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書籍「企業発展に必要な特許戦略」

最近何だか書評サイトと化しておりますが…まぁ、それだけ知財関係の書籍の新刊が多いと言うことだと思っています。多分、この状態は後何回か続くと思っています。かなり読まないといけないと思っている本が山積み状態なので(^_^;)。

本日は、宇佐見弘文氏が書かれた「企業発展に必要な特許戦略」という本の書評です。著者は、この本の奥付に書かれた略歴を見ると、武田薬品工業の知財部のGM(多分General Managerの略でしょうから、部長格ということでしょう)及び知財協の業種別部会の要職を歴任され、現在は大阪工業大学のMIP教授をされているとのことです。私は知財業界に知り合いが少ないので(本当ですよ)、当然のことながら宇佐見氏も存じ上げていません。逆に、知らない方が色々と書けていいと思っています。この点、あと何回か後に取り上げる予定の土生先生の新刊は、先生をよく存じ上げているが故に、もしかしたら書きにくいかもなぁ、と(べた褒めできればいいと期待してますが)。

この書籍は、一言で言えば、医薬品業界における著者の経験及び大学における研究内容を反映した、主に医薬品業界においてどのような考えに基づいて知財実務(特許実務にほぼ等しいですが)を実践すべきかを説明した書籍です。医薬品業界の知財実務に関する書籍は、医薬品業界が産業に占める重要度に比してそれほど数多く出版されているわけではありません。私が記憶している範囲では、知財業界で結構反響を呼んでいる「御社の知財戦略がダメな理由」を記した長谷川曉司氏が、三菱化学の知財部門長を経験されているので、かなり化学品業界の実情をベースにしているくらいで、医薬品業界の知財実務を記した書籍は記憶がありません。一方、かつては大量の特許出願をしていた電機業界の知財実務を記した書籍は、古くは日立、富士通のそれを紹介した書籍(もう30年くらい前の書籍です)から始まり、電機業界の出願件数が多いこともあってか、取り上げられるチャンスが多いように思います。医薬品業界の場合、基本的に一物一特許が該当する業界なので、業界の売上なり産業への貢献度という観点から見ると出願件数自体が少なく、従って、弁理士で医薬品(広く化学・バイオと言ってもいいでしょう)をメインに取り扱っている先生の絶対数も少ないです。この辺りが、医薬品業界の知財実務を取り扱った書籍がごく少数であることに反映しているのかもしれません。当然、知財協といった業界団体における医薬品業界のプレゼンスは結構大きいです。会員数は知財協の40%程度を占めるそうです。

私は知財業界に籍を置いて随分になりますが、電機業界に身を置いた年月がかなり長くなりましたので、電機業界の知財実務は人並みに通暁していると思っていますが、医薬品業界の知財実務は発想が全く違うので、この書籍を読んでいてその差異を改めて感じてしまいました。上に述べたように、医薬品業界では原則的に一物一特許が通用しますが、電機業界では一つの製品に数多くの特許が化体してます(「特許の藪」と呼ばれます)。また、医薬品業界、広くは化学業界の場合、物質がそこにあったからと言ってその製法までが公知だとは言えませんが、電機業界の場合、装置を販売すれば大抵の場合リバースエンジニアリングで相当なところまで判明してしまいます。この辺りが知財実務の差異を生んでいる気がします。

例えば、ある新規化合物が生成され、従来にない顕著な効果が判明した時点で物質発明の出願準備にかかるわけですが、医薬品業界の場合、それだけではなく、製造方法発明、用途発明、製剤発明、時には化合物の結晶に関する発明についても検討をするとの話が書かれています。そして、これらは全てを同時期に出願する必要はなく、一つの新規化合物に関する保護期間をできるだけ長期に行う観点から、販売時期や競合他社の状況を見て適切な時期に出願するとのことです。当然、外国出願も、全ての種類の発明について一律に対象国に出願するのではなく、マーケットの性質を見て考えるそうです。

電機業界の場合、一つの新技術が創出された場合、大抵は発明のカテゴリー上装置、方法、製法のいずれか一つにのみ該当する場合が結構な確率であります。当然、多面的な保護を図る意味で、装置及び方法の両面で請求の範囲を記載できるかどうかの検討は怠らずにやりますが、全ての発明で複数カテゴリーでの請求の範囲を記載できるわけではありません。なお、コンピューター関連発明であれば、いわゆる記録媒体クレーム及びプログラムクレームの記載を付加することは検討します。とは言え、物+製法をパッケージにして考えることができるのは、化学業界の知財業務の特色であると言えます。また、上に書いたように、出願時期を微調整する発想は電機業界ではなかなか実現しにくいです。つまり、電機業界における装置発明と方法発明は実質的同一発明ですから、同時出願(正確には一出願での記載)をするのが当たり前です。従って、出願時期を調整するという発想にはなかなか思い至りません。

上に書いた差異から派生して、いわゆる知財戦略も相当な差異が生じてくると思います。電機業界の場合、現状からすると他社特許との関係が全くない製品を製造することは実質的に不可能ですから、ほぼ全部の場合において、他社との交渉を避けることはできません。これがために、有力企業間において包括的なクロスライセンスを締結し、個々の交渉の必要性を減少する取り組みをしているわけです。一方、医薬品業界において、クロスライセンスをすれば、自社の医薬品を競合他社がそのまま製造できる理屈になるため、クロスライセンスはそれほど一般的なことではないようです。当然、販路拡大の観点から、競合他社に部分的なライセンスを締結することは結構行われているようです。

著者は医薬品業界に籍を置いた年月が長いこともあり、本書で紹介されている知財実務はほぼ医薬品業界についてのものが中心となり、他の業界でも通用するかどうかについては難しいところが多いと思いますが、医薬品業界の知財実務に携われている方にとっては貴重な書籍だと思います。惜しむらくは、医薬品業界では非常に厳密な技術調査、特許調査を行っていると推測する(他社権利との関係があれば製品化は非常に難しく、ライセンス交渉も簡単ではないと思うので)のですが、これに関する記述は結構薄く、しかも、それは主に研究者の責務であるとしている点が若干残念でした。

さて、次は何を読もうかな…。

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コメント

おや、土生さん(先生と呼ぶのは避けておきます)。

何回か先と予告しましたが、とりあえず次回の書評は他の先生のものになりそうです。と言うのも、図書館で借りてきた本をさっさと読む必要があるので、自分で買った(土生さんの本は当然自費で買いました)本の書評はどうしても後回しになりがちなのです。あまり緊張していただくと、私も書くのに緊張してしまいそうです。

知財業界に籍を置いて結構な年月になり、人並みに色々な実務経験をし、更に、MOT社会人大学院に行ったりして技術経営、イノベーション論などの知識を頭の中に入れた関係で、自分の立ち位置はどこなんだろうと時々迷うことがあります。現状の実務慣行に対しても色々と考えるところがありますし、また、知財に関する研究結果についても実務家の立場から考えることもありますし、結局は気に入らないところに不満をぶつけているだけのように思えることがあります。
とは言え、やはり土生さんが言われるように、経験、実務に根ざした議論を展開することが、一番説得力のあることであり、また、世の中が求めていることなのだろうと思っています。

私も何か本を書けるネタがあるといいんですがねぇ(ないわけではありませんが)。

不良社員さん

こんばんは。
不良社員さんの書評の予告を発見してしまい、思わず緊張です(笑)。
拙著は、諸先輩の奥深い大著とは全く異なる「読み物」なので、精緻で理詰めな不良社員さんに何と論評をいただけるものか楽しみにしております(論評のしようがない、と拍子抜けされてしまうのでは・・・)。なんて、ますます書きにくくさせてますが。
知財マネジメントの本って、誰もがこれは、というような定番がないと思いますが、現場(企業の知財のトップ近く)に立たないと本当の問題は見えてこない世界だし、一方で企業の経験というのも業種や企業規模が違うと適用が難しいところがあって、誰もが満足するような総論をまとめるというのは至難の業です。だから、それぞれが得意なところから論じていくしかないのだろうと思いますが、大事なのは「事実に立脚した説を自分の言葉で論じる」ことで(不良社員さんのブログもまさにそうですが)、そういう情報からは何か得るものはあるはずだし、そこはしっかり見極めていきたいですね。

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