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KSR判決とハイテク・スタートアップ(笑)

昨日は昼間から夜まで多忙な生活を送り、そのことをBLOGに書こうとも思ったんですが、あまりに夜遅くて力尽きてしまいましたbearing。やっと、少し余裕ができたので、忘れないうちに書くことにします。

昼間は、弁理士会の研修でした。題名は米国判例セミナーということで、ご存じKSR最高裁判決(参考記事)により米国103条に言う非自明性(non-obviousness)の判断基準に修正が加えられましたので、そのKSR判決後においてCAFCがどのような判断をしているのかについての解説がありました。

KSR判決前までは、ご存じの方も多いと思いますが、CAFCを中心としてTSM(Teaching, Suggestion, Motivation)テストと呼ばれる厳格な基準により非自明性が判断されており、これがために日本の審査慣行では進歩性なしと思われる案件でも非自明性が認定される案件が見られていました。今回、KSR判決では、TSMテストの厳格な適用を排除し(TSMテストを否定してはいません)、より柔軟なアプローチが必要であるとの判断がされました。

で、KSR判決後どうなったかというと、CAFCの注目判決を並べてみた限りでは、日本の進歩性の判断基準にかなり近くなり、ある意味で妥当性のある結論が得られているという感があります。つまり、非自明性の判断基準が厳しくなったということで、このせいか、機械・電気分野を中心に特許査定率がKSR判決を境にかなり低下したとの数字が紹介されていました。

…とまぁ、これはこの話だけで終わりそうなんですが、研修を聴講していて考えていたのが、進歩性、あるいは非自明性の判断というのは、詰まるところ当業者であるエンジニアなり研究者がどんな思考経路を辿り、普通の当業者だったらここまでは考え付くだろうから、その先を行く発明だったら特許性を認めてもいいよ、という、ある種のエンジニアの思考トレース実験みたいなものだと、改めて思いました。様々な判断基準が過去出てきており、その妥当性が数多くのケースで吟味されてきたわけですが、どうやったらエンジニアの思考経路をきちんとトレースできるか、ということが最大のポイントだと言うことです。加えて言えば、エンジニアはどの範囲までの技術知識を知りうるのか、ということを試されているわけであり、進歩性の判断基準は、出願検討の際の先行技術調査の技術範囲も画定する機能を持っています。こう考えると、無効審判で出される引例は、どこから探してきたんだろと思うほどかけ離れた文献であることがままありますので、出願時にどこまで手当てすればいいのか、と悩むところでもあります。

続いて、夕方は、法政大学イノベーション・マネジメント研究センター主催の第13回講演会「ハイテク・スタートアップの国際比較」に参加してきました。今回の講演会、『ハイテク・スタートアップの経営戦略』という書籍の発刊記念で、この書籍を執筆された5人の著者が講演される、というものです。その中のお二方を以前から存じ上げていること、しかも、私が芝浦工大MOTに通っていた頃の所属研究室が、このハイテク・スタートアップを研究しているところで、私も、ハイテク・スタートアップの知的財産戦略について修論を書いたこともあり、是非行かねば、と行ってきたところです。

さて、この「ハイテク・スタートアップ」という用語、馴染みのない方も多いかもしれません。通常、日本だと「ベンチャー企業」という言い方がよくされるのですが、ベンチャー企業について定義をすると、小規模で立ち上げた飲食店や小売業もベンチャー企業と呼べなくもないです。では、「技術ベンチャー企業」と呼べばいいのかというと、今度は中小企業との差が出てきません。厳密に定義するのは難しいですが、例えば創業から発展段階にあるMicrosoftやGoogle(バイオベンチャーはあまり名前を聞いても「?」の方が多いでしょうから省略します)を指して「ハイテク・スタートアップ」という言い方をしています。自分にとっても、このハイテク・スタートアップは身近な存在であり、また、日本の今後の産業競争力の回復のためにも、ハイテク・スタートアップの成功は欠かせないものではないか、と思っています。

書籍及び講演では、米国(シリコンバレー地域)、英国(ケンブリッジ地域)、台湾(新竹地域)、そして日本のアカデミック・スタートアップ及び民間スピンアウトについて、概括と個別企業の研究を行っていました。詳細は書籍に譲るとして、かなり広範にハイテク・スタートアップについて調査をした日本語の文献は数少ないので、大変参考になりました。と同時に、日本は何をすべきなのか、ちと考え込んでしまいました。

よく言われるのはインフラ面の不足と人材不足です。インフラ面の不足とは、多様な出資形態、政府の積極的な援助、ハイテク・スタートアップを援助する弁護士、会計士、弁理士の不足を指します。人材不足とは、ハイテク・スタートアップを運営するに当たって、その発展フェーズに合わせた人材、例えば、創業当時は優秀なエンジニアと経営に長けた人材、規模拡大に伴って営業面や管理面を担当する人材、IPOするならばそれに先立ってファイナンス面をサポートする人材などの不足、そして、根本的に、起業精神を持った人材そのものの不足を指します。ただ、こればかりは、鶏が先か卵が先か、という議論に近いものがあり、そもそもハイテク・スタートアップの成功例というかロールモデルがここ数十年日本に存在しないと言っても過言ではない(先日このBLOGで紹介した元京セラの谷口社長の本によると、京セラ以降電機関連ではハイテク・スタートアップで大企業になった企業はいないと断言されていました)状況で、日本のハイテク・スタートアップ企業は非常に苦しんでいるのであるし、起業精神を持たねば、と激励されている若者を中心とした世代にとっても、失われた10年(15年かな)で父親世代が苦労している姿を見ている中で、安定志向に走るのはむべなるかな、とも言えます。とは言うものの、このままでいいわけではないので、できるところから変えていかないといけないのも事実です。

その後懇親会がありましたので、以前から存じ上げていた講師の方のお一方とお話をさせていただきました。その方は、大手銀行のVCで長年投資案件の審査をされていて、その後、MBAに行かれたことを契機に大学教授の職を得られた方です。その方が嘆いておられたのが、5年前に任官した頃と比べてどんどん起業精神を持っている学生の数が減っていて、全般的に安定志向になっている、とのことでした。私は、上に書いたような理由もあるので仕方ないとは思いつつ、しかし、(これは私の知財部門の部門長が言ったことでもありますが)安定志向で選んだ企業が10年後、20年後どうなっているのかわからないんだから、安定志向だけで企業を選んでも後々悔やむこともあり得るだろう、先を見て考える必要があると思うんですけどね、という話をしました。また、その方が言うには、日本人は起業精神がないと言われるが、以前は起業精神がある人間はその起業精神を持ちながら企業に就職し、その中で自己実現を図っていたのではないか、ということでした。確かに、かつては企業に勤務するということはやりたい事をやる、楽しいことをやるためのものであったと思います。ソニーの盛田ファウンダーは、入社式において「ソニーのことを気に入らなければお互いに不幸だから辞めていただいた方がいい」という、ある種ショッキングなことを発言されたそうですが、実はこの発言、至極当たり前のことを言っているのだと思うのです。無理して働いてもいいことはその人にとっても会社にとってもありません。入社がゴールではなくスタートなんですから、そこで何ができるか、を考える必要があります。当然、やることが見つからないと言って転々と転職していたのでは、結局何も身につきませんから、真剣に考えないといけないわけですが。

ハイテク・スタートアップの話は、自分にとってはMOT大学院で終わった話ではなく、大きな言い方をすればこれからの日本の将来をどうするかという観点でずっと考えるべき事項だと思っていますし、知財コンサル活動との関連も非常に深いので、まだまだ宿題にしておきたいと思っています。と言うことで、早速書籍を買ってしまいました。読まなきゃ。


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