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2010年8月

明細書の「質」?

今日(もう昨日ですかね)、自分がtwitte上で発言した内容が、知財系twitter-erの方に思いの外反響があり、かなり議論がふくらんでしまいました。ただ、140字という制約では私の思うところを全てお話しする事はできませんので、一応、こんなことを考えていますというまとめを書き記します。

お題は特許事務所の業務の質について。と言うか、権利形成業務の「質」についてですね。この言葉は結構あちこちで多用されるのですが、実のところ掘り下げていくとこれほど多義で、しかも話者によって思い描く概念がことごとく異なり、議論をするとかみ合わないことが多いです。

あるセミナーで、さる企業において知財管理業務に長年従事し、その企業の知財部門の責任者もかなりの期間務められた著名な方に、不躾ながら「明細書の質って何でしょう?」という質問をしました。その時の回答は、確か「本当のところはライバルに聞かないとわかりません」ということでした。この回答は、見かけ上は回答を放棄したかのように思えますが、よく考えてみると真理を突いている回答です。

よく成書において明細書の質を規定する各種事項についての説明が書かれていますが、その各種事項(正確にはパラメータ、要素とでも言うべきでしょうか)の個々について高評価を得たとしても、最終的に高品質な明細書になるかどうかの保証はありません。つまり、明細書の質を規定すると言われている各種要素は、明細書の質に関する一側面を表現しているに過ぎず、そしてその総体が全体を表しているとも言えないのです。一例として、半導体の黎明期に出願され特許されたトランジスタの基本発明、ICの基本発明などは、出願当時とすればよく考えられた明細書及びクレームなのですが、現代の基準からすれば簡明すぎるとの評価があるかもしれません。基本発明なんだからそれでいいという意見も当然あるでしょう。ならば、明細書のページ数や請求項数は明細書の質を評価する各種要素にはなり得ないという議論になり、世間的に知られている各種評価手法のトレンドからは離れてしまいます。

しかも、明細書に記載された発明は、時間的経過に伴ってその評価が左右されてしまいます。出願当時は企業あるいは事業を担うと思われた発明が、その後の環境変化により事業再編の対象となり、企業なり事業にとっての価値が下がることは往々にしてあります。その逆もまたあります。また、権利範囲が確定するのは特許庁の審査/審判を経て最終的に登録された時点ですから、審査/審判時に提示された引用例によって、そして、その際の出願人/代理人の対応によって「いい」権利が取得できるかどうかが決まってきます。加えて、実際の権利行使の際に「使える」権利であるかどうかは、出願後の技術トレンドの方向性で決まってしまうこともあります。つまり、設計変更/回避可能な他の技術が出現してしまえば、登録時において基本特許だと認識していても、権利の価値は著しく減じられることになります(均等論の議論はややこしくなるので敢えて省略します)。

また、近年注目されている、権利の被引用数については、技術分野毎に多くの引用例を掲示する分野とそうでない分野とがあり、また、時間経過とともに被引用数は増加する傾向にありますから、定量的かつ定常的な評価はなかなか難しいです。

以上の話からわかっていただけると思います。明細書の「質」とは非常に捉えにくいものですし、技術分野、クライアント企業毎に何をもって高品質な明細書であるかの判断基準は区々であるということです。

一方で、特許事務所のHPを見ると「高品質の明細書作成を目指します」といった宣伝文句をよく目にします。確かに、36条関係の問題や(クライアントと納得ずくで記載不備ぎりぎりの明細書を書くことはあるんですけどね)判例を考慮した「権利行使に堪えうる」明細書作成という観点から見た高品質な明細書作成というアプローチは当然のことながらありえます。もう少し言えば、弁理士は専門家なんですから、産業財産権や判例、そして審査基準を熟知して、一般的に「高品質」と言える明細書作成業務を行うのは当然のことです。
しかし、クライアントが「高品質」と評価する明細書はクライアント毎に異なりますので、特許事務所側は、クライアントのニーズ(顕在化しているといないとに関わらず)を的確に把握し、その上で、ニーズに応えるばかりではなく、クライアントが満足するレベルの上を狙ったサービスを提供する必要があると思います。この場合、品質向上ばかりではなく、新しいサービスメニュー等でもいいと思うのです。要は、クライアントとの間にWin-Win関係を構築できるかどうか、です。できるならば、クライアントと特許事務所は同じ方向を向いた運命共同体になるべきであり、私自身はそれが一つの理想型だと思っています。

ついでに言うと、高品質な明細書を作成する手順はある程度形式知化できるものだと思います。逆に、それを組織全体の「知」とできる事務所が勝ち残るとも思っています。常に判例を学習するばかりではありません。判例等から得られた知識を、明細書作成業務内にルーチンとして落とし込めるかどうかがポイントです。底上げができるかどうか、どんな場合でも平均点以上の明細書が書ける体制にあるか、これを組織的に対応できないといけないと思っています。

…というわけで、これだけの内容を140字に納めるのは土台無理な話なのです。

書籍「事業戦略と知的財産マネジメント」

今回ご紹介する「事業戦略と知的財産マネジメント」、編集委員に知り合いが複数おり、しかも、そのうちの一人と本日話をしていたので、あまりぼろかすには書けないなぁ、と。とは言え、考えたことについてはきちんと述べることにします。

この書籍、妹尾堅一郎大先生のベストセラー書(何冊売れたか正確には知りませんが)である「技術力で勝る日本が、なぜ事業で負けるのか」の理論を、「大学の経営系学部で学ぶ学生の皆さん向けに作成した教材」(本書「はじめに」より引用)という位置付けができます。つまり、「技術力~」の記載内容を平易にかつ基礎的なところから説き起こした教材です。

特筆すべきは、各企業が得意とすべきビジネスモデル毎に知的財産戦略はどうあるべきかを詳細に議論しているところで、これは「技術力~」では詳細に論じていない箇所でした。こう考えると、確かに大学の経営系学部の学生向けにも好適だと思いますし、それ以上に、自社の知的財産マネジメントに悩みを持たれている企業の経営陣や知的財産部門のマネージャー向けにも非常に参考になるのでは、と思いました。これは、編集委員に実際に企業知財部門で実務を担当されている現役の方が相当参加しており、これらの方の実体験に基づく記載が理論に深みと細分化を与えているとともに、理論が実務に裏付けされたと言えます。ですから、「技術力~」を読まれて感銘を覚えた方も、また、なかなか理解できなかったと思われた方も、本書を一読されることをお勧めします。

…とは言え、やはりこの内容は、正直なところ大学の経営系学部の学生にとってはかなり難解であるように思えます。その理由は、本書の内容を理解するためには企業人としての体験が前提となるように思え、企業人体験がない状態で読了しても、知識として理解できたにせよいわゆる「腑に落ちる」までには至らないのではないか、と思えるからです。

実は、私が本書を読み進めるに当たって、自分がこの教材を使って実際に経営系学部の学生に講義をするならばどのように話を進めるか、ということをずっと考えていました。その、ある意味での擬似的な講義の中で、大学生に理解してもらうには記載不足ではないか、と思える箇所が1~2カ所ありました。例えば、妹尾先生がよく取り上げるIntelの成功例についての記載は、私はパソコン黎明期からの発展をリアルタイムで見てきているので、Intelと競業他社の熾烈な競争と、その中で勝ち抜くためにIntelが優れた戦略を採用したことで現在の地位を築くことができたことがすんなり理解できますし、何がKFS(Key Factor for Success)であったのかも理解できるのですが、本書のようにIntelの戦略ありきで説明され、「何故」Intelがその戦略を思いつくに至ったかの背景の記載が不足していると、次のIntelを生み出すための思考につなげるのが難しいと思うのです。従って、講義の際にはIntelと競業他社、例えば当初はMotorolaの68000シリーズとの激闘、その後はAMDとの互換性を巡る(訴訟合戦を含めた)果てしない競争についての言及を補充しないとIntelのプラットフォーム戦略(この言葉は妹尾先生は意図的に使用されていませんが、私は「プラットフォーム・リーダーシップ」で使用されている意味で敢えて使用します)の優秀さを説明したことにならないと思っています。

また、本書内で説明されているシステム論については、近年は、生物学でいうエコシステム理論のアナロジーによる説明がされており、私としては本書内で説明されているシステム論よりも現実をより正確に記述できると思っていますので(例えば、エコシステム理論であれば複数企業の力関係及び依存関係の説明がすんなりできますが、システム論ではある意味全ての企業の力関係は平等とも言えるので)、システム論に代えてエコシステム理論の説明をしたくなります。

で、そんなことを考えると、実はこの本は13章に分かれており、従って各章を大学の授業の一コマに割り当てると半期分の講義内容になるわけですが、私が仮に講義をしたら各章の内容を90分で説明しきる自信は到底なく、かと言って年間の講義にしたら多分学生からするとどーでもいい内容を延々と説明していると言われそうで、なかなか悩ましい結果になりそうです。しかも、知的財産権制度に関する基礎知識がないと講義の当初からつまづきかねないです。

ですから、欧米の大学のように教科書は細大漏らさず記載し、講義はあっさり紹介して残りの部分は独学に任せる、という形式のほうがよかったようにも思いました。なかなか日本的な教授方法だと学生がAdvancedな部分まで自習することを期待しても裏切られることが多そうですし。

あと、余談ですが、編集委員の一人と以前お話しした時に、私のBLOGの記載内容をちょっとだけ拝借しました、と言っておられました。大した内容ではないので私はいいですよ、と返答しておきました。で、確かにそれらしきことが書いてありました。ちょっとお役に立ててよかったように思います。


企業知財部門のキャリアプラン(未定稿)

今日の話は自分の頭の中でまだ生煮え状態なので、ご批判が多々あるかと思いますが、自分の思考経路のメモみたいなものとしてご了解をいただけると幸いです。

何かというと、このところずっと考えている企業知財部門のキャリアプランに関することです。最近は、企業知財部門の重要性、特に企業内での人材育成の重要性が企業に認識された結果だと思うのですが、いわゆる新卒採用生が企業知財部門に直接配属されることが増えてきています。かつては、企業知財部門に新卒採用生が直接配属される企業はごく少数派で、特に、現在と違って業種別採用という手段がほとんどなかったので、特許部としての採用をする企業は、私が知る限りは日立製作所くらいしかありませんでした。ちなみに、私は、就職相談をしに行った教授が特許マニアだったせいか、私の一人前で就職相談をしている同級生が日立製作所の特許部の内定を受けていました。私と彼との順番が違えば、もしかしたら私は日立製作所の特許部勤務、になっていたかもしれません。余談ですが、内定を貰った彼は、やはり大学院進学の希望を忘れられずに、大学院の入試試験を受けて進学してしまったので、勿体なかったなぁ、と。

で、新卒採用生が知財部門に配属され、定年までの30年以上の企業生活の中で、人材の有効活用を図るためにはキャリアプランを人事担当が考える必要が出てきます。企業知財部門のキャリアプランは、通常のエンジニアのキャリアプラン、あるいは事務系社員のキャリアプランと若干違うところがあると思っています。それは、知財実務に相当の専門性があり、専門性の涵養に日々精進する必要があり、しかも、一人前の知財実務担当者と認められるためには最低5年程度の研修期間が必要であることから、他部門とのジョブローテーションを頻繁に行うのは難しいことが理由だと思っています。このためか、新卒採用生で企業知財部門に配属されてからキャリアを終えるまで企業知財部門から殆ど離れたことのない方がそれなりにいらっしゃいます。企業知財部門の蛸壺化を嘆く論調があるのは、背景にこういったある種の人材停滞とも言える現象があるからとも言えます。

これを前提に、企業知財部門の新卒採用生のキャリアプランを考えると、大体入社10年~15年くらいまでは配属先の業務の専門家(権利形成、ライセンス、権利活用に大別できるかと)としての研鑽を行い、その後はマネジメントとしてのキャリアプランを選ぶか、もしくは部門内のジョブローテーションを行うキャリアプランを選ぶか、はたまた専門家の道を究めるキャリアプランを選ぶか、といった感じになるかと思います。つまり、企業内の他の事務系社員と異なり、ジェネラリストとしてのキャリアプランはあまり考えられていません。マネジメントかスペシャリストか、という選択肢になります。

しかし、知財部門の業務を子細に眺めてみると、例えば権利形成業務は、実はライセンス業務や権利活用業務、さらには企画管理業務の観点を加えることにより、更なる深化を極めることができると思っています。このことを考えると、実は、企業知財部門のスペシャリストは、様々な業務を経験することで真のスペシャリストになり得るのだと思えるのです。逆に言えば、企業知財部門内の特定の業務に特化してその道を究めるキャリアプランを選択した場合、つまり○○職人としての道を選択した場合、キャリアプランとしては不完全なものになるのだと思います。この点が、実は特許事務所勤務の弁理士のキャリアプランと決定的に異なるのです。

一方で、知財部門のマネジメントのキャリアプランを選択した場合、人に指導できる程度の知財実務能力がないと部下が抱える問題点を的確に指摘できないですし、何より部下が信用してくれないでしょうから、マネジメント能力だけで企業知財部門のマネジメントを務めるのはなかなか困難です。とは言え、知財実務能力は後天的に獲得することが可能ですから、若干の時間的余裕があれば大丈夫とも言えます。逆に、マネジメント能力は後天的に獲得することがかなりできるものの、マネジメントには人間力が必要で(例えば、この人に付いていきたいと思わせる魅力とか)、この人間力は短期獲得がなかなか困難ですから、現実的には人を選ぶことになります。で、上に書いたキャリアプランを見ると、入社10年~15年くらいまでは専門家としての育成がメインになりますから、マネジメント能力をこの期間で育てるのは結構難しいです。マネジメント適性を見るにしても、当たり外れは結構あります。そもそも、専門家になることを希望して企業知財部門への配属を希望してきた新卒採用生が大半でしょうから、マネジメントになれと言われても困惑する人もいるかもしれません。

こんなことで、企業知財部門の新卒採用生のキャリアプランには様々な困難性が横たわっているように思います。しかも、最近の企業が希望する知財人材は、知財の専門家ではなく企業人としての的確な判断能力+知財の専門家としての見識を備えた人材だろうと思うので、更に困難性が高くなっているように思います。

それでは、幾つかの大学(院)に用意されている、社会人知的財産大学院は適切なのかというと、学部生が通学して企業知財部門の新卒採用生として入社するならばいいのだろうと思うのですが、社会人が通学して企業知財部門にフィードバックできるのかというと、それは残念ながら不十分だと思っています。それは、知財戦略を語るのであれば企業がどのようなスキームに従って経営戦略なり事業戦略を立案しているかという知識が前提となるはずだと思うのですが、社会人知的財産大学院はその点について明確なカリキュラムを用意できていないからです。知的財産権法に関する講義+知財戦略に関する講義だけで修了単位が与えられる現状では、企業の事業部門なり経営陣なりに対して説得力のある知財戦略を立案し、逆に、事業部門や経営陣の要求事項を満足させる施策を実行できるとは思えません。

…というわけで、自分なりの回答がない状態で行き詰まっていますが、業界全体の懸念事項としての認識は十分ありますから、各企業なりの解決策を模索しながら適切な人材育成を行うんだろうと思っています。なお、今回の議論は、エンジニアのセカンドキャリアとしての企業知財部門のキャリアプランについては、話が面倒になるのでばっさり省略しています。あしからず。

リーマンショック後の企業の知財活動

12時近くなると異様に眠くなってきます。と言うことで、要領よくまとめてみたいと思います。

既にこのBLOGでもご紹介したとおり、2009年の日本国への特許出願件数は約35万件と前年と比較して4万件もの減少という結構ショッキングな結果が出ました。そして、ここ数年間、日本への特許出願にどのような構造的変化があり、また、今後どのようになるかを占う統計数字が出ましたので、簡単にご紹介します。

まず、特許行政年次報告書2010年版で、ここ5年間ほどの特許出願件数に関する面白い統計数字が紹介されています。一つ目は、出願順位規模別に見た特許出願件数の動向についてです。つまり、特許出願件数ランキングでどの位置にある企業がどれだけの特許出願をしているかについて統計を取っています。このグラフから見ると、上位1~30位にある企業の2008年から2009年にかけての特許出願件数の減少率が一番大きいという統計結果が出ています。

Fig_1

次に、業種別特許出願件数の推移についてです。つまり、どの業種の特許出願件数が増加/減少しているかについて統計を取っています。このグラフから見ると、電気機器に属する企業は数年前から漸減傾向にあり、2009年はその減少率に更に拍車がかかっていること、2008年から2009年にかけては輸送用機器(ほとんど自動車産業です)、化学及び機械に属する企業が大きく特許出願件数を減少させていることが、前年比4万件もの出願件数減に至ったとの結論が出ています。

Fig_2

続いて、経済産業研究所(RIETI)が、特許行政年次報告書に記載されている出願件数上位の203企業に対して、リーマンショック後の企業の知財活動に関する調査を行った結果が紹介されています。この調査結果として、2007年と2009年とを比較して知財活動がどのように変化したかについて企業に聞いたところ、日本への特許出願及び審査請求件数を大幅に減らしたと回答した企業が半数程度あったのに対して、海外出願はそれほど減少させていない傾向があり、特に、中国出願は増加させたと回答した企業がかなり多かったとの結論が出ています。

Fig_3

次いで、国内特許出願を減少させた理由として、業績不振や研究開発費の減少を挙げた企業が当然多かったものの、それ以上に、質を重視した結果特許出願自体を厳選したと回答した企業のほうが多かったという結論が出ています。

Fig_4

一方、海外への出願比率が増加した理由として、新興国への出願件数を増加させたと回答した企業が一番大きいという結論が出ています。

Fig_5

これらの結果をどのように考えるべきか…。

電機業界はかつて国内特許出願件数が1万件を超えるような企業が数社も存在し、ある意味で国内特許出願件数の屋台骨を支えていた産業であるわけです。その、電機産業に属する企業は、数年前から(実はもっと前からだと思っているのですが)量から質へと出願戦略の舵を大きく切っていたわけです。しかし、自動車業界等、他に国内特許出願件数が増加傾向にある産業があったために、総数としてはそれほどの減少にまで至らなかったと言えます。それが、リーマンショックに伴う業績不振があり、企業が軒並み国内特許出願件数を減少させ、特に電機業界に次いで国内特許出願件数が多い自動車業界、化学業界等が国内特許出願件数を減少させた結果として4万件という件数減に至ったと言えます。

そして、現時点では電機業界も自動車業界も業績のV字回復を果たした結果、とりあえず業績不振を理由とする出願件数減をする理由はなくなったと言えます。しかしながら、そもそも出願件数減は量から質への構造的変化によるものであるといえ、業績回復=出願件数回復という図式になるという保証はありません。国内特許出願件数は減少させるが、企業成長に必要である海外、特に中国への特許出願件数は減少させない、むしろ増加させるとの回答がかなりの多数を占める以上、国内特許出願件数減、海外特許出願件数増という傾向が今後も続くという考え方をするほうがリスクが少なそうです。

以上を踏まえて、特許事務所業界として何を考えるか…これは個々の事務所の特色が異なるので一律の回答はなさそうです。単純に「うちは海外出願が得意ですよ」と宣伝しても、どこの特許事務所も同じ事を言っていたのでは差別化になりません。その先が、頭のひねりどころだと思います。

Bilski最高裁判決を学ぶ

昨日、弁理士会の会派の研修で、米国Finnegan事務所の吉田直樹米国特許弁護士による「米国弁護士の視点から見たビルスキー最高裁判決と米国特許実務」(長いな)という研修会を受講してまいりました。Bilski最高裁判決については、既に概略があちこちのホームページ等で解説されており、また、先日の早稲田のRCLIP国際知的財産戦略セミナーでも竹中俊子先生の司会で講義があったので、ある意味知識の確認の意味で受講したのですが、Bilski最高裁判決の細かいところまで判決文をreferしながら解説していただいたので、頭の中が良く整理できて聞き甲斐のあるいい研修会でした。

既にご存じの方も多いと思うので、Bilski最高裁判決についての詳細は割愛しますが、要は、CAFCが提示した米国特許法101条に言う特許適格性の判断における"Machine-or-Transformation test"を唯一のものとするCAFCの判断を否定し、とは言えBusiness Methodそのものには特許適格性がありとしつつ、Bilskiの出願クレームについては"abstract idea"であるとの理由で特許適格性を否定したわけです。加えて、ご存じState Street Bank事件においてCAFCが提示した"Useful, concrete, and tangible result"という判断基準も採用しないことを宣言しています。

多分、Bilski発明について特許適格性を否定しつつ、純粋ビジネス方法発明についての特許適格性は肯定した判決ゆえ、実務家の大半は予想通りの結論となり、胸をなで下ろしただろうと思いますが、一方で、最高裁は"process"に関する特許適格性の判断基準を具体的に指し示すことなく(講師曰く、それは最高裁の仕事ではないということなんでしょうと)"Machine-or-Transformation test"は判断基準の一つではあるが、それに限らないと判示したことから、現時点では統一的な判断基準が「ない」状態にあります。敢えて言えば、Bilski最高裁判決においてBilski発明の特許適格性を"abstract idea"であるとして否定したことから、当該発明が"abstract idea"であるのかどうか、が判断基準となり得ると言えそうです。しかし、最高裁は"abstract idea"の具体的判断基準については何も判示していないので、では具体的にどうなのかと言われると明確な解はなさそうです。

論理的に考えるならば、

① Machine-or-Transformation testに合致しているがabstract ideaである
② Machine-or-Transformation testに合致していないがabstract ideaではない

の2種類が考えられます。現在、米国特許商標庁は、これら①、②の具体例及び新たな判断基準についてのパブリックコメントを求めているそうです(プレスリリース)ので、何かアイデアがあればコメントをされてはいかがかと思います。とは言え、私には当面これといった具体例もアイデアもないんですが…。

と言うのも、"Machine-or-Transformatin test"で特許適格性を否定された方法発明はまず例外なくabstract ideaであると言え(つまり単なるルールを設定したに過ぎない)、論理的には両者は異なるものの、結論は殆ど同じ所に落ち着くのだろうと思うのです。今回の研修会でも紹介されていた、Bilski最高裁判決後に最高裁が特許適格性関連の問題に関与した事件が3件ありますが、2件は医療方法または検査方法、1件はマーケット手法といずれもコンピューターや機械等の直接的な関連性もなく、また、何かしら物理的状態の変化をもたらしたものでもないので、"Machine-or-Transformation test"に合致せず、かつ、abstract ideaであると言えそうな事例でした。米国の場合、医療方法の特許性は認められるので、例えば新規検査薬の検査基準を設定し、検査値により特定疾患の罹患を判定するといった医療方法または検査方法は限界事例になると思いますが、これは新規検査薬について特許を取得すればいいのだろうと思うので、医療方法または検査方法について特許適格性を認めなくてもいいように思います。

ただ、現状の"Machine-or-Transformation test"において、従前は特許適格性が認められていた事例がこのテストによって特許適格性が否定されることもあり得、この点についてはテストの適用基準の微調整は必要かも知れません。つまり、Machineに結びつく発明については、日本におけるハードウェア資源云々の話にも似ているので問題はないかと思うのですが、Transformationの要件において"physical objects or substances"をtransformしなければならないとなっている点は、判断基準として狭いとの指摘があり得ると思います。例えば、コンピューターによる画像処理方法、暗号化方法のように、コンピューター内部で処理が完結してアウトプットも特段表示する必要もない場合、何をTransformしたか(電気信号がTransformしたのは確かだが、それはphysical~に該当するのだろうか)という議論は当然あり得ます。米国特許商標庁の審査官が使用している"Machine-or-Transformation test"のフローチャートについても、これできれいなスクリーニングができるのだろうかという何となくの疑問がありましたので、この点も含めて再度議論がされることを期待したいところです。

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