹だったのと、暖房が切れたらしく極端に寒くて帰宅を急いでしまいました)。

今回は、講演者3名、パネリスト7名という巨大な陣容でどんな話になるかと思ったのですが、全般的に講演者及びパネリスト間の意思疎通が今一つだったようで、統一的なメッセージを受け取るまでには至りませんでした。一応のお題として表題の知財マネジメントとそれに必要とされる人材、ということがあったように推測されるのですが、明快な回答を説明する以前に会社なり組織で行われている知財活動の紹介で殆どの時間が過ぎてしまい、知財マネジメント及び必要とされる人材を説明する時間はごくわずか、という状態でした。

来場された方は多種多様で、かなりの部分企業の知財担当者、しかもマネジメント層の方がいらっしゃったようです。一方で、上述した研究科のキックオフミーティング的な要素もあったようで、学生の方も多数おられました。しかし、正直なところ、講演内容は学生向けに考慮されているとは思えず(そもそも企業における知財マネジメントとは何ぞや、という大前提の知識は聴講者にあるという前提で資料が作成されていたように思いますので)、学生さんには何の話かよく理解できなかったのでは、と思えました。

今回のシンポジウムの主催者である教授とは、大学の寄付講座で懇意にさせていただいているので、あまりネガティブなことばかり書き連ねるのは申し訳ないと思いつつ、ある程度正直に書かないと皆さんの参考にはならないと思いますので、ちょっときついことを書かせていただきました。できたら、今度はテーマと講演者を絞って、事前準備をより綿密にしていただけることを願います。

PATOLISの行方

この間民事再生手続きを申請したPATOLISが、無事民事再生計画が認められて再生への第1歩を歩み始めたという記事がありました。とりあえず、当面事業清算という道を選択することはなくなり、PATOLISが有する資産は散逸することなく、当事者の手による再生が始まったわけですが、前にも書いたように、PATOLISの前途は多難のように思います。

例えば、多分一番のライバルと思われるNRIサイバーパテントと比較すると、収録公報の範囲は大差ないように見えます。遡及公報(CD-ROM化された公報以前の紙広報)のところで若干PATOLISが勝っているようにも思えますが、そもそも遡及公報が先行技術調査でヒットするというのはかなり稀になってきています(分野によっても違うんですが)から、企業の知財部門及び技術部門がが一番利用する先行技術調査分野での優位性を訴えるにはちと力不足のようにも思います。当然、無効資料調査は慎重にも慎重を期しますので、遡及公報を含めて丹念に調査しますから、また話は別です。また、J-Globalが特許検索を安価で提供しており、研究者/技術開発者向けにはこれで十分とも言えますから、なぜPATOLISを選択するかというインセンティブに若干欠ける気がしています。加えて、特許情報システムを提供している大手ベンダー(例えば日立情報システムとか)も、ベンダーが自前で特許DBを保有し、SaaS的に提供するサービスをしていますし、ますます「PATOLISでなければ」というニーズは薄れてきているように思います。

PATOLISの数少ない(関係者の方がいらっしゃったら申し訳ありません)メリットとしては、数十年前から手作業で蓄積してきた(最近はかなり自動化しているようですが)PATOLIS抄録と呼ばれる公報の要約書誌事項と違う独自の抄録データと、過去から継続されてきた経過情報データと、簡単には覚えきれない(またすいません)検索メニューの豊富さだと思います。特許検索のプロにとっては、これらを駆使することでノイズをかなり除去した形でピンポイント的な検索ができるメリットがあります。とは言え、現代の流れである、とにかくデータは大量でもいいから解析ソフトで一気に処理し、徐々に絞り込んでゆくという流れからすると、人的な検索スキルを要求するPATOLISは徐々に時代遅れになりつつある感があります。

現在、PATOLISもインテクストラや創知のメニューの代理店的な業務をしていますが、ここは大胆にインテクストラや創知のシステムとPATOLISデータベースの合体を図り、他社に真似のできないサービスを提供する必要があると思います。玄人好みの特許データベースではなかなか将来像を描けません。大胆な行動が必要だと思います。

標準化、規格化作業の難しさ、おまけで知財

年末年始は、年末期限及びの仕事で多忙を極め、さらに年始早々システムダウン対応に奔走し、個人的には子供がウィルス性の胃腸炎にかかって自分まで感染してしまったなど、知財のことをあれこれと考える暇もなく突っ走っていました。ようやく日常レベルの業務及びプライベートに戻りつつあります。とは言え、何となく忙しいのは確かなので、BLOGの更新頻度は以前ほどにはならないようです。ご勘弁を。

で、昨年の知財に関する総括は年末の記事で書いてしまったので、本日は標準化に関する話を。

時々このBLOGでも書いていますが、私が所属する電機業界において標準化は古くて新しい話で、しかも最近その重要性は日を増すごとに高まっているように思えます。先日、社内の標準化作業に対する表彰式を見学してきて、だいたい社内でどんな標準化をしているのかはメインストリームは押さえているつもりでしたが、改めてその活動を振り返って標準化作業の難しさ、そして全世界で頑張っている標準化担当者の日々の作業に頭が下がる思いがしました。

標準化というのはインターフェースがないところには原則として必要がありませんから、モジュール化の進んだ電機業界では標準化をどうやって進めるかについて以前から課題になっており、最近は国際的に製品を販売しようとすると、あるいはシステムを国際的に導入しようとすると標準化、規格化作業は避けて通れない問題になっています。一方、例えば自動車業界のように、一部の部品(点火プラグ、蓄電池など)では標準化、規格化がされていないわけではないものの、自動車単体で考えればスタンドアロンで成立してしまいますので(一社で共用部品を延々と使っていることもありますが)、会社を超えた標準化、規格化に対してあまり積極的ではなかったように思います(必要性が乏しい、ということです)。しかし、自動車のエレクトロニクス化に伴い、徐々にではあるものの自動車業界でも標準化の流れが出てきており(例えば車内LANの規格)、パワートレーンが内燃機関から電気モーターへと移行するに連れて、こういった基幹部品にも標準化の動きが出てきそうになっています。

標準化、規格化で注意すべきことは、技術的、規格的に優れたものが国際規格として採用されるとは限らないことです。例えば、携帯電話の第2世代では、日本は(音質はあまり良くなかったものの)低消費電力であったPDCよりも、ヨーロッパが一致団結して採用したGSM方式が世界を制覇しました(当然、それなりに技術的優位性もあったわけですが)。先進技術を有する企業に対して足枷をかけるように技術的に劣る規格を国際規格として採用させ、一気に勢力地図を塗り替えてしまおうという考えもできるわけですから、現在技術的優位性を持っていて他社の追随を許さないことに安穏としていると、足をすくわれてしまうこともあり得ます。特に、国際規格の採用は国単位で委員が選出され、投票権を有することから、多くの国内企業が自社の規格に固執して足並みがそろわない場合、統一規格をタイミングよく出せないことにつながり、結果的に出遅れる可能性があります。

標準化、規格化によって規格採用された特許はFRAND条件で提供することになりますが、必須特許の数が多く、しかも幅広い製品に採用されるならばライセンス料は実は莫大なものになります。例えば、MPEG-2 VIDEOの必須特許のライセンシーは1500社にも上り、収入についてはMPEG LAが公開していないのではっきりしませんが、MPEG-2 VIDEO技術がDVD、STB、デジタルTV放送など極めて広範囲な製品に採用されていることを考慮すると、相当な額になることは容易に予想できます。従って、標準化、規格化担当者と知財担当者は密接に連携をとり、どのような規格を提案してどのようなビジネスモデルを描き、製品販売の拡大及びライセンス収入に努めることが肝心です。

標準化、規格化については交渉学の観点からも重要なことがあるのですが、これに関しては、正直OJT以上の効率的な学習方法がないので(いくら交渉学を学んでも、権謀術数が渦巻く現場を体験しないと多分使い物にならないので)、企業においてどうやって人材育成をするのか、真剣に考えないといけないと思っています。上に書いた表彰式の招待講演で現在日本規格協会に出向中の方が話された経験談は含蓄に富んで非常に参考になりました。

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