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教育経済学と特許経済学?

本日はちと知財関係ではない話題から。

1年ほど前の話題で、教育経済学に関する書籍が話題になったことがあります。教育経済学という言葉はあまり馴染みのある用語ではないと思うんですが、ざっくり説明すると、Wikipedia的に言えば、「教育と関連がある経済事象を取り扱う学問のこと」になるようです。まぁ、これだけだと当たり前すぎる定義ですので、では、経済学で教育を取り扱う意義として、これもWikipediaの記載を孫引きすると、「教育の経済的効果、教育の費用負担、教育における効率性と教育計画、教育の便益に関する分析」についての問題を取り扱うことが、教育経済学の幾つかの研究課題のようです。

1年ほど前に話題になったのは、慶應義塾大学総合政策学部(いわゆるSFCですね)の准教授である中室牧子さんの著書「学力の経済学」が結構なベストセラーになって、この著書の内容が幾つかのメディアで紹介されたことがきっかけだと思います。私は恥ずかしながらこの著書を読んでいないのですが、メディアで紹介された内容に基づいてざっくり書くと、例えば、ゲームは子供に悪影響を与える(ゲーム脳が子供を暴力的にするとか)という俗説に対して、ゲームのプレイ時間と問題行動などとの相関関係をアンケート等で明らかにし、統計学的にはどうなんだということを明らかにしたり、少人数教育の効果を同様にアンケート等により明らかにして、教育政策として一番効率的なものを探ったりしているようです。

当然、こういった議論には反論が出ます。曰く、うちの子はゲームばっかりしていたら問題児になった、ご褒美で釣ると効果が出ると言われてるけど、うちの子はご褒美をあげてもちっとも勉強しない、などなど。

しかし、教育経済学の結論と我が子の結果との間に違いがあっても、教育経済学が教育行政の効率を最大にすることを目的とし、また、統計学に基づいて多数の傾向を明らかにしている以上、上に書いた違いは当然生じるものですし、違いがあるからと言って、教育経済学の結論が間違っているわけでも、また、我が子の結果が間違っているわけでもありません。とは言え、教育経済学の結論は多数の傾向ですから、それと違うことを我が子に対してやることには若干の勇気が必要かもしれませんが。

さて、こんな畑違いの話題を延々としてきたのは、この辺の話って、知財関係にも通用するかもと思ったからです。

現在、知的財産権法以外の領域で(つまり、知財戦略とか知財マネジメントとかで)知的財産を研究する研究者、先生方が採用されているアプローチは、結構な場合、企業に対してアンケートを取ってこのアンケートを検討したり、また、知的財産に関するデータ(大抵は商用知財DBが出力可能か出力可能なデータから解析できるデータ)を統計処理してその傾向なり結論を導き出すものです。このアプローチ自体、経営学であったり技術経営学であったり、そういった学問で採用されているアプローチを適用したもので、MOTを専攻した私にとっても実にfamiliarなものです。

一方、企業の知財担当者、特に企業の知財戦略立案担当者からすると、我が社の実情を考慮した知財戦略の立案方法を、上に書いた研究者や先生方から入手できないか、というニーズはあると思います。

しかし、このニーズを満足する研究はなかなか簡単ではありません。それは、特定の企業が上に書いた多数に属するかどうかの保証もありませんし、そもそも、教育経済学であれ知的財産を研究する研究者、先生方がやっておられる学問である特許経済学(一応こんなネーミングにしておきます)であれ、「多数」がmajorであるとも言えないからです。

私がMOT時代に先人の研究を見ていて当初違和感を感じていたこととして、統計学上の関連性を示す相関係数が0.6~0.7程度であっても「相関性あり」として結論づけられていたものがほとんどだったことが挙げられます。実際、研究者の先生(実は同じ会社に所属していたことがある方です)と話をしていて、その先生も当初の学歴は理系ですので、やはり私と同じようなモヤモヤ感をお持ちだったそうですが、「社会科学で相関係数が0.9とかいくことはまずなく、0.6や0.7でも上出来なんですよ」という結論に至られたそうで、なるほどなぁと思ったことがありました。

一例として、「特許請求の範囲の文字数が少ないとその権利範囲は広い」という研究結果が出たとします。実務家ならお分かりの通り、この研究結果が妥当する特許権は確実に存在すると思いますが、一方で、幾らでも反証を挙げることができそうです。

相関係数がその程度になるというのは、そもそものモデル設定に無理があるというか、事象は複雑系ですので、簡単なモデル設定では全ての事象を説明することができないということだと思います。で、全ての事象を説明しうるモデルは逆に複雑になり過ぎて扱いづらい(変数が多すぎて何が何だかわからないし、関係性を記述する方程式も複雑になるので解法が簡単ではない)ですから、なかなか大変です。

あと、教育経済学と特許経済学との大きな違いは、母数の差があるということです。こう書くと、だって特許出願は日本だけでも年間30万件あるんだから十分ビッグデータだよねという反論があろうかと思います。しかし、企業の知財担当者が議論したいのは自社の特許出願(あるいは競業他社の特許出願)についてであって、この場合の母数は精々多くて数万件、大抵は数千件です。しかも、特定の分野についての特許出願を取り上げた場合、数百件レベルになってしまう可能性があります。統計学上、数百件をサンプリングして数万件の傾向を議論することはありますが、この場合、数百件が数万件を代表するという妥当性があってのことです。で、特定の企業なり分野なりに関する特許出願が特許出願全体を代表するという命題は、まず簡単に否定されてしまうでしょう。

この手の議論でなかなか悩ましいのが、知財評価においてDCF(ディスカウントキャッシュフロー)法により知財権の現在価値を算出する手法が結構紹介されているのですが、DCFにしてもこのDCFがベースとするCAPMにしても、証券取引のトランザクションが無数であるからこそ一定の傾向を読むことができるわけで、特許権の取引件数が圧倒的に少ない現状において「割引率ってどう設定するの?」という入口の入口で躓いてしまうわけです。

一方、特許経済学のアプローチの限界も自分自身は重々承知しており、また、知財政策への貢献という観点(この場合は多数の利益を追求することに問題はないわけです)であれば特許経済学が寄与するところは大であると思います。一方、特定の企業に対する明確な解答なり指針を与えるということは難しそうです。

経営学ですと、例えばSWOTやPPMなどのフレームワークが種々提案されており、PPMなどはある程度の客観的な指標に基づいたものですから、知財分野においてもこういったフレームワークがないだろうかと思うのですが、どうも「これ!」というものに出会えません。鮫島弁護士及びそのグループの皆様が幾つかモデルを提案されており(連載記事はこちら)、私も内容を存じ上げているのですが、統一的な特許戦略の指標とも言いづらいという印象を持っております。

考えてみると、10年ほど前から自分自身はずっとこの点を研究していて(日本知財学会で3回発表しました)、確か、現在日本大学の教授をしておられる加藤浩氏からは「具体性がない」とご自身の論文で批評されてしまったのですがcoldsweats01、いや、フレームワークを提示している以上、具体的にブレークダウンするのは皆さんにお考えいただかないとと思ったものの、やはりそれは自分自身の研究の至らぬところだなぁ、と思っています。

この点は、何とかフレームワークなり精緻なモデリングなりをいつか発表したいと思っていて、漠然としたアイデアはあるものの、ちとそれをやっている時間も余裕もない(毎日明細書を書かないとあっという間に干上がってしまう)ので、まぁ、そのうちですなぁweep

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