パソコン・インターネット

twitterでアカウント作りました

子供が新型インフルエンザにかかってしまい、昨日からてんてこ舞い状態wobblyなので短めに。

最近、twitterが携帯電話に正式対応(といってもまだベータ版)したことを機会に、twitterにアカウントを持つことにしました。それまで、会社でつぶやくには時間がないし、家に帰ると夜遅くなってからつぶやくことになるのであんまりリアルタイム性に欠けるのでちょっと遠慮していたのですが、携帯電話の空き時間に使えるようになればぶつぶつとつぶやくのもいいかな、と思い、アカウントを取りました。パテントサロンにも掲載されていますので、気になる方は探されてみて下さい。

で、twitterで一人でつぶやいているのはとても寂しいのでお友達を捜したところ、結構な人数がいてびっくりcoldsweats02。知財系BLOGでの有名人の方もいっぱいですし、さらには、インターネット黎明期にホームページの可能性やインターネットをめぐる著作権等について発言されていた有名弁理士、そして、ちょっとマイナーどころでは、パソコン通信(この言葉を知らない人も多いんでしょうね)の黎明期に法律関係の議論及び質疑応答をしていたLegal Netというサイトで活躍されていた弁護士の方まで見つかりました。Legal Netが今から15年ほど前のことですから、過去15年、あるいはそれ以上のパソコンを起点とする通信において先進的な関心を持ち、活動をしてきた法律系の方がずらっとtwitterにアカウントを持っていたわけです。

自分もLegal Netに参加し、色々と発言を重ねていたところ、その発言をまとめた本が出るということで、ちょっとだけ印税をいただいたことがあります。それから、同時期にNiftyのFLICというフォーラムで弁理士受験生会議室を立ち上げ、約2年ほど議長を務めたことがあります。パソコン通信の黎明期及び成長期に、それなりの活動を残せたことは、密かに自分の自慢でもあります。twitterで、この頃に先進的な活動をされてきた方がまだ現役でtwitterに興味を持って参加されていることを思うと、短いながらも15年なりの歴史をしみじみと感じると共に、まだまだインターネットのメディアとしての可能性は様々あるのだな、という新たな発見をすることができました。

twitterそのものについてのコメントは、使って間がないこともあるし、そういった評価はもっと専門の方がいると思うので、ここでは述べません。とりあえず、脊髄反射的なコメントをぼつぼつつぶやいていますので、BLOGでの論調と全然違うことを書いています。それこそがtwitterなんだろうと思うので。

ATOKは道具である

ちょっと会社内部批判になるかもしれませんが…。

入社以来、会社のPCには個人購入したATOKを家から持ち込んでコピーし、日本語入力ソフト(昔はFEPって言ってましたね)として使っていました。唯一かつ最大の理由は、Microsoft OfficeにバンドルされているMS-IMEに比較して変換効率および変換精度が格段に良いので、ストレスなく文章入力ができることです。ATOKを使い始めてからもうそろそろ20年くらい経ちますので、もうATOKなしに文章入力をすることが非常に辛い状態になっています。体が覚えているというか(なんかエロっぽい表現ですがcoldsweats01)。

私が使っているATOK、当然、会社購入のソフトではありませんから、非常に大きな概念でいえば不法使用ソフトに該当します。業務上使用するソフトは正規購入品でなければならないのは当然であり、また、非常に厳密に言えば、外部から持ち込むことによりウィルス等の感染の危険性がありますから、社内のシステム運用担当からすれば「即刻削除してください、業務上必要だったら正規に購入してください」というスタンスになります。ただ、昨今の経済状況に鑑みると、おいそれと「では正規購入します」と言える状況ではないので、1~2度システム運用担当者と押し問答しました。「業務上これがないと業務効率がかなり低下しますから、そのままにしてもらえませんか」と。一度は引き下がってくれたのですが、とうとう年貢の納め時というか、即刻アンインストールの業務命令が来ました。まあ、こんなことで反発しても全く意味がないので、とりあえずATOKとはおさらばして、今はMS-IMEに慣れようと努力しています。

そんな中、こんな記事「抜群の変換精度でストレスなし!」がありました。自分からすれば、今更、という気が非常にするのですが、PC歴が比較的新しい方の中には一太郎に触れたこともなく、従ってATOKって何?という人もそれなりにいると思うので、改めてATOKの優秀さを紹介する記事は意味があるんだろうと思います。

まぁ、企業の事務職では文章入力そのものがメインの業務ではありませんから、ATOKの有用性についてそれほど理解がないのかもしれません。その点、特許事務所だと文章入力そのものがメインの業務ですから、日本語入力ソフトを始めとして、文章作成方法(ワープロソフトでもWordではなく一太郎であるとか、そもそもワープロソフトでは反応スピードが遅くてかったるいという人はエディターソフトを使うとか)や文章入力デバイス(キーボードもPC備え付けではなく長時間入力でも疲労感の少ない高級キーボードとか)にも非常に凝る人がいます。私も、普段の文章入力は使い慣れたエディターソフトを使っています。やはり特許事務所の人間にとって、これらは「道具」なのですね。一方、企業にいるとExcelだとかPowerpointだとかのほうが「道具」になるように思えます。この辺りは、かなり発想が違うんですね。

なお、私はジャストシステムの回し者ではありません。純粋なユーザーとしての気持ち、ってことでbleah

「クラウド化する世界」に思う

Amazonでは結構話題になっている、「クラウド化する世界」をやっと読み終えることができました。この著者は、クラウディングコンピューターの登場を、個別の発電所から大型発電所+送電網への移行になぞらえて歴史の必然と捉え、企業におけるデータセンターの終焉を高らかに謳った人です。この本では、上に書いた論を丁寧に説明するとともに、コンピューターシステムの歴史的変遷が社会的にどのような影響を与えたか、そして、インターネットやクラウディングコンピューターの登場が社会や人間そのものにどのような影響を与えるであろうか、ということを若干悲観論に傾いた観点に立って述べています。

私は、以前からWeb 2.0的世界がバラ色であることを唱える楽観論者の言に対してかなり引いた目で見ていたので、「クラウド化する世界」の著者の説明に納得するところもありながら、しかし、一方でやはり納得のいかない部分もあるなぁ、と思って読み進めていました(こう書くとかなり私はひねくれ者ですね)。

クラウディングコンピューターがもたらす世界がバラ色であると考える根拠の一つとして、世界中の人々の思考が全てクラウディングコンピューターの中に蓄積され、誰でもアクセス可能な状態で提示されうる、ということがあります。確かに、こうやって私がBLOGを書くことなどにより私の知識はクラウディングコンピューターの中に蓄積され、誰でもアクセス可能になるわけです。加えて、例えばAmazonのサイトで好みの本を検索するという一見能動的とは言えない行動によっても、私の本の嗜好がクラウディングコンピューターの中に蓄積され、誰でもアクセス可能になるわけです。コンピュータ学者が以前から説いている概念の一つとして、コンピュータは人間の外部記憶手段である、というものがあります。人間はつとに忘れやすい動物ですから、不揮発性の外部記憶手段としてのコンピュータを人間が常時アクセス可能になることで、人間の能力は飛躍的に向上する、ということです。

さて、上に書いたことは本当に実現できるのでしょうか。まず、人間の知識は全てクラウディングコンピューターの中に蓄積できるのか。現代において情報と呼べるものはことごとくデジタル化され、蓄積することができ、また、人間の判断や嗜好そのものをルール化することでコンピュータの情報解析能力は飛躍的に向上しています。しかし、暗黙知の概念を出すまでもなく、人間の思考や情報化される前の未分化の概念、そして感情はどうやって情報化するのか。別に人間がコンピュータより優位でなければならないという議論をするつもりはありませんが、人間の知識を全て情報化してもなお人間という存在の全てには到達し得ないと思えるのです。

このあたり、ちょっと話が飛躍するかもしれませんが、「クラウド化する世界」の著者がバックグラウンドとする教育であれ文化が西洋的であることに起因するのかもしれません。つまり、西洋的とは非常に分析的であり、対象とする事象を個々の現象に分割し、この現象をいかに理知的に説明するか、ということです。ある意味、理化学的な発想です。私も理系の端くれですから、そういった教育訓練を受けてきています。一方で、私は東洋人で、東洋(特に東アジア)の思想は総合的、統合的な物の見方をすると思っています。西洋医学は症状を細分化して対症療法を行いますが、東洋医学は患者の状態を全体的に観察し、これを統合的に解決すべく様々な療法を行います。分析できないところがあっても、それを無理に分析するのではなく、統合的に見ることで解決を図るわけです。人間という存在はまだ解明できない部分が多々あり、これを情報という側面だけで捉えてもその全てを把握することはできないのでは、と思います。

そうは言っても、クラウドコンピューティングにより実現可能な世界はすぐそこまで来ており、その可能性には魅力があります。一方で、人間の知識が丸裸にされることによる危険性もすぐそこに迫っています。個人情報をさらした覚えはなくても、個人検索はかなりの精度で行える時代が来るでしょう。こうなると、コンピュータに接する人間の倫理性が強く求められます。ただ、この倫理ってのが難しいんですよね。

またパソコンを買い換えました

またパソコンを買いました。1年前は自分がメインに使うノートパソコンだった(記事参照)のですが、今回は一家で使うデスクトップパソコンです。前の機種はその頃流行っていた自作PCで、CPUがPentiumⅢ1GHz、メモリが256MB(その後512MBに増設)、ハードディスクが30GB、OSがWindows 2000(その後XP Proにアップグレード)というスペックです。作ったのが約7年前で、メールやインターネットをやっている分には全く問題なかったのですが、子供が生まれてから大量のデジカメデータを保管するようになり、この管理をするには明らかにパワー不足でずっといらいらした思いをしていました。デジカメデータがかなりの容量を食うようになり、HDの残り容量が3GBになった時点で思い切って買い換えることにしました。

買い換え自体は結構前から(1年以上、つまりノートパソコンを購入する頃から)考えていました。ポイントとなるのが、今後数年にわたって買い換えが不要なスペックにすることでした。今後、画像データ、動画データを大量に扱うことになるでしょう。そうなると、CPUとグラフィック性能は高いに越したことはありません(値段との相談であることも間違いないですが)。HD容量も譲れません。一方、家庭で使うとはいえ、画像データ等の処理以外に使うのはメールとインターネットですから、極力プリインストールソフトウェアを入れておきたくないとも思います。こう考えると、市販のモデルではどうもぴったり来るのがありません。そこで、あれこれBTOサイトを探して、Epson DirectかHPか、どちらか、というところに絞り込みました。Dellは安くていいんですが、どうもBTOの組み合わせがぴったり来ないので断念しました(欲しいモデルのCPUパワーがどうも弱いのです)。

Epson Directの場合、注文から2日で到着するという素早さとアフターサービスが充実しているとの噂があり、メインに考えていました。HPの場合、どちらかというと法人販売がメインで全体の9割を占めていると聞いたので、個人で買った場合どうかな、という不安があったのです。ところが、正式に購入しようとしてHPのサイトを開いたら、CPU、メモリ、HDのキャンペーン中でグラフィックボードもおまけにキャンペーン中ゆえ激安になっており、値段にぐらっと来てあっさりHPで買うことにしてしまいました(^_^;)。なんだか節操がないですね。まあ、アフターサービスも電話サポートが1年間無料とのことですし、普通に使っていれば問題は生じないだろうとの割り切り方で。で、モデルはv7480jp/CT2008夏モデルで、CPUはCore2Duo 3GHz(FSB 1333MHz)、メモリは2GB、HDは500GB、グラフィックボードはNVidia GeForce 8500、OSはWindows Vista Home Premiumという結構なハイスペックになりました。これで何年間かは問題ないでしょう(^^)。

昨日からデータの引越作業をしています。デジカメデータはバックアップの意味合いを兼ねてDVD-Rにせっせと焼いています。他のドキュメントはわざわざメディアに焼くこともないかと思ったのですが(ネットワークを介してノートパソコンに一時的に移動すればよいので)、まあDVD-Rも安いからと思い、これもDVD-Rに焼きました。都合7枚もかかりびっくり!今日からセッティング作業にかかろうと思っています。

子供が段々と大きくなってパソコンで何ができるかがわかるようになっています。今度買ったパソコンは、子供が縦横無尽に使うようになると思っています。楽しみでもあり、データをいじられたらどうしようとの不安もあります。ちょっと考えないとなぁ。

Web 2.0的世界

今、ウィキノミクスという本を読んでいます。結構分厚い本なので、なかなか読み切れないのですが、ぼつぼつと読んでいます。

どういう内容かというと、Web 2.0的世界は単にインターネットの世界にとどまらず社会、特に経済システムにまで影響を及ぼす大きな流れとして実現しつつある、というものです。単純に言えば、オープンイノベーション論に通じるものがあります。つまり、ウィキペディアやオープンソフトウェアの流れを例に挙げて、情報やイノベーションは企業内部のみで閉じるものではなく、むしろ外部のオープンなものに任せたほうが低コストでしかも質が高い、という論調です。

こういった論議をどのように受け止めるか、非常に難しいと個人的には思っています。ウィキノミクスの著者は非常に楽観的に「いずれすべての社会はそうなるさ」といった論調で、Web 2.0に乗り遅れた企業なり個人はオープン化の流れに飲み込まれてしまうといった言い方をしています。これは、もしかしたらアメリカ的な発想かもしれません。自分は実に日本人的に懐疑的に受け止めてしまいます(^^ゞ。

確かに、ウィキペディアやオープンソフトウェアに見られるような知識のフラット化、オープン化の流れは止めようがないでしょう。しかし、すべての社会、特に経済システムがフラット化、オープン化してしまうかというと大きな疑問があります。それは、Web 2.0的社会は情報をインターネット上でオープンにできてこそ実現するものであり、実社会の情報なり知識は全てインターネット上でオープンにできるわけではないからです。比喩的に言えば、形式知はインターネットと親和性が高いのでオープン化に適しています。Linuxに見るように、プログラミングとはまさに形式知ですから、これをインターネット上でオープンにすれば大きな進展が見られると思います。しかし、多くの製造業は暗黙知の集合から成り立っているので、これをインターネット上で公開するには多大な苦労が必要ですし、オープンにしたところで暗黙知から形式知に変換したところで不可逆的な変質が起こってしまう可能性があります。従って、Web 2.0的社会は全世界的、全産業的に実現するものではなく、社会と人類に大きな果実をもたらすものの、全てを変革するほどの力は持ち得ないと思っています。

加えて、Web 2.0的社会はウィキペディアであれオープンソフトウェアであれ参加者の自発的かつボランティア的作業を前提としています。人間は場所さえ与えられればボランティア的作業であっても嬉々として行うのだというある意味で性善説的な、あるいは楽観的な価値観を前提としています。しかし、Web 2.0的社会であっても貨幣経済上に成り立っていることは避けることができず、参加者は何らかの形で(Web 2.0的社会からであれ別の手法であれ)金銭的報酬を得る必要があります。Googleはサイト上の広告収入で莫大な利益を得ていますが、この手法が常に通用するとは限りません。

さらに、Web 2.0的社会には知的財産に関するリスクが常に横たわっています。IBMはLinuxをベースとしたビジネスを大きく展開していますが、IBMの選択は自社が主導していたOSが振るわなかったからという背景があるにしても、それまでに培ってきたコンピューターの知的財産(資産といってもいいでしょう)があるからこそオープンなプラットフォームに自社のビジネスの主導権を委ねても問題ないと考えたのではないか、と思っています。つまり、Linuxに関して他社が特許侵害訴訟を提起してきた場合でも、IBMが持つ特許資産で十分はね返せる、というある意味でのリスクマネジメントができると考えたからこそIBMはLinuxを選ぶことができた、ということです。

オープンソフトウェアを推進する立場の人からすると、知的財産というのは厄介な阻害要因としか思われていないようで、著作権であれ特許権であれコモンズというバッファーゾーンが必要である、できるならば知的財産による保護なんてないほうがいいという強硬な議論すらあります。しかし、企業にとって知的財産による一定の保護はR&D費用に見合った分は当然要求したいところですし、これを安易に放棄すべきという議論は全く受け入れられません。このあたり、常に議論が平行線になるところです。

これ以外にも、オープンイノベーションに関してウィキノミクスでは非常に楽観的に考えている(場があれば活発な取引があるべき)など議論したいところが多々あるのですが、長くなるので今日はこの辺で。

新しいノートパソコン買いました

ノートパソコンを買い換えました。5年ぶりです。今まで経緯を書いていなかったのは、この間の平面テレビのように迷いに迷ったこともなく、また、下調べをしている最中に特段面白い出来事もなかったからです。

買い換えるきっかけになったのは、もう5年もたつとスペック的に今のソフトを動かすのに無理がある、正確に言えば起動するのも時間がかかりすぎて仕方ない状態になったからです。今自分が使っているウィルス対応ソフトが、バージョンアップをした途端に起動時にCPUやメモリに相当な負荷をかけているようで、電源を入れてからメールソフトを立ち上げられる状態になるまで10分くらいハードディスクが作動しっぱなしになります。ついでに、無線LANの接続にも時間がかかり、さらに10分くらいハードディスクが作動しっぱなしになります。しかも、最近はCPU周りの放熱ファンがうまく作用しないらしく、しばらくするとファンがフル稼働状態になり、それでも動作が固まることが多くなってきました。これでは毎日メールチェックをするだけでも1時間近くかかり、しかも途中で動作が固まって再起動を繰り返すことになります。無線LANの規格も802.11bだけですから、折角光ファイバーを引いて高速LANになったなぁ、と思ってもちっともその恩恵を受けることができません。

丁度Windows Vistaも出たことでもあるし、しかもCPUはCore 2 Duoがどんどん出てきて面白くなってきたこともあるので、では5年間ご苦労様でした、ということで買い換えることにしました。次に買うノートパソコンを買う上で考えたことは幾つかあります。一つ、できるだけハイスペックなものを買うことで長持ちをさせようということ、二つ、地デジなどの不要な機能はできるだけ除外すること(あってもいいですが高くなるので)、三つ、持ち歩くことは少ないだろうけどいわゆる大画面ノートパソコンは持ち歩けないので除外すること。ハイスペックということでCPUはCore 2 Duoに決まりです。5月の段階でCore 2 Duoは新アーキテクチャが発表されたので、できればと思いましたが、mustとはしませんでした(そんなに大きな差はなさそうなので)。こうやって条件を絞り込んでゆくと、富士通のFMV biblo MGシリーズかソニーのVAIO type SZのどちらかになりました。ヨドバシに行ってもビックカメラに行っても同じ結論でした。面白いものです。その上で、最終的にはソニーのVAIO type SZを買いました。まぁ、折角だから自社製品を買おう、ってこともありましたが、一番の決め手はFeliCaポートの存在でした。何だ、そんなことで、と思われるかもしれませんが、意外と以前から使っているのでなかなか欠かせないなぁ、と思って決断しました。外付けでもよかったんですけどね。

さて、購入してまず苦労したのが、前から使っているノートパソコンからのデータ引き継ぎ。なんだかんだでファイル、音楽データ、メールデータが合計で5Gくらいあったので、これを家庭内LANでデスクトップPCに移動。前から使っているノートパソコンが100Base-Tに対応していたせいか、データの移動は全体で1時間くらいで済みました。ただ、データバックアップ作業とかも含めると細切れで2~3日かかっています。それから、新しいノートパソコンのセッティング、Officeのインストール、デスクトップPCからのデータ吸い上げ、ウィルス対応ソフトのインストール等でまた3~4日かかりました。まだ最終的に全てのソフトを入れていない(必要なものから徐々にやってますので)ですが、とりあえず作業は完了です。あとは前から使っているノートパソコンの下取り作業のためのデータ消去作業をここ1~2日でします。

買い換えてまだVistaに慣れているわけではありませんが、起動のスピードや通信スピード、そして画面描画スピードの差は歴然としています。今までが何だったのだろうと思ってしまいました。これで毎日メールチェックをすることができます。とりあえず不満なところもなく、快適に毎日PC生活を送ることができています。買い換えた甲斐がありました。

知的財産SNSに期待します

(この話題はipippiに書くべきだったかなぁ…)

ipippiという知的財産に特化したSNSが会員数600名を超えました。当初はもっと限られたコミュニティになるのかな、と思っていましたが、近年の知的財産の関心の高さを物語ってか、非常に裾野の広い会員が多数集まっているように思えます。

当初、知的財産に特化したSNSにどれだけの人数が集まり、コミュニティが活発に活動するか心配していた時期がありました。というのも、あちこちで言われているように企業知財部というもっとも人数が多いであろう母集団自体がどちらかというと蛸壺化している側面があり、他社の知財部門との交流もそれほど活発でない(知財協活動をしている人は別ですよ)のと、知財部門自体のITリテラシーがそれほど高くなさそうで、「SNSって何?」という人が多そうだなぁと思っていたからです。現実に、企業の知財部門の総人数と言われる数万人に比較してipippiに参加している人の中における企業知財部門所属者はそれほど多くなく(多分半分程度)、母集団から考えればまだまだポテンシャルを持っていると思うのですが、とは言え大規模な宣伝活動もせず、招待制にしているにしては結構な人数が集まってきました。ただ、コミュニティ活動はまだまだかもしれません。知財という枠の中でどのような主題を見つけて積極的な活動をするか、この辺で試行錯誤が繰り返されているように見えます。個人的には、かつてのビジネスIPRの分科会のような盛り上がりがあるといいと思っているのですが。

書き込まれている日記やレビューを見ても知財に特化せず本当の日記のような内容になっている場合も多いです。私の場合、普通の日記はこのブログで書いていますから、勢い知財に特化した、しかも他人に読んでもらってコメントが欲しいと思う結構重い主題を取り扱うものばかりになっているので、逆に特色が出ているように思います。個人的には、私みたいな人がもう2~3人いると(いても日記を書いてくれないと意味がないんですが)知財SNSらしくなっていいと思っています。

知的財産自体は、どんどん市民一般のコモンセンスの中に入り込んで欲しいと思っています。そのために、ipippiがもっと大きくなり、普通の人が知財を普通に語れる場になって欲しいですね。

ユビキタスな研修

先週、泊まりがけの研修の事務局として、23区内の某ホテルに1泊2日の缶詰状態になっていました。とは言え、マネジメント層を対象とした研修だったので、さすがに2日間もマネジメント層を音信不通にするわけにも行かず、会議室にも宿泊室にも高速インターネット回線が通じているところを研修兼宿泊所に選んだおかげで、ほぼ全ての時間でオフィスと変わらない状態でネットが通じ、メールの送受信もできました。これも時代が進んだ証拠だろうと思います。自分ところの会社の元専務がある講演会で「ユビキタスという言葉ももう古いですね、なぜならもうユビキタス社会は実現できていますから」と言っていましたが、その通り、まだまだ場所は選びますが、いつでもどこでもネットに繋がる社会が段々と実現しつつあります。少なくともある程度のホテルであれば客室に高速インターネット回線が設けてありますし、ロビーでは無料の無線LANスポットが設けられています。空港にも無料の無線LANスポットがあります。無線LANスポットはどんどん増えていくでしょう。そうなると時代はどんどん変わっていきます。

研修兼宿泊所の客室に行ったら、テレビらしきものがありません。その代わりにTVパソコンが置いてありました。なるほど、これなら一石二鳥ですね。ちょっとTVパソコンの画面が小さかったので迫力はなかったですが、全然問題ありません。ついつい自分の家にいるつもりでネットサーフィンに興じてしまいました。これも時代の流れだと思います。個人メールにしても大抵のプロバイダーはウェブメールをサポートしていますから、個人所有のパソコンがなくてもメールチェックはできてしまいます。自宅にいるときと環境的にはほぼイコールの状態が実現されてしまいます。これは不思議な感覚ですね。ちなみに、先週木曜日にUPしたブログは客室から投稿しました。どこから投稿したかなどという情報は敢えて書かない限り分かりませんから、泊まりがけの研修をしたこと自体も自分から言わないと分かりませんね。

こういった変化はここ数年のことなのですが、もうずっと前からこの環境が実現しているような錯覚をすることが時々あります。便利すぎる、ってことかもしれませんね。

自作PCは楽しい!?

最近、思い出したようにパソコンへの興味が復活してきました。一番の理由はWindows Vistaが来年初頭にはリリースされることと、IntelがCore 2 Duoという新しいMPUを発売したことです。この2つが組み合わさるとどんなPCになるんだろう、とわくわくしてしまいます。

Windows Vistaがリリースされることが明らかになったので、家にある自作PCも少しアップグレードを図ることにしました。マザーボードは明らかに現在の規格から取り残された古いものなので、ハードウェアはメモリを増設する程度で済ませ、OSを今の2000からWindows XPにすることにしました。せめて、これだけのアップグレードをしておけば、あと寿命が2~3年は延びるでしょう。最近はMicrosoftが古いOSに対してどちらかというと冷たい(古いOSに対するパッチモジュールの提供をさっさと止めてしまっている)ので、現時点での最新版OSにしておかないと怖いのです。

この自作PC、5年前に作ったときは12~3万円かけて作りましたが、その後細かい部品交換などで結構金がかかっています。モニタをCRTから液晶にしたり(その頃で7万円)、キーボード、マウスが壊れたのでその交換をしたり、CD-RWドライブをDVD-RWドライブにしたり(これは最近なので7000円程度で済みました)、結構手を掛けています。とは言え、自作PCマニアからすれば金をかけていない方だと言われそうですが。元々メールとウェブとオフィスソフトが動けばいいので、スペックの高いPCが欲しいわけではないですから、高性能PCがどうしても欲しいという気持ちにはなりません。部品交換で余ったパーツがごろごろしている人から比べればまだまだかもしれません。

ただ、自作PCというのは、ある意味で大人のおもちゃいじりという気がします。色んなパーツを買ってきて如何に安く、あるいは如何に高性能な自分好みのPCを作るか、という点であくせくするわけです。時には自作することで市販のPCよりも高価になることだってあります。それでも自作PCが止められないのは、自分だけのPCを自分の手で組み上げることの喜びに代えられるものがないからでしょう。自作PC派はPC所有者の中で極めて少数派だと思いますが、根強い人気があって雑誌も取り上げるのはそれだけのニーズがあるからなのだと思います。ああ、自分も金さえあれば…。

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