« 2010年1月 | トップページ | 2010年3月 »

2010年2月

知的財産学術国際交流会議に参加してきました

ご報告が遅くなりましたが、先日、日本知財学会が主催する第2回知的財産学術国際交流会議に参加してきました。今回の題名は、「アジア各国の最新知財事情とグローバル化戦略化」というもので、韓国、中国及びインドから法律家及び企業実務家(インドはCSIRという国立研究所のご紹介)を1名ずつお呼びして現状をお話ししていただくものでした。

今回の目玉は、韓国及び中国の知財実務家として、それぞれSamsungとHuaweiという、今や世界のグローバル企業として名を馳せている大企業の知財実務家が招聘され、それぞれの企業の知財実務を紹介するものでした。私もこのお二方の話を聞きに行ったようなものですから、以下の話もこの内容に絞ってお話しします。

一番感心し、また、当たり前だと思ったのが、SamsungにせよHuaweiにせよ、実に当たり前の知的財産戦略を実行していると言うことです。例えば、Samsungの担当者の方は、特許競争力と製品競争力でマトリクスを形成し、自社がどの位置にいるかを検討した上で、まずは製品競争力を維持しつつ、知財により差別的競争力の優位を確保することを知財戦略の方向性とする、と述べられていました。この考え方、7~8年ほど前に今いる会社で、私と同僚とで同じようなマトリクスを考え、開発テーマ毎にmappingして個別戦略を考えるツールとして使ったことがありました。なるほど、皆さん同じようなことを考えられるのだな、と感心しました。また、活用されない特許は財産でも資産でもなく、費用であり、他社に対する活用であってこそ活用と言える、と述べられていました。その上で、特許マーケティングの必要性を訴えておられました。かつてSamsungはDRAMの世界シェアを急激に上げていく中でTIとの特許訴訟を経験し、特許の重要性を認識して「特許数」を求める戦略を追求していたわけですが、「今は出願数を減らしています」と述べられていました。2009年の米国特許登録件数でSamsungはIBMに続いて2位を確保していますが、米国だと登録まで大体5年ほどのタイムラグがありますから、今後絶対数的には減少する可能性はあるわけです。

また、Huaweiの場合、特許の重要性の認識、他社特許の尊重、自社権利による保護といったフェーズを経て、知財により調和的なビジネス環境の構築を構築することを目標としているようです。このために、競合他社及び有用特許保有者との間でクロスライセンス締結を積極的に推進しているとのことです。他の中国企業が、主に外国企業からの侵害警告に対して猛然と反発する姿勢をとっている中で、将来を見越した非常にビジネスライクな、かつcleverな戦略をとっていると言えます。現在のところ、特許出願件数を大きく伸ばしてはいるものの、海外出願の割合は直近でも20%を切る程度で、まだまだであると述べておられました。Huawaiというのは、ご存じの方も多いと思うのですが、アジア、アフリカの発展途上国、さらには低所得国に対して価格と徹底したサービスで急激にシェアを獲得しており、売上高ベースでいくと海外がすでに75%にも達しています。従って、海外に目を向けた知財戦略が喫緊の課題となっているわけです。これが、HuaweiがPCT出願を大量に出している一因になっていると思われます。この会議に出席された担当者の言では、PCT出願は主に規格関係、特に、規格申請をしている時点での出願が多いようで、最終的に規格に採用されない場合は国内段階に移行することなく擬制取下してしまうようです。これも一つの戦略だと思いますが、PCT出願へのコストを考慮するとかなり大胆な戦略だと思いました。

こう考えると、グローバル企業はその国の企業の知財実務を超えて他国(主に先進国と呼ばれる国に本社がある)のグローバル企業の企業の知財レベルに容易に達してしまうのだと感心してしまいました。こういったグローバル企業が今後発展途上国と呼ばれる国から続々と登場することが容易に予想されます。我々も、どんどんその先をいけるように知恵を出していかなければならない、と思い知らされました。とは言え、なかなか難しいんですがね。

妹尾堅一郎「技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか」を読んで

本日は、覚悟をして書かねばならないかも(大汗)。つまり、知財業界を中心に妹尾先生の熱狂的信者が多い中、その妹尾先生の著書である「技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか」に対してちょっとだけ難癖をつける書評を書こうと思っているので、多方面から批判を受けることは覚悟しなければならないからです。とは言え、なかなかちょっとだけの難癖も周りから聞こえてこないので、富士山に小石を投げるつもりで書いてみます。

この書評、本当はもっと早く書こうと思っていたのですが、かなり遅くなりました。理由は、きちんとした議論をしようとすると、少しだけ参考文献等を例示しないと単なる言いがかりになってしまうので、(参考文献の当たりは付いていたのですが)ネットで探そうと思っているうちに色々と忙しくて後回しになっていたと言う事情があります。とは言え、あまり遅くなると自分も読んだ感想を忘れそうなので、不完全ではありますが、覚え書きレベルで書きます。

まず、読んだ感想を。総論はまあ異論はないのですが、事実認識に時々疑問を挟みたくなるところや、今後の方策の具体性に若干欠けるところがあり、両手を挙げて誰かに推薦するまでには至りませんでした。違和感を感じたところを幾つか挙げると:

まず、冒頭に記載されている、日本が新規開発した技術がグローバルに浸透するに伴って一気に世界シェアを失って競争力低下を招いているというグラフについて。このグラフ、妹尾先生が所属する東京大学の知的資産経営総括寄付講座の同僚である小川紘一教授の研究が元になっています(元データはあちこちの論文に記載されていますが、とりあえずこちらを紹介します。PDFですのでご注意を)。このグラフ及びグラフから導き出せるであろう現象は他の人にとってかなりショッキングだったようで、他の方の著書でも引用されていました。で、この現象自体は電機業界に所属する人間にとっては以前から知っていて問題意識も持たれていたように記憶しています。その上で、小川教授はこのグラフで幾つかの技術分野または製品における世界市場シェアの低下を例示しているのですが、私が考えるに、これら技術分野または製品において日本製品が世界市場シェアの低下を招いた理由というのは随分個別に違うもので、一律に議論することに違和感を感じるのです。

例えば、DRAMメモリにおいて、80年代にこの世の春を謳歌した日本半導体産業が90年代以降凋落の一途を辿った理由について、今までの研究ではあまり明確な説明がされてこなかったのですが、最近、湯之上隆さんという方が、「日本「半導体」敗戦」という本を出版されて、かなりその理由が明らかになったように思います。この本では、日本半導体産業が韓国勢などにシェアを奪われた理由の最大のものとして「過剰技術・過剰品質」を挙げています。つまり、80年代の日本半導体産業が製造していたDRAMメモリは、サーバ等に使用するものを前提としており、10年以上の継続使用に対して動作保証をするほどの品質を持っていました。一方、サムスンに代表される新興メーカーは、その当時需要が増加しつつあったPC向けを中心に、それほどの動作保証はしないものを安価に製造し、PC向けの需要は一気に高まったので、ここでシェア逆転が生じた、というものです。湯之上隆さんという方は、日立製作所の研究所及び事業部門に所属し、最終的には国家プロジェクトに所属して次世代半導体装置の研究を行った後、MOTの学者になられた方で、実体験として日本半導体産業の絶頂期から凋落を経験しています。従って、説に根拠があります。私は、これに加えて、Applied Materialを中心とした半導体製造装置のTurn-Key Solutionの提供がほぼ同時期にあり、これが新興半導体製造メーカーの参入を容易にしたことも原因にあると思っています。従って、DRAMメモリの凋落は、技術がアナログからデジタルに転換した仕組みを日本の電機産業が理解できなかったからであるという、この本の主張とは違っています。

それでは、DVDプレーヤーはどうか。確かに、DVDプレーヤーにおいては、ちょうど技術がアナログからデジタルに転換した時代の節目に当たっており、今ではキーコンポーネントを寄せ集めることでDVDプレーヤーは簡単に製造できますから、何となく妹尾先生の主張が当たっているようにも思えます。しかし、キーコンポーネントは実は日本のメーカーが大半供給しており、キーコンポーネントなり標準化規格の中に日本メーカーの知的財産は数多く埋め込まれていますから、DVDプレーヤーを中国メーカーが作れば作るほど大枚のライセンス料が日本企業に還流され、それはそれで機器のコモディティ化が実現されたとしてもHappyな状況であるように思えます。そうなっていないのは、DVDに関する知的財産を中国メーカーがことごとく踏み倒し、無許可状態で製造・販売・輸出をしたことに主な原因があると思っています。現実に、最近はライセンス料を支払うメーカーが出てきていますが、ライセンス料が高額であるがために費用構造として利益が上がらず、廃業に追い込まれたメーカーもあると聞いています。この点については、小川先生は自著論文で言及しているんですが。

液晶パネル、太陽光発電セル(Q-Cell及びFirst Solarの興隆については最近このレポート(PDFです)が出ました)、そしてカーナビについても、実は個々に事情は異なるので、1枚のグラフだけで総括してしまうことの危険性を思ってしまうのです。とは言え、アナログからデジタルに転換したパラダイム・シフトを日本企業、特に電機産業が有利に使っているとは言えない現実ですので、この認識について異論は述べません。加えて言うと、電機産業が認識していないわけは当然無く、例えばDVDのライセンス問題についても色々と対処しているのですが、色々とあって簡単に事は進んでいない、ということです。

次に、妹尾先生が見習うべきと述べておられるIntelモデルですが、PC業界の事情に通じておられる方であればよくおわかりの通り、IntelとてCPU事業の今の地位を築くのはそう容易いことではなく、当初はMotorolaとの競争、そしてAMDなどの互換CPUメーカーとの壮絶な争いがあり、今があるわけです。ノースブリッジ、サウスブリッジによるプラットフォーム構築はIntelとして考えに考え抜いた結果として生まれたもので、そういった背景を抜きにして見習えと言われると何となく違和感があります。このあたりの事情をまとめたレポートにはこちら(PDFです)があります。あと、ご存じの方はご存じのアナベル・ガワー教授の「プラットフォーム・リーダーシップ」にもIntelの事例が書いてあった記憶があります。Intelではこういったビジネスモデルというか戦略構築のための人員がものすごい数いるそうですから、著書でもこのあたりを話題にしていただけるとよかったかもしれません。

それと、AppleのiPodにしても、iPodの製品を歴史的順に並べ、また、iTunesとの関係を見ると、これも巷間言われているような成功要因だけではないように、私個人は最近思っています。これについては、きちんとまとめる機会があったらまとめたいと思いますが、結構な作業量が必要ですので、なかなか難しいかもしれません。

つまりは、IntelにしてもAppleにしても、様々な試行錯誤があった結果として現在の地位を築いていることですし、真似をしようとしても真似られるものではありませんから、成功モデルの紹介以上の事はないんではないか、と思えるのです。

最後に、知財マネジメントの重要性は既に言うまでもないと思っており、日本の企業全体で是非実践して欲しいとも思うのですが、やはり個々の企業の利害がなかなか一致しないこともあり、実践は簡単でないという感想があります。特に、標準化規格関係は小異を捨てて大同につくのは難しいという感があります。

とまぁ、思いつくままに書いたわけですが、妹尾先生という存在がこうやって世間に警鐘を鳴らす立場なんだというように思えば納得のいくことでもありますし、理論的深みを求めるのはちと酷であるようにも思います。この著書を契機に問題意識が高まればいいんだろう、と思うわけです。


ところで、弁理士一人当たりの年商っていくら?

ちょっと気になったので、果たして今弁理士一人当たりの年商っていくらくらいになるのか、ものすごいラフな値でいいので求めてみることにしました。以下の計算は、本当にラフな数値ですので、単なる目安にしていただきたく思います。

基礎数値です。現在、2008年の出願統計しか特許庁から公開されていない(データは2009年特許行政年次報告書です)ので、2009年はかなり出願件数が減少していることが予想されますが、とりあえずの数値として使いました。弁理士が関与している(つまり代理人がいる)出願が、特許が約35万件、実用新案が約6千件、意匠が約2万件、商標が約7万件です。次に、意外と収入の基礎になっている中間処理(拒絶理由に対する意見書、手続補正書作成)の件数ですが、そのものずばりは出ていませんので、特許庁が公開しているファーストアクション件数でみると、特許が約34万件、意匠が約3.5万件、商標が約14万件です。次に、件数はそれほど多くないのですが、拒絶査定不服審判の数が、特許で約3万件、意匠が約7百件、商標が約千件です。中間処理と拒絶査定不服審判は代理人がいないと対応しきれないとおもうので、これについては代理人率100%で考えます。なお、商標の更新登録申請件数が特許庁から独立して公表されていないので、今回は計算の対象外とします。

次に、各案件毎の代理人費用です。独禁法の問題があり、現在では日本弁理士会として標準報酬額を発表していませんので、個別の弁理士毎に料金体系は異なります。加えて、特に特許出願の書類については、その発明毎に特許請求の範囲の体系(正確に言えば、どれだけの数の請求項、独立発明数)が異なり、これにより料金が加算されますし、明細書のページ数に比例しても料金が加算されます。ページ数による加算は、弁理士がその明細書をどれだけの時間かけて作成したかという、ある種の時間給に近い性格を持っていますので、この部分をなしにすると弁理士としては手間に応じた料金請求ができなくなり、非常に困ることになります。そんなことで、実は一律に幾らと言った計算ができません。ただ、それでは計算ができなくなりますので、日本弁理士会が一部の会員に対して行った弁理士報酬に関するアンケート結果が公開されていますので、これを参考にえいやっと設定してみました。なお、具体的な数字は、この数字が一人歩きすることが非常に怖い(私が数字を書いたばっかりに、「この金額でできないのはおかしい」と特許事務所に交渉に行く人がいないとも言えません)ので、ここでは公表しません。なお、料金体系をご存じでない方が一番びっくりする成功謝金と呼ばれる代理人費用は、敢えて考慮に入れませんでした。謝金の捉え方や実際の謝金の金額にもばらつきがあるように思えるので、ここをカウントすることの是非を議論していると尽きないですから。

さて、ざっくり計算すると、トータルの弁理士報酬額は1,600億円という数字になりました。これを、産業財産権の出願に関与している弁理士数で割れば、一人当たりの年商が出ます。現在、弁理士の登録者数がざっくり8,000名で、そのうち1/3程度が企業勤務と言われています(正確な数字は、日本弁理士会が会員には公表しているはずなんですが、会社に資料を置いてきてしまったので、ざっくりとでお許しを)ので、5,000名と考えると、一人当たり3,200万円という数字が出ました。

…高い!と思われた方はもう少しお待ちを。この数字は、弁理士報酬額を弁理士数で単純に割ったものです。弁理士の背後には、事務方の職員がかなりの数います。出願代理業務は単に書類作成だけで済みません。クライアントとの書類の授受、特許庁への実際の出願等の手続(現在はPCでできますが、それでも結構な作業と時間がかかります)、期限管理、クライアント用の書類準備(コピー作業など)などなど、事務方の職員なしでは特許事務所の円滑な運営は難しいです。それ以外にも、人事・労務、会計業務など、通常の会社でも必要とされる業務があります。上に書いた一人当たりの年商には、こういった事務方の職員の給与も含まれていますし、当然、オフィスの賃借料、OA機器のリース料なども含まれます。ですから、この数字は、年商を単純に社員数、しかも表立って活動している弁理士の数で割っただけですから、弁理士本人の給与ではありません。

あと、特許事務所は各種調査業務や発明相談、鑑定、訴訟案件も抱えていますので、上に書いたものが年商の全てでもありません(これらは特許庁の統計からは見えません)。加えて、海外出願の代理人費用も特許庁の統計からは直接的に把握できませんので、考慮の対象外にしてあります。

さて、今後、この年商がどのような変遷を遂げるのか、なかなか予想が付きにくいところなんですが、このあたりの話は長くなるので、またの機会に(笑)。

改めて、弁理士業界の将来について

時々、日本弁理士会として公に言えなさそうな事項をズバッと指摘する日本弁理士政治連盟(弁政連)の最新号で、会長と副会長がまたかなり大胆な発言をされているようです。

具体的には、昨今弁理士試験合格者数が急増していることが弁理士業界の過当競争を生み、弁理士制度自体の疲弊、収入減、果ては技術が抜群でも経営に劣る特許事務所は消え、技術はないが経営に長けた特許事務所が生き残る、という事態が現に起きているという主張をされています。

この主張の是非についてはこのBLOGで詳細に議論をしませんが(本当はしたいんですが、きっと百家争鳴状態になるのでしません)、最近の弁理士業界を取り巻く現状について、このBLOGでも折に触れ取り上げていますが、再度整理してみたいと思います。

まず、弁理士試験合格者数が増えていることについて。知的財産推進計画が知財人材の倍増を打ち出したことに(多分)呼応して、弁理士試験の最終合格者数は伸びを見せています(参考資料)。正確にいえば、平成12年に確か弁理士試験制度の改正がありましたから、これ以降、最終合格者数が増加したという言い方のほうがいいかもしれません。

一方、弁理士の専権事項である産業財産権の出願件数は漸減傾向にあります(この資料の該当部分を適宜ご覧ください)。以上の事実だけを単純に突き合わせてみると、弁理士1人当たりの出願代理件数は確実に減少しています。弁理士試験の最終合格者が、確実に弁理士登録者の単純減少数(死亡抹消+申請抹消数はだいたい130名程度です)をかなり上回っている現状を考えると、弁理士登録者数はかなりの勢いで増加しますから、今後も弁理士1人当たりの出願代理件数は減少傾向にあるのだ、という結論付けになります。

しかし、ここで若干の問題が。それは、「非弁」と呼ばれる無資格者(明細書作成補助者)の存在です。事務所に所属する弁理士は、単独で明細書作成業務に携わるほかに、明細書作成補助者が下書きした(このあたり、事情を知る人からの突っ込みはご遠慮を(笑))明細書等のチェックを行い、事務所の代表者あるいは自らの名前で出願代理業務を行います。昭和40年代の、特許+実用新案登録出願が急増していた頃は、当時登録していた弁理士数に比較して出願件数が圧倒的に多い(明細書作成業務を必死に行っても1人の弁理士が行える業務には自ずと限界があります)ので、ある意味止むを得ない体制であったとも言えますが、弁理士登録者数がその頃とは比較にならないくらい多くなった現状で、この体制がどこまで必要であるか、見直す時期に来ているのは確かです。当然、明細書作成補助者の方にも優秀な方がたくさんおられることもありますし、他にも存在意義はあると思うので、私は不要論を唱えるつもりは全くありません。

そうは言っても、弁理士と明細書作成補助者との割合が変化するのは時代の流れとも言えます。ですが、最近は特許事務所を外部から見ているので当てずっぽうな部分があることを承知の上で、特許出願数が漸次減少している事態があるにもかかわらず、この割合が変化したという感じはしません。1人の弁理士がどれだけの明細書作成業務を行うのが適正なのかということに関する議論は尽きない(そもそも、クライアントからの要求レベルがまちまちなので、工数の標準化はかなり難しい)のですが、大局的にいえば出願代理業務全体における弁理士が単独で関与する割合は増加してもおかしくありません。しかし、実務上どうなのか。確かに、最近開業した事務所の中には、「弁理士が書きます」と明言している事務所もいらっしゃるように記憶しています。しかし、それは未だに少数派です。そして、事務所として、弁理士会全体として、どのように対処すべきかということに関する方針は明確になっていません。打ち出されたのは、新規業務への進出(知財コンサルも入ります)、そして、今年の弁理士会会長が打ち出した最終合格者数増加傾向への歯止め(結局実現しませんでしたが)、です。

そうこうしているうちに、外圧としてのリーマンショックに端を発した世界同時不況による特許出願件数の大幅減により、一部の特許事務所にはリストラの嵐が吹き荒れたようです。とは言え、弁理士業界を見ていると、いずれ企業の業績も回復するし、そもそも技術開発に直結する特許出願の件数(そうであるかどうかは、当然議論もいっぱいありますが)が一気に減少することは考えにくい、いずれ出願件数も回復するだろう、という見方があるように思えます。では、果たしてどうか。

正確な統計が出ていないので確定的なことは言えませんが、ここ数年の傾向を見てみると大企業の特許出願件数は減少しており、その分を中小企業・大学の特許出願件数の微増があったので全体では漸減に止まっていたのではないか、との論があります(参考文献が探せないのですいません)。個別企業の出願件数を見てみると、何となく納得できる論ではあります。中小企業の出願件数の全体に占める割合は、出願人を大企業と中小企業とに分類するのが簡単ではない(識別コードで分類できればいいんですが)ので、特許庁も把握しきれていないようですが、だいたい全体の10%程度のようです。このところの知財推進計画のサポートもあり、中小企業の出願件数が大きく増減したということはない様子です。このことから、既に大企業の出願に依存した特許事務所の経営体質は、あまり明るい未来がないのではないか、と思えます。だからと言って中小企業には、当然のことながら増加した弁理士登録者数が満足できるほどの仕事が新規に転がっているわけはありません。早晩、現在の特許事務所の経営体質は見直しを迫られていたわけです。

では、例えば米国の法曹社会に見るような弱肉強食の競争社会に突入すればいいのか。何でも規制緩和という単純思考の方が時におり、競争=絶対善という議論になってしまうのですが、米国の法曹社会では過剰ともいえる数の弁護士がいるがために、成功報酬型の弁護士が案件を引き受けてしまい、これが訴訟件数の増加にもつながっている(パテントトロールの代理人は成功報酬型の弁護士であることが多いようです、当然、成功報酬型の弁護士が全てよろしくないなどとは言いません)ようにも思えます。行き過ぎた競争は時に悪弊をもたらす可能性があります。

結局のところ、弁理士は出願代理業務に関するスキルの向上を図り、生き残れる技術分野を探すことになるんだろうと思います。新規業務に携われる弁理士の数は、全体からみればごく少数でしょう。ここに活路を見出すのはあまりに危険です。加えて、特許事務所の事務部門の合理化は考えても良い事項だと思います。総務部門のアウトソーシング、複数事務所での総務・人事業務の共通化などは、あまり考えている事務所がなさそうです。海外代理人とのレター及び文書のペーパーレス化は、セキュリティの問題で手をつけにくいところなのですが、やれば必ず効果が出ます。

…とまぁ、書き散らしたんですが、まだまだ考えるべき事項が多いことは事実です。ご参考になれば幸いです。

書籍「発明の保護と市場優位」を読んで

本日ご紹介する本の著者は、元日本弁理士会会長で、会長就任の頃に知的財産推進本部の民間有識委員として参加され、その後もずっと知的財産推進本部の下部委員会に参加されている(と記憶しています)、弁理士の中でも知名度の高い論者です。しかも、今回の本の略歴を見て驚いたのが、会長就任の前あたりに早稲田大学大学院アジア太平洋研究科に所属され、昨年論文博士を取られていること。なぜアジア太平洋研究科かというと、その頃は早稲田MOTはこちらの研究科に付設されていました。今は、MOTプログラムは商学研究科付属のビジネススクールに移設されていますし、あとがきで謝辞を述べられている対象の指導教授である松田修一先生はビジネススクールに所属されていますから、博士課程を修得された時にはビジネススクール所属だったかもしれません。

これだけ書くと、本の内容もさすがかと思うところですが、そうはいかないところが難しい(苦笑)。まず、体裁の問題を少し(形式的なところで申し訳ないんですが)。この本は法律書にカテゴライズするのはちと難しい(法律論を展開しているわけでもないので)ので、横組みでも良かった気がするのですが、結構詰まった行間で縦組みになっているのでかなり読みにくい印象を受けました。最近は島並良先生が編纂された知財研の「岐路に立つ特許制度」が横組みで新鮮ながら非常に読みやすかった(参考文献が英文のものも多かったので横組みでないと大変だったかもしれませんが)のと対照的でした。あと、章や節によって記載分量が大幅に違うので、ページ単位で見ると章や節の見出しばかりが書いてあるページもある一方で文章だけが並んでいるページもあり、リズムをつけて読むのに苦労しました。

この本、多分、上述した博士論文に手を加えて出版したのではないかと推測されます。それは、脚注の異様なまでの多さに表れています。この脚注、折角なので本文と逐次対比して見たところ、多分普通の論文では本文に書いてもよさそうな事項や専門家だったら十分知っている事項(何年に法改正がなされたとか)が多く、論文のReferだったり補注的な事項がごくわずかだったので、逐次対比するたびに何となく「見なきゃよかった」的な後悔がしました。論文を書き慣れないとこうなるのかな、という感じです。

さて、ようやく内容についてのご紹介を(前振りが長くて申し訳ありません)。ざっと言うと、7割方が知的財産推進計画に代表される最近の政府の知的財産政策の概要及びそこに至るまでの経緯の紹介に関するもの、2割方が企業の知的財産に対する態度及び政府の知的財産政策の業務上の影響について企業にアンケートをした結果の紹介、1割が知的財産政策に対する提言、というものです。つまり、7割方はある意味で覚書的な内容でした。当然、ほとんど読み飛ばさせていただきました(笑)。

アンケートは、2002年に知財研が行ったものと同様のものを2007年、2008年に著者が独自で行った模様で(設問が公開されていないのでよくわからないのですが)、価値のあるものだと思いますが、あまり詳細な分析がされていないので評価をするのが難しいです。普通、アンケートの集計結果は関連項目をまとめて相関を取る等の処理をするんだと思うんですが、した形跡が見えません。ちょっと学術的な評価は難しいかもしれません。そもそもアンケートによる実態調査というのは、回答者がどれだけ本当のことを答えるかというバイアスがかかりますので、実態にきちんと迫れているのか難しいところがあります。統計には政府が指定したものがあり、これは企業がきちんと回答する義務を負っていますので、概数ではあっても正確に回答するのですが、それ以外の統計については(特に定性的な質問については)信憑性を疑いたくなることもままあります。そんなこともあって、アンケートでしか迫れない事項は多々あるのは承知の上で、アンケートに基づく実態調査の結果はかなり割り引いて考えるようにしています。

最後の提言は、弁理士という実務家が行ったものですのでそれなりに裏付けのあるものだと思いますが、やはり知的財産の担い手としての企業の存在は大きく、企業の知的財産実務経験がないとその実態に迫ることは難しいことも多いので、実態を踏まえた提言ができていないのが惜しいところです(例えば、パテントトロールについては他の報告書の結論を引き写す形でしか提言できてないところとか)。

あと、余談ですが、脚注に引用されていた文献の中で、最近私として出色だと思っていた幾つかの本が引用されていなかったのが残念です。1つは、上に書いた「岐路に立つ特許制度」。特許制度の将来を占う上では必読だと思うんですが。それから、このBLOGでも以前紹介した"Patent Failure"。未だに邦訳が出ていないので紹介するにも困るのですが、ここでの問題提起は極めて現代的なものだと思います。さらに、同様にこのBLOGで紹介した、特許経済学を要領よくまとめた「知財創出」。現状の解決策を提示してはいないんですが、特許の経済的効果に関する論文が数多く紹介されていて、備忘録的には役に立ちます。

とまぁ、厳しい見方をしてきましたが、これだけまとめられた労力には敬意を表したいと思います。問題は、弁理士ならではの知的財産政策に対する提言が今後できるかどうか、なんだろうと思います。できる立場にいらっしゃると思うので、陰ながら応援したいと思っています。


« 2010年1月 | トップページ | 2010年3月 »

2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
フォト
無料ブログはココログ