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時事放談的な散漫な記事(汗)

みなさまご無沙汰しております。

で、久しぶりに記事を書こうとして色々考えておりましたが、元々書こうと思っていたネタがあまりにも生々しすぎる結果になるだろうことが予想されてきたcoldsweats01ので、本日は、知財業界全体のことをとりとめもなく考えてみる、という当たり障りのない話にすることにします。本来は、記事の内容に色々とリンクを張ってその信憑性を高める作業をするのですが、今回はその手間を省きます。申し訳ないm(_ _)m

日本の知財業界で、法改正が予定されている内容というと、実は弁理士法改正だったりします。知的財産研究所の報告書がこの3月に発表されましたので、順調に考えると年度が変わると産業構造審議会で法改正に向けての議論が始まると思います。産業構造審議会以降のスケジュールはなかなか読めないのですが、そんなに遅くない時期に弁理士法改正の国会審議が始まるでしょう。
では、弁理士法はどの方向に改正されるのか…正直なところ、知的財産研究所の報告書は様々な方向性が列挙されているだけであるので、全く読めません。弁理士試験制度の改正はあり得ると思うのですが、では具体的にどうなるかも、自分の頭の中では混沌としています。現在の弁理士試験制度について私が発言することも好ましくない(試験委員経験者ですから、「元試験委員がこんなことを言っている」という捉え方をされるのは本意ではありません)と思います。ですから、法改正があるだろうということだけをここでは述べておきます。

もう一つ、アドバルーン記事が出ている、職務発明制度の改正についてです。これは、知的財産推進計画2013策定に向けての動きを注目することになります。ほぼ10年前の法改正の時に、私は職場の職務発明規定改正の担当者をしていました(このことは、どこかの雑誌に掲載されているので企業秘密ではありません)。現時点で法改正後の職務発明訴訟の結果がまだ出ていないと記憶していますので、現時点で法改正の是非を議論するのは早計だと思いますが、10年前の法改正の時においても、対価請求権を法律から外してはどうかという話は出ていた(産業構造審議会で議論されたかどうかは記憶にないですが)はずです。従って、産業界からすると対価請求権の問題は長年懸案事項であったわけです。
では、法律で規定されている労働者の権利である対価請求権を外すことはどのような影響があるか。対価請求権を法律上規定されている労働者の権利であると考えると、これは難問ではないかと思っています。何故外すのかに関する合理的かつ納得の行く説明、外すとなった場合の労働者側の手当はどうするのか、経過措置をどのように規定するのか、などを考えると、単純ではなさそうです。労働法の先生方、労働組合側の意見を聴取した上で何かしらの落としどころを探るというある意味迂遠なやり方をしないと実現性は薄いのではないかと思っています。
対価請求権を外した場合、労働者が行った職務発明に対する評価をどのようにして労働者に還元するかを会社と労働者との取り決めに委ねるという考え方を取った場合、労働法的には会社側の一方的な取り決めによって労働者に不利な結果になるという考え方が取られてもおかしくありません。現在の法律は、取り決め=職務発明規定の策定を会社に義務づけることで労働者が一方的に不利にならないようにした方策であるとも考えられます。
しかしながら、企業の側からすると、職務発明の評価を対価請求権という単一の評価軸でのみ評価するよりも、より柔軟な、様々な評価軸で評価したいという要望は当然にあると思います。ポストを与える、研究環境を整備するなど、金銭的対価請求権でのみ評価するだけではないでしょう。この点について法律的なバックアップを与えることができるならば、何かしらの突破口が見えてくるのだと思っています。
従って、職務発明制度の改正のためには、労使双方の丁寧な協議が必要だと思います。拙速を旨としてはいけないのだと思っています。

次に、米国に目を転じてみます。法律改正という観点ではAIA=米国特許法改正が最大のポイントになりますが、ようやく米国特許法は先発明主義から先発表主義(先願主義とは言いにくいところがあります)への転換が3月16日でなされたばかりですので、これについては今後の運用を監視する状態だと思っています。
自分が一番気にしているのは、自分がソフトウェア関連特許を数多く手がけていることもあり、米国特許法における特許適格性(101条)の議論です。いわゆるビジネスモデル方法特許については、Bilski最高裁判決によって特許適格性が是認されたものの、CAFCが採用していたMachine-or-Transformationテストだけが唯一の判断基準ではないと説示され、「抽象的なアイデアであるか否か」という、これまたある意味抽象的な判断基準での判断がされました。以降、ビジネスモデル方法特許のみならず、医療分野における診断方法もこのBilski判決の影響を受けて「抽象的アイデアであるか否か」という基準で判断されるようになりました。
私が気にしているのは、医療分野における診断方法等の判例がビジネスモデル方法特許、ひいてはソフトウェア関連特許の判断基準にどのような影響を与えるか、です。両者は異なる分野の発明ではあるのですが、「抽象的アイデア」云々という判断基準の下ではこれらを区別して判断する意義に乏しいとも言えますし、実際、米国の判決では特段これらを区別しているようにも思えません。
当然、ハードウェア資源への有効な言及があるソフトウェア関連特許のうちの装置(システム)特許についてはこのような議論の射程外であると思っているのですが、一方でコンピュータ関連特許のうち方法特許においてハードウェア資源への有効な言及がないと、この「抽象的アイデア」云々の判断基準によることになるかと思います。
昨今、オープンソフトウェアモデルの立場からソフトウェア関連特許に関する批判がされていることを考慮すると、何かの拍子でソフトウェア関連特許全般に対して否定的な見解が主流になることを怖れています。
現在、USPTOはソフトウェア産業の人々とラウンドテーブルをしており、それに併せてラウンドテーブルで議論すべき事項に関するパブリックコメントを求める手続をしています。パブリックコメントを求められている事項の中には、ソフトウェア関連特許で多用される機能的表現に関する請求の範囲の外延をどのように決めるべきか、公知文献に関することなどがあったと記憶しています。
ソフトウェア関連特許に関して改善すべき事項は確実にあると思いますので、ソフトウェア関連特許がソフトウェア産業発達の阻害事項であるといった主張が少しでも緩和されるような進展があるといいと思っています。

次に、中国に関してです。問題とすべき事項は多々あると思うのですが、全て議論していると終わりがなさそうです。そこで、中国企業の知財戦略はどの程度まで進んでいるかという非常に漠然としたお話をします。
日中間では政治的な懸案事項があるものの、民間レベルでの交流は引き続き行われており、知財担当者レベルでの交流も定期的に行われています。また、大学、行政レベルでの交流も同様に行われています。そんな交流活動のほんの一端に関与した経験からすると、中国企業の中で世界的な技術競争力を確保した、ある意味で中国企業の中でトップを走る企業の知財戦略は先進国のそれにかなり匹敵するところまで至っていると思っています。つまり、中国政府の補助金等による知財振興政策だけによらず、出願件数よりも実のある特許出願を行うことが目的となっているようです。とは言え、そういった先進的な企業はごく少数派で、殆どの企業は中国政府の知財振興政策の助けを得て特許出願を行っている状態で、まだまだ手探りの段階にあるように思っています。
とは言え、中国は知財訴訟件数でも世界一ですし、権利を取得したらその権利を有効に活用する、言い換えれば主張すべきは堂々と主張する傾向にあるとも思います。知財訴訟の大半は国内権利者同士の案件のようですが、とは言え、外国人に対しても臆せずに主張する傾向もあると思っています。従って、中国でのビジネス展開において、いわゆるパテントクリアランスの観点からのリスクマネジメントがより重要になると思っています。

少し長くなりましたので、次の話で一応の最後にします。通信関連特許を巡る争いが大きくクローズアップされていると思っています。それは主にApple社とSamsung社、そして実際の当事者となっていませんが、Google社とを巡る争いです。
Apple社は主にUI特許、意匠権を根拠に訴訟戦術を進め、Samsung社は主に通信規格関連特許を中心に訴訟戦術を進めているように感じています。Apple社のUI特許、意匠は、見た目でわかることもあるせいか、Apple社に対して好意的な結果が現時点では優勢であるように感じています。一方、Samsung社が保有する通信規格関連特許は、いわゆるFRAND条件の解釈を前提として、あまり好意的な結果が得られていないように思います。
Apple社対Samsung社の訴訟で一番最近に判決が出たのは東京地裁のものだと記憶しています。この判決では、FRAND条件に従うべき通信規格関連特許の権利行使が権利の濫用であるとして権利行使そのものを無効にする結論が導き出されました。この判決文を解釈するのは私のレベルでは非常に困難です。一番の理由は、In Camera手続によるものと思われる証拠開示が基礎となっているためか、判決文中の伏せ字の割合が非常に多く、しかも、私が読んだ感想からすると、この伏せ字の部分が裁判官の心証形成に大きく影響したのでは、と思うからです。
裁判官がSamsung社のライセンス交渉手続がFRAND条件に沿っていないとの判断をしたと思われる最大の理由は、FRAND条件といいながらSamsung社がApple社に他社とのライセンス条件に対して適切に開示しておらず、従って、Apple社からすると提示されたライセンス条件がFRAND条件に合致しているかどうかが判断できない(ライセンス条件が合理的であるかどうかが判断できない)ことのようです。
この点は、FRANDを議論する上で結構前から話題になっていた点であると思います。つまり、そもそも合理的ライセンス条件とは何であるか、誰が決めるか、誰が納得するかという、基本的な基準については当事者間の取り決めに委ねることになるわけです。当然、技術標準化団体がFRAND条件の詳細について踏み込んで何かしらの方針決めをすると、その行為自体が独占禁止法の観点から問題行動であると考えられてしまう可能性があるので、結果的に当事者間の取り決めに委ねることになるのは致し方ないわけですが、では、始めの質問に戻って、合理的ライセンス条件とは何であるか、誰が決めるか、誰が納得するかという事項に関しては明確な基準を定めるまでには至りません。
また、当たり前のことですが、ライセンス条件の詳細は、当事者間の種々の事情や条件に基づいて定められますので、単純にライセンス料率だけを見せられてそれが合理的であるかどうかについて判断することも困難です。つまり、合理性の議論をするためには、ライセンス交渉におけるかなり細部の事情について開示しないと難しいのではないかと思うのです。こういったこともあってか、FRAND条件に従うライセンスによらず、ライセンス条件の詳細(ライセンス料率も含めて)が公表されることは極めて稀です。
こう考えると、FRAND条件に合致しているかどうかを訴訟の場で議論することの難しさがこの訴訟で明らかになったように思います。また、この判決が、FRAND条件に従う通信規格関連特許のライセンス交渉において、相手方にその合理性を納得させるまでの条件開示が要求されるのだと解釈されるならば、権利者側に大きな負担を強いるのではないかとも思います。
今回の判決だけで早計な判断をしてはいけない(判決が確定していない)ですし、Apple社対Samsung社の訴訟において、FRAND条件に関する判断が各国で行われていますから、いわゆるオレンジブック事件から始まる規格必須特許の権利行使はどうあるべきかに関する議論は、世界的な視点から検証する必要があります。このあたりは、専門家による検証を待ちたいと思います。特に、東京地裁の判決では民法の権利濫用の法理を用いた判断になりましたが、独占禁止法の観点からもFRAND条件を吟味することもできると思いますので、是非どなたかに解説をお願いしたいところです。

少し長くなりすぎましたので、こんなところで。まだお話ししたいことは山ほどあるんですが。

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