日記・コラム・つぶやき

たまには愚痴を

たまには愚痴を(いつも愚痴っぽいエントリだという鋭いご指摘は華麗にスルーcoldsweats01)。

ふと思い返してみたら、今年は、私が特許事務所から企業知財部門に転職してから20年目でした。それから16年ほどの企業知財部門の経験を経て、4年前に特許事務所に出戻りしたわけです。私が知財業界に所属してから28年ほど経過しましたが、まだ企業知財部の在籍年数が長いという不思議な状態です。

今でこそ知財業界にある程度特化した転職サイト、転職支援業者が幾つも存在しますが、私が企業知財部門に転職した頃は、あるのは技術系転職支援雑誌(あと口コミ)だけ。転職を考えてからずっとこの雑誌を食い入るように見ていたのですが、企業知財部門への中途入社の求人情報はほとんどありませんでした。数ヶ月経過して、やっと見つけた求人情報を頼りに転職活動を開始し、ようやくその企業への中途入社が決まったときにはほっとしました。

こういった出戻り生活をすることで見えてきたことがたくさんあると私自身は勝手に思っており、決して自分自身の決断を後悔してはいないのですが、弁理士試験の同期合格で、特許事務所での活動一本で暮らしてきた方々の中には、大規模事務所の副所長になっておられたり、中規模程度の特許事務所の所長先生として活躍されていたり、で、そう考えると、企業知財部門に転職したことで何か失ったものがあるのかなぁ、とも思うことがあります。

何となくの話ですが、現在の日本はまだ「この道一筋何十年」という職務経験を尊ぶ傾向があるように思っています。そういった価値観からすると、私のようなキャリアはあちこちつまみ食いをしているように見え、結果的に評価が低くなるのかもしれません。

知財、特に特許出願という手続業務を依頼する側と依頼される側との両方を経験した自分からすると、物事の様々な側面を実体験し、最終的にどのような考え方、進め方をすべきかについて、できるだけ客観的に判断することは大切だと思っているのですが、様々な局面でクライアントであったり潜在的なクライアント対象者の方にご説明しても、私の言葉がうまく伝わっていないなぁと実感することが結構あります。これは偏に自分の表現不足なんだろうと思っていますが、結構辛いものがあります。

とは言え、色々な方にご説明することを止めてしまったら、そこで次の展開がなくなってしまいますので、とにかく打たれ強い自分であることを標榜し、頑張っているところです。

ということでオチのない話ですが…

無題

昨日の記事にも書いたように、疲労困憊状態で平日はBLOGを更新する気力が全くなく、土日は子供と遊ぶ時間を確保するとこれも疲労困憊状態が回復する間もない状態にあります。

そんなこともあり、ちとBLOGの更新をお休みしようかと思っています。

もう一つ理由が。

このBLOGを書き始めて6年くらい経ちます。当初は知人にだけ公開していたのですが、自分なりに結構いいことを書いていると思い始め、広く公開することで皆さんと色々な交流ができると思い、非常にマイナーな話題ばかり書いているにもかかわらずオープンにしました。なんだかんだあり、2週間くらい間が空いたこともありましたが、疲れ切った体に鞭打ってBLOGの更新を続けてきました。お陰様で、コンスタントに読んでいただける方が平日は100名を超えるまでになりました。読んでいただいている方には感謝の言葉もありません。

とは言え、知財関係者ならば誰でも知っているほどの知名度には至らず、自分の身の回りでも読んでいただいていない方が結構おられます(当たり前とも言えますが)。私がBLOGで詳細に論じた話を別のところで議論がされ、不完全な情報に基づいて何とも言えない終わり方をしているのを見ていると、結局のところ、私がBLOGでちまちまと説明していることは何だったんだろうと不毛な気持ちになります。

また、私が色々と考えて説明をしたつもりでも、真意が読んでいる方に伝わらず、これも不毛な気持ちになる原因の一つでした。文章というのは、書き手から発せられればどのように読まれるかは読み手に委ねられることは重々承知していても、伝わらないもどかしさを感じることも多々ありました。

結果的に、富士山に砂をなげつけるかのような気持ちに陥り、段々と更新をする気力が失せてきたわけです。これだけ考えて書いても、何か知財業界に影響を及ぼすことがすこしでもできたのだろうか、と。

上に書いたことは、ある意味私の我が儘とも言えます。一人の発言で業界が動くわけはありません(よほど影響力の大きい方なら別ですが)。所詮、自分が知財業界で無名である以上、変わるわけはないのです。とは言え、かなり疲れ切った状態にあるのも事実です。

いつまで休むか…全く未定です。書きたいことが改めて出てきたら、あるいは、皆さんからのリクエスト事項があって、それなら書く気になるか、と思えるまで休むことにします。

最後に、超マイナーな議論を読んでいただいた皆様に厚く感謝いたします。またお会いできる日まで。

ちょっとした近況報告

もしかしたら、こんなへぼいBLOGの更新を待ち望んでおられる方がいると申し訳ないので、簡単に近況報告をば。

ここ1~2週間ほど体調を崩し、入院はしていませんが、だるさのために夜は早々に寝ております。検査もしているのですが、現状、原因はつかめていません。とにかく休養第一なので、まだ暫くBLOGの更新もままならない状態が続きますが、ちょっとだけ長い目で見ていただけるとありがたいです。

幸いなことに(って何が幸いかわかりませんが)どうしても書いておきたい時事ネタもそんなになく、考え事をするのにはいい時期かもしれません。復活に向けて英気を養いますので、ちょっとしたらまたおいでいただけるとありがたいです。

弁理士試験合格者に贈る

先週、出身大学の弁理士試験合格祝賀会に、迎える側として参加してきました。このところ用事があって毎年行ける状況になかったので、久しぶりの参加になりました。そのせいもあり、出席者の面子ががらっと変わっていて隔年の感がありました。確かに、もう合格してから20年ですからね。合格当時、現役で十二分に活躍されていた先輩弁理士も齢を重ね、白髪も多くなってしまいました。

今年は、合格者の出席人数も30人を超え、自己紹介も非常に短めでちょっと物足りない感じがありました。また、全ての合格者の方とお話をすることも叶わず、若干不満を感じたままで終わってしまいました。ただ、あんまり説教じみた話を先輩弁理士からずっと聞いているのも苦痛でしょうから、それはそれでよかったのかもしれません。余談ですが、私の出身特許事務所から2人も合格者が出席されていて(全体で4名合格されたそうです)、お互いに知らぬままに情報交換をして判明してびっくりしてしまいました。もう15年も前の話ですから、事務所の所員も総入れ替えしてますし、企業の担当者の方も総入れ替え状態ですから、共通の話題はそれほどありませんでしたが、私が退所してからの話を聞けて有意義でした。

祝辞でも、また、合格者の言葉でも出てきたのが、現在の知財業界の厳しさについてでした。確かに、自分の会社も「結果的に」出願依頼件数が減少してしまっている(予算策定時にそんなに厳しい数字を出してないんですがね)ので、特許事務所の方々には苦しい思いをさせてしまっているわけです。事実、リストラが敢行された特許事務所の噂も聞きます。しかし、一方で、このご時世でも継続的に人材募集をしている特許事務所もかなりありますので(合格祝賀会でお会いした先輩弁理士も「いい人いないかな」と言っていました)、業界毎、また、事務所毎で事情は随分違うという印象を受けています。もしかしたら、企業からの依頼案件が減少した事情は、不景気をいい口実に、特許出願件数をさらに厳選することかもしれませんし、特定の事務所に対する依頼案件が従前比で減少した場合も不景気をいい口実にしていたのかもしれません。この辺りは、個別事情を詳細に検討しないと本当のことはわからないと思います。知財業界が厳しいといっても、全ての特許事務所が等しく厳しいとはいえません。どこかが勝ち残るわけです。

また、合格者との歓談の中で、今後どのような方向性を模索すべきかという話が結構ありました。その時の私の回答は、

「弁理士に合格するまでは、合格という目標しかありませんから非常に狭い視野で知財を考えてきたと思います。弁理士に合格することで、一気に視野が開けてくると思います。これは自分の経験からも言えます。弁理士に合格したら、次は国際派を目指すのもよし、訴訟や鑑定に強い弁理士を目指すのもよし、また、特有の専門分野に強い弁理士を目指すのもよし、です。その際に、自分の強みを、自分のキャリアを棚卸することで明確にし、その強みをさらに伸ばすことで方向性を考えるといいと思います。当然、棚卸しても何もないこともあるでしょう。そうしたら、弁理士合格を機に強みを作ればいいです。できたら、ニッチな分野でいいですから、日本で10本の指に数えられるくらいの専門性を持つといいです。イメージとしては、明細書作成という弁理士の本業を中心に専門性を伸ばす、というものです」

でした。少し納得していただけた方もいたようなので、よかったかな、と思っています。

それから、合格者で思い出したことで、最近mixiに入って新人弁理士の方や弁理士受験生の方のプロフィールを拝見したところ、合格したら知的財産コンサルティングを目指したいという方が結構いました。上の私の発言と関連して、知的財産コンサルティングという業務は、私が考えるに、明細書作成に関連する弁理士の本業がしっかりしていて初めて成立するものだと思っています。知財コンサルをやるのに明細書も書け、ということではありません。何がいい権利か、そのためにどんな明細書が必要とされるのかという基本をおろそかにしては知財コンサルは成立しないということです。知財制度全般に関する正しい、しかも深い理解があって初めて意義のある知財コンサルが成立するのだと思っています。知財経営を後押しするとはいえ、経営に軸足を置いたコンサルであれば経営コンサルのほうが長けているでしょう。何を企業が望むかを考えるべきなのです。従って、弁理士試験合格から一足飛びに知財コンサルを目指すのではなく、まずは弁理士の本業たる業務をきちんとできることを優先してほしいと切に思うのです。

…と本日はちょっと説教じみた話になってしまいましたね。反省、反省。

勉強するときノウハウはいるのか

先日、同期合格の友人の特許事務所に遊びに行って、あれこれと歓談してきました。彼は、弁理士会の知財経営コンサルティング委員会でもご一緒させていただいており、私が思うに、中小企業に対する知財コンサルを実践している弁理士の中ではトップの業績を上げていると思っています。

現在、知財経営コンサルティング委員会では、各支部を回って、知財コンサルに関する研修会を開催しています。この研修会では、なぜ知財コンサルか、という話から始まり、知財コンサルをするにあたっての観点や注意点、そして学習すべき事項の紹介という盛り沢山な内容について知財経営コンサルティング委員会の委員がご説明しています。その研修会のアンケートの中で、「もっとノウハウを教えてもらえないと実践できない」という趣旨の意見があったそうで、彼はちょっと憤慨していました。どうしてか。コンサルのノウハウというのはそう簡単に身につくものではないし、ノウハウの肝を教えてしまったら飯の食い上げになってしまうからです。

当然、弁理士会の委員会というのは、会員にとって有益な情報を提供し、また、有益となるであろう事項について研究するのが目的ですから、委員会での成果物はきちんとまとめて会員に提供する必要があります(報告書という形で)。ですから、知財コンサルに関するノウハウが委員会で議論されて有益な形でまとめられるならば、これを公表するのは当然という議論もあり得るでしょう。

しかし、ノウハウというのは一般に提供すれば提供した側は著しく不利になり、提供された側は有利になるものです。この一方的な有利=不利な関係(片務関係というとよくないか)を解消するには、ノウハウを互いに提供することで双方の不足分を補いあう関係になれればいいわけです。Give and Takeというか。この関係が大事です。当然、大学のように教育を主務とするところでは、ノウハウが目に見えた知識という形で提供されますが、この場合、対価の支払いが介在しますので、ある意味Give and Takeとも言えます。

加えて、ノウハウというのは受ける側にそれを受容して消化するだけの機能なり能力がないとノウハウとしての意味をなしません。ノウハウをもらったからといって直ちに活用できるにはちょっと距離がありそうです。それと、知財コンサルに関してはこれが一番の問題なのが、知財コンサルのノウハウは対象となる企業の事業状況なり商品特性と密接に関係していますから、ノウハウを理解できる程度までに開示すると対象企業の機密事項をある程度同時に開示する必要があります。対象企業にとってはそこまで開示してほしくない、という態度を示される場合がほとんどです。みずほ情報総研が主催している知財戦略コンサルタント事業の報告例も、対象企業からの承諾を得た範囲内でしか開示していませんから、読んだだけではどこにノウハウがあるのかよくわからない状態です。しかし、これは仕方ないのです。そういった事情を超えて、それでもノウハウが欲しいというのは、ちょっと困りものです。

ノウハウの開示で思い出すのが、弁理士試験時代における最大のノウハウで、それは我々の頃はサブノート、あるいはレジュメと呼ばれる、問題形式でまとめられた基本書のエッセンスを書いたものでした。現在では受験産業がレジュメのような資料を市販しているので、その内容について開示の有無を議論すべき事情は全くありませんが、私が受験勉強をしていた当時は市販された資料の中に参考となるべきハイレベルのものがなく、自主ゼミ内でのみ一子相伝的に先輩方から受け継がれたものが金科玉条のごとく扱われていたわけです。で、この貴重なレジュメを入手したいがために自主ゼミに入会し、レジュメが入手できたら脱兎のごとくいなくなってしまう人を少なからず見かけました。私がいた自主ゼミは来る者は拒まず、去る者は追わず、というスタンスでしたから、だからどうする、という手立てをとることはしませんでした。なぜなら、レジュメを読んだだけで合格できるほど弁理士試験は甘くない、ということです。レジュメに書いてある知識をきちんと自分のものにし、与えられた問題に対してレジュメの再構成をして時間内に書けるようにし、そして書きあげるという訓練を積み重ねてこそ合格に至るのだ、と思っていました。

結局、他人からのノウハウに頼っている限りは、例え僥倖によりノウハウを得られたとしても、それを自らのものにするのは難しいのだ、と思えるのです。知財コンサルにしても、先人達が現在でも血の滲むような努力をして一定の成果を出しつつある状況にあることを考えると、全く一から苦労するのはよろしくないので、何をしたらいいか、何をすべきでないかといったノウハウの整理は必要ですが、ヒントに近いノウハウからでも自らの力で努力する過程がどうしても必要なのではないか、と思います。

私がNiftyのFLICフォーラムで弁理士受験会議室を主催していた頃も、受験生からの相談に事細かに対応していても、極意に近いところは文章にもできませんし、また、色々とアドバイスをしてもやはり理解されないことはあったので、ノウハウの授受だけで事足れり、というハッピーな状況はなかなか生まれないことを実感しました。先人としては、踏み込んではいけないところへの立ち入り制限をし、本筋となるところを指し示すくらいのことしかできません。

それにしても…「くれくれ君」では困ると思うんですが。これからの人生。

Beatlesのリマスタリングアルバム

最近BLOGの更新頻度がかなり低下してます。このところ公私ともに多忙であるのと、家に帰ると疲労困憊状態でBLOGを書く意欲がなくなってしまっているので…sad。世の中はどんどん変わっているので何らかの形で情報発信は続けていかないと、と思っているのですが、継続することの難しさを痛感していますcrying

さて、本日は、知財の話題からちょっと離れて、本日めでたく世界同時発売されたBeatlesのリマスタリングアルバムについて。Beatlesは、自分が中学生になった頃には既に解散していたので(歳がばれますなcoldsweats01)、ものすごいファンになるほどのめり込むことはなかったのですが、当然、好きな曲は好きですから、リマスタリングアルバムが発売されことには何となく興味があります。このニュースは本日のNHKニュースでも結構大々的に取り上げられていて、リマスタリングアルバムを9時間ぶっ通しで聴くイベントが本日あったとか、CD販売店で本当に飛ぶように売れているさまとか、早速全アルバムを購入して自営の店舗に持ち込んで(Macintoshのアンプがさりげなく置いてあるのがぶっ飛びました)常連客さんとBeatles談義をしているマスターとかが紹介されていました。

私は全然知らなかったのですが、それまでのBeatlesのCDアルバムは80年代にデジタル化されたものを使っていたようです。80年代というとCDが実用化された頃ですから、それまであったアナログ音源をデジタル化する際にはエンジニアもかなり試行錯誤でやっていたようです。例えばCDの音楽データは16bitのビット深度を持っているわけですが、このビット深度をフルに使わないままデジタル化したCDもかつてはかなりあったようです。実際に、私が家で持っているCDの中で、80年代にアナログ音源をデジタル化したものは、自分がアナログ音源(LPですね)で聴いていた音と違う(デジタル化したにもかかわらずダイナミックレンジが狭く聞こえる、周波数帯域のバランスが悪いなど)と思えるものが多いです。

今回のBeatlesのリマスタリングアルバム発売に際しては、このHPで説明されているように、24bitでのオーバーサンプリングを施してデジタル化した後、ごくごく必要な部分の修復が行われ、また、リミッティング(多分、レベルの圧縮のことを指しているんだろうと思います)も必要最低限しかしていないようです。こう考えると、リマスタリングアルバムの音はアナログ音源に限りなく近いバランスを保ちつつ音質のクリアさが格段に向上したのだろうと予想されます。

こうやってアナログ音源のリマスタリングアルバムが発売される背景には、アナログ音源時代のファンであった世代が40代以上になり、再度音楽をゆっくり楽しむ余裕が出てきたことがあるのではないか、と思っています。子育てにも余裕ができ、自分の青春を振り返ることができるようになったのでしょう。かつて音楽産業の隆盛を支えてきた世代でもありますから、この世代が音楽に戻ってくることは最近じり貧状態の音楽産業にとってもちょっとだけ福音になるかもしれません。ごくごくわずかではありますが、高級オーディオも40代以上の世代を中心に売れるようになってきているようですし。実際、CDプレーヤーを最近買い換えた自分にとっても、いい音で音楽を聴くことは結構ご機嫌なものですsmile

やっぱり「レビューを信じてはいけません」…

土日ですから、知財と関係ない話を。

このBLOGで以前、「レビューを信じてはいけません」という記事を書いたことがあります。レビューが信じられるという話は、"Wisdom of Clowds"(「みんなの意見は案外正しい」という書籍でかなり大々的に紹介されましたね)という考えを前提としています。確かに、この書籍のAmazonのレビューに書かれているように、多様性、独立性、分散性、多様な意見を集約する仕組みがきちんと担保されるならば、烏合の衆の集団が下す判断の正確性は一握りの専門家が下す判断の正確性を上回る可能性があるでしょう。

問題は、上に書いたような仕組みなどが、一時期の流行言葉になりつつあるWeb 2.0で実現できるのではないか、と思われていたのですが、Web 2.0的環境が整いつつあると思われる現時点でもなお、大多数の意見は専門家の意見を上回る可能性は低いのではないかと思えるのです。

理由は幾つかあると思います。一つは、未だに専門家と大衆との間に厳然とした情報格差があると言うこと。専門家は、実は簡単に口外できない情報を他の専門家から入手する立場にあり、その口外できない情報は公開しないにしても日常的な価値判断に極秘情報を用いているがために、判断の正確性がより高まるのです。この、「口外できない情報」というのは、Web 2.0的「幻想」によれば、BLOG等によりあまねく広く公開されることで一般大衆でも正確な判断ができるはずだったのですが、現実はそれほど甘くないと言うことです。

それから、まだ大衆がマスコミや専門家ほど情報収集及び取捨選択能力に優れていない(慣れていない)ことがあると思います。情報というのは一次情報から二次、三次と転用されるに従って情報を記述する人の主観が混じってきて、情報自体の純粋度が失われてきます。意見を発信する者として、できるだけ主観が交わらない情報に基づいて判断をすべきことは言うまでもないのですが、情報収集の手間を惜しんで、時に二次情報でも三次情報でも情報が得られた時に反射的にそれに基づいて情報発信をしてしまい、結果的に誤った判断をすることは結構あります。結局、それは、自分が情報発信なり判断をすることが他者にどれだけの影響を与えるのかという想像力を持てるかどうか、の問題だと思います。

まあ、マスコミですらも不十分な情報に基づいて結構な誤解をすることがままありますので、何が正しいのかというのは結局個人が判断をする必要があるのですが。例えば、韓国メディアのIntellectual Venturesに対する報道(記事1記事2記事3)は、パテントトロールにより韓国企業が苦労していることと韓国の技術をIntellecutal Venturesが資金援助していることを同列視して脅威を煽っていたりしています。それはそれ、これはこれなんですがね。

なかなか、Web 2.0的世界はまだ遠いところにありそうです。

トラックという概念

本日は連投で。

5歳になる息子が、スキマスイッチの楽曲をいたく気に入って、車の中でも家の中でもずーっと聞かされています。特にお気に入りなのが「全力少年」。曲が終わるとすぐにトラックを戻して繰り返し聴いています。

考えてみると、こうやって特定のトラックを繰り返し聴けるようになったのもCD以降の利点なのですね。カセットテープの頃にも楽曲の頭出し機能ってのはありましたが、楽曲間の空白音を検出して頭出しするものでしたから、演出効果により楽曲間の空白音がない場合は失敗しますし、そもそもこの機能、再生ヘッドにテープを押し付けた状態で早送り/巻き戻しをしていますから、出来の悪いテープだと摩耗が心配になってしまいました(メタルテープ等の蒸着系だとあんまり気にしなくていいんでしょうが)。そのうち、ユーザーが頭出し信号を入れておくと、そのテープデッキであれば頭出し信号に基づいてトラックの頭出しをするような機能が出てきましたが、これも汎用的ではなかったですね。

CD以降はトラックという概念が標準化されて普遍的になりましたから、特定のトラックだけを繰り返し聴くということが非常に楽になりました。そうこうしているうちに、iTunesを代表とする音楽配信サイトがトラック単位での音楽販売を積極的にするようになり、アルバムという楽曲のまとまりではなく、気に入った楽曲だけをchoiceして購入し、自分の好みで聴くようになってきているようです。

前のBLOGでも書きましたが、この風潮、個人的には淋しい限りです。アーティストの中にはシングル曲を中心にプロモートしている人もいますから、そういったアーティストにとってはシングル曲が売れればOKなのでしょうが、アルバムというまとまりで自分なりの表現を追求しているアーティストもいますから、そういったアーティストにとっては今の流れはどうなんだろう?と思ってしまいます。

そうは言っても、リアルな流通形態としてはCDは未だに簡便なメディアだと思えます。自分が住んでいる地域の図書館で貸し出しているCDのリクエスト数や貸出履歴を見ると、ネットでの配信が膨大な数になっている宇多田ヒカルの”HEART STATION”のリクエスト数や貸出履歴はものすごい数になっています。日本だけの状況かもしれませんが、まだアルバムとしての価値はそれなりに認識されているようにも思えます。ただ、借りた人が気に入った楽曲だけ聴いているのだとすると、時代の流れなのかもしれませんね。

ATOKは道具である

ちょっと会社内部批判になるかもしれませんが…。

入社以来、会社のPCには個人購入したATOKを家から持ち込んでコピーし、日本語入力ソフト(昔はFEPって言ってましたね)として使っていました。唯一かつ最大の理由は、Microsoft OfficeにバンドルされているMS-IMEに比較して変換効率および変換精度が格段に良いので、ストレスなく文章入力ができることです。ATOKを使い始めてからもうそろそろ20年くらい経ちますので、もうATOKなしに文章入力をすることが非常に辛い状態になっています。体が覚えているというか(なんかエロっぽい表現ですがcoldsweats01)。

私が使っているATOK、当然、会社購入のソフトではありませんから、非常に大きな概念でいえば不法使用ソフトに該当します。業務上使用するソフトは正規購入品でなければならないのは当然であり、また、非常に厳密に言えば、外部から持ち込むことによりウィルス等の感染の危険性がありますから、社内のシステム運用担当からすれば「即刻削除してください、業務上必要だったら正規に購入してください」というスタンスになります。ただ、昨今の経済状況に鑑みると、おいそれと「では正規購入します」と言える状況ではないので、1~2度システム運用担当者と押し問答しました。「業務上これがないと業務効率がかなり低下しますから、そのままにしてもらえませんか」と。一度は引き下がってくれたのですが、とうとう年貢の納め時というか、即刻アンインストールの業務命令が来ました。まあ、こんなことで反発しても全く意味がないので、とりあえずATOKとはおさらばして、今はMS-IMEに慣れようと努力しています。

そんな中、こんな記事「抜群の変換精度でストレスなし!」がありました。自分からすれば、今更、という気が非常にするのですが、PC歴が比較的新しい方の中には一太郎に触れたこともなく、従ってATOKって何?という人もそれなりにいると思うので、改めてATOKの優秀さを紹介する記事は意味があるんだろうと思います。

まぁ、企業の事務職では文章入力そのものがメインの業務ではありませんから、ATOKの有用性についてそれほど理解がないのかもしれません。その点、特許事務所だと文章入力そのものがメインの業務ですから、日本語入力ソフトを始めとして、文章作成方法(ワープロソフトでもWordではなく一太郎であるとか、そもそもワープロソフトでは反応スピードが遅くてかったるいという人はエディターソフトを使うとか)や文章入力デバイス(キーボードもPC備え付けではなく長時間入力でも疲労感の少ない高級キーボードとか)にも非常に凝る人がいます。私も、普段の文章入力は使い慣れたエディターソフトを使っています。やはり特許事務所の人間にとって、これらは「道具」なのですね。一方、企業にいるとExcelだとかPowerpointだとかのほうが「道具」になるように思えます。この辺りは、かなり発想が違うんですね。

なお、私はジャストシステムの回し者ではありません。純粋なユーザーとしての気持ち、ってことでbleah

BLOGを書く態度

最近、知財に関する報道が新聞等で以前より頻繁になされるようになり、それだけ世間の認知度が高くなったのだと思っています。で、知財関連のBLOGを見ていると、この新聞等での報道を見て、それに対する感想を述べているのは良いのですが、報道の元となっている政府機関等の発表であるとかプレスリリース等を見ずにあれこれと批評しているのを散見します。

例えば、「薬の服用法にも特許…政府方針」というネット記事が先日出ました。この記事は、知的財産戦略本部の先端医療特許検討委員会が出した報告書に基づくものなのですが、この報告書を見てあれこれ批評をしていると思われるBLOG記事は限られています。そして、報告書を見ずして「特許権侵害はどうするのだろう」といった批評をしているわけです。

たかがBLOGと言う人もいるでしょう。しかし、このネット社会ではBLOGも時に世論を喚起する力を持ちますし、BLOGを読んで自分の情報とする人も多いわけです。

自分がBLOGを書く時、何かしらの情報を引用する場合はできるだけ1次情報に基づき、しかもその1次情報をきちんと読み込んで内容を把握してから引用するようにしています。それは、情報を提供する場合の最低限のマナーであると共に、misleadしないためのものでもあります。1次情報に当たれ、というのは会社生活をしていると自然とたたき込まれるものだと思うのですが…。

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