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2014年6月

Akamai事件備忘録(補遺)

昨日、Akamai事件の最高裁判決について備忘録記事を書いてBLOGにアップし、その後、数時間してアップした記事を思い返してみたところ、2つほど書き足しておいたほうがいいと考えた点がありましたので、補遺という形で追加しておきます。

書き足しておいたほうがいいと考えた点は、① 複数主体による方法クレームの実施について、なぜ271条(b)項により特許権侵害とする判決が出てきたのか、② 最高裁判決は、間接侵害について従属説を採用すること「のみ」を判決の要旨としているのか、です。なお、今回の記事も、前回の記事でreferした資料1~4に依拠する部分があります。

まず、Akamai事件についてCAFC大法廷が271条(b)項に基づいて特許権侵害と判断した背景についてです。この項については、鈴木將文 名古屋大学大学院法学研究科教授の資料に大幅に依拠しています。

昨日の記事にも記載したように、米国特許法においては、271条(a)項に直接侵害を、271条(b)項に誘導侵害を規定しています。誘導侵害は、そもそも、特定の主体をして特許権の侵害を誘導せしめる行為、言い換えれば教唆行為を特許権侵害とするものです。従って、教唆の対象となった特定の主体が特許権侵害をしていることが「文字通り(literally)」に解釈すると必要となります。ですから、「271条(a)項による直接侵害行為を構成しない場合には、被告は271条(b)項の責任を負うことはない」という従属説が妥当しうると考えられます。そして、271条(a)の定める直接侵害の成立が認められるためには、被疑侵害者により、クレームの構成要件の全てを満たす物または方法についての行為が行われていることを必要とします(いわゆる"all limitations rule")。この段階では、複数主体による方法クレームの実施を271条(b)項の該当性の有無により判断するという発想はなかなか出てきません。

一方で、方法の発明について、方法の工程の一部が異なる者によって実行されるようにクレームが記載されていることがあります(つまりは複数主体による方法クレームの実施)。このようなクレームは"divided"または"distributed"クレームと呼ばれます。これら"divided"クレームについては、all limitation ruleも妥当しませんので、単純に考えると271条(a)項に規定する直接侵害行為は成立しません。

しかしながら、"divided"クレームについて直接侵害行為が成立しないという判断は、権利者にとってあまり好ましい状況とは言えません。こういった状況を背景として、学説として、"divided“クレームについては、271条(b)または(c)により誘導侵害または寄与侵害が成立しうる可能性が指摘されていました。そのうちの一つの学説に、the "agency" theory(「代理」論)がありました。これは、コモンロー上の、代理人を管理する本人は、代理人の不法行為(torts)について責任を負うという考え方を、不法行為の一種とされる特許権侵害に応用するものです。

こういった状況の中で、CAFCが2007年に判決を出したBMC Resources事件(BMC Resources Inc. v. Paymentech L.P.)において、CAFCはこの「代理」論を採用し、「クレームの一部を第三者が実施している場合、被疑侵害者がその第三者の行為を管理(control)しているときは、代理責任の考え方により、被疑侵害者に直接侵害責任を認めることができる」と判示しています。この後、CAFCは、Muniauction事件の判決においてこのBMC Resources事件での考え方を踏襲して、「直接侵害が成立するか否かは、BMC事件で判示された如く、オークションの管理者である被告が、入札者に対し管理または指示を行っていたか否かを判断する必要がある」とした上で、「被告に成り代わって、第3者が一部のステップを実行している場合にのみ直接侵害が成立すると」判示しました。

このように、"divided"クレームについてどうやったら権利侵害の議論ができるかどうかについてCAFCは幾つかのチャレンジをしています。Akamai事件のCAFC大法廷においても、これまでCAFCが積み重ねてきた判断をより進めた判決をしています。具体的には、「直接侵害があることは、誘導侵害の認定に必要ではあるが、米国特許法271条は、特許侵害は「単独の者」でなければ成立しない、とは規定しておらず、「単独の者」を要求したBMC判決等は誤りであった」と、また、「方法クレームに係る誘導侵害の責任があることを立証するためには、(1)誘導者に故意があること、(2)クレームに係る方法の全てのステップを実施したか、第三者の実施を誘導したこと、及び(3)クレームに係る方法の全てのステップが実施されたことにより満たされる」と判示しています。

しかしながら、Akamai事件の最高裁判決は、こういったCAFCの議論について、法律解釈の大原則に戻った判断をして、結果的に271条(b)項には該当しないとの判断をしています。

次に、Akamai事件の最高裁判決では、誘導侵害について従属説を採用すること「のみ」を判決の要旨としているかどうか、についてです。

確かに、最高裁判決では、直接侵害が成立する場合にのみ誘導侵害の責任を負うことを判示した上で、この判断のみをもって棄却判決の理由としうるだろうとも述べています。しかし、最高裁判決は、この一文の後、「しかしながら」として、CAFC大法廷において、直接侵害に関する議論がなくとも271条(b)項に基づく誘導侵害の責任を負うことがあると判示していることを受けて、丁寧な議論をしています。なお、上に書いた、誘導侵害について従属説を採用することの根拠として、最高裁はAlo事件最高裁判決(1961年)を引用していますが、この事件は271条(c)項、つまり寄与侵害に関する判決ですので、今回の最高裁は、誘導侵害と寄与侵害とを一体のものとして捉えているようです。

従属説を採用することを明示した後の議論では、最高裁は、Muniauction事件についてのCAFC判決において、複数ステップからなる発明において、単独主体が、クレームされた方法クレームの全てのステップを実施することが、271条(a)項の直接侵害行為の要件であるとの判断が「正しいものとして推定」しています。これ以降、Deepsouth Packing事件を最高裁が引用する場合においても、直接侵害行為が成立しうるかどうかという議論を展開しています。

この議論は、一見すると、誘導侵害について従属説を採用することを前提として、直接侵害の成否を議論しているように思えるのですが、私としては、最高裁は、むしろこのAkamai事件を誘導侵害の成立の可否を議論するのではなく、そもそも、Limelight社の行為が直接侵害行為として成立しうるのかどうかを議論すべきではなかったのか、というメッセージを込めているように思えるのです。
最高裁判決は、271条(f)項を引用しながら、複数主体による方法クレームの実施行為に関する侵害の規定が法上存在しない以上、新たな侵害理論を立てるべきではないとした上で、最後に、今回の判決において、上告人も被上告人も271条(a)項ではなく271条(b)項の該当の有無について議論していたのでこういった判決になったと述べています。加えて、最高裁は、上に書いた、複数ステップからなる発明における直接侵害行為の成立を規定したMuniauction事件のCAFCの判断の正当性について論じないとも述べています。この言葉を裏返してみると、CAFCは、そもそも複数主体による方法クレームの実施についての直接侵害行為の成立要件を見直すべきではなかったのか、と最高裁が述べているように思えるのです。

とは言え、271条(a)項の解釈、つまりall limitation ruleの見直しは、複数のステップからなる方法発明の実施の概念を大幅に変えるだけでなく、侵害論全体の大きな見直しにつながってしまいます。仮に、均等論の成立要件を参考にして、複数のステップからなる方法発明のうち、非本質的ステップについては他の主体による実施があっても、全体として単独主体による実施であると考える説を導入したとしても、実際の侵害訴訟において非本質的であるか否かの議論を延々とすることになり、あまり効果的とは言えません。また、Akamai事件において、顧客が実施しているタグ付けステップが「非本質的」であるかと問われると、私の感覚では多分違う(発明の本質の一部を担うステップである)と思っています。

なかなか結論の出ない話ですが、補遺としてはこの程度で終わらせて下さい。

Akamai事件備忘録

ここ数年、米国の最高裁は知財関係の上訴を数多く受理しており、従って、知財関係の最高裁判決が幾つも出される結果になっています。今月(なんと一月の間に!)も、本日ご紹介するAkamai事件(Limelight Networks Inc. v. Akamai Tech Inc.)の最高裁判決、そして、このBLOGで何度も取り上げているCLS Bank事件の最高裁判決と、私が注目している判決が立て続けに出されました。

Akamai事件については、私の知りうる範囲で4つの紹介資料(資料1資料2資料3資料4)が公表されています。多分、7月に米国の特許事務所等が開催するセミナーが幾つかあり、そこでもAkamai事件とCLS Bank事件は取り上げられるだろうと予想しますので、そのうち数多くの紹介資料が出てくると思っています。本日は、ご紹介した4つの資料と判決文とを読んだ上での備忘録を書いておこうと思います。
なお、今回の備忘録は、主に米国特許弁護士である矢部達夫氏が作成した資料(資料1)に依拠しています。矢部達夫氏とは、氏が日本の特許事務所に在籍されていた頃に仕事上の付き合いがありました(私がクライアントとして)。なんだか懐かしい思いがしました。

さて、事件の概要です。Akamai社(Akamai Technologies Inc.)は、CDN(Content Delivery Network)を利用する電子データ配信手法に関する米国特許(USP6,108,703)の専用実施権者です。Limelight社(Limelight Networks Inc.)はこの米国特許のクレーム19を実施しているとして提訴されました。Limelight社は、クレーム19のうちほとんどのステップを実施しているものの、タグ付け処理については顧客が行っていました。

Akamai事件の争点は、複数のステップからなるクレームが複数の主体により実施されていることが特許権侵害になるかどうか、です。米国特許法でも日本特許法でも、この争点は「間接侵害」に該当するかどうかに絞られてきます。

伝統的に、特許権侵害(直接侵害)は、方法クレームについては全てのステップを単独の主体が実施してはじめて成立します。しかしながら、こういった考え方では、例えばノックダウン等の形態について特許権侵害が成立しないという問題を抱えることになります。従って、日本特許法では101条に間接侵害の規定を置いています。米国特許法では、271条(a)項に直接侵害の規定を置き、日本における間接侵害に相当する(内容はちと違いますが)規定として、271条(b)項に誘導侵害(Inducement Infringement)、271条(c)項に寄与侵害(Contributory Infringement)の規定を置いています。今回のAkamai事件では、上に書いたLimelight社の行為(及び顧客の行為の全体をみて)が271条(b)項に該当するかどうかが争われました。

一方で、コンピュータソフトウェア関連発明については、かなり前からこういった論点、つまり、複数のステップからなる方法発明において、複数の主体が関与している場合にどのような論理構成によって特許権侵害を議論できるかという論点について議論されていました。私が記憶しているものは、2001年に行われた第10回SOFTIC国際シンポジウムでした。このシンポジウムでは、複数の主体が共同して特許権を実施している場合、共同不法行為としての共同直接侵害が成立しうるか、また、一部のステップを国外で実施している場合の間接侵害の可能性について議論がされました。

コンピュータソフトウェア関連発明、特に複数のステップからなる方法発明において、一部のステップのみ別の主体が実施することが比較的容易です。この場合、間接侵害の典型的な実施形態であるノックダウンと同様の議論をすることは難しいだろうと思います。つまり、ノックダウンでは特許権が存続している国内において最終的な実施がされ(製品が完成する)、ここをもって直接侵害が成立することを前提として間接侵害の是非を議論できると思うのですが、複数のステップからなる方法発明の一部が別の主体により実施されている場合、そもそも直接侵害が成立しない(前に書いたように)ので、さて、どのような論理展開をすべきかが問題になります。

Akamai事件に戻って、CAFC大法廷は、顧客が実施しているステップについて、被疑侵害者が実施していなくとも他の当事者(この場合は顧客)を実施するよう誘導した場合、誘導侵害(271条(b))が成立すると説示しました。

最高裁は、271条(a)項による直接侵害行為を構成しない場合には、被告は271条(b)項の責任を負うことはないと判断しました。すなわち、Muniauction事件のCAFC判決において、方法クレームについては全てのステップが単独主体により実施されることで直接侵害行為が成立するとの判断がされており、最高裁はこのMuniauction事件のCAFC判決を引用して、単独主体により全てのステップが実施されていない以上、直接侵害行為は成立せず、そして、直接侵害のなきところに誘導侵害はないと判断しました。この判断の中で、最高裁は、271条(f)(1)(ノックダウン行為を間接侵害とする規定)を立法する契機となったといわれるDeepsouth Packing事件を提示しています。このDeepsouth Packing事件でも、ノックダウン行為は直接侵害を構成しないと判断しています。
私が判決文を見たところでは、Akamai事件の最高裁判決は、このDeepsouth Packing事件との整合性(つまり直接侵害行為が成立していない)を重視したのではないかと思います。つまり、最高裁判決は、侵害を構成しない行為についてどのように誘導侵害の責を負わせるかについて立法府は271条(f)(1)を制定したのであり、仮に、これと異なる侵害論が必要であるならば、特許法に明記されているはずであると述べています。これは裏返して考えてみると、こういった複数主体による方法クレームの実施という事態について最高裁としても問題意識は持っているものの、それは立法により解決されるべきであるとのメッセージが含まれていると思います。
実際、最高裁は、今回の判決は271条(b)項の解釈が論点であり、271条(a)項についての判断はしていないこと、及び、Muniauction事件のCAFC判決の妥当性についても判断していないことを述べています。

さて、長くなりましたが、本判決の実務上の参考点を考えてみます。複数の資料では、方法クレームを立案する際には、単独主体により実現されるステップのみをクレームに記載すべしというアドバイスが書いてありました。しかしながら、現在のソフトウェア技術において、どのステップをどの主体が行うかについてかなり柔軟な設計ができる場合がありますので、クレーム立案時に、単独主体により実現されるステップのみをクレームに記載したつもりでも、第三者からすると設計変更が容易な、言い換えれば、一部のステップのみを取り出して別主体に実施させる設計が容易にできる場合があると思っています。
米国の特許訴訟をみていると、コンピュータソフトウェア関連発明のうち方法発明について第三者の侵害を認めていることが多いように思っています。従って、実施行為の特定がしづらいと言われている方法発明であるものの、米国においてはかなり価値のある発明であるという印象を持っています。
しかしながら、この記事でずっと書いてきた、複数主体による方法クレームの実施について侵害行為論をどうやって組み立てるかという問題については、今回のAkamai事件の最高裁判決でも結論めいたことは出ませんでした。

今回の最高裁判決はCAFCへの差し戻しを指示するものですので、CAFCは、271条(b)項が成立しうるとした大法廷判決を見直すことになると思います。一方、最高裁判決が(間接的に)指摘したように、271条(f)(1)を追加した場合と同様に、立法府が法律的な手当を行う動きを見せるかもしれません。

大学での講座の事務局をしてみて

ふと思い出した話を。

以前所属した企業で、知財関係の寄付講座を大学に持っていて、その事務局をしていた頃があります。私が担当していた頃のその寄付講座は、半期のカリキュラムのほとんどを企業側の講師で担当していて、毎回、準備に忙殺されていた記憶があります。

講師は、責任ある内容を説明することもあって、それなりの地位を有する方にお願いしていました。当時の知財担当役員、知財部門の統括責任者、などなど。こういった方々に時間も手間もお願いして講義をしていただくだけでも非常に貴重な機会で、それだけに講義の内容には吟味を尽くしたつもりでした。

とは言え、実際の講義を事務局として傍から見ていると、熱心にノートを取っている受講生がいる一方で、一定の割合で講義をぼーっと聞いている受講生や、あまり講義に集中できていない雰囲気の受講生がいました。自分の経験でも、どんなに講義が熱心で、また上手な講師の授業でも、一定数講義に集中できていない受講生がいますから、そういった受講生に対してあまり批判的な言い方をするのも酷だろうと思っています。

ただ、自分が学生生活を振り返って考えてみると、勉学にあれだけ集中できる時期はやはり学生時代以上の時期はないわけで、だからこそ、様々な知識を吸収して自ら考える姿勢を常に持つといいだろうと思うのです。

確かに、知的財産関係の講義は、社会での実体験がないと自らのこととして認識するのは難しいかも知れません。ただ、インターンシップのように、学生時代に実社会を経験する機会は以前より増えてきていますので、学生を一概に「社会での実体験がない人」として括るのはどうかと思います。

実際に社会人になったとき、企業内でそれなりの地位を有する方の講義や講話を聞く機会はそれほどないです。貴重な機会であればこそ、できるだけ主体的に講義に参加して、様々な疑問があれば講義の場でぶつけてみてはどうだろうと思うのです。

テレビ事業の未来はどっちだ(謎)

本日は久しぶりにMOT的な雑談を。

日本の電機メーカー、特にAV機器を主力とするメーカーは、かなり決算の数字が苦戦しているようです。その大きな原因となっているのがテレビ事業の不振みたいです。日本の電機メーカーにとってテレビ事業は、グローバルな売り上げをもたらしてくれたエース級の存在だったと思うので、何故、そのテレビ事業が不振なのか、あれこれと報道しているようです。

日本の電機メーカーのテレビ事業の不振の原因を、韓国メーカー、つまりサムスンとLGの躍進に求めるマスコミが多いだろうと思います。確かに、世界的なシェアでみれば、サムスンとLGが上位を占めています(結構最新のデータはこちら)。しかし、理由はそれだけなのでしょうか。

このことを考えるために、改めてテレビを見るのはどういったシチュエーションなのか、何故、みんなテレビを見るのかを考えてみます。テレビの黎明期は、一家に一台のテレビがあり、家族団欒の風景の中に(しかも中央に)テレビがあったように思います。次に、若年層を中心に、自分の部屋にもテレビを持つ時代、つまり、一人に一台のテレビの時代が訪れます。家族全員で見る、つまり居間にあるテレビ以外に、子供が自分の部屋で見るテレビがある時代です。若年層の一人暮らしの部屋にもテレビが必ずあった時代です。

そうこうしているうちに、日本では若年層を中心にテレビを見る機会が減ってきました。その背景にはネット社会の発展やらテレビのコンテンツの魅力が減退したと言われていることやらがあると思います。一方で、世の中はケーブルテレビ、BS、CSを中心に急速に多チャンネル化が進んできました。さらに、Chromecastのような機器が出現したことで、ネットの画像をテレビで視聴することもできるようになりました。

このように、今までのようにテレビでニュースやバラエティを見る頻度が、特に若年層で減少傾向にあるだろうと思う一方、テレビで多種多様なコンテンツを視聴できる環境が整ってきています。

とは言え、上に書いた事情は、主に日本の事情について説明したもので、発展途上国ではまだまだ一家に一台のテレビのところも多いですし、世界的規模で見ると、ようやくブラウン管テレビの出番がだいぶ少なくなり、いわゆる薄型テレビの普及が始まったところもかなりあります。

日本にいると、やれ3Dだ、やれ4Kだという最先端技術の話しか聞こえてこないのですが、世界的には実に多種多様な視聴形態があり、それに伴ってどのような仕様のテレビが売れるかも実に多種多様です。TVメーカーは、こういった多種多様なニーズにどのように応えていくかが勝負になります。

一方で、地上デジタル放送も世界的にだいぶ普及してきましたし、ディスプレイもデジタル駆動が可能なものばかりになりましたので、TVもフルデジタル化がされたと言えます。デジタル化のメリットは、製造時の微調整を可能な限り少なくした均一化した製造が可能になることでもある一方、一定の回路がパッケージ化されたものを組み合わせるだけで(ちょっと極端な言い方ですが)ある程度の寄せ集めでTVが製造できてしまうこともあります。このところのTVの極端な低価格化の原因は、一つはサイズの大きい液晶パネル等が安価に提供できていることもありますが、また、回路自体の標準化、パッケージ化が進んだことで、特別な機能を搭載しなければ、チップの組み合わせでTVが製造できてしまうこともあると思っています。

TV製造のハードルが低くなったことで、様々なメーカーがTVに参入しています。デジタル放送の範囲であれば画質は一定以上のものが保証できますので、TVを視聴するということだけを考えれば、価格の安いものを選ぶのが消費者の常でしょう。

では、日本の電機メーカーの話に戻って、日本の電機メーカーの売りは何かと言えば、上に書いたような新参者(ちと失礼な言い方ですが)が製造したTVよりも「高画質、高機能」ということだと思っています。日本の電機メーカーも価格重視の製品を製造することは可能ですが、しかしながら、製造コストや販管費が全般的に割高になってしまうこともあり、価格競争をすると不利な面は否めません。

韓国メーカーの場合、日本メーカーほどの高品質を目指すのではなく、そこそこ高品質でしかも日本メーカーより安価な製品を提供しているという話を聞いたことがあります。これであれば、現地の人からすると「手に届く高級品」を提供しているメーカーになれ、ブランドイメージも高く維持できますし、売り上げも確保できます。

テレビ事業には、上に書いたような様々な課題があり、日本メーカーとしてどの方向に進むべきか、なかなか難しい問題が横たわっている気がします。そもそも、テレビ自体がどの方向に発展するか、予想することも難しいと思います。

現在、最先端技術として提供されているのは3D、4Kといったところだと思います。3Dについては少々先細りの感がありますが、それは偏にコンテンツ不足にあるんだろうと私は思っています。つまり、現時点で3Dで視聴できるのは一部の映画コンテンツ等に限定され、放送波についてはまだ試行段階に止まっています(Wikipedia参照)。つまり、3Dで視聴しようにも放送波しか視聴しない人にとっては何も3Dになっていないわけです。4Kも似たような状況にあると思います。多分、ブラジルワールドカップは4K対応機器で録画しているはずなので、放送局側には既にそれなりの4Kコンテンツがあります。問題は、それをどうやって視聴するかです。まだ日本では地上波で4K対応の放送がされていません(Wikipedia参照)ので、機器はあるもののなかなか一般視聴者が4K画像を視聴するまでには至っていません。

また、Chromecastの発売で一気に身近になったネットテレビと呼ばれるものも、(貧弱ではあったものの)TVには随分前からブラウザが標準搭載されており、TVでネットコンテンツを視聴することはできたわけです。Chromecastが注目されているのは、スマホ等で視聴できるフルHDコンテンツを、そのままの解像度で簡単にTVで見られるということにあると思っています。

本来、ネットテレビの最大の利点は放送と通信との融合にあると思っています。スマホの画像をTVで見られるというのは、既存の技術の延長線にありますし、何故スマホの画像をTVで「みんなで」視聴するかというシチュエーションを考えると、絶対的に有利なメリットはないように思っています。放送に対するinteractionを通信で行える世界を提供するTVが次世代TVなのだろうと思うのです。

とは言え、現時点では放送と通信との融合による明確なメリットをどのTVメーカーも提供できていないように思います。あと、放送業界と通信業界との間に微妙な距離があるようにも思います。

特許文献レベルでは、実はネットテレビに関する特許出願が数多く出願されています。私から見て面白いアイデアが多数存在するのですが、現時点ではほとんど実用化されていません。ユーザーに対する訴求力の問題なのか、時期尚早と判断されているのか、本当のところは闇の中なのですが…

とは言え、ネットテレビについてユーザーの支持が得られる製品を日本のメーカーが作り上げることができるならば、それは大きなAdvantageになるのだと思っています。

実は、TV上で様々なネットコンテンツが視聴可能である環境は、中国が既に一般化してしまっています(例えばこの記事)に紹介されているように)。そして、仮に中国初のネットテレビが世界的にde factoの標準になってしまった場合、日本メーカーは様々な先進的取り組みをしていながら、中国の後塵を拝するかもしれないのです。そうならないためにも、日本メーカーの今ひとつの頑張りを望みたいところです。

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