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妹尾堅一郎「技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか」を読んで

本日は、覚悟をして書かねばならないかも(大汗)。つまり、知財業界を中心に妹尾先生の熱狂的信者が多い中、その妹尾先生の著書である「技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか」に対してちょっとだけ難癖をつける書評を書こうと思っているので、多方面から批判を受けることは覚悟しなければならないからです。とは言え、なかなかちょっとだけの難癖も周りから聞こえてこないので、富士山に小石を投げるつもりで書いてみます。

この書評、本当はもっと早く書こうと思っていたのですが、かなり遅くなりました。理由は、きちんとした議論をしようとすると、少しだけ参考文献等を例示しないと単なる言いがかりになってしまうので、(参考文献の当たりは付いていたのですが)ネットで探そうと思っているうちに色々と忙しくて後回しになっていたと言う事情があります。とは言え、あまり遅くなると自分も読んだ感想を忘れそうなので、不完全ではありますが、覚え書きレベルで書きます。

まず、読んだ感想を。総論はまあ異論はないのですが、事実認識に時々疑問を挟みたくなるところや、今後の方策の具体性に若干欠けるところがあり、両手を挙げて誰かに推薦するまでには至りませんでした。違和感を感じたところを幾つか挙げると:

まず、冒頭に記載されている、日本が新規開発した技術がグローバルに浸透するに伴って一気に世界シェアを失って競争力低下を招いているというグラフについて。このグラフ、妹尾先生が所属する東京大学の知的資産経営総括寄付講座の同僚である小川紘一教授の研究が元になっています(元データはあちこちの論文に記載されていますが、とりあえずこちらを紹介します。PDFですのでご注意を)。このグラフ及びグラフから導き出せるであろう現象は他の人にとってかなりショッキングだったようで、他の方の著書でも引用されていました。で、この現象自体は電機業界に所属する人間にとっては以前から知っていて問題意識も持たれていたように記憶しています。その上で、小川教授はこのグラフで幾つかの技術分野または製品における世界市場シェアの低下を例示しているのですが、私が考えるに、これら技術分野または製品において日本製品が世界市場シェアの低下を招いた理由というのは随分個別に違うもので、一律に議論することに違和感を感じるのです。

例えば、DRAMメモリにおいて、80年代にこの世の春を謳歌した日本半導体産業が90年代以降凋落の一途を辿った理由について、今までの研究ではあまり明確な説明がされてこなかったのですが、最近、湯之上隆さんという方が、「日本「半導体」敗戦」という本を出版されて、かなりその理由が明らかになったように思います。この本では、日本半導体産業が韓国勢などにシェアを奪われた理由の最大のものとして「過剰技術・過剰品質」を挙げています。つまり、80年代の日本半導体産業が製造していたDRAMメモリは、サーバ等に使用するものを前提としており、10年以上の継続使用に対して動作保証をするほどの品質を持っていました。一方、サムスンに代表される新興メーカーは、その当時需要が増加しつつあったPC向けを中心に、それほどの動作保証はしないものを安価に製造し、PC向けの需要は一気に高まったので、ここでシェア逆転が生じた、というものです。湯之上隆さんという方は、日立製作所の研究所及び事業部門に所属し、最終的には国家プロジェクトに所属して次世代半導体装置の研究を行った後、MOTの学者になられた方で、実体験として日本半導体産業の絶頂期から凋落を経験しています。従って、説に根拠があります。私は、これに加えて、Applied Materialを中心とした半導体製造装置のTurn-Key Solutionの提供がほぼ同時期にあり、これが新興半導体製造メーカーの参入を容易にしたことも原因にあると思っています。従って、DRAMメモリの凋落は、技術がアナログからデジタルに転換した仕組みを日本の電機産業が理解できなかったからであるという、この本の主張とは違っています。

それでは、DVDプレーヤーはどうか。確かに、DVDプレーヤーにおいては、ちょうど技術がアナログからデジタルに転換した時代の節目に当たっており、今ではキーコンポーネントを寄せ集めることでDVDプレーヤーは簡単に製造できますから、何となく妹尾先生の主張が当たっているようにも思えます。しかし、キーコンポーネントは実は日本のメーカーが大半供給しており、キーコンポーネントなり標準化規格の中に日本メーカーの知的財産は数多く埋め込まれていますから、DVDプレーヤーを中国メーカーが作れば作るほど大枚のライセンス料が日本企業に還流され、それはそれで機器のコモディティ化が実現されたとしてもHappyな状況であるように思えます。そうなっていないのは、DVDに関する知的財産を中国メーカーがことごとく踏み倒し、無許可状態で製造・販売・輸出をしたことに主な原因があると思っています。現実に、最近はライセンス料を支払うメーカーが出てきていますが、ライセンス料が高額であるがために費用構造として利益が上がらず、廃業に追い込まれたメーカーもあると聞いています。この点については、小川先生は自著論文で言及しているんですが。

液晶パネル、太陽光発電セル(Q-Cell及びFirst Solarの興隆については最近このレポート(PDFです)が出ました)、そしてカーナビについても、実は個々に事情は異なるので、1枚のグラフだけで総括してしまうことの危険性を思ってしまうのです。とは言え、アナログからデジタルに転換したパラダイム・シフトを日本企業、特に電機産業が有利に使っているとは言えない現実ですので、この認識について異論は述べません。加えて言うと、電機産業が認識していないわけは当然無く、例えばDVDのライセンス問題についても色々と対処しているのですが、色々とあって簡単に事は進んでいない、ということです。

次に、妹尾先生が見習うべきと述べておられるIntelモデルですが、PC業界の事情に通じておられる方であればよくおわかりの通り、IntelとてCPU事業の今の地位を築くのはそう容易いことではなく、当初はMotorolaとの競争、そしてAMDなどの互換CPUメーカーとの壮絶な争いがあり、今があるわけです。ノースブリッジ、サウスブリッジによるプラットフォーム構築はIntelとして考えに考え抜いた結果として生まれたもので、そういった背景を抜きにして見習えと言われると何となく違和感があります。このあたりの事情をまとめたレポートにはこちら(PDFです)があります。あと、ご存じの方はご存じのアナベル・ガワー教授の「プラットフォーム・リーダーシップ」にもIntelの事例が書いてあった記憶があります。Intelではこういったビジネスモデルというか戦略構築のための人員がものすごい数いるそうですから、著書でもこのあたりを話題にしていただけるとよかったかもしれません。

それと、AppleのiPodにしても、iPodの製品を歴史的順に並べ、また、iTunesとの関係を見ると、これも巷間言われているような成功要因だけではないように、私個人は最近思っています。これについては、きちんとまとめる機会があったらまとめたいと思いますが、結構な作業量が必要ですので、なかなか難しいかもしれません。

つまりは、IntelにしてもAppleにしても、様々な試行錯誤があった結果として現在の地位を築いていることですし、真似をしようとしても真似られるものではありませんから、成功モデルの紹介以上の事はないんではないか、と思えるのです。

最後に、知財マネジメントの重要性は既に言うまでもないと思っており、日本の企業全体で是非実践して欲しいとも思うのですが、やはり個々の企業の利害がなかなか一致しないこともあり、実践は簡単でないという感想があります。特に、標準化規格関係は小異を捨てて大同につくのは難しいという感があります。

とまぁ、思いつくままに書いたわけですが、妹尾先生という存在がこうやって世間に警鐘を鳴らす立場なんだというように思えば納得のいくことでもありますし、理論的深みを求めるのはちと酷であるようにも思います。この著書を契機に問題意識が高まればいいんだろう、と思うわけです。


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コメント

こんにちは、1年ほど前の記事にコメントをいただき、ありがとうございました。

妹尾先生は最近神通力も衰えており、私ごときがあ
れこれ批判するまでもなくブームも去りつつあるの
だと思っています。

逆に、自分のような人間が地に足の付いた議論をし
ないといけないんだろうと思っています。

わかってる人はちゃんとわかってますから。大事なのは、抽象論、一般論ではなく、ましてやカタカナ言葉を駆使して飾ることでもありません。そう思ってる人は決して少なくないはずです。ご安心を!

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