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明細書の「質」?

今日(もう昨日ですかね)、自分がtwitte上で発言した内容が、知財系twitter-erの方に思いの外反響があり、かなり議論がふくらんでしまいました。ただ、140字という制約では私の思うところを全てお話しする事はできませんので、一応、こんなことを考えていますというまとめを書き記します。

お題は特許事務所の業務の質について。と言うか、権利形成業務の「質」についてですね。この言葉は結構あちこちで多用されるのですが、実のところ掘り下げていくとこれほど多義で、しかも話者によって思い描く概念がことごとく異なり、議論をするとかみ合わないことが多いです。

あるセミナーで、さる企業において知財管理業務に長年従事し、その企業の知財部門の責任者もかなりの期間務められた著名な方に、不躾ながら「明細書の質って何でしょう?」という質問をしました。その時の回答は、確か「本当のところはライバルに聞かないとわかりません」ということでした。この回答は、見かけ上は回答を放棄したかのように思えますが、よく考えてみると真理を突いている回答です。

よく成書において明細書の質を規定する各種事項についての説明が書かれていますが、その各種事項(正確にはパラメータ、要素とでも言うべきでしょうか)の個々について高評価を得たとしても、最終的に高品質な明細書になるかどうかの保証はありません。つまり、明細書の質を規定すると言われている各種要素は、明細書の質に関する一側面を表現しているに過ぎず、そしてその総体が全体を表しているとも言えないのです。一例として、半導体の黎明期に出願され特許されたトランジスタの基本発明、ICの基本発明などは、出願当時とすればよく考えられた明細書及びクレームなのですが、現代の基準からすれば簡明すぎるとの評価があるかもしれません。基本発明なんだからそれでいいという意見も当然あるでしょう。ならば、明細書のページ数や請求項数は明細書の質を評価する各種要素にはなり得ないという議論になり、世間的に知られている各種評価手法のトレンドからは離れてしまいます。

しかも、明細書に記載された発明は、時間的経過に伴ってその評価が左右されてしまいます。出願当時は企業あるいは事業を担うと思われた発明が、その後の環境変化により事業再編の対象となり、企業なり事業にとっての価値が下がることは往々にしてあります。その逆もまたあります。また、権利範囲が確定するのは特許庁の審査/審判を経て最終的に登録された時点ですから、審査/審判時に提示された引用例によって、そして、その際の出願人/代理人の対応によって「いい」権利が取得できるかどうかが決まってきます。加えて、実際の権利行使の際に「使える」権利であるかどうかは、出願後の技術トレンドの方向性で決まってしまうこともあります。つまり、設計変更/回避可能な他の技術が出現してしまえば、登録時において基本特許だと認識していても、権利の価値は著しく減じられることになります(均等論の議論はややこしくなるので敢えて省略します)。

また、近年注目されている、権利の被引用数については、技術分野毎に多くの引用例を掲示する分野とそうでない分野とがあり、また、時間経過とともに被引用数は増加する傾向にありますから、定量的かつ定常的な評価はなかなか難しいです。

以上の話からわかっていただけると思います。明細書の「質」とは非常に捉えにくいものですし、技術分野、クライアント企業毎に何をもって高品質な明細書であるかの判断基準は区々であるということです。

一方で、特許事務所のHPを見ると「高品質の明細書作成を目指します」といった宣伝文句をよく目にします。確かに、36条関係の問題や(クライアントと納得ずくで記載不備ぎりぎりの明細書を書くことはあるんですけどね)判例を考慮した「権利行使に堪えうる」明細書作成という観点から見た高品質な明細書作成というアプローチは当然のことながらありえます。もう少し言えば、弁理士は専門家なんですから、産業財産権や判例、そして審査基準を熟知して、一般的に「高品質」と言える明細書作成業務を行うのは当然のことです。
しかし、クライアントが「高品質」と評価する明細書はクライアント毎に異なりますので、特許事務所側は、クライアントのニーズ(顕在化しているといないとに関わらず)を的確に把握し、その上で、ニーズに応えるばかりではなく、クライアントが満足するレベルの上を狙ったサービスを提供する必要があると思います。この場合、品質向上ばかりではなく、新しいサービスメニュー等でもいいと思うのです。要は、クライアントとの間にWin-Win関係を構築できるかどうか、です。できるならば、クライアントと特許事務所は同じ方向を向いた運命共同体になるべきであり、私自身はそれが一つの理想型だと思っています。

ついでに言うと、高品質な明細書を作成する手順はある程度形式知化できるものだと思います。逆に、それを組織全体の「知」とできる事務所が勝ち残るとも思っています。常に判例を学習するばかりではありません。判例等から得られた知識を、明細書作成業務内にルーチンとして落とし込めるかどうかがポイントです。底上げができるかどうか、どんな場合でも平均点以上の明細書が書ける体制にあるか、これを組織的に対応できないといけないと思っています。

…というわけで、これだけの内容を140字に納めるのは土台無理な話なのです。

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コメント

大石さん、こんにちは(本名では初めてですね)。

ざっと書き下ろしたこともあり、明細書の質と発明の質との関係はあいまいなままにしてあるのは事実です。

とは言え、明細書の質と発明の質(価値と言ったほうがいいかもしれませんね)を敢えて別個のものと考えるよりは、これらを一体のものとして取り扱った方が企業実務的にはやり易いのも事実です。

例えば、技術トレンドの変化により発明の価値が減じたと思われる場合でも、明細書作成者が技術トレンドを的確に先読みして、均等論を論じるまでもなくクレームの技術特定事項を適切に表現し、明細書内においてもこれをサポートする記載があったならば、発明の価値が減ずることなく権利活用ができた可能性があります。これなどは明細書の質が発明の質の低下をカバーしたとも言えます。

権利の棚卸をしていると、逆に明細書やクレームの記載が技術トレンドを先取りできていなかったがために権利価値を減じている事例が結構あるのです。そして、このような作業は、発明発掘時に特許事務所の担当者が少し頭を使えば対応できたのではないか、という議論になり、明細書作成者の能力を疑われる可能性もあります。

今回は明細書の質と発明の価値との関係にまで言及できませんでしたが、頭が整理できたらもう一度書き加えるかもしれません。でも、いつになるだろうなぁ。

市丸風呂屋さん、このBLOGではお久しぶりですね。

結局のところ、質を誰が評価するのかというと、伝統的な他社牽制力(排他効に基づく)を考えると排他効を及ぼされる人に聞かないとわからないわけです。当然、自社実施の自由度(独占効に基づく)から見ると違った言い方もできるかもしれませんが。

お世話になります。

今回のエントリには、少し違和感を覚えました。

それは「発明の質」と「明細書の質」を混同して書かれているように思えたからです。

私は、明らかにこの二つは違うものと思っています。
そして「発明の質」は技術の流れと共に変化しますが、「明細書の質」は変化しないもの(出願時に固定されるもの)と考えています。

「ライバルに聞かないと分からない」というのは、主に「発明(権利化を図った部分)の質」を意味しているのではないでしょうか?

このうち、特許事務所が関与できる部分は「明細書の質」であり、「発明の質」には、関与できないものだと考えています(発掘作業も行う場合には発明の質にも関与できますが…)。

私自身は、「明細書の質」≒「クライアントが出願依頼時に望むべき内容+αを記載していること」だと思います。事務所側がいくら良いと思っても、クライアントが望まない場合、それは事務所側の自己満足でしかありません。
そして、その「明細書の質」のベースには「信頼関係」が出来上がっていることが最も大事だと思っています。

すいません。失礼なコメントになったことお許し下さい。

「本当のところはライバルに聞かないとわかりません」というのは、ヘーゲル弁証法的な表現ですが、なるほどと思わせる表現ですね。

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