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長谷川曉司「御社の特許戦略がダメな理由」を読んで

ゴールデンウィーク直前に記事を更新すると、きっと誰の目にも触れることなく記事が埋もれていきそうなんですが、ま、それもいいかとhappy01

本日は、一部の知財関係者で話題になっている書籍「御社の特許戦略がダメな理由」をようやく読み終えましたので、その感想をば。

著者は、東大知的資産経営統括講座の小川教授が、記録式光ディスクの色素化合物に関する事業+特許戦略を取り上げて好意的に評している(このページの小川教授の論文をご覧下さい←PDFなので直リンクしません)三菱化学の元知的財産部長でおられた長谷川曉司氏です。残念ながらお会いしたことはない(私は一平社員ですので当たり前ですが)ので、色素系記録式光ディスクの特許戦略に長谷川さんがどこまで関与されたかは存じ上げないのですが、時期的にはきちんと重なるので、多分相当関与されたのだろうと推測します。

この著書の内容を一言で言えば、「特許戦略は事業、研究、知的財産の三部門一体で考えるべき」ということになります。ん?当たり前では、と思われた方も多いでしょう。しかし、それが、実は当たり前のことではなく、かなりの企業においても特許戦略を種々検討して実行していても、結果的に特許戦略自体に抜け穴があって、当該事業に資することができていない、という実例を紹介し、どうすれば事業に資する特許戦略が実行できるのかということを、ご自身の経験を交えて平易に説明されています。

何が当たり前でないのかと言うことは、例えば、新規事業に係る基本発明を自社で創出し、この基本発明についてどのような視点で特許出願を行うべきか、ということを例に出しています。筆者は化学系企業に勤務されていますので、化学系企業で行われているであろう開発手順に基づいて考えると、発明者=研究者は自身の発明の範囲を確定すべく、様々な条件を変化させて実験例を積み上げ、最適な条件を探索し、これに基づいて特許請求の範囲を決定しようとします。しかし、問題となるのは、それでは競合企業がこの基本発明を回避すべくプロセスを変化させ、あるいは添加物を変化させ、あるいは実験の条件を変化させて、その結果、実用に足る(基本発明に基づく製品ほどの画期的な効果がなくとも)成果物が得られるのであれば、研究者が自身の実験例に基づいて画定した特許請求の範囲に抵触しない実施が可能となるかもしれません。従って、出願をするに当たって、自社実施の観点からのみ特許請求の範囲及び実施形態、実施例を記載するのではなく、他社が回避しようとしても回避しきれない特許請求の範囲を検討すべきではないか、ということです。ただ、これをあまり追求するがあまり実施形態、実施例でのサポートが不十分であると、当然特許法36条6項に言うサポート要件の問題が出てきますので、一定の限界はあります。

自社実施の確保のみならず他社実施の排除、そして回避努力の結果他社参入の遅延(望ましくは撤退)をもたらすような特許戦略というのは、概念的には知財担当者は誰も理解しているのだろうと思っています。そして、事業部門、研究部門と連動せずに特許戦略を策定することは、さすがに現在の企業であれば(特に知的財産実務を長年行っている部署を持つ企業であれば)行っていないとも思っています。しかし、実際に目の前にある発明を見た時に、果たしてどこまで知財部門が知恵を巡らせて権利形成業務を行っているか、あるいは知恵を巡らせた結果が至らなかった、ということになっていないか、実務的には難しいところかもしれません。

特に、この本は極めて平易に書いてありますから、知財部門の責任者ではなく日々権利形成業務を行っている知財担当者、そして事業統括者の方々が読んでいただき、それを日々の業務に反映していただくのがよいのではないか、と思うのです。この本は、パテントポートフォリオを作れとか先進的な検索ツールを使ってパテントマップを作れとか、見たところ前衛的で興味をそそられるようなことを要求していません。日々の実務においてどのような心構えでいるべきか、ということを書いています。その意味で実に真っ当なことだけしか書いていないのですが、その真っ当なことを愚直に追求しているかどうか、知財担当者であればご自身の日々の実務について振り返っていただきたいのです。

あと、おまけで私見を。筆者は単一企業にずっと勤務されているご様子で、従って、その企業の部門分けを前提にして、いわゆる三位一体の行動を事業部門、研究部門、知的財産部門と捉えておられますが、会社によっては当該事業に研究部門(研究所と言い換えてもいいかもしれません)が関与しないこともあり得ますので、研究部門の代わりに営業部門(好ましくはマーケティング部門)との協議を加えるべきではないか、と思います。また、基礎研究については事業部門が関与しないこともあり得ます(この点については著書内で言及されていますが)ので、この場合は研究部門+知的財産部門による協議で足りると思われます。要は、ビジネスを念頭に置いて特許戦略を立案しないと、抜け穴があるのではないですか、ということです。

と言うことで、私にしては非常に好意的な書評でした。ちゃんちゃんhappy02


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