書籍・雑誌

「知的財産部門の業務の特徴」

知人のBLOGに、「企業経営に連携する知的財産部門の構築」という書籍に「知的財産部門の業務の特徴」として次の10項目が紹介されていて、企業知財部門の集まりで激しく同意があったとの話が紹介されていました。

① 知的財産部門の業務は、ほぼ全てが他部門との共同作業・連携作業
② 共同作業・連携作業をする部署数が極めて多い
③ 知的財産活動は、短期間に成果が出ない
④ 他部門からすると、ラインとは異なる部門(知的財産部門)との共同作業
⑤ 数値情報化が難しい
⑥ 地味な業務が基本
⑦ 専門色の強い業務
⑧ 自社の先端技術・新製品に接する機会が多い
⑨ 競合他社の先端技術に接する機会が多い
⑩ 多くの側面を持つ部門

私も、数年前まではなんちゃって知財部門員でしたので、これら10項目については基本的に同意します。その上で、自分なりに考えることを少し書いてみます。なお、以下に書く内容は、知的財産部門の構成員個々のお話ではなく、組織としての知的財産部門全体についてのことです。また、ここで取り上げる内容は産業財産権に係ることに限っています。著作権を含めた知的財産権全般については事情が違うことがあるかもしれません。

① 知的財産部門の業務は、ほぼ全てが他部門との共同作業・連携作業

この特徴は、産業財産権が及ぼす効果が知的財産部門以外の多くの部門の業務に波及しうることと、産業財産権の権利形成及び活用業務が、知的財産部門以外の部門の業務に影響されることが多いこととの両面があるからだと思っています。特に、最近多くの企業で標榜されている「経営活動に資する知的財産」という目標を達成するためには、知的財産部門と他部門との間の両方向の矢印が以前にも増して太くならざるを得ないと思いますので、他部門とのcollaborationは必須になると思います。
以前は、知的財産部門が比較的閉鎖的であるという印象を他部門から持たれていたように記憶していますので、知的財産部門に所属する人間がcollaborationの必要性を認識することは重要なことであり、さらに、collaborationの度合いが高まることが、理想的には「経営活動に資する知的財産」という目標の実現に近づくことだと思っています。

② 共同作業・連携作業をする部署数が極めて多い

①の話と重複する点がありますが、つまりは産業財産権が及ぼす影響と、産業財産権に及ぼす影響とが共に多面的である、ということの現れだと思っています。ただ、どの程度をもって「極めて多い」と言えるかについては、なかなか悩ましいです。
つまり、他部門とのcollaborationがない部門は考えにくい(存在意義をどこに求めるかが非常に難しい)一方で、どこからが「極めて多い」という表現になるか、です。加えて、企業の規模によって業務も細分化され、これに伴って部門数も増加しますから、企業の規模が大きいとcollaborationをすべき部門数も増加すると考えられますから、「極めて多い」という表現は、本来は他部門におけるcollaborationとの相対的比較との中で捉えるべきだとも思うからです。
とは言え、自分自身の経験では、確かに社内に存在する部門の中でコンタクトを取らなかった部門はほとんどなかったように記憶しています。具体的内容についてはまだ守秘義務があると思っていますのでここでのご紹介は遠慮させていただきますが、とにかく多数の部門とのコンタクトを取っていた記憶があります。加えて、私は一時期社内でビジネスモデル特許担当であったので、いわゆる間接部門の発明者とのコンタクトも多数存在し、その意味でも「極めて」多数の部門とコンタクトを取っていました。

③ 知的財産活動は、短期間に成果が出ない

この話は、知的財産部門に所属する人間に対して、自らが行うべき業務の注意点として語られていた記憶があります。業務の視点をどこに置くべきかを考える上で、将来を見ることは非常に大切です。
一方で、他部門に対して知的財産活動を説明する際にも、この特徴を紹介することがありました。近年、特に商品のライフサイクルが短期化する中で、特許出願から登録まで通常数年、それから権利活用をして、というプロセスを踏む中で、いかに商品や事業を適切な時期に知的財産でサポートするかという観点で考えると、早期の対応が必要であるとともに、現時点での業務は数年先を見通して行うべきである、ということです。その分、他部門がpatientであることを知財部門としては切に望む、ということです。

④ 他部門からすると、ラインとは異なる部門(知的財産部門)との共同作業

スタッフ部門である知的財産部門の特徴を他部門(特にライン部門)に理解していただくにはそれなりの苦労が必要ですが、結果的にそれは知的財産に対する他部門の認識度に依存するとも思っています。私の経験では、知的財産部門がスタッフ部門であることで苦労したことも若干あります(特に知的財産部門立ち上げから暫くの時期)が、粘り強い地道な作業の結果、知的財産部門の必要性について他部門の方々が十分認識していただくに至ったので、最終的にはそういった苦労はせずに済みました。

⑤ 数値情報化が難しい

数値情報化が難しいのは、知財部門に限らず間接部門全般においても同様だと理解しています。そういった間接部門に対して数値目標を与える試みがいわゆるKPIだと思っています。知財部門におけるKPIの試みは一時期特許庁も検討していましたし、知財協でも委員会での活動成果が知財管理誌に発表されていたと記憶しています。
数値化する上での注意点は、数値化することで数値そのものが一人歩きし、知財部門の活動や業務が知財部門が意図しない方向で解釈される可能性があることです。その結果、会社経営陣のmisleadを招く可能性があります。
一方で、例えば特許出願件数や登録件数というわかりやすい数値は、他部門や経営陣にとっても扱いやすい数値です。従って、知的財産部門として、こういったわかりやすい数値を利用することも時に大事なのではないかと思っています。特許出願件数等の数字をKPIとして用いると、個々の出願の重要性の大小を捨象してしまう可能性がありますので、これこそ会社経営陣のmisleadを招く可能性があると考えられますが、こういった可能性があることを承知した上で、出願案件の質を一定以上に維持する活動を同時にするならば、出願の費用対効果をアップさせることもできますし、知財部門の活動を非常にわかりやすい形で「見える化」できて好適だとも考えられます。

⑥ 地味な業務が基本

これについては、実は私は「何とも言えない」というスタンスでいます。会社の業務で「派手な業務」とは何か、という議論です。例えば、知財戦略立案業務と書くと、何だか華やかな業務であるように思われがちなのですが、実際にこの業務をしている現場を私は知っているので、「そんなことないよね」と思います。訴訟をすると一見派手な業務のように見えますが、特許訴訟を担当した経験からすると、派手な業務だと思う暇も無くひたすら次の期日に向かって多忙な日々に文字通り忙殺されていました。地道な業務こそ第一だと思っています。

⑦ 専門色の強い業務

この手の話題は実際によくしていたのですが、例えば、社内の経理部門であっても専門色の強い業務だと思いますし、専門色が強いことが知的財産部門の特徴とまで言い切る自信は私にはありません。どんな業務であってもそれなりの専門性があり、その部門に異動したらまずは専門知識の習得に努めるわけです。
専門色が強い故にジョブ・ローテーションの機会が少ないという見方は、ある程度妥当すると思っていますが、当然のように知的財産部門もそのことについて十分認識しており、どうやって開けた知財部門にするかについて日々努力していると思っています。

⑧ 自社の先端技術・新製品に接する機会が多い

この特徴を知的財産部門の強みであると考えるには、先端技術を知ることで他部門に対して提案できるだけの力を備えないといけないと思います。とは言え、提案することが、実は当該先端技術を担当する事業部門の業務を阻害する可能性もありますので、他者を納得させるだけの提案ができるかどうかにかかっているように思っています。

⑨ 競合他社の先端技術に接する機会が多い

私としては、競合他社の先端技術に接する機会を多く持とうとする意思を有する人物が、知的財産部門に所属するメリットがあると思っています。端的に言えば、好奇心を持つことが知的財産部門に所属する人々の務めだと思うのです。

⑩ 多くの側面を持つ部門

企業の各部門には所掌範囲がありますので、幾ら多くの側面を持ちうると言っても実際に知的財産部門が多くの側面を持っていいのかどうかという素朴な疑問があります。一方で、①、②に記載したように、知財部門は他部門とcollaborationする機会は非常に多いですから、他部門からの情報収集と他部門への情報提供は怠ってはいけないと思っています。

こんなところで。

ジュリスト2013年9月号

本日は久しぶりに知財系の書籍(正確には雑誌)のご紹介を。本当はさっさと書かないといけないネタがあるんですが、忘れないうちに書かないと内容をけろっと忘れるので。

で、ご紹介するのは、一月ほど前に発売されたジュリスト(2013年9月号)です。このジュリストの特集は「標準規格必須特許の権利行使をめぐる動き」です。先日(平成25年2月28日)の東京地裁判決で、アップルvsサムスンの損害賠償請求権不存在確認訴訟についての東京地裁の判断が出ました。このところ、アップルvsサムスンに限らず、欧米や米国において標準規格必須特許権を巡る訴訟が幾つかあり、日本においても上に書いた判決が出されたことで、日米欧で色々な判断が出揃ったことになります。

ジュリスト2013年9月号特集では、標準規格必須特許の権利行使にまつわる問題について、独禁法の適用を除く対応、つまり、権利濫用、裁定実施権、差止請求権の制限に絞った論考が収録されています。権利濫用については、上に書いたアップルvsサムスンの東京地裁判決の評釈を中心とした論考が、また、企業で標準化特許全般に携わっている実務家の方がその実情を紹介した論考が、また、米国におけるRAND条件(特にライセンス条件)に関する裁判例を紹介した論考が、また、裁定実施権については日本における不実施裁定実施権及び公共の利益のための裁定実施権の現状を紹介した論考が、さらに、差止請求権の制限については特許法100条1項の改正試案を紹介した論考と民法学における差止請求権の一般理論を紹介した論考とが収録されています。

この中で一番個人的に興味を持ったのが、民法学における差止請求権の一般理論を紹介した論考でした。つまり、物権の排他的効力の反射的効果としての伝統的な差止請求権は、複雑に絡み合う利害関係の中から生まれる差止請求権の効果の調整を十分に行うことができないことがあり、また、権利として法的に認められているであろうもの以外に法秩序により保護すべき利益(例えばプライバシー、日照など)についての差止請求を認めることもできないという問題を抱えているので、このような伝統的な差止請求権理論に代わる学説が出現しているとの紹介がありました。この上で、現代の差止請求権理論に則るならば、特許法において差止請求権に対して利益考量を入れた条文を用意するならば、それは一般法である民法の理論も許容することができるのではないか、という見解が示されていました。
この考え方は、ある意味で英米法における差止請求が衡平の理論に基づくものであることに近い結論を与えるように思います。米国ではeBay最高裁判決において衡平の観点から差止請求権に対する行使制限をしましたが、日本は制定法に基づきますので、特許法100条そのものの改正をする必要があると思いますが、とは言え、かかる衡平的な観点を特許法100条に入れ込むことを民法学側が許容しうるという見解は、私としては非常に新鮮なものでした。

とは言え、個人的に今回の特集で残念であったのが、(F)RAND条件が日本においてどのような意味を持つのかについてあまり触れられていなかったことです。上述した東京地裁判決では誠実交渉義務を生じさせることを明らかにしたと理解していますが、米国においては(F)RAND条件の宣言により「第三者のためにする契約」が成立するとの判決が出ており、この流れを考慮するならば、日本においてもそういった解釈が成り立つのではないか(北大の田村先生はこの考えを提案されているようです)とも言えます。そうなると、上述の東京地裁判決の控訴審で、東京地裁判決の論理構成を修正しうる余地が生まれるかもしれません(話はそれほど簡単ではないと思いますが)。また、日米において(F)RAND条件の解釈が異なることで、世界各国に標準規格必須特許を所有する権利者(大抵の場合、標準規格必須特許は世界各国において権利を取得していますので)国毎に対応を検討しなければならない(いわゆる属地主義である以上仕方ないとも言えるのですが)手間がそれなりにあるだろうなぁ、とも思います。

また、企業にいた経験からすると、標準規格必須特許に対する差止請求権の制限に関する議論は、いわゆるパテントトロール(あるいはNPE)に対する差止請求権の制限の文脈の中で語られている雰囲気がしています。確かに、標準規格必須特許に対して安易に(何をもって「安易に」というかについて様々な議論があると思いますが、ここでは敢えてその辺りの議論は避けます)差止請求権の成立を認めるならば、被告のみならず公益的な観点からの影響も大きいでしょうから、パテントトロールが所有する特許権に差止請求権を認める以上に社会に与える影響が大きいのは理解できます。一方で、仮に標準規格必須特許に対してロイヤリティの支払を拒否している(権利者側が誠実交渉義務を履行したという前提で)法人が存在した場合に、かかる行為をどのように阻止するかを考えるならば、損害賠償請求訴訟をしたとて、結果的に認められるのは(F)RAND条件に基づくロイヤリティであると考えられ、訴訟費用の負担を被告に求めたところで、訴訟費用以外の原告側の手間等を考慮すると、権利者側に若干不利に働く気がしています。権利者以外の標準規格必須特許の実施者がロイヤリティ支払に傾くインセンティブをどこに求めるのか、かなり悩ましい問題です。この点、MPEG2パテントプールにおいては比較的頻繁に無断実施者に対する特許権侵害訴訟を提起しており、無断実施者に対してロイヤリティ支払をさせる仕組みがうまく働いているように考えます。

(F)RAND条件に関しては、自分自身もトータルで明確な立場を取るまでに至っておらず、色々な報告書等を読んで勉強中の身ですから、上に書いた見解も見当外れの部分があるかもしれません。とは言え、今回ご紹介するジュリスト2013年9月号は、現時点において標準規格必須特許の権利行使について様々な観点から検討された論考が並んでおり、非常に参考になる文献だと思っています。


池井戸潤「下町ロケット」(補遺)

前の記事で、一気呵成に感想を書いたら、案の定書こうと思っていた話題を幾つか書き漏らしましたcoldsweats02。なので、ちと脈絡がないのですが、補遺を。

まず、佃製作所が金策に詰まるところですが、私も又聞きレベルで申し訳ないですが、金融機関は財務諸表に基づく評価はできるものの、技術に基づく評価はなかなかできない、という話を聞きます。技術評価は外部機関に依頼することも最近では時々行うようですが、外部機関を使って技術評価をした場合、それなりの費用がかかるので、コストをかけたものの否定的な評価が出た場合はその費用は誰が払うんだ?ということになり、金融機関はなかなか重い腰を上げないようです。ただ、小説では金融機関として「銀行」ばかりが出てきた印象がありますが、中小企業の場合、地元密着型の金融機関として信用金庫や信用組合のお世話になっている企業が結構あります。で、信用金庫などは長期間にわたってその地元で地元密着型企業との付き合いがありますし、そんなに新規融資先が現れるわけでもない様子なので、地元密着型企業を大切にする印象があります。私が話を聞いたある信用金庫は、中小企業支援センター(もう終了しましたが)として活動し、その中で知財評価にも積極的に取り組む姿勢を持たれていました。あと、金融支援という側面で言うと、中小企業庁や中小企業基盤整備機構を中心とする中小企業に対する支援策が数多くあり、(条件は色々とあるのですが)緊急的な金融支援策を取り得ます。この辺りは、小説には登場しない中小企業診断士、社会保険労務士、税理士、公認会計士などの専門職の支援を仰ぐ(当然、商工会議所などもありますが)ことで道が切り開けることもあります。ま、小説では、この辺りの支援策も検討したが…ということなんだろうと思います。

もう一つ、小説では比較的善人と悪人とがわかりやすく、カリカチャライズされた形で描かれていました。登場人物の正確や立場を明確にし、読者が感情移入しやすいためのことだとは思いますが、当然ながら、現実は善人と悪人の境目は不明瞭であり、いずれかにカテゴライズするのは困難です。例えば、知財訴訟を得意とする弁護士は、実は事件毎に原告側に経つと思えば被告側に経ち、また、原告/被告代理人として対立することもありますが、次の事件では共同代理人としてタッグを組むこともあり、実に立場が目まぐるしく変わります。小説内のナカシマ工業の代理人弁護士は、多分に顧問契約を締結しているのだろうと推測しますが、とは言え、職業倫理を超えてまで企業側に与することはないので、ちと悪人に描かれすぎかな、と思いました。私が存じ上げる知財関係を得意とされる弁護士先生は、どなたも職務遂行は真摯にかつ公平に行う方ばかりで、尊敬に値する方ばかりでした。

…こんなところで思ったことのほとんどを書きましたので、この項はこれで終わりにしますm(_ _)m。

池井戸潤「下町ロケット」

さて本日は、前回の記事で未読ながらあれこれとまつわる話をした「下町ロケット」についてです。遅まきながら、読了致しましたのでcoldsweats01、感想をば。

まずは全体的な感想です。作者が丹念に取材し、それに基づいて非常にスケールの大きい物語を構築していることに大きな感銘を受けました。もの造り日本と言われながらなかなか実感のできないことが多いかと思うのですが、もの造り日本ここにあり!と快哉を上げたくなる作品です。

…と言った上で、ねちねちと細かい話をしましょうcoldsweats01。ネタバレ部分が多々ありますので、ご注意を。

まず、佃製作所の舞台となっている大田区上池台。私の自宅がまあまま近所(大田区では共通)であり、上池台にも馴染みが随分とありますが、佃製作所は上池台の坂の途中にあるという設定になっています。で、実際の上池台には平地部分と坂の部分とがあり、平地部分は内陸にありながら比較的専有面積の広い事業所が幾つかあって、工場も立地しています。一方、坂の部分はどちらかというと高級住宅街で、工場を立地するには微妙に条件が悪いところのように思います。なお、上池台には以前学習研究社の本社がありました(今は五反田の目黒川の近くに移転しました)が、学習研究社は工場ではないですね。ま、大田区全体を見ると、意外と住宅街の中に工場が混在している場所があるので、違和感があるとは言えません。小説を読みながら、上池台の坂道を幾つか思い出していました。

次に、神谷弁護士のモデルと言われる鮫島弁護士。確かに、理系大学出身の弁護士で、エンジニア経験のある理系弁護士の走りと言える方です。細かい話ですが、鮫島先生の出身法律事務所は、実は知的財産権関係よりも企業法務全般に強みを持っている事務所です。鮫島先生は、この企業法務に長けた法律事務所で現在のパートナー弁護士先生と出会い、独立されたわけです。で、今の事務所のある場所は、小説に書いてあるとおり、「西新橋の、弁護士事務所ばっかり集まっているビル」にあります。私は鮫島先生と知り合ってから随分長い(多分、鮫島先生が弁理士合格された頃からです)のですが、まだ事務所にお邪魔したこともなく、また、仕事上のお付き合いもない(セミナー会場などでお会いする機会は相当あるのですが)ので、法廷での颯爽としたお姿に触れる機会はまだないのが残念です。

次に、ナカシマ工業との特許訴訟で、ナカシマ工業が佃製作所からの反訴であっけなく白旗を挙げてしまう件です。自分の経験からしても、また、今までの職務経験で教わったこととして、特許訴訟を含めた権利活用を行う際には細心の注意を払う必要があり、実際に権利活用先(企業)を定めるに当たっては、相手方企業がどのような特許を保有し、それが自社にどのような影響を与えるかについての検討は必須です。特に、大企業が中小企業を特許訴訟の相手方にする場合、事業規模がかなり違ってきますので、権利行使で得られる金額よりも反訴で取られてしまう可能性のある金額のほうが相当大きいことが予想されます。従って、反訴の可能性がある案件については、慎重にならざるを得ません。小説の場合、ナカシマ工業は時間稼ぎによりいわば兵糧攻めにする作戦であったので、仮に反訴の可能性があったとしてもそれまでに決着を付ければ良いという見通しで訴訟に踏み切ったと考えられますが、現在の裁判所における特許訴訟の進行スピードの速さは目を見張るものがありますので、結果的に見通しが甘かった、ということになります。

さて、本題の中小企業ドリームというべき小説の主題についてです。大田区がここ数年、大田区の工匠100人という企画を立て、毎年30人程度ずつ選定しています。夏になるとJR蒲田駅で紹介されています。この、大田区の工匠の製作物(部品ですけどね)は、どちらかというと少量製作物に近く、量産品はほとんどありません。それもそのはず、量産品(こちらもおおむね部品)については大量生産が必要なため、数多くの工場が大田区外に移転(海外移転もしています)し、大田区内に残った工場は、高い精度が求められるもの、あるいは加工が難しい金属等の少量製作物を製造する工場と、あとはかなり単純な部品を製造する工場とが多数を占めるようになっています。佃製作所は、この前者に所属する企業で、しかも、従業員数が結構多い企業という設定になっています。よく、マスコミを中心として製造業の空洞化云々という論調がありますが、ここでいう製造業とは、上に書いた量産品についてのことを指している場合が多く、日本全体で見るとその図式が当てはまらないところが当然ながら出てきます。佃製作所の場合、BtoBをメインにする企業で、しかも少量製作物ばかりを担当している企業ですから、そもそも空洞化を議論する必要がなく、未だに世界のトップレベルを維持していることが容易に推測できます。

もう少し付言すると、実は大企業は少量製作物について非常に高い加工精度を持って製造することを社内技術として保有することをどんどん諦めています。社内にそういった匠を保有することのコストを考えると、特に試作品レベルでの製造工程は外注に委ねる部分が非常に大きくなってきています。で、日本の中小企業の一部は、この、非常に高い加工精度で少量製作物を製造する部分を担当しています。従って、かなりの大企業は、そういった範囲のことであれば外注することにためらいを持たなくなっています。特に、大田区の中小企業の中には、クライアントからの要望にできるだけ応えようという気概を持っている会社が幾つもありますので、この部分に関しては、大田区の中小企業は日本の製造業を未だに大きく支えていると言えます。例えば、こんな会社があります。

その意味で、朝日新聞の書評で、「下町ロケット」をかつて存在したドリームであるような書き方をしていることに、私自身は大きな違和感を感じました。確かに、後継者不足で悩んでいる中小企業も多数ありますし、量産品の製造に関しては新興国(特に中国)の擡頭で製造業全般では苦難の道を歩んではいるわけですが、私が見る限り、このドリームは現存するものであり、従って、過去形で語ることには怒りすら感じました。

最後に、知人が、この小説に、技術に詳しい弁理士が登場しないことをちょっとだけ嘆いていました。しかし、よく読んでみると、そもそも佃製作所に優秀な技術があり、これが的確に特許されていたからこそ「下町ロケット」という小説が成り立ったのであるから、実は、特許取得に尽力した(であろう)弁理士は、この小説の縁の下の力持ちと言えるわけです。弁理士は往々にして縁の下の力持ち的な存在ですから、これはこれでいいのではないか、と思っています。ちょっとだけ登場してもいいかな、とも思いますけどね。


原書は読みたいけど時間が…

以前このBLOGで話題にしたPatent Failureですが、まだ読了していませんcoldsweats01。理由はあると個人的には思っています。通勤時間内に読むのは大変であるとか、他に読む本があるとか…ただ、突き詰めると英語の原書を読むのは骨が折れる、というのが一番の理由のように思えます。もっと英語力があればいいんですがねぇ。

経営学とかイノベーション論の本を読むようになって、up to dateな知識を入手しようとすると原書に当たらざるを得ないことが結構多くなりました。日本人ですから日本語で読めるのは非常に助かるのですが…。そうは言っても、翻訳版が出ればどうしても楽ちんですからそっちに飛びついてしまいます。で、翻訳版を読んでいると、どうも内容的に納得のいかないところが出てくることがあります。その理由の一つは翻訳の不正確さとか原書にある内容を翻訳の際に省略してしまったことにあるようです。

例えば、この間読了した「オープンイノベーション」は、Amazonの書評によると翻訳が不正確でしかも原書の一部を省略して翻訳しているようです。私の会社の知財部門のトップによれば、「違う本を読んでいるのかと思ったwobbly」そうです。他に、「役員室にエジソンがいたら」(原題:Edison in the boardroom)は、私にとって数少ない原書を読了したもので、翻訳版を見たら同様に訳語は不正確、翻訳されていない章がある、と厳しい言い方ですが原書の良さが半減していた感じがしました。これから読もうとしているもう一つの「オープンイノベーション」(原題も邦題もこうなので非常に混乱します)は、翻訳の正確さは大丈夫そうですが、文中にreferされている参考文献リストが翻訳版に省略されていて、気になる文献があったらどうしたらいいんだろうと思っています。

理工系図書でこんな話は聞いたことがないので、もしかしたら経営書のように数多くの書籍が発行され、しかも鮮度が命の書籍の場合、出版社の考えによって適宜省略がされることがあり、また、翻訳を急ぐあまり正確さに欠けることがあるのかもしれません。しかし、全ての経営書がそういった指摘がされているわけではないので、よくわかりません。

ちなみに、クリステンセン3部作と呼ばれている「イノベーションのジレンマ」に始まる3冊の本は、最初の2冊と最後の1冊(「明日は誰のものか」)とで翻訳者が変わっています。「明日は誰のものか」の翻訳者あとがきで、いみじくもご本人が前2冊の表現を参考にしながら敢えて変更したところがありますと言われているので、こういった場合は非常に良心的なのだと思います。とは言え、訳語が違うことで、実際にちょっとtranslateしながら読まなければならない箇所がありましたので、やはり翻訳は難しいなぁ、としみじみ思いました。

できたら最先端の経営書を日本語で読みたいというのは贅沢な考えなのでしょうか、やはり原書で読むのが一番なんでしょうねぇ。どうしよう…。coldsweats02

突っ込みながら本を読む

今日は雑談です(^^)。

元々趣味が読書なので色々な本を読んでいます。最近は、このBLOGでも度々話題にしているイノベーション論、MOT(技術経営論)、イノベーションと特許あたりの本を読んでいます。このようなジャンルの本は世間一般からするとマイナーな本なので、図書館に行っても置いていないことが多く、結局のところ自分で購入することが多いです。

本を読んでいると、以前はなるほどと感心しながら読んでいることが多かったのですが、最近はどういうわけか素直に知識が頭の中に入ってくる本が少なくなり、ものすごい違和感を感じながら読んだり、著者の考え方に対して突っ込みを入れながら読んでいることが多くなりました。多分、自分自身の考えが素直じゃないんだろうなぁ、と思う一方で、同じような本をたくさん読んでいることで自分なりの考えが確立されてきて、知識を批判的に受け入れる下地ができてきているようにも思えます。

イノベーション論など最近読んでいるジャンルは、例えば理工学でいう力学や電磁気学、人文学でいえば経済学のようにある程度定説が明確にされており、どの本を選んでも書いてあることは大差ないようなものと違い、学問自体がon goingなところがあり、決まった定説がまだ定まっていないものばかりです。ある人に言わせると、これが「学」と「論」の違いだそうです。こう考えると、例えば力学の教科書を読んでいて説明の仕方の巧拙に突っ込みを入れることはあったとしても、力学そのものの内容に突っ込みを入れることは滅多にありません(これができたら天才です)。一方、例えばイノベーション論の理論はある現象の側面を的確に説明できたとしても、違った事例に対してはその理論が全く通用しないことも数多くあり、突っ込みどころ満載と言えます(時々、「この理論は応用範囲がとても広いです」といった記載があるのを見ると、そのこと自体に突っ込んでしまいたくなります)。逆に、読んでいてこうした思考実験をすることで自分の頭を鍛えているとも言えます。

とは言え、あまり突っ込みながら本を読んでいると、読むスピードは上がらないし結構疲れるしでいいことはないんですが(^_^;)。

息子に絵本を読み聞かせしています

本日の話題は知財と直接関係ないのであしからずm(__)m。

息子が寝る前に、多くの家庭でやっているように、絵本の読み聞かせをしています。息子は現在アンパンマンブーム絶頂期なのでアンパンマンの絵本が当初多かったのですが、アンパンマン以外にも優れた絵本はたくさんあるだろうということで、妻の考えで色々な絵本を図書館から借りてきて読み聞かせをしています。当初は息子はアンパンマン以外の絵本にさほど興味を持たなかったのですが、最近は絵本の面白さに目覚めたようで、様々な絵本を食い入るようにして見、読み聞かせに耳をそば立てて、気に入った絵本は何度も読んでくれとせがんできます。

妻が気に入っているのがレオ=レオニという絵本作家とエリック=カールという絵本作家です。

レオ=レオニは「スイミー」という絵本が一番有名です。スイミーは小学校の国語の教科書にも収録されたことのあるほどの著名な作品で、仲間が大きな魚に全部食べられてしまったスイミーがまた仲間を見つけ、仲間たちと一緒になって大きな魚を追い払って平和な生活を取り戻す、というストーリーです。レオ=レオニの作品は非常に哲学的なところがあり、元々レオ=レオニはグラフィックデザイナーとして著名でしたからその色遣いといいコラージュ等を駆使した技法といい絵としての魅力も非常に素敵なのですが、ストーリーも考えさせられるところがたくさんあり、絵本トータルの完成度が優れています。

エリック=カールは「はらぺこあおむし」という絵本が一番有名です。エリック=カールの作品も色遣いが非常に素敵ですが、それに負けず劣らず絵本としての仕掛けが優れています。例えば、この「はらぺこあおむし」、はらぺこなあおむしが色々な食べ物を食べてしまう様が絵本に丸い穴を開けることで表されています。ちなみに、エリック=カールはレオ=レオニの紹介でグラフィックデザイナーとしての職を得たとか。面白いつながりですね。

息子もこのレオ=レオニとエリック=カールの絵本が大変気に入って、何度も何度も繰り返し読み聞かせをせがまれます。やはり優れた絵本は子供の心にきちんと響いて何かを残すんですね。

仕掛けのある絵本で思い出したのが、日本の木村裕一という絵本作家の「いないいないばああそび」という絵本です。この木村裕一という絵本作家、「あらしのよるに」の作家として非常に著名ですが、絵本の絵柄は非常にほのぼのとしています。「いないいないばあ」というと松谷みよ子の絵本の方が有名なのですが、木村裕一作の「いないいないばあ」も版数を非常に重ねていて人気があることがわかります。この絵本、ページをめくるとキャラクターがいないいないばあをするような仕掛けがしてあります。どういう仕掛けかというのは、実はこの絵本の出版社が実用新案を取っている(実公平06-20560)ので、興味のある方は特許庁の電子図書館でご覧あれ(ああ、最後に無理矢理知財ネタにつなげたな)。

(以上、敬称略)

本は買いたし金はなし

このブログにもずいぶんと書いてきたように、最近の自分の関心は知財と技術経営、知財とイノベーションの関係にあります。畢竟、読んでいる本も技術経営やイノベーション論に関するものが多くなります(技術経営またはイノベーションと知財との関係を直裁的に論じた書物はほとんどないので片方に偏ります)。自分の業務とも直接関係ないですし、弁理士でありながら知財関係の本をほとんど読まないのもどうなんだろう、という感じがしています。

振り返ってみると、弁理士登録からそろそろ20年が経過します。その間、自分の興味のある分野はかなり変遷を遂げているようです。当初は知財の法律知識や実務知識を吸収しようとして知財、特に特許関連の実務本を買い漁りました。毎年特許法等が改正されていました(今もそうですが)ので、改正法の知識はmustでしたし、明細書を漫然と書いていたのではクライアントの要求に十分応えられないと考え、実務知識を貪欲に仕入れていました。次いで、法律知識を深めたいという意欲が強まって夜間の法学部に入学し、それに伴って一般法の基本書を買い漁りました。その後、企業知財部に入ってup to dateな知識は仕入れていたものの、特段これといった意識を持って本を買っていなかった時期を経て、MOT社会人大学院に入学した途端自分の全く知らなかった技術経営論やイノベーション論に関する知識に触れ、本を買いたい意欲が復活し、現在に至っています。

技術経営論であれイノベーション論であれ本を購入するのに困ることは、これらの学問には定説といったものがなく、有力説が多数乱立しているので結果的にこれらをある程度網羅しないとfront lineの議論についていけないことです(まあ、学問を飯の種にしていないにわか研究者ですから別にfront lineにいなきゃいけないわけではないんですが)。このため、読みたくなる本は常に10冊以上あり、自分で購入していたらものすごい書籍代になってしまいます。しかし、技術経営論やイノベーション論は全般的にはマイナーな学問ですから図書館にある本も限られています。今は自分のいる地方自治体にある図書館の蔵書をインターネットで検索できるようになったので、できるだけ図書館を利用して蔵書のあるものはこれを利用しています。ただ、上に書いたような理由で全てを網羅できはしないので、結果的に買わざるを得ない本が残ってしまいます。

一方で、弁理士としての本分を忘れない意味で、知財法の勉強もしなければ、と思いつつ無い袖は振れぬとばかり全然本を買っていません(^^ゞいかんなぁ…。

積ん読のはいやだけど

MOT、イノベーションに興味があり、さらに知的財産マネジメントに興味があると、これらに関する書籍が出るととっても気になります。最近はAmazon.comが購入リストを参考におすすめ書籍を表示してくれますので、ついつい買いたい気分になってしまいます。特に、どちらの分野にしても興味のある人はある程度限定されてしまいますので、近所の本屋に行ってもいつも常備しているとは限らない、結構品揃えのいい本屋は通勤ルートから外れていてせいぜい2~3ヶ月に1回しか通えない、さらに、購読層が限定されていると本屋から姿を消すのも早い、等々あり、Amazon.comなどの書籍通販サイトで紹介されていると「今しかない」と焦って買ってしまうことも多々あります。こうやって買ってはみたものの時間がなくて読めない(俗にいう積ん読)本が10冊以上あります。

最近買った本は、新版なった「新・特許戦略ハンドブック」です。この本、知り合いの鮫島弁護士が編著者ですので、約7000円という高額にもかかわらず買ってみることにしました。総ページ数700ページというところからついつい尻込みしてしまい、1週間ほど積ん読状態です。とは言え、折角買ったんですから勿体ないので今週あたりから読み始める予定ではいます。

こんな積ん読状態になったのは、MOT社会人大学院に通い始めてからでしょうか。それまではMOTやイノベーション論に関する書籍に特段興味はなかったのですが、社会人大学院で学び始めたらすっかりはまってしまい、手当たり次第に購入する癖がついてしまいました。一時期、これでは小遣いの範囲を超えてしまうと思い、図書館を頼ろうとも思ったのですが、図書館にもMOTやイノベーション論に関する書籍の在庫がない、あっても古いものばかりなので半ば諦め、小遣いの範囲で何とかやりくりをしています。それでも月の書籍購入額が1万円を超えると辛いですね。ただ、元々書籍購入額はけちらないタチなので、仕方ないかと思っています。特許関係の書籍も上に書いた事情と大して変わらない事情を持っているので、以前から買いたい本は躊躇わずに買ってましたから。

今の悩みは、継続して1時間以上本を読める時間を確保するのが難しいことでしょうか。乗り換えが多くて本を開く余裕がない、家に帰ると子供が待っている、寝る時間も早い、これではどうやって本を読もうか考えますね。

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
フォト
無料ブログはココログ